最もヤバい起業家が"友情"を重視するワケ
プレジデントオンライン / 2018年5月18日 9時15分
※本稿は、トーマス・ラッポルト『ピーター・ティール 世界を手にした「反逆の起業家」の野望』(赤坂桃子訳、飛鳥新社)の一部を再編集したものです。
■「ぶっ飛んだビジョン」こそが社員を結束させる
ティールは、企業ビジョンは社員のモチベーションを高める意味で重要だと考える。すぐれたビジョンの例として、彼はスペースXを引き合いに出してこう語る。
「スタートアップはカルトであるべきか? まちがったことを狂信するのがカルトだとすれば、スタートアップはカルトであるべきではありません。でも大半の人が理解していない真実をメンバーだけが深く理解するというのは、とても大事です。たとえば友人のイーロン・マスクのスペースXは、『15年以内に人間を火星に移住させる』という、ぶっ飛んだビジョンに動機づけられています。ぶっ飛んだビジョンこそが、我々はその他大勢とはひと味ちがうぞという自覚をメンバーに与え、結束を高めるんです」
スタートアップを成功させることは、マッターホルン登攀と似ている。人は頂上に立つというビジョンを持っているが、下の渓谷にいる自分は小さな点にすぎない。頂上に立つまでには多くの予期せぬこと、危険、不自由がある。ティールはこの「マッターホルンのイメージ」を頭の中に持つべきだと考える。モチベーションを高める大きなビジョンがあったからこそ、未経験ではあるが優秀で熱心な「登攀者たち」を成功に導くことができたのだ。
ペイパルに関するティールのビジョンは壮大だった。あるときティールは社員にこう語っている。
「僕らは偉大なゴールをめざす道に立っている。ペイパルに対する需要はケタ外れだ。この世界のすべての人間が、支払い、取引し、生きるためにカネを必要としている。紙幣や硬貨は時代遅れであるだけじゃなく、不便な支払い方法だ。落とすことも、なくなることも、盗まれることもある。21世紀の人間には、どこにいても携帯端末やインターネットで手続きできる、快適で安全なカネが必要なんだ」
■国家権力から「マネー」を解放せよ
数世紀前から、貨幣は成長のための潤滑剤であり、権力者がほしいままに利用していた。90年代半ばの経済政策と通貨政策は、ティールにとって格好の追い風となった。1997年にアジア通貨危機が起き、その翌年にロシアが経済危機におちいったのち、大手ヘッジファンドのロングタームキャピタルマネジメント(LTCM)が破綻。ロシアは低い石油価格のために支払い能力に問題が生じ、国際的な信用を失った。その結果が高いインフレ率と通貨切り下げだ。勝者はオリガルヒ(新興財閥)だった。彼らはエネルギー企業・原料企業の経営で莫大な資産を築き、それを国外に送金して安全な通貨に換えることができたからだ。
こうした国々の庶民は、ティールに言わせれば「八方ふさがり」で、必死で倹約したカネを腐敗政権から守ることができない。だが、ペイパルならこの状況を変えられる。
「将来、僕らがアメリカ国外でサービスを提供し、インターネットが人口のすべての階層に普及するようになったら、ペイパルによって世界中の人々がかつてなかったほど直接的に通貨をコントロールできるようになる。腐敗した政府が国民の財産を盗んだりすることは、まず無理だ」
なぜならペイパルを使うことによって、国民は政府のもくろみをつぶし、現地通貨はドルやポンド、円のような、より安全な通貨に簡単に換えられるようになるからだ。
ティールは続けて社員たちにこう語っている。
「この会社が決済ソリューションのマイクロソフトになる、すなわち全世界のための金融OSになるチャンスがあると信じている」
■ペイパルに隠された自由至上主義思想
もう一つ忘れてはならないことがある。ペイパルのビジョンは、政府が押しつける通貨のくびきから世界を解放し、国家の影響がおよばない新しいインターネット通貨をつくるというものだ。つまりペイパルのビジョンは、権力のくびきから自由になることをもくろむ、リバタリアン(自由至上主義者)としてのティールの世界観そのものだったのである。そしてその結果、世界初のグローバルな金融系インターネット企業が誕生したというわけだ。
それから15年ほど後にようやく「フィンテック」という概念が定着し、それ以来、銀行、保険会社、ベンチャーキャピタリストは金融部門のデジタル化にこぞって投資するようになった。
■一流経営者としてのティール
まだ若いスタートアップであるペイパルのCEOとして、ティールはどのような経営スタイルをとったのだろうか? これをいちばんよく知っているのはデイビット・サックスだ。スタンフォード・レビューの編集長としてティールの後をつねに歩んできたし、ペイパルではCOOとして、ユーザーが急増し売上が伸びていく過程で大きな責任を負っていた人物だ。フォーチュン誌の取材で、サックスは起業家としてのティールの特徴をこう述べている。
「ピーターは実務家タイプではありません。でも戦略上の勘どころを理解し、正しく処理する才能があります」
