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顧客の心を測る「シンプルで究極の質問」

プレジデントオンライン / 2018年5月15日 9時15分

リチャード・ハセラル ベイン・アンド・カンパニー パートナー

企業から「この商品を友人や家族にどの程度すすめたいと思いますか?」と聞かれたことはないだろうか。このシンプルな質問への回答を分析することで、アップル、スターバックス、ソフトバンクといった企業が収益を劇的に改善させてきた。どのような分析方法なのか。開発企業であるベイン・アンド・カンパニーの責任者に聞いた――。

企業収益の改善で、「NPS(ネット・プロモーター・スコア)[R]」という指標が注目されている。これは顧客に対し、「0~10点で表すとして、○○を友人や家族にすすめる可能性はどのくらいありますか?」と質問し、その製品やサービスに対する顧客ロイヤルティ(忠誠度)の度合いを測るものだ。回答結果は、10~9点と回答した顧客を「推奨者」、8~7点を「中立者」、6~0点を「批判者」として3つのセグメントに分類する。「推奨者」の割合から「批判者」の割合を引いたものがNPSのスコアとなる。

これまでアップル、スターバックス、ソフトバンクといった企業が、NPSを導入し、収益を劇的に改善させてきた。非常にシンプルな調査方法だが、それだけ誤解も受けやすい。NPSを開発したベイン・アンド・カンパニーのパートナー、リチャード・ハセラル氏に、日本におけるNPSのエバンジェリストの遠藤直紀氏が、その正しい使い方を聞いた。

■顧客ロイヤルティと最も相関の強い指標

【遠藤直紀(ビービット社長)】NPSという指標が生まれた背景と、その使い方について簡単にうかがえますか。

【リチャード・ハセラル(ベイン・アンド・カンパニー パートナー)】NPSは2003年に『ハーバード・ビジネス・レビュー』誌に発表され、脚光を浴びました。当時多くの経営者は顧客エクスペリエンスの重要性については認識しているものの、どうやったらそれを向上させることができるのかについて悩んでいたのです。一方で、顧客部門はなおざりにされて組織の片隅に追いやられ、そこからレポートや情報が上がってきても実際の計画や行動につなげられるような知見はありませんでした。まずは顧客が自分たちの商品やサービスをどう感じているのかを測定する必要があるということで開発されたのがNPSです。

【遠藤】わたしはNPS開発者で『ネット・プロモーター経営』(プレジデント社)の共著者でもあるフレッド・ライクヘルド氏にも会いにいったことがあるほどNPSという指標を高く評価していますが、開発当初から20年近くがたっています。この間指標はどんな進化をとげてきているのでしょうか。

【ハセラル】NPSはたんなるスコア(指標)ではなく、システムとして経営の中核に組み込まれることでさらに効果を発揮しています。このシステムは、これまでの成功事例を調査し、最も効果的な使い方を定型化したものです。

■役員会に「顧客」の席がある会社

【遠藤】成功事例にはどういった共通点がありましたか。

遠藤直紀 ビービット社長

【ハセラル】数千にものぼる導入事例のなかから特に成功した企業を精査すると、4つの共通点が浮かび上がってきました。まず、リーダーのコミットメントです。それがなければ何をどう測定しても何にもなりません。成功している企業では、リーダーが主導で揺るぎのない、真摯な取り組みを行っています。どうやって見分けるか、たとえば顧客ロイヤルティを会社のKPI(重要業績評価指標)のトップ3に入れているかどうかがひとつのポイントです。また、経営者が顧客の声を届けてくれる最前線のチームに対して時間を割いているか、財務諸表よりも顧客関連データのほうをまず気にかける姿勢があるか。そして顧客の声を実際に意思決定に生かしているか。それに基づいて顧客ロイヤルティ向上のために投資をしているか。こうしたことから経営陣がどれだけコミットしているかが見てとれます。ある企業では取締役会のときに「お客様」と紙を貼った空の椅子を用意し、重要な意思決定の際「ここにお客様がいたらどう言うだろうか」ということを常に意識するようにしています。

2番目に重要なことは、信頼度の高い測定ができているかです。自社の提供している顧客体験が競合他社と比べて上なのか下なのか、今後どうやって改善していくのかを判断する材料となるような精度の高い数値をとる必要があります。たとえばわたしが保険会社のお客様だったとしましょう。契約した保険に対して満足しているか、請求手続きはスムーズか、わからないことはすぐに解決されるか、その1つひとつが大切なのです。多くの企業がおかしがちな過ちが測定のタイミングです。お客様が経験を忘れていないときに問いかけをして測定をすることが重要です。体験から6カ月後にアンケートをとっても意味がありません。日々の重要な経験については毎日でも測定する必要があります。

