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あなたは鳩山由紀夫の学術論文を読んだか

プレジデントオンライン / 2018年5月21日 13時15分

2013年1月、中国・北京で記者の取材に応じる鳩山由紀夫元首相(写真=時事通信フォト)

2009年に政権交代をとげるも、1年足らずで首相を辞任した鳩山由紀夫氏。政治家としての能力は疑問視されているが、鳩山氏には米スタンフォード大学の博士号をもつ科学者としての顔もある。作家の佐藤優氏は鳩山氏の博士論文について「英語が見事で、内容も素晴らしい。本物の学者だった」と評する。それではなぜ政治家として実績を残せなかったのか。佐藤氏と片山杜秀氏の対談をお届けしよう――。(第2回)

※本稿は、佐藤優、片山杜秀『平成史』(小学館)の第5章「『3.11』は日本人を変えたのか 平成21年→24年」の一部を再編集したものです。

■のんびりした空気の中で生まれた民主党政権

【佐藤優(作家)】09年に話を進めましょう。4月に新型インフルエンザが流行しました。私は新型インフルエンザの話題が出るたび、ロシア人と日本人の感覚のズレを感じます。ロシアではインフルエンザを中国風邪と呼びます。ロシアの軍医たちはこう言うんです。「中国風邪は毎年新型だ。我々が見るのは、自然発生したウィルスか、人為的なウィルスかだ」と。

彼らは05年に鳥インフルエンザが中国や東南アジアで発生したときも中国の生物兵器なのではないかと疑っていた。日本ではそういう議論はまったくでないでしょう。

【片山杜秀(慶應義塾大学法学部教授)】小松左京の『復活の日』は、軍事目的で開発された新型インフルエンザのウィルスが事故で広まって、人類が滅亡の危機に瀕する小説です。60年代の小説ですよ。すでにそういう物語がリアリティをもって示されて半世紀経つのに、いまだに日本人に危機感はありませんね。

【佐藤】いまある世代、ある人種だけに効果があるインフルエンザウィルスが開発されていて、戦場で使用すると非常に効果があるそうです。

【片山】生物兵器を使えば、ある人種だけを狙った絶滅戦争が起こせてしまう。そんな時代が現実になったわけか。

【佐藤】そうです。でも片山さんがおっしゃったように日本では誰も危機感を持っていない。そのようなのんびりとした空気のなかで登場したのが、民主党政権でした。

【片山】09年7月、まだ野党だった鳩山由紀夫が沖縄で「最低でも県外」と基地の移転先について発言しました。その2カ月後、政権交代で鳩山内閣が誕生した。民主党政権は鳩山、小沢、菅が中心となるトロイカ体制を敷いたでしょう。私は彼らの組み合わせや総理になる順番が違ったなら民主党政権はまた違った結果を残していたかもしれないと思うのですが、いかがですか?

【佐藤】私も同じ考えです。もし民主党政権スタート時に小沢首相、鳩山幹事長だったら長期政権になっていた可能性もある。秘書が政治資金規正法違反容疑で逮捕されて、09年5月に小沢一郎は代表を降りてしまう。それが大きかった。

小沢は、政治主導で検察を改造する計画を立てていました。検事総長の内閣同意制や検事正を公選制にすることで、予算や人事に手を入れようとしていたのです。それを察知した検察庁特別捜査部が小沢つぶしにかかった。

16年のアメリカ大統領選中、FBIがヒラリー・クリントンの私用メールを再捜査しました。小沢つぶしと構図は同じです。検察もFBIも組織防衛の論理で動いたんです。

■博士号を取得した鳩山氏は「本物の学者」

【片山】民主党政権は発足当初、75%と歴代2位の高い支持を得ていました。佐藤さんは鳩山由紀夫という政治家をどうごらんになっていますか。宇宙人とかいろいろ言われていますが。

佐藤優、片山杜秀『平成史』(小学館)

【佐藤】鳩山の最大の問題は、危機管理の専門家だったことです。

鳩山が英語で書いた学術論文を読んで驚きました。英語が見事で、内容も素晴らしい。政治家になるまでのつなぎとして腰掛けで学者をしていたのではなく、本物の学者だった。

東大工学部卒業後にスタンフォード大学に留学した彼は、電気工学とオペレーションズ・リサーチ学の二つの修士号を得て、博士号を取得した。私が読んだ論文のテーマはロシアの数学者、アンドレイ・マルコフが唱えたマルコフ連鎖確率の研究でした。

その論文では、1000人いる女性のなかから最高のパートナーを見つけるにはどうすればいいか、何番目で決めるのがいいのか、かなり複雑な計算式で割り出している。1度断ったら2度目はない。まず、1番目は絶対に断らなければならない。そして368人目までを断る。そして368番目の女性を基準にして少しでもいい人を選んだ場合、最適なパートナーである可能性が高いと証明している。