サックスがよく覚えているのは、ドットコム・バブルが頂点に達していた2000年3月に、ペイパルが1億ドルの増資計画を立てたときのことだ。この状況で、大方の人間がもっと有利な条件を当てこんでねばろうと考えていたとき──。
「ピーターは誰の意見も聞かずに資金調達ラウンドをクローズしました。ところがその数日後に株式市場がクラッシュしたんです。彼があと1週間ためらっていたら、会社は破綻していたでしょうね」
先見の明を持ち、しかもすぐに具体的な行動に出られる人物は多くない。ティールはすぐれた思考家であり、しかも世界に対する強固なビジョンを持ち合わせている。ペイパルが直面したいかなる難題に対しても、彼は強い絆で結ばれたチームとともにただちに打開策を見出してきた。
彼の経営スタイルが機能するための大前提は、彼がペイパルというチームの首脳陣とメンバーに全幅の信頼を寄せられるかどうかだった。スタンフォード時代の親友リード・ホフマンとでデイビッド・サックスがCOOとして脇を固めてくれた。だからこそティールは戦略を練り、資金を調達することに集中できたのである。
■ティールにとっての「ウォズニアック」は誰か?
ティールにとって強固な友情は起業家として成功するための基本だ。ブルームバーグのインタビューでこう答えている。
「よくあるスタートアップ神話は、全能の創業者が一人ですべてを実現するというものですよね。でも僕は、どのプロジェクトであれ一人でやったことはありません。僕にはよく話し合う友人がいて、彼らと密に協力しながら仕事をしているんです」
起業家としてのティールの行動パターンをつぶさに見ていくと、「相性」がカギであることがわかる。彼は、自分が信頼できる人間に大きく賭ける傾向がある。彼には、自らの思考の道筋を全面的に理解してくれる相性のいいパートナーが少なくとも一人は必要だ。その点はスティーブ・ジョブズと同じだ。ジョブズは、アップルを共同創業した天才プログラマー、スティーブ・ウォズニアックがいなかったらどうなっていただろう?
ペイパル創業時のティールにとってのウォズニアックは、マックス・レフチンだ。この二人は、スタートアップの成功になくてはならない基本条件を体現している。つまり、すぐれたビジネスセンスとすぐれたテクノロジーが完璧に共生していることである。多くのスタートアップが失敗するのはまさにこの点で、ビジネスかテクノロジーのどちらかに片寄りすぎている。それでは市場が求めるすぐれた製品をつくることはむずかしい。
プログラマーとしてのレフチンの傑出した能力なしには、ペイパルは爆発的な勢いでユーザーを増やすことはできなかっただろう。CTOとして彼はすぐれた詐欺防止アルゴリズムを開発し、2002年にMITテクノロジー・レビュー誌が選ぶ最近35年間のトップ100イノベーターの一人に名を連ねた。
■ビジネスパートナー選びは結婚と同じ
レフチンは天才的なプログラマーだっただけではない。ペイパル時代の彼のまわりには、昼も夜もシフト制で、製品チームが出したアイディアを速攻でソフトウェアに落とし込んでいく開発者が集まっていた。
「もっとも重要な最初の問いは、誰と創業するかです。ビジネスパートナーの選択は結婚のようなもので、もめごとは離婚と同じようにやっかいですから」
ティールはそう語る。結婚生活と同じように、スタートアップの場合にも、ロマンチックな「ハネムーン」の後には、難題だらけの山あり谷ありの灰色の日常が待っている。
そこでティールは、創業者には「共通の前史」があることが望ましいと述べている。そうでないと、スタートアップはギャンブルになる。「うまく折り合っていけるよい社員」が必要だが、「長期的に全員が同じ目標を追うことができる組織も必要」なのである。
官僚的な組織を毛嫌いするティールは、大企業のCEOには向いていない。彼にとっては、スタートアップは「確実にコントロールできる最高のプロジェクト」なのだ。
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起業家、投資家、ジャーナリスト
1971年ドイツ生まれ。世界有数の保険会社アリアンツにてオンライン金融ポータルの立ち上げに携わったのち、複数のインターネット企業の創業者となる。シリコンバレー通として知られ、同地でさまざまなスタートアップに投資している。シリコンバレーの金融およびテクノロジーに関する専門家として、ドイツのニュース専門チャンネルn-tvおよびN24などで活躍中。他の著書に『Silicon Valley Investing』がある。
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(起業家 トーマス・ラッポルト 撮影(ピーター・ティール)=Manuel Braun)
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