出版業界は"子供はまんが無料"を検討せよ
プレジデントオンライン / 2018年5月2日 15時15分
■出版業界が海賊版サイトのブロッキングを求めた
わが国の知的財産戦略はどうなっているのでしょうか。さまざまな課題が明らかになっているにもかかわらず、戦略の不在、政策の不備という政治の問題によって、事態は悪くなる一方に思えます。
このほど、「漫画村」などまんがを違法配信する海賊版サイトの問題が注目を集めました。この問題について政府の対応は驚くほど早いものでした。ひとつの発端と考えられているのは、4月2日の知的財産戦略本部・コンテンツ分野の会合で、カドカワの川上量生社長が海賊版サイトのブロッキングを求めたことです。その結果、4月13日、知的財産戦略本部・犯罪対策閣僚会議が「インターネット上の海賊版サイトに対する緊急対策」を発表しました。このなかで、海賊版サイトのブロッキングに対して、<民間事業者による自主的な取組として、「漫画村」、「Anitube」、「Miomio」の3サイト及びこれと同一とみなされるサイトに限定してブロッキングを行うことが適当>とされたのです。
こうした動きが決まった経緯は明らかにされていませんが、関係者の証言を付き合わせると、一連の動きを取りまとめたのは、自民党の知的財産戦略調査会の会長を務める甘利明衆院議員と、内閣総理大臣補佐官の和泉洋人氏であったようです。
ブロッキングは、電気通信事業法4条に違反するだけでなく、日本国憲法の第21条2項「検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない」に抵触する恐れがあります。海賊版サイトの取りつぶしのために、大量の私的な通信を閲覧し、一部を遮断するのは検閲にほかなりません。このため、すでに2月16日には弁護士の森亮二氏が「ブロッキングの法律問題」という資料を官邸に提出していました。それでも「緊急対策」が行われたわけです。
■被害額4000億円という過大な試算
最大の論点は、「海賊版対策をするな」「海賊版を守れ」ということではなく、「海賊版対策のために必要な法改正・法整備を行うべき」「憲法抵触や業法違反を正しく正当化するならば、緊急避難がどうしても必要だというところまで手を打ってからにするべき」というものです。
同じく海賊版に悩まされてきた映像、音楽、ゲームなどの諸産業の海賊版対策は、国内・海外ともに完璧ではなくとも一定のコントロール下にあります。コンテンツを入手しやすい仕組みを構築したうえで、ライブやグッズ、フェスなどコンテンツ販売以外の収益機会を広げてきました。海賊版の撲滅は難しくても、海賊版が蔓延して産業として立ち行かなくなる事態は避けられている、ということです。
一方、まんがの海賊版については、一般社団法人コンテンツ海外流通促進機構(CODA)が流通額ベースの被害額として約4000億円という試算を政府に提出しています。この数字の大きさがブロッキングの議論を大きく推進させましたが、過大な見積もりと言わざるを得ません。
出版科学研究所によれば、2017年のまんが市場は前年比2.8%減の4330億円。紙に印刷されたコミック本(コミックス)やコミック誌に限って言えば12.8%減の2583億円です。紙のコミック全体は16年連続のマイナスで、二桁減は過去最大の落ち込みです。しかし被害額が流通額とほぼ同等というのは、ほかの市場では聞いたことがありません。
■日本のまんが市場は産業としては存在感がない
政府・知財本部の決定は、あくまでブロッキングの「民間事業者による自主的な取組」にすぎませんでしたが、4月23日、NTTグループがブロッキング実施の検討を行うことを表明し、通信業界に激震が走りました。ほかの通信事業者の動きが注視されていましたが、結果としてKDDIやソフトバンクはグループとしてブロッキングを行わないという判断を示しました。NTTだけが突出した判断を示すことになり、実質的にはしごを外された形です。
今後、NTTは政府の方針にあわせたために厄介な訴訟問題を抱えることになりそうですが、それ以上に問題なのは、まんが市場と出版業界のこれからです。実のところ、日本のまんが市場は国内での影響力の割に産業としては存在感のない状態が続いています。
