1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 社会
  4. 社会

安倍政権に足りない"本当の経済政策"とは

プレジデントオンライン / 2018年5月17日 9時15分

写真=iStock.com/paylessimages

安倍政権は多くのメディアから「積極財政」と評価されている。しかしそれならなぜデフレ脱却ができないのか。なぜ消費増税を進めるのか。いま日本に必要な経済政策とは、オリンピックのような大型公共事業ではなく、 教育や福祉、介護、住宅政策などへの積極的な投資ではないか。ブレイディみかこさん、松尾匡さん、北田暁大さんら3人は、「左派」の立場からそう論じます――。(第2回)

※本稿は、ブレイディみかこ、松尾匡、北田暁大『そろそろ左派は〈経済〉を語ろう レフト3.0の政治経済学』(亜紀書房)の第3章「左と右からの反緊縮の波」を再編集したものです。

■「人びと」が欠けた「アベノミクス」

【松尾匡(立命館大学経済学部教授)】僕は「アベノミクス」と称する経済政策には、コービンなどの欧州の反緊縮派が提唱する政策と違って「人民の/人びとの(People's)」という意識が欠けていると思うんですよ。

たしかに「異次元金融緩和」というものは、長らく日銀の建前上の「独立性」が保たれていたために、「失われた10年」が「失われた20年」になるまで、中途半端な状態に抑え込まれてきた金融政策を――「民主的」であるかどうかはさておき――少なくとも「政治主導」で劇的に解放するものではあったんですよ。これについては一定の評価はしなければならないと思います。

もっとも、黒田(東彦)日銀は、実は肝心なところでお金を出し惜しんできたきらいがあるので、野党が言っているのとは逆に、「足りないぞ」という批判をしなければならない。消費増税のあともグズグスして、追加緩和が実現するまで半年もかかったし、2016年頭に中国株が暴落して世界市場が荒れて円高が進んだあとなど、すぐに追加緩和して円高を抑える必要があったのにしませんでした。

たくさんの人が追加緩和を期待した、その後の4月の会合でも、結局追加緩和しないことを決めたのですが、その3日後の5月1日には、アメリカが日本を為替監視対象に指定したとの日経報道がありました。日銀執行部が日経報道ではじめてそのことを知ったはずはないので、円安に動かすことを許さないというアメリカの意向を忖度して、円安をもたらす追加緩和を見送ったと考えざるを得ません。

■インフレになっていないほうが都合がいい

【松尾】そもそも、この「第一の矢」については、「目標インフレ率2パーセントを達成するまで緩和を続ける」ということでずっとおこなってはきたのですが、別にそれは安倍政権が「経済にデモクラシーを!」と思ったからではないんですよね。安倍さんの一番の関心は、やっぱり安保法制や憲法改正のほうにあって、景気対策のほうは、あくまでそのための手段みたいなものなのでしょう。

安倍政権としては、選挙前にできるだけ好景気な状態をつくり出して、憲法改正のための基盤を固めたいと考えて、政権を運営してきたわけですよね。だからこそ、下手にインフレにして支持率が落ちかねない危険を冒すよりは、まだほとんどインフレになっていなくて雇用拡大効果だけが出ている状態をキープしておいたほうが安倍さん的にはかえって都合がいいということなのだと思います。結局、あくまで選挙のための手段としての経済政策なんです。

【ブレイディみかこ(保育士・ライター・コラムニスト)】そう。結局、欧州の左派本流のケインジアン的な政策を票稼ぎの道具として部分的に利用しているから、「なんのためにその政策をやるのか」という目的が欧州の左派とぜんぜん違う。

【松尾】だから安倍政権は、別に「人びとの(People's)」ためにと思ってやってきたわけではない。有権者の一番の関心は景気問題なので、そこに注力してきただけなんですよ。そうすると、政策が非常に中途半端なものになるんですね。たとえば、本来金融緩和とセットになっている「第二の矢」の財政出動のほうを見てみると、一応政権発足後一年くらいは積極的な財政出動をやっていたんですけど、そのあとは財政赤字の増大を恐れて引き締めにまわっています。いつも選挙前になると、テコ入れのために一時的に積極財政をとるのですが、それが終わるとまた引き締めるということを繰り返してきました。