3番目に重要なこと、これが最も大事なのですが、NPSによって吸い上げたお客様の声を全社の隅々で生かすことです。多くの企業は測定しただけで満足し、どうやって改善案策定に使うかまで落としこめていません。NPSをうまく使っているところは、現場の1人ひとりがNPSの測定値を見て、それを改善するために何をしたらよいのかを考えながら行動しています。コールセンターの人も、店頭にいる人も、財務部門の人も、人事部門の人も、バックオフィスのサポートチームも、それぞれの役割において何ができるかを考えるのです。NPSをうまく活用できている会社は、社員1人ひとりが顧客体験を改善するための「自分の役割」を明確に認識しています。

4番目に重要なことは社内に従業員を支援する仕組み(アドボカシー)があるかどうかということです。会社は社員1人ひとりが顧客経験を改善できるようにするためにどのようなサポートが必要か定期的に聞き、それを提供できているかどうかです。

■顧客体験改善とコスト削減は両立する

【遠藤】計測したものをシステムとして活用するためには、カスタマーデータベースが整っていないとできません。NPSが機能するためにはITテクノロジーが鍵となってくるのでは?

【ハセラル】答えはイエス・アンド・ノーです。銀行口座をひらいたり、新しいスマホを使い始めたり、保険金請求手続きをしたりといった、タイミングで顧客満足度を測定するにはITテクノロジーは欠かせません。タイムリーに顧客の体験について聞き、理想的にはその直後からその体験の測定値がわかるようなシステムがあれば理想的です。アジアではまだこのプロセスにITテクノロジーはほとんど入っていません。紙でのアンケートや電話でのヒアリングなどで集めた顧客の声を現場にメールやレポートでフィードバックしています。ITテクノロジーにお金をかければより顧客の声が活かせるというわけではなく、やはりリーダーが顧客体験にどれだけコミットしているか。リーダーが本気なら、その企業に最適な顧客体験改善の手段はおのずと見つかります。

【遠藤】部門ごとの取り組みも大事ですが、本当の顧客体験の問題は、部門間のつなぎ目にあるような気がしています。

【ハセラル】顧客体験には2種類の改善の仕方があります。ひとつはチーム内における改善です。たとえば店長として顧客体験改善のために何をしたらいいか、といった話です。もうひとつは全組織的な改善です。成功している会社は現場での取り組みを全社的に展開するための仕組みがあります。具体的には顧客体験に特化した会議や、クロスファンクショナルチームをつくっての取り組みです。そうした仕組みを使って6カ月、1年など期限を区切り、特定の顧客体験の改善を行っていきます。

【遠藤】部門間の壁を取り払うためにはそうした会議やチームをつくるだけではだめで、その権限をとても強くするなど、“スーパーパワー”が必要ではないでしょうか。

【ハセラル】そうですね。これはKPIの設定の仕方の問題ともかかわってきます。保険会社を例にとると、かつては往々にして売り上げ、注文処理時間、コール処理時間など担当ごとにバラバラのKPIを使っていました。顧客体験の改善という視点でKPIを再定義すると、コール処理時間ではなく、お客様からの電話そのものの数を減らすという発想になります。お客様が知りたいことを最初から伝えるようにすれば、あとで電話して聞かなくてもいいわけですから。顧客体験の改善からKPIを考え直すということは、コスト削減にもつながります。コールセンターのスタッフの教育にお金をかけるよりも、かかってくる電話の数を減らすほうがコストもかかりません。

■デジタルテクノロジーで顧客体験の期待値が上がった

【遠藤】会社全体のKPIを再設計するということになると強いリーダーシップが必要になりますね。ただ、KPI含め、今のやりかたを変えるには「必然性」がなければ無理だと思います。多くの企業が本気で顧客体験にフォーカスしている背景にはどんな危機感があるのでしょう?

【ハセラル】たとえば10年ほど前から銀行は顧客ロイヤルティに真剣に取り組み始めました。次に通信会社、そして保険会社……。こうした業界では、かつては顧客側にも高い顧客サービスを受けられるという期待が薄く、「お客様のため」を考えることが商売の基本であるという認識が希薄になりがちでした。それが変わってきたのは、こうした業界が往々にして依存していた顧客の惰性や商品の複雑性といったネガティブなドライバーによって得る利益よりも、顧客ロイヤルティのようなポジティブなドライバーによって得られる利益のほうが大きいということに気付いたからです。その背景にはテクノロジーによる環境の激変があります。顧客体験などさほど気にしなくてもよかった企業も、もはや同業他社に出し抜かれなければそれでいいという状況ではなくなっています。エアビーアンドビー、ウーバー、アリババ、ウィーチャット、グーグル、フェイスブック、アマゾンといった企業によって、顧客の期待値が全体的に上がっています。どんな業界にいても、こうしたテクノロジー企業の提供する顧客体験が基準になるのです。