まんが市場は先にも述べたとおり4000億円程度の産業でしかなく、派生先であるアニメ産業も業界外のファンドやテレビ局などのタイアップがなければ生きていけない、いわば副次産業のひとつに過ぎません。日本の知財戦略のうえで、まんがやアニメは、(担当者レベルでのまんがへの思い入れが強くない限りは)重視しようもないというのが実際ではなかろうかと思います。
ローランド・ベルガーの2015年の調査ではコンテンツ市場全体における日本のシェアはわずか2.5%(ただし放送分野を含む)です。そして、その小さい日本のコンテンツ市場において、金額ベースで輸出の8割以上を担っているのはゲーム産業です。極端に言えば日本のまんがもアニメも国際市場という点では見向きもされていません。世界的に「オタクカルチャー」は人気を集めていますが、それらが日本企業の権利収入としてどれだけ結びついているか、という産業政策の面から考えると物悲しいものがあります。
■「漫画村」の売上高は年間5億~6億円程度
こうした構造のため、まんがやアニメの海賊版といっても、問題となるのは日本の利用者に向けた日本語でのサービスということになります。その被害額について約4000億円という数字が独り歩きしていますが、海賊版サイトの代表格だった「漫画村」も、さほど売り上げのあるサイトではなかったようです。
海賊版サイトの収入は、「利用者に広告バナーが見られた回数だけ広告料金が支払われる原始的な仕組み」で成り立っています。今回問題になった「漫画村」の場合、サイトに貼られている広告のエンジンは、上場会社からのOEMで技術提供された仕組みが流用されており、外部から「どのくらい広告が表示されたか」というコール回数を観ることができます。
そこから類推すると、「漫画村」およびその関連サイトの一日当たりの閲覧者数はおよそ55万人から70万人であり、うち7割超がスマートフォンからの閲覧で、表示された広告のうち大手通信会社系の電子コミックと大手アダルト会社系のコンテンツに関する広告が約4割だと考えられます。そこに広告掲載単価を掛け合わせると、一番閲覧者が多かったとみられる2017年11月の月間売上高は6000万円程度だと推測されます。2017年の1年間でも、関連サイトを含む広告売上高は年間5億~6億円程度です。サイトの運営には閲覧者にスムーズに海賊版コンテンツを見せるためのCDN代金が月2000万円以上かかりますので、言われているほど大もうけができたサイトではないようです。
こうした海賊版サイトは、サイトに掲載されている広告や、支払いのためのカード決済代行業者のビジネスを止めてしまえば、不採算となり、そう簡単に大きくなることは無いようです。知的財産ビジネスに詳しいとされる弁護士の福井健策氏は、ツイッターで「現場対策がほぼ手詰まりであることは、自ら経験して断言できる」としてブロッキングの必要性を強調されていましたが、それほどの状況ではないと思われます。
■なぜ海賊版サイトが人気になったのか
それよりも、「なぜ海賊版サイトが人気になったのか」という点を考えるべきでしょう。海賊版サイトでは、新しいまんがやアニメだけでなく、いわゆる「旧作」となったまんがやアニメも取りそろえていました。つまり日本企業がファンのニーズに応えられておらず、その結果、多くのファンが海賊版サイトで無料視聴していたという側面があるのです。
そこには、日本の出版業界が抱える大きな病理があります。すでに旧作になっているまんがを読もうとしても、中古のまんがを買うには時間がかかります。まんが喫茶にも確実にあるかどうかはわかりません。そして出版社による配信は、設定価格が高く、弾力性を欠いています。これは再販制度のため旧作でも販売価格が下がらないことに影響を受けているとみられます。
そうしたハードルの高さが、小中学生の「まんが離れ」を招いています。かつてはコミック誌やまんが本などの「回し読み」がありました。子供の経済力を考えれば当然のことです。しかしデジタル化でそうした手段が失われつつあります。一部の子供たちは、それでもまんがを消費したいので、どうにかしてタダで楽しめる環境を探し求め、「漫画村」などにたどり着いたのでしょう。漫画がタダで読めなくなれば、子供たちは他のコンテンツ、たとえば「基本無料」のソーシャルゲームに流れていきます。それは「まんがを読む」という文化的な暮らしを失うことでもあるでしょう。
■安くて読みやすい仕組みがあればそちらを利用する
翻って、海賊版サイトが意外にもうからないのは、利用者が収益性の高い「成果型広告」に反応しづらいからです。当たり前のことですが、海賊版サイトを訪れる人は、タダでまんがを楽しもうと思ってやってくるわけですから、そこに広告が貼られていても踏まないのです。CODAのように、買いたくないから海賊版サイトに来た客の数に、販売単価を掛けて「これが被害額だからまんが業界が死にそうだ」と主張しても筋が通りません。
日本文化の根底を支えるまんがをどうにかしようと考えるのであれば、出版業界が一丸となって子供たちに一定額の「まんがクーポン」をばらまくなどして、新作も旧作も読みやすい仕組みを提供するのが一番です。子供たちはアダルト広告まみれの違法サイトにアクセスしたいわけではなく、安くて読みやすい仕組みがあればそちらを利用するはずです。
思い返せば45歳の私も、子供のころはまんがを回し読みしたり、友達に音楽テープをダビングしてもらったり、レンタルしたゲームを不正ツールでコピーして遊んでいたりしていました。それが、大人になって可処分所得が増えていくと、毎月10万円単位でゲームなどさまざまなコンテンツにお金を投じるようになっています。いまやコンテンツ業界は単年度の売り上げに一喜一憂していますが、子供から大人への大きなライフサイクルとともに投資を回収するという発想をどこかに置き忘れてきてしまったのではないか、と感じます。
■旬の過ぎたまんがは事実上死蔵されているだけ
また、世界を見渡せば、デジタルプラットフォームによりユーザーの趣味嗜好にあわせた配信が高度化し、1本100億円という制作費のドラマもたびたび企画されるようになり、コンテンツファンドは数兆円規模に巨大化しています。このご時世に、漫画家と少人数のアシスタントが編集者とセットになって毎週締め切りに追われながらつくった印刷物で生計を立てる、というビジネスが太刀打ちできると思う人はどれだけいるでしょうか。出版社、取次、書店という再販制度に守られた日本独自の仕組みの中で、「子供はまんがを読むものだ」という文化的バックグラウンドにあぐらをかいていれば、状況は苦しくなるばかりです。
もちろん、海賊版サイトは積極的につぶしていく必要があります。しかしながら、海賊版サイトが興隆した理由について考えれば、「一定割合の読者はまんがにお金を払いたくないと思っているのだ」「お金を払ってまんがを読む仕組みがきちんとしておらず、海賊版に競争で負けているのだ」「新しいコンテンツ業界、デジタル商流の仕組みにいまの出版の体制が合致していないのだ」といったことに誰もが気づくはずです。
膨大なコンテンツ資産がある、といっても、旬の過ぎたまんがは事実上死蔵されているだけです。それなら顧客情報と引き換えに、限りなく無料に近い価格で開放し、まんがを読む習慣を広げながら、新作に対してはお金を払うという仕組みを啓発し、徐々に業界全体の構造転換を図っていくことが必要ではないでしょうか。
■業界や制度や大企業に配慮しすぎた政治の問題
そして、本来、政府が知的財産戦略として行うべきことは、YouTubeやTwitch、Youkuといった動画配信サービスや、NETFLIX、Amazon Videos、Huluなどのコンテンツ配信プラットフォームの興隆に対して、日本独自のコンテンツ有償配信の仕組みを後押しし、コンテンツ輸出につなげていく方法を支援することであったはずだ、と私は思います。
そのうえで、まんがやアニメの制作に従事する漫画家やアニメーター、イラストレーター、デザイナーなどの地位を高めるための産業政策を考えるべきです。貴重な人材にきちんとした給料を支払い、健康保険や年金の仕組みを整え、不当に搾取されることのない就業プログラムを用意すべきです。一方で、政府がやっていることは、海外で「展示会」を開き、そこにコスプレ姿の女性を送り込み、「日本のコンテンツを売り込んだ」と豪語するだけです。それは制作現場には何も還元されない「取組」です。
課題は明らかです。それにもかかわらず、漫画家やアニメーターは使い捨ても同然の就労環境のまま長年放置されているのは、戦略の不在、政策の不備以外の何物でもないでしょう。同じ問題はプログラマー、SEなど、日本の知的財産を担うすべての職種で発生し、「デスマーチ」が横行しています。海賊版サイトは忌むべき病気の症状であるとしても、病気の原因を作っているのは業界や制度や大企業に配慮しすぎた政治の問題ではないかと強く感じる次第です。
(投資家・作家 山本 一郎)
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