【ブレイディ】すっごい中途半端ですよね。

■社会保障費の削減こそ景気回復の足を引っ張る

【松尾】僕の見る限り安倍政権は、メディアで報じられるほどには積極財政ではなくて、実質的に緊縮傾向に引きずられがちのかじ取りをしてきたように思われます。実際、財政赤字の拡大を恐れて、介護保険や生活保護の見直しなどを進めて社会保障費を縮小させてきましたから、その点では明確に緊縮的です。財政出動と言っても、コービンのように福祉や介護、住宅政策などの人びとのための事業に投資しよう、という発想がまったくないのです。そのせいで、その財政政策の振り向け先も、旧来型の自民党的な公共事業やオリンピックなどに向けられるばかりです。

ブレイディみかこ、松尾匡、北田暁大『そろそろ左派は〈経済〉を語ろう レフト3.0の政治経済学』(亜紀書房)

でも、不況の際に社会保障費の削減なんかしたら、人びとはますます生活不安でお金を使わなくなるじゃないですか。そうしたら、人びとの消費(需要)がますます縮んでいって、総需要不足の状態が解消されないので、むしろ景気回復の足を引っ張ることになるわけです。だから、僕はよく「『アベノミクス』はアクセルとブレーキを同時に踏んでいるようなものだ」と言って批判しているんですけどね。

【北田暁大(東京大学大学院情報学環教授)】安倍政権は、景気へのテコ入れとして中途半端な財政政策を散発的にとる一方で、財政赤字が膨らむのを恐れて、社会保障費を削ったり、消費増税をしてまかなおうとしている。その結果、安倍政権は緊縮なのか反緊縮なのかよくわからない、中途半端な状態をとり続けてきたということですね。

【松尾】そういうことです。しかも、消費税の増税はそのまま進めようとする一方で、法人税は減税している。法人減税で経済成長を促進させようという意図なんだと思いますが、前にもお話ししたように法人税の減税が経済成長につながるというのは、経済学的には必ずしも自明の事柄ではありません。これに対して、消費増税は明確に景気回復の足を引っ張ります。ここでも安倍さんはアクセルとブレーキを同時に踏んでしまっているわけです。

■「コンクリートから人へ」を実装しよう

【北田】だから野党はその点を攻めればいいんですよ。わたしもリベラル懇話会で、当時の民主党の人たちに「野党は「アベノミクス」の良い部分(金融緩和と財政出動)は継続して、お金の循環のさせ方を変えます、という方向でいけばいいじゃないですか。そちらのほうが票につながると思います」とご説明したんですけど、まったく同意してもらえなかった経験があります。たとえば、いま「消費税を下げます」と言えば、劇的に支持が集まると思うんですけど。

昨年(2017年)から続くモリカケ問題や南スーダンの自衛隊の日報隠し問題など、スキャンダルが立て続けに起こり安倍政権の支持率も不安定になってきています(2018年3月27日時点では、森友学園問題が財務省の公文書改ざん問題にまで発展している)。もちろん、こうした政権の横暴は今後も厳しく追及していくべきなのですが、同時に野党のほうも景気対策に無頓着なこれまでの姿勢を改めて、きちんとした経済政策を出していかないと、(たとえスキャンダルで安倍政権が倒れたとしても)いつまでたっても有権者の支持を得ることができないで、結局政権交代は遠い夢のままになってしまうんじゃないかと危惧しています。「経済か、民主主義か」という風に相手の土俵に乗っかって戦うのではなくて、先ほどのブレイディさんの言葉で言えば「経済に(も)デモクラシーを」求めていかなくてはならない。

【ブレイディ】わたしも野党はいまこそ「左派本流のやり方で景気対策をやれば、もっと庶民にいきわたるようにやれる」と有権者に訴えるべきだと思います。必要なのはまっとうな左派の反緊縮なんですよ。「アベノミクス」に対抗するなら、欧州の新左派にならって、素直に左派からの「ニューディール」を訴えていけばいい。

