中学入試 国語の出題作品はGWに決まる
プレジデントオンライン / 2018年4月28日 11時15分
■2018年度の中学入試国語「題材作品」の共通点
私は中学受験専門塾の国語講師だ。今年2月、難関校で出題された作品のリストを眺めていて、ある「共通点」に気付いた。出題作品の刊行あるいは文庫化の時期が、2017年1月~5月に集中しているのだ。
以下は2017年1月~5月に刊行され、今年の中学受験で出題された文学作品のリストだ。
●青山七重『ハッチとマーロウ』(小学館)【出題校】慶應義塾普通部
●井上荒野『夢の中の魚屋の地図』(集英社文庫)【出題校】巣鴨
●大崎梢『だいじな本のみつけ方』(光文社文庫)【出題校】吉祥女子
●川崎徹『あなたが子供だった頃、わたしはもう大人だった』(河出書房新社)【出題校】海城
●小嶋陽太郎『ぼくのとなりにきみ』(ポプラ社)【出題校】慶應義塾湘南藤沢・大妻
●椎野直弥『僕は上手にしゃべれない』(ポプラ社)【出題校】城北
●戸森しるこ「サヴァランの思い出」『飛ぶ教室第49号』(光村図書出版)所収【出題校】ラ・サール
●夏川草介『本を守ろうとする猫の話』(小学館)【出題校】鴎友学園女子
●文月悠光「制服の神さま」『小辞譚:辞書をめぐる10の掌編小説』(猿江商會)所収【出題校】本郷
●宮下奈都『ふたつのしるし』(幻冬舎文庫)【出題校】成城
●森谷明子『春や春』(光文社文庫)【出題校】白百合学園
●八束澄子『明日のひこうき雲』(ポプラ社)【出題校】学習院中等科・専修大学松戸
●渡辺優『自由なサメと人間たちの夢』(集英社)【出題校】聖光学院
▼5月の連休中に書店で本を物色する教員たち
以前、私立中高一貫校の国語教諭たちに「入試問題を作成する時期」についてたずね回ったことがある。その際、次のような手順で作成しているという回答が最も多かった。
1.5月の大型連休(GW)に、出題候補の題材を集める。
2.夏休み前までに、それらを読み込み、題材を決定する。
3.夏休み中に、決定した題材で入試問題を作成する。
こうした事実を踏まえると、例年1月~5月に刊行された作品が、翌年2月の入試問題に数多く登場するのは当然だろう。教員たちは5月の大型連休に書店で本を物色するので、そこで目につくのは春に刊行されたばかりの本になりやすいのだ。
もちろん、すべての学校がこうした手順で問題を作成しているわけではない。たとえば女子中学最難関といわれる桜蔭(東京・文京区)では、今春入試において前年9月刊行の作品から出題された。題材の入手から入試本番まで5カ月弱しかなく、そのスピードにかなり驚いた。
■2019年度受験の本命は瀬尾まいこ、原田マハの作品
それでは、長年、中学受験指導に携わってきた経験から、2019年2月の中学入試で出題されそうな「本命作品」を2冊紹介しよう。
▼瀬尾まいこ『そして、バトンは渡された』(文藝春秋)
1冊目は、瀬尾まいこ『そして、バトンは渡された』(文藝春秋)。刊行日は2018年2月22日だ。物語の主人公は、父親と母親を計5人持つという複雑な家庭環境に育った優子。両親たちが優子に向ける愛情のあたたかさが心地よい作品だ。最近、学校教員から在校生の「親子関係」を憂慮する声を聞くことがある。この作品は「親子の絆」を考えされられるもので、子供たちに読んでほしいと願う教員も多いのではないだろうか。
また、瀬尾まいこは中学入試問題では人気作家のひとりである。たとえば、『ティーンエイジ』は普連土学園で、『狐フェスティバル』は学習院女子で、『あと少し、もう少し』は品川女子学院・淑徳与野・専修大学松戸で出題された。特に女子校では出題されやすい作家といえる。
▼原田マハ『スイート・ホーム』(ポプラ社)
2冊目は、原田マハ『スイート・ホーム』(ポプラ社)。刊行日は2018年3月8日だ。宝塚の高台にある小さな洋菓子店を舞台にした連作短編集で、瀬尾まいこ『そして、バトンは渡された』と同じく、家族のあたたかさが伝わってきて、ゆたかな気分にさせられる作品だ。
近年の中学入試で、原田マハは間違いなく「頻出作家」だ。その頻度は瀬尾まいこ以上だろう。今春の中学入試だけでも、成城(『飛ぶ少女』)、海陽学園(『暗幕のゲルニカ』)、田園調布学園(『リーチ先生』)の3校が原田マハの作品を題材に選んでいる。
『スイート・ホーム』が「本命」といえるのは、もうひとつの理由もある。連作短編集だからだ。短編集は中学入試の題材として人気が高い。物語の展開がスピーディなため、出題文が短くても読みやすく、教員側も問題を作りやすいためだ。
瀬尾まいこと原田マハは、過去の実績も豊富な「本命」だが、過去に出題されたことのある作家ではないが、私が出題を予想している「対抗」の作品がある。作品名をあげる前に、昨今の中学入試国語題材に見られる条件を紹介しよう。ポイントは以下の3つだ。
1.主人公が中学受験生と同年代(10代前半)
2.ただし主人公の境遇や時代背景は、現代の中学受験生とは全く異なる
3.主人公が複雑な家庭環境やさまざまな試練に悩み、葛藤する
■「対抗」は麻宮ゆり子『碧と花電車の街』だ
▼麻宮ゆり子『碧と花電車の街』(双葉社)
この3点を満たす作品が、麻宮ゆり子『碧と花電車の街』(双葉社)である。刊行日は2018年4月18日。来春の中学入試での出題予測をする上でまさに「対抗」と呼べる作品だろう。
物語の舞台は昭和30年代の名古屋の大須商店街。母子家庭という環境下で、貧しいながらも、一癖も二癖もある大人たちに囲まれて成長していく碧(みどり)が主人公だ。
碧は自身の境遇に悩み、恋する気持ちに戸惑い、周囲の大人たちとの距離感に苦慮する。そうした10代の葛藤が丹念に描かれている。
とりわけ印象的なのは、碧が担任の教師から侮蔑的なことばを投げかけられるも、そのモヤモヤを母親には直接言えずに抱え込んでしまうというシーンである。もしわたしがこの作品から出題するなら、このシーンを使うだろう。
敗戦の色がまだ残る時代設定のため、現代の子供たちにとっては聞いたことのないことばが多いだろう。しかし、それらのことばに触れることは子の想像力を膨らますという点において絶好の学びの機会にもなるはずだ。
この連休中に、ぜひ親子で書店に足を運び、読んだ本の感想を交わしてみてほしい。きっと楽しい時間になるだろう。
(中学受験専門塾スタジオキャンパス代表 矢野 耕平)
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