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中国の"うそディズニー"でバイトしてみた

プレジデントオンライン / 2018年4月29日 11時15分

『ルポ 中国「潜入バイト」日記』(西谷格著・小学館刊)

北京と上海の中間ぐらいにある中国沿岸部の田舎町に、一見して「ディズニーランド」のような遊園地がある。ここまで堂々とパクるのは、なぜなのか。フリーライターの西谷格氏は、現地の人々に混じって「着ぐるみ」のアルバイトをして、彼らの日常の姿に迫った。公然と著作権を無視する人たちの本音とは――。

*本稿は、西谷格『ルポ 中国「潜入バイト」日記』(小学館新書)の一部を抜粋・再編集したものです。

■日本人でも即面接、即採用

山東省煙台市は、北京と上海の中間ぐらいに位置する沿岸部の中規模都市。遊園地の場所を中国版グーグルマップ「百度地図」で検索すると、煙台市からさらに直線で60キロ以上離れていた。そんな田舎の遊園地が、外国人である私を雇ってくれるのだろうか。恐る恐る電話をかけると、ダミ声の中年女性が電話口に出た。

「もしもし、何の用ですか?」

単刀直入に本題を切り出す。

「そちらの遊園地で仕事がしたいんです。着ぐるみを着たいのですが」

と聞いてみると、

「給料はいくら欲しいの? とりあえず事務所に来なさい」

と言われ、いきなり好感触。上海在住だと伝えると、「上海人か?」と聞かれたので、正直に日本人と答えた。それでも特段こちらを怪しむような気配はない。数日後に行くと約束し、飛行機とバスを乗り継いでたどり着いた。

遊園地のゲート付近にあった事務所を訪ねると、電話対応してくれた中年女性が現れた。髪をポニーテールに結んでメガネをかけており、なかなか品が良さそうだ。面接はパレードを担当している「演芸部」の部長が担当すると言い、先方の用意した簡単な履歴書(アンケート用紙レベル)を記入した。

面接は5分程度で終了し、翌日電話をかけると「2~3日試用期間で様子を見て、本採用になったら給料は月々1500元(約2万2500円)でどうだ」と提示され、「好的(=ハオダ、いいですよ)」と答えた。あっけないほど簡単に採用されてしまった。

明日の朝8時にここに来いという。

■なぜ、パクるのか?

面接後、客としてもパクリキャラを見ておきたいと思い、パーク内に入場してみた。入園料は200元(約3000円)。スタッフの月給の1割以上と考えると、現地では相当に高額であることがわかる。お金に余裕のある富裕層や、北京・上海あたりの都市住民しか相手にしていないのだろう。

チケットを見せてゲートをくぐると、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンでおなじみの、地球儀のような球体のオブジェがいきなり目に入った。その奥にはシンデレラ城っぽい西洋風の城がそびえ立っているが、建築中なのか改装中なのか、仮設の足場で囲まれていてみすぼらしい。

園内は歩いて15分程度で一周でき、それほど広くはない。地図を片手に散策すると、さっそくビッグサンダー・マウンテン風の「鉱山小鎮」やスペース・マウンテン風の「星空過山車」など、ディズニーランドを彷彿とさせるアトラクションをそこかしこで発見。客が少ないのですぐに乗れるのかと思いきや、定員人数が集まらないと出発しないため、10分ほど待たされた。客が少なすぎて待たないといけないわけだ。

散策を続けていると、どこからともなく大音量のクラブミュージックが聞こえてきた。音のする方に行ってみると、ディズニーの七人の小人らしき着ぐるみが激しいダンスを踊っており、観衆が集まっていた。小規模ながらも、園内でパレードをしていたのだ。(編集部注:2007年に内外の批判を浴びた)八景山遊楽園ほど露骨ではなかったが、パクリ遊園地は健在だった。