■左派こそ力強く反緊縮を訴えていくべき

【松尾】僕もそう思います。左派こそ力強く反緊縮を訴えていくべきで、そうすれば必ず勝てると思います。でも、問題はどうも日本では財務省的に「建設国債(道路などのインフラをつくる公共事業のために発行する国債)なら発行してもいいけれど、赤字国債(社会保障費など、インフラ建設等の公共事業以外に使うための国債)はダメ」みたいになっているということなんですね。

建設国債だったらいいっていう根拠もよくわからないんですけど、道路とか箱物は「国の資産をつくるからOKなんだ」という理屈らしいんですよ。そうは言っても、実際に道路を売り払えるのかといったら売り払えないんで、結局どっちでもおんなじじゃないかと思います。それなら建設国債で箱物をつくるんじゃなくて、赤字国債で福祉などの事業に投資したほうがよっぽどいいと思います。

【北田】民主党の「コンクリートから人へ」というのは、理念的にはそういう意味だったはずなんですけどね。だからあのキャッチフレーズをきちんと経済政策に落とし込んで実行すれば良かったんですよ。いまからでもまだ遅くない。

【松尾】本来は、社会保障費を削減するのではなくて、景気対策として社会保障分野にも投資するのが、左派本流の経済政策です。本当に財政出動をすべき分野はたくさんあります。たとえば、子育て支援がその最たるものでしょう。それで子どもが生まれたほうが、将来税金を納めてくれるんだから、財政的にもいいに決まっています。

だいたい、「国の資産をつくる」と言うんだったら、一番の財産は国民じゃないですか。子どもが増えたり国民が豊かになっていけば税収だって増えますよ。少子高齢化を心配するんだったら、低すぎる保育士さんの給料も上げなければいけませんし、保育所も増やす必要があるでしょう。介護についても切迫していますから、たくさんお金をかけて取り組むべきです。奨学金など借金を抱えて大変な学生さんもたくさんいますし、大学の学費を無償にするとか、給付型の奨学金を充実させることも必要な政策だと思います。

■保育所を増やせば、良い循環が生まれるはず

【北田】安倍政権も2017年の選挙前に、急に教育の無償化を言いはじめましたが、その財源は消費増税というのだから、まったく意味不明ですよね。松尾さんはこういう提言を「経済政策としても効果的なんだ」とおっしゃっているのが重要なところだと思います。「人への投資」とか言うと、中には「人を投資対象として見るのか!」とか言って怒りだす人もいるんですが、まったくそういうことじゃない。

【松尾】このかん問題になってきたのは、ものをつくるための力(供給能力)は十分にあるのに、人びとがものを買う力が不足している(需要が不足している)ということなので、もっとものを買う力を増やしていかなければいけません。政府が福祉や介護、子育て支援や教育などにお金を使って、そこで雇われる人の数が増えたり、給料が上がったりすれば、人びとのものを買う力は強まります。あるいは保育所をつくろうとすれば、資材をたくさん使いますし、サービスを供給するためにはいろいろなものを買うでしょう。

こうした分野に投資すれば、人びとのものを買う力は強まっていきます。そうすると、ますます生産が増え、ものが売れるようになり、雇用がまた増えていく、そういう良い循環が生まれていくはずなんですよ。

----------

ブレイディみかこ
保育士・ライター・コラムニスト
イギリス・ブライトン在住の保育士・ライター・コラムニスト。著書に『ヨーロッパ・コーリング』『THIS IS JAPAN』『子どもたちの階級闘争』『労働者階級の反乱』など、共著に『保育園を呼ぶ声が聞こえる』などがある。
 

松尾 匡(まつお・ただす)
立命館大学経済学部 教授
1964年石川県生まれ。立命館大学経済学部教授。専門は理論経済学。著書に『商人道ノスヽメ』『不況は人災です!』『この経済政策が民主主義を救う』など、共著に『これからのマルクス経済学入門』『マルクスの使いみち』などがある。
 

北田暁大(きただ・あきひろ)
東京大学大学院情報学環 教授
1971年神奈川県生まれ。東京大学大学院情報学環教授。専門は社会学。著書に『広告の誕生』『広告都市・東京』『責任と正義』『嗤う日本の「ナショナリズム」』など、共著に『リベラル再起動のために』『現代ニッポン論壇事情』などがある。

----------

(亜紀書房 写真=iStock.com)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください