探検部出身社長「衰退林業で食っていく」
プレジデントオンライン / 2018年5月14日 9時15分
■植村直己に憧れて、大学で探検部へ
【田原】青木さんは東京都の檜原村で林業のベンチャーをやってらっしゃる。檜原村は、いま人口はどれくらいですか?
【青木】約2200人です。島を除くと東京で唯一の「村」になります。
【田原】青木さんは檜原村ではなくて大阪のご出身ですね。
【青木】大阪の此花区で生まれて、11歳まで過ごしました。小さいころは自然の中で遊ぶことが好きな子どもでした。うちのまわりはどぶ川くらいしかなかったのですが、母の実家が岩手の久慈市で、夏休みは自然の中を駆け回っていました。
【田原】中学のころに『植村直己物語』という映画を観て影響を受けたとか。どういうことですか。
【青木】子どものころから「将来は自然の中で働きたい」と漠然と考えていましたが、具体的な職業のイメージは何もありませんでした。そんなときにたまたま観たのが『植村直己物語』。冒険を仕事にしている人がいると知って、自分もああなれたらいいなと。
【田原】登山家じゃなくて冒険家?
【青木】登山家にも憧れました。ただ、鹿児島大学のワンダーフォーゲル部だった親から「未踏峰の山は残り少ない」と聞かされて、それなら未開の地をゆく探検家のほうがおもしろそうだと思いました。当時、探検部で有名だったのが東京農業大学。ここの林学科に進学したのが林業との出合いになります。
【田原】探検部って何をするんですか。
【青木】農大の探検部は本格的で、じつはメコン川の源流に初航下をしたのも私たちの先輩です。私も学生のころはその源流から航下する探検に参加させてもらいました。
【田原】卒業後は出版社に就職する。
【青木】じつはメコン川航下に参加するため、卒業してから1年間、研究生という形で大学に残りました。もう新卒ではないし、探検で忙しかったから、就活も適当です。入れてくれるならどこでもいいという気持ちでやったら、英語教材を販売する出版社が採用してくれました。その会社には1年いましたが、ずっと電話営業していました。
■なぜ、先細りの林業に興味を持ったのか
【田原】やめてどうしたのですか。
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【青木】林業をやりたくなりまして。正直にいうと、学生のころは熱心に林業の勉強をしていたわけではないんです。林学科では林業政策や木材工学を学ぶのですが、探検のほうがずっとおもしろかったですから。ただ、学んでいるうちに、高齢化で林業の担い手が減っている実態を知り、逆に興味が湧いてきました。
【田原】そこがわからない。日本の林業は典型的な衰退産業でしょう。どうして先細りする産業に興味を持ったんですか?
【青木】新卒で就職した同期たちは、もう安定した仕事をしてボーナスもたくさんもらっていました。2年遅れている自分が追いつこうとしたら、普通のことをしていてはダメ。探検風にいうと、目指すべきは未開の地です。人が足を踏み入れないフロンティアはどこかと考えたら、衰退産業である林業が頭に浮かびました。
【田原】脱線しますが、日本の林業はいつごろから衰退し始めたのですか。日本は国土の約7割が森林で、戦前は林業が盛んだったと思いますが。
【青木】日本の山は戦後に1度、はげ山に近い状態になっています。昭和20~30年代に再造林が行われましたが、木はそんなにすぐに育ちません。一方、需要のほうは高度成長でピークを迎えます。足りない木材を補うために政府は木材の輸入を自由化。海外から安い木材が入るようになり、日本の林業は衰退期に入りました。かつて再造林した木はすでに成長していますが、いまはそれを伐採する人がいない。森林の蓄積量としては、いまが過去最大といわれています。
【田原】檜原村も担い手がいない?