山東省煙台市郊外にある、筆者が潜入バイトした遊園地の公式サイト

■ミッキーはダメ、小人はOK

翌日、眠い目をこすって朝8時に出勤すると、無事パレード担当の「演芸部」へと配属された。面接をした演芸部の女性部長に案内されて、出演者の待機する控え室へ入った。

室内にいた7~8人の同僚はみんな女性で、座ったままこちらをチラ見したが、すぐに各自メイクをしたり持参した朝食を食べ始めたりした。大げさに自己紹介するのも気が引けたので、ひとまず目の合った相手には笑顔で「ニーハオ」と挨拶しておいた。

席に座って休んでいたが、パクリキャラがいないかどうかが気になる。さりげなく室内を歩き回って物色していると、おお、あったあった、七人の小人の着ぐるみが、部屋の隅の方で無造作に転がっている。もう少し丁寧に並べてあげたら良いものを、頭の部分だけが床の上に乱雑に放置してあるから、生首が転がっているみたいだ。よく見ると洗濯が不十分で全体的に黒ずんでおり、目つきが何となくホンモノと違う。口元は笑顔でも目が笑っておらず、可愛らしさが決定的に欠けていた。

周囲の目を盗んでスマホで写真を撮り終え席に戻ると、演芸部の女性部長から、

「これ、倉庫に持って行って」

と何着かの衣装を渡された。衣装を抱えて倉庫へ運び、そのついでに倉庫の一角に目をやると、またもや発見。明らかにパクリと思われるミッキーとミニー、さらにはドナルドダックのかぶり物が鎮座していた。パクリミッキーは目つきが明らかにおかしいので、すぐパクリとわかる。ネットニュースで見たドナルドダックは、明らかにこれだ。どうせならこれをかぶりたい。

部長が倉庫を出た隙に急いで撮影を済ませ、後ろ姿を追って、

「あのミッキーをかぶりたいんですが」

と聞いてみた。だが部長は、

「今は客が少ないから使ってないのよ」

という。

「じゃあ客が多い時は使うんですか?」

と問うと、

「いや、そういうわけでもない」

と濁された。とにかく今はもう使っていないらしい。無念である。

控え室に戻り、隣の席に座っていたひっつめ髪の女性に話を聞くと、

「開園直後は現場の判断で使っていたが、上層部にバレて使用停止になったみたい。ミッキーやドナルドダックは著作権があるから、使ったらマズイのよ」

と教えてくれた。

「じゃあ七人の小人はいいの?」

と聞くと、「小矮人没問題(=小人は大丈夫)」と断言し、こう続けた。

「七人の小人に著作権はないから」

小人については西遊記や桃太郎などのキャラクターと同様で、誰の物でもないと捉えているようだ。だが、単なる「小さい人」であれば著作権はないだろうが、あの独特な目つきや表情は、誰がどう見ても「ウォルト・ディズニー・カンパニー」のキャラクターである。

小人の着ぐるみを希望したが、「もっと背が低くないとダメ」と言われ、小人と一緒に行進するピエロの役を与えられた。写真右が筆者。(写真提供=西谷格氏)

■すぐに実力を見抜かれてしまった

パクリミッキーの事情を教えてくれた彼女は「楊玲(ヤンリン)」という名で、この遊園地がオープンした2014年からダンサーをやっているという。目が細いぽっちゃり体型で、あまり美人とは言えないものの、活発でよく笑う明るい雰囲気。中国人の妻との生活を描いた井上純一氏の「中国嫁日記」に登場する妻のユエさんを思わせるような人懐っこさを感じた。

9時の開園時刻に合わせて行われるオープニングダンスを見学し、その後は14時から始まるパレードの振り付けをリーダーの女性からマンツーマンで教わった。25歳だというリーダーは細身でスタイルが良く、目もぱっちりしていて結構美人。私は小人の着ぐるみを希望したが、