【遠藤】一方で、顧客第一とうたって一時期徹底して取り組んでいるように見えた企業でもそれが継続できなくて、逆に顧客ロイヤルティを下げているケースも見受けられるのはなぜなんでしょう。

【ハセラル】顧客から高く評価され続けている企業とそうでない企業の違いは、特に業績が悪いとき顧客をどう扱うかに現れます。顧客志向でありさえすれば、危機が避けられるわけでも、コスト削減が必要なくなるわけでも、難しい決断をしなくてすむわけでもありません。難しい決断を行うときに顧客への影響をまっさきに考えるかどうかが試金石になります。コスト削減する場合はどこから削っていくのか。トップが顧客第一主義を何か別なものにすり変えた瞬間、現場も顧客を第一に考えなくなります。トップの1つの決定が、現場の10000もの小さな行動につながるのです。

■NPSを成長につなげられているのは上場企業の1割強

【遠藤】顧客体験は常に経営課題のひとつにはなっていますが、それを中心に全体を再設計するとかマネジメントを刷新するまでには至っていない。日本は現場における接客のレベルは高いですが、経営にホスピタリティが足りていません。

【ハセラル】現場がいくら素晴らしいホスピタリティを発揮してもバックエンドが顧客の「より簡単に」「より速く」のために協力しなければ顧客体験は向上しません。まずは信念を持った人が行動を起こすことからです。通常、マネジメントから行動を起こすことはありません。NPSについても、現場の判断でまずは部分的に導入し、プロトタイプをつくって、顧客も従業員もハッピーになることを証明しながら浸透させていくことが多いです。いきなり全社で導入したところで、うまく活用できないでしょう。

【遠藤】どれぐらいの数の上場企業がNPSを導入しているのでしょうか。

【ハセラル】何千もの会社がNPS測定はしていますが、そこには3つのグループがあります10~20%の会社は結果を出しています。現場主導で部分的には取り組んでいるが、リーダーシップのコミットメントがなく、会社全体としての取り組みにはなっていないところが30~40%。こういうところではNPSはたとえば10あるKPIのうちの1つにすぎません。つまり、本気で取り組んでいないのです。残りが測定はしているものの、それを行動につなげられていない会社です。

[著者]フレッド・ライクヘルド、ロブ・マーキー[監訳]森光 威文、大越 一樹[訳]渡部 典子『ネット・プロモーター経営』(プレジデント社)

【遠藤】産業別に違いはありますか?

【ハセラル】どの国でも競争が激しい業界であればあるほど、いち早く取り組んできました。銀行などの金融機関はここ10年で非常に進みました。オンラインバンキングが始まってから顧客エクスペリエンスに対する関心は急激に増したのです。通信やBtoBの企業においても関心は高まっています。かつては顧客エクスペリエンスとコストダウンはトレードオフとされてきましたが、デジタルテクノロジーによって、顧客のエクスペリエンスを向上させると同時にコストを下げることができるようになりました。かつては通常のルーティン業務で顧客に感動を与えることなど考えられませんでしたが、スマホアプリの出現でそれができるようになりました。顧客のロイヤルティを高く維持するためには、常にサービスに慣れて当たり前になってしまう前に期待を上回り続ける必要があります。それがより高次の経営目標と結びついてこそ、顧客ロイヤルティが大きな収益をもたらすのです。

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リチャード・ハセラル(Richard Hatherall)
ベイン・アンド・カンパニー パートナー
アジアパシフィックのNPSをはじめとする顧客戦略のリーダーで、20年以上にわたりイギリス、米国、アジアパシフィックの国々でのコンサルティング経験を持つ。顧客戦略、特に金融部門での知見が深く多くの企業での顧客戦略を支援してきた。現在は香港オフィスをベースにグローバルにコンサルティング活動を展開している。ケンブリッジ大学経済学部卒。
遠藤直紀(えんどう・なおき)
ビービット 社長
1974年生まれ。横浜国立大学経営学部卒業。アメリカへの留学を通じてインターネットに興味を持つようになり、ソフトウェア開発会社に入社。その後アンダーセンコンサルティング(現・アクセンチュア)を経て、2000年3月ビービットを設立。著書に『売上につながる「顧客ロイヤルティ戦略」入門』『ユーザ中心ウェブサイト戦略』などがある。

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(ベイン・アンド・カンパニー パートナー リチャード・ハセラル 聞き手=ビービット社長 遠藤直紀 構成・撮影=プレジデント社書籍編集部)

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