【青木】檜原村はコナラなどの広葉樹が多く、かつては炭焼きの林業が盛んだったそうです。でも、高度経済成長で町に雇用が生まれて、多くの人が山を下りてしまった。昭和40年代、林業に従事していた人は東京全体で2000人いましたが、現在は10分の1まで減っています。
【田原】さて、林業をやるにあたって何から始めましたか。
【青木】まず地方も含めて林業会社や森林組合の求人を探しました。基本的には人手不足の業界だから、手当たりしだいに電話をかければ、どこか見つかるかなと。でも、現実は甘くなかったです。都会のよそ者がいきなり電話をかけてきても、「採用はない」と門前払いでした。あきらめかけていたとき、ハローワークで、東京都の6市町村が緊急雇用対策事業として半年間限定の求人を出しているのを発見しました。足がかりは何でもいいと思っていたので、とりあえず潜り込みました。
■まずは月収30万円を目指す
【田原】このときはどんな仕事を?
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【青木】いわゆる失業対策事業なので、応募してくるのは年配の方ばかり。ケガをさせられないので、誰でも簡単にできる作業しかやらせてもらえませんでした。具体的には、鋤簾(じょれん)という道具を使って林道の砂利を均す作業。正直、まったくおもしろくなかったです。
【田原】この事業は半年間の期間限定。次はどうしたのですか?
【青木】おかげさまで檜原村の森林組合の現場作業員になることができました。でも、待遇はよくなくて、日給9000円。緊急雇用対策事業の時代と同じ額です。
【田原】日給制なんだ?
【青木】生活は厳しかったですね。私がいた作業班は、班長が50代で、ほかのメンバーは60代。年金をもらっているので無理して働く必要はなく、少しでも雨が降ると「今日は休みにしよう」となる。私は独身だったのでやっていけました。でも、新たに入ってきた仲間たちには奥さんや子どもがいて、本当に大変そうでした。このままでは続かないと思って森林組合に待遇改善の交渉もしましたが、うまくいきませんでした。
【田原】どうして失敗したのですか?
【青木】多摩の6市町村にそれぞれあった森林組合が広域合併をして、1つになりました。その結果、森林組合内に作業班が一気に増えた。檜原村の私たちの班だけ待遇改善するわけにはいかないという話になりまして……。
【田原】でも、それが結局、独立の契機になったとか。どういうこと?
【青木】広域合併で森林組合にコスト削減の必要が生じて、作業の一部をどこかに外注できないかという話が持ち上がりました。それなら私たちが外に出て仕事を受けますよと、若手の仲間4人で会社をつくって森林組合の下請けを始めました。それが東京チェンソーズです。
【田原】さっきもいいましたが、林業は衰退産業。独立してやっていける目算はあったの?
【青木】雨が降ろうが何が降ろうが、自分たちのペースでしっかりと動いていけば、少なくともいまよりよくなるという計算はありました。
【田原】実際、収入は増えましたか。
【青木】会社を設立するときにみんなで決めたのが、月給制にして、社会保険をつけて、退職金も積み立てること。給料の目標額は月30万円。そこから逆算して、森林組合から下請けで仕事を受けていました。
【田原】森林組合からの下請け仕事って、どんな内容ですか。
【青木】森林組合は個人の山主さんの山の手入れを行います。具体的には間伐ですね。それを私たちが外部業者として受託していました。
■林業は半世紀先の木材価格に左右される
【田原】目標の月給は稼げましたか。
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【青木】はい、何とか。ただ、一方で限界も見えていました。体力勝負でぎりぎりまでやって月給30万円。それ以上を目指すなら、森林組合の下請けから抜け出して、山主さんから仕事を直接受けられるようにならないといけない。仲間と議論した結果、もともといた4人のうち2人は元請けに反対。そこで2つに分かれて、新たに3人を採用して、計5人で2010年から元請けを始めました。
【田原】元請けですか。山主さんとのパイプはあったの?
【青木】じつはいま林業は公共事業化しています。山を所有しているのは個人の山主ですが、もう多くの山主さんは自分で山の手入れができない状況。山は個人の資産ですが、きちんと手入れをしないと、水源涵養や土砂流出予防といった山の機能を保てなくなる。それはまずいということで、東京都や国が山主と契約して山の手入れをする森林再生事業を始めました。元請けになれば、その仕事を直接受託できます。
【田原】目論見どおり仕事はもらえたのですか?
【青木】当時、林業をやる事業主体は森林組合くらいしかありませんでした。競争の原理が働かないから、東京都や檜原村の人たちは森林組合に頭を下げて手入れを頼んでいた。そこに私たちが「仕事をください」と出てきたものだから、わりと大事にしていただけたと思います。
【田原】なるほど、森林組合は威張っていたわけね。
【青木】あはは、私の口からはいえませんが(笑)。もう1つ、東京都が花粉対策事業を始めていたことも大きかったです。花粉の発生源であるスギやヒノキを伐採して、品種改良で花粉を少なくしたスギやヒノキに植え替える事業です。当時の石原慎太郎都知事が花粉症だったから始まったと噂されましたが、おかげで公共事業が増えて私たちにも仕事が回ってきました。
【田原】青木さんは元請け仕事以外にも新しいことにいろいろ取り組んで、林業を儲かる仕事にしようとしている。たとえば「東京美林倶楽部」を始めたそうですね。これは何ですか。
【青木】私たちは人の山の手入れをするだけでなく、自分たちで山を買って木材の生産も手がけています。所有しているのは檜原村にある約10ヘクタールの山。私たちはここから生産された木材を使って、自治体からの補助金なしで林業を成り立たせることを目標にしています。ただ、問題は木を植えてから収穫するまで50~60年かかることです。林業は半世紀先の木材価格に左右される、まったく先の見えないビジネス。この欠点をどうにかできないかと思って始めたのが、会員制の森林体験プログラム「東京美林倶楽部」です。
■檜原村を「木のおもちゃの村」に
【田原】森林体験?
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【青木】町の人は、木材というモノより、環境のために何かしたいとか、自然に触れたいといった体験へのニーズが強い。そこで3本の苗木を植えて、30年かけて一緒に育てようというプログラムです。30年後、3本のうち1本は山のために残してもらい、あとの2本は間伐材として会員にお譲りする仕組みになっています。
【田原】これでどうしてさっきの欠点が解消されるんですか。
【青木】会員の入会金は5万円で、年会費は1000円。30年間で計8万円です。私たちは先に代金をいただくことで、50年後の木材価格に振り回されない経営ができます。もう少し具体的にいうと、一般的に1ヘクタールの山には3000本の木を植えられます。「東京美林倶楽部」は3本1口なので1000口。1口計8万円だと、8000万円が早い段階で入金されます。一方、林野庁の試算によると、1ヘクタールの森づくりの費用は500万円。大きな差額が生まれるので、潤沢な資金を背景にした安定した森づくりを実現できます。
【田原】いま会員数は何人ぐらい?
【青木】約200家族で、まだまだ足りません。ただ、会員はお金を払ってでも森づくりに関わりたいという感度の高い方たちなので、「東京の木で家具をつくりませんか」というように別の働きかけができるかもしれない。このコミュニティを少しずつ増やしていきたいです。
【田原】「森のおもちゃ美術館」構想があると聞きました。これは?
【青木】いま林野庁は食育の木材版である「木育」という考え方を広めようとしています。具体的には、子どもが生まれたときの自治体からの祝い品を木のおもちゃにする「ウッドスタート」という事業を行っています。私たちは「檜原村を木のおもちゃの村にしましょう!」と村長を口説いて、14年にウッドスタート宣言をしてもらった。その流れで、木のおもちゃの美術館をつくろうとしています。
【田原】木のおもちゃが地域振興に?