「もっと背が低くないとダメ」

と言われて却下されてしまい、小人と一緒に行進するピエロの役を与えられた。

リーダーは、

「一、二、三、四(イー、アル、サン、スー)」

と口ずさみながら軽快にステップを踏み、両手をひらひらさせたり手を振ったりしながら、ダンスを見せてくれた。やってみると右足と左足を逆に踏み出してしまったり、ステ
ップのタイミングが合わなかったりと、なかなか難しい。スピードもかなり速い。

リーダーには、「着地が安定していない。ダンスの経験はあまりなさそうね」
とすぐに実力を見抜かれてしまった。リーダーのダンスをスマホの動画で撮影させてもらい、テンポを半分にして自主練することにした。この日から、空いている時間はひたすらダンスの自主練をすることになった。

11~13時までは長い昼食休憩となる。昼食はまかないが支給されるというので同僚についていくと、通路の床の上に巨大なステンレスボウルが二つ直に置かれていて、そのうちの一つにはマントウと呼ばれる具なしの肉まんが大量に入っていた。もう片方のボウルにはキャベツと豚肉を大量の油で炒めたものが入っていたが、すでに大半を取り終えた後で、ほとんどキャベツしか残っていない。

食事を受け取るにはお椀と箸が必要だったが、同僚の中年女性が、

「これ使いなさい」

と言って、使っていない弁当箱を貸してくれた。ありがたい。

マントウはパサパサで飲み込みにくく、喉につっかえそうになるのを我慢しながら食べていたが、部長やリーダーほか4~5人の姿が見当たらない。

近くにいた同僚に聞くと、「特殊事例」ということで彼女たちは自宅に帰って食事しているという。別のスタッフもどこからともなく弁当を買ってきた。さっき部長に「休憩中に外に出てもいいか」と聞いたときには、勤務中は外出禁止と言われたのだが……。いろいろと抜け道があるようだ。

■住む家の心配をしてくれる同僚

規定時間の13時を10分ほどオーバーしたところで、同僚たちが休憩から帰ってきた。みんな席に戻ると即座にうつぶせになって熟睡し始めたり、あるいはスマホにイヤホンをつないでドラマ鑑賞を始めたりした。何もすることがないらしい。ひたすらマッタリとした気だるい空気が流れており、仕事における緊張感というものが一切ない。

13時半になると衣装に着替えたり化粧をしたりして、14時からのパレードに備える。初日は振り付けが覚えきれずに見学したが、翌日は空き時間に自主練を重ね、どうにかリーダーから出演オーケーをもらった。

小人とピエロは女性ばかりだったが、カーテンで仕切られた隣の部屋には、スタントプレー専門の男性スタッフが5人ほどいた。雑談をしていると

「今はどこ住んでるの?」

と聞かれたので、近くの宿に泊まっていて一泊70元ぐらいだと伝えると、

「なにそれ高いよ!もっと安く住める場所、一緒に探してやるよ。明日一緒に不動産屋に行こう」

と誘われた。気持ちはありがたいが、不動産契約などしてしまったら、もはやこの世界から抜けられなくなってしまう。

「うーん、じゃあもし行けたら……」

と適当に濁しておいたが、いったん仲間となれば情に厚いのは、中国人らしい。

■観客の喜ぶ顔にやりがいを感じる

パレードの出発地点のガレージには、巨大な白鳥に乗った白雪姫や、かぼちゃの馬車などがスタンバイしていた。やはり全体的にディズニーランドを模倣しているようだ。待ち時間の間、ヤンリンにスマホを向けて写真を撮ろうとしたら、これからかぶる七人の小人の頭を両腕でぎゅっと抱きしめ、満面の笑顔を見せてくれた。本当にこの仕事と着ぐるみが好きなのだろう。「パクリだからやめろ」なんて言えなくなってしまう。

パレードが始まると、白鳥に乗った白雪姫と王子様を先頭に、ピエロと小人が踊りながら行進した。BGMはこのユーロパークのために作曲されたものらしいが、若者向けのクラブで流れるような激しいビートを刻んでおり、あまり子供向きではない。それでも観客たちは楽しそうに沿道でこちらの方を眺め、写真を撮ったり歓声をあげたりしている。

私は振り付けを間違えないよう、必死にステップを踏みながら笑顔で観客たちに手を振った。観客のなかには、こちらに手を振り返してくれる人もいる。楽しんでもらえているのだと思うと、純粋にやりがいを感じた。七人の小人たちも、私の後ろで軽快にダンスを踊っている。

■ハイテンションの小人たち

パレードは園内を半周ほど進み、終着地点の広場に到着した。小人たちはさらにノリノリで、自由自在にステップを踏みながら、観客たちを魅了している。さっき写真を撮らせてくれたヤンリンは特に動きにキレがあり、ダンサーとしてはベテランの域に達している。リズム感も素晴らしい。ただ、本来のイメージだと七人の小人ってもっとこう、大人しくて可愛らしいイメージなのだが……。

最後は周囲にいた観客たちの腕をつかんで強制的にダンスに巻き込みながら、全員が手をつないで輪になり、ぐるぐると走りながら回転。大人数でキャンプファイヤーを囲んでいるような雰囲気だ。

遊園地とは思えないようなハイテンションな空気だが、知らない人同士で手をつないで駆け回るというのは、一体感があってシンプルに楽しい。
パレードは1時間ほどで終了し、控え室へ戻るとまたスマホでのんびりドラマ鑑賞。休んでいる時間がとにかく長いのだ。

その後、規定時間の17時半を待たずに、各自いきなり席を立って散り散りに去っていった。終業ミーティングや挨拶などは一切ない。挨拶なしに突然帰るというのは、日本人の私には何とも落ち着かなく感じたが、そういう習慣なのだから仕方ない。

■パクリは是か非か

3日ほど勤務した後、初日に面接した事務所に向かった。そろそろ切り上げよう。最初に電話応対してくれた女性がいたので、

「上海に戻る用ができた」

と言うと、

「あっそう、わかったわ」

と言われ、辞めるのも簡単だった。同僚たちには何も言わずに辞めることになったので、「突然来て突然消えた謎の日本人」と思われるだろう。

「ありがとうございました」

と挨拶すると、女性は、

「じゃあ3日分の給料渡すわ」

と言って、試用期間ながら200元(約3000円)を渡してくれた。こんな短期間で辞めたら給料なんて払われないだろうと思っていたのに、意外と良心的で驚いた。

パクリ遊園地での勤務を終えて、私も感覚が麻痺してしまったのだろうか。彼らの著作権意識がお粗末なのは言うまでもないが、だからといって、声高にけしからんという気にもなれないでいる。

著作権という概念は、人類の歴史で見れば、比較的新しい権利だ。民主主義や法治主義といった西洋近代の価値観が根付いていない中国では、著作権がまともに保護されないのは当然かもしれない。中国人の本音を代弁するなら、どうして西洋人が勝手に決めたルールに従わねばならんのだ、と思っているはずだ。

それに、この遊園地があるのはかなりの田舎。北京や上海で大々的にパクったら問題にもなるだろうが、外国人が一人もいないような土地では、少しぐらい見逃してやりたい気もする。中国のとある田舎町にひっそりと存在するパクリ遊園地なんて、ちょっと面白いではないか。

なお、この遊園地は2018年3月時点で、いまも営業を続けている。

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西谷格(にしたに・ただす)
フリーライター
1981年、神奈川県生まれ。早稲田大学社会科学部卒。地方新聞の記者を経て、フリーランスとして活動。2009年に上海に移住、2015年まで現地から中国の現状をレポートした。主な著書に『この手紙、とどけ! 106歳の日本人教師歳の台湾人生徒と再会するまで』『中国人は雑巾と布巾の区別ができない』『上海裏の歩き方』、訳書に『台湾レトロ建築案内』など。

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(フリーライター 西谷 格)

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