【青木】ドイツにあるザイフェンという村は木のおもちゃで有名で、クリスマスの時期になると世界中から人がやってきて地元の職人がつくったおもちゃを買っていきます。ザイフェンは人口3000人の小さな村ですが、2000人がおもちゃづくりに関わっているそうです。私たちは、檜原村を日本のザイフェンにしたい。じつは日本の木のおもちゃのうち、国内産は3%にすぎません。伸びしろは大きいはずです。
【田原】コンセプトはわかりましたが、どうやって実現するんですか。
【青木】18年中に村におもちゃの工房をつくります。ブランディングのためには何かもう1つインパクトがほしいので、先ほどいった森のおもちゃ美術館も建設予定です。東京オリンピック&パラリンピックに間に合うように調整中です。
■第6次産業の手法を導入する
【田原】いま社員は何人ですか。
【青木】14人です。売り上げはおよそ8000万円。公共事業の元請けが6割、木材の販売が3割、残りの1割は、林野庁からの支援です。
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【田原】公共事業は行政次第だから、自前で売り上げを伸ばせるのは木材の販売のほうですね。どういう戦略を立てていますか。
【青木】木材は丸太で販売すると利益率が低いんです。だから工房で商品に加工して付加価値を高めてから売るという戦略が1つあります。また、一般に木材で使われるのは幹のいい部分だけで、歩留まりが悪い。もったいないので、従来なら山に捨てていた部分をあますところなく使って、1本の木からの売り上げを増やしていくことも考えています。
【田原】でも、捨てていた部分は売れないから捨ててたんじゃないの?
【青木】意外にニーズはあるんです。たとえば二股の木は普通、売れないと思いますよね。でも、「店舗の看板を置きたい」とか、「保育園で、木の様子がわかる柱として使いたい」というお客様もいる。これまではそういうニーズを持ったお客様がいても、どこに買いにいけばいいのかわからなかったし、売るほうも積極的に提案しなかった。だから捨てられてきたのですが、個性的な木材を欲しい人がきちんと商品にたどり着ける道をつくれば、捨てなくて済む。いまカタログをつくって、インテリアや内装の会社に配って営業を仕掛けています。
【田原】おもしろい。いままで受け身だった業界に、攻めの発想を持ち込んたわけだ。青木さんが「衰退産業こそフロンティア」とおっしゃる意味がよくわかりました。
【青木】いままで何もやってきていなかったわけですから、伸びる余地が大きいことは確かです。いま農業は6次産業の成功事例がいろいろ表れ始めていますが、林業ではまだほとんどありません。私たちがその事例をつくれればいいなと。
【田原】青木さんのように、林業で新しい挑戦をしている若い人はほかにもいるのかな。
【青木】林業への参入は増えているし、まだ少数ですが、私たちと同じように独立している人たちも現れ始めています。新しいビジネスについては地域で温度差があって一概にいえませんが、なかには木材を使った発電をするなど、ユニークな取り組みをしているところもあります。
【田原】青木さんの夢を聞かせてください。日本の林業をどうしたい?
【青木】いま日本がこれだけ経済活動できているのは、自然環境に恵まれているからです。たとえば水には困らないし、気候は安定している。こうした環境の基盤は森林であり、日本経済のためにも林業を産業として成り立たせる必要があります。私たちもそこにしっかり貢献していきたいです。
■青木さんから田原さんへの質問
Q. 日本の林業には何が必要ですか?
衰退産業には、たいてい何か構造的な問題があります。今日お話を聞いた限りでは、林業もそうでしょう。ただ、最終的には「人」ですよ。大切なのは、夢を持った人が集まっているかどうか。業界をよくしようと本気で考えている人たちがいれば、問題も乗り越えられるはずです。
では、どうすれば夢を持った人が集まるのか。それには青木さんのような人がロールモデルになって、「林業はおもしろいんだ」といい続けることが重要です。子どもたちに肌感覚として林業のおもしろさを伝えることも大事でしょう。家族で植林する「東京美林倶楽部」の取り組みは、長い目で見て林業の振興に役立つと思いました。ぜひ頑張ってほしいですね。
田原総一朗の遺言:夢を語れば人は集まる!
(ジャーナリスト 田原 総一朗、東京チェンソーズ 代表 青木 亮輔 構成=村上 敬 撮影=宇佐美雅浩)
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