【片山】ものすごく面白いですね。学者としてどころか、人生相談の大家として細木数子を凌ぐ人になれた気さえしますが。

■政治家への道、きっかけは父親の言葉

【佐藤】そうなんです。政治家になるきっかけは父親の鳩山威一郎の言葉なんです。大蔵省の官僚だった威一郎は、青函トンネルの予算を担当していた。鳩山は父からこんな話を聞く。

「青函トンネルの予算を付けるとき、複線でなく単線で作っておけば、予算もかからなかったし、工期も短縮できた」

鳩山威一郎はそう後悔していた。そこで鳩山は「数学を使えば、最適な意思決定ができたのではないか」と考え、政治家になる決意をする。そして彼は偏微分方程式やマルコフ連鎖確率理論を使った意思決定をしようとした。

【片山】一般的に鳩山はふらふらして発言がぶれるというイメージがあると思うのですが、そのブレは実は計算尽くなんですね。それでああなるのか。

慶應義塾大学法学部教授の片山杜秀氏(左)と作家の佐藤優氏(右)

■方程式に当てはめても沖縄問題は解決できない

【佐藤】そこが彼の問題なんです。たとえば、首相時代は、アメリカの国家戦略や東アジア情勢、沖縄の世論が変わっていく。それぞれを偏微分方程式に当てはめて解を出す。

でもアメリカの国家戦略も東アジア情勢も、沖縄世論も刻一刻と変わる。だからその都度、回答が変わっていく。しかも問題に輪をかけているのは、いまだに鳩山はそれで最適な意思決定ができると考えていることです。

【片山】非常に面白い話ですが、彼の意思決定理論で沖縄問題は解決できなかった。なぜ解決できなかったのでしょう。政治に応用するのは無理があったのですか?

【佐藤】マルコフ連鎖理論で考慮するのは直近の出来事だけで、歴史や過去の事象を考慮しない。マルコフ連鎖理論は交通渋滞の解消や天気予報などでは効果が実証されているのですが、政治に有効なのかは分かりません。

これは彼とも話したことなのですが、歴史の積み重ねで複雑になった沖縄問題は直近の変化だけでは読めない。結果を見れば、無理があったのでしょうね。

【片山】裏を返せば、彼はマルコフ連鎖理論と偏微分方程式を用いた意思決定で総理にまで上り詰めたわけでしょう。彼が突発的な変化や刹那的な決断に強い政治家だとすれば、90年以降の流動化する政界だからこそ通用したとも考えられる。政界も天気予報で言えば突然の大型竜巻やゲリラ豪雨が襲ってくるような混乱状態だったでしょうから。

■3・11の中心にいたら、すごい仕事をした可能性がある

でもタイミングが悪かった。もしも3・11で彼が中心にいたら歴史に残るすごい仕事をした可能性がありますね。前例のないマグニチュード9と原発事故に対して、既成概念を取っ払った非常に有効な手を打ったかもしれない。

【佐藤】確かに鳩山は論理的に決断できる政治家でした。しかし本格的な学者は、理論に縛られるから政治家に向いていない場合があるんです。

■安倍政権も“マルコフ的”な場当たり対応に見える

かといって論理を無視した現在の安倍政権のような反知性主義集団に居座ってもらっても困ります。ただある意味、安倍政権もマルコフ的ではあるんですよ。直近に起こった事態によって対応を変えているでしょう。

【片山】言いかえれば、場当たり的でその場しのぎの対応、刹那的な言動を繰り返しているだけのように見えます。

【佐藤】16年12月に稲田防衛大臣が廃棄したと語った南スーダンの国連平和維持活動(PKO)に派遣した陸上自衛隊部隊の日報が、数週間で出てくる。これは直近の世論調査だけを見て判断している証拠です。

【片山】17年9月の衆議院解散も野党議員の不倫疑惑や北朝鮮からのミサイルによる国民の不安という直近の状況で決断したわけですからね。非常時、緊急時には刹那的対応が必要になりますが、日常的にそれでは困る。9・11以降の危機の時代に何が必要とされているのか。それは、自民党と民主党、右と左という議論では絶対に見えてはきませんね。

【佐藤】おっしゃるように自民、民主ではなくアジェンダで見るべきでしょう。そうすると平成という時代の分節点が見えてくるはずです。

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佐藤 優(さとう・まさる)
作家
1960年、東京都生まれ。1985年、同志社大学大学院神学研究科修了の後、外務省入省。在英日本国大使館、在ロシア連邦日本国大使館などを経て、外務本省国際情報局分析第一課に勤務。2002年5月、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕。2005年2月執行猶予付き有罪判決を受けた。主な著書に『国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて』(毎日出版文化賞特別賞)、『自壊する帝国』(新潮ドキュメント賞、大宅賞)などがある。
片山 杜秀(かたやま・もりひで)
慶應義塾大学法学部教授
1963年、宮城県生まれ。思想史研究者。慶應義塾大学法学部教授。慶應義塾大学大学院法学研究科後期博士課程単位取得退学。専攻は近代政治思想史、政治文化論。音楽評論家としても定評がある。著書に『音盤考現学』『音盤博物誌』(この2冊で吉田秀和賞、サントリー学芸賞)、『未完のファシズム―「持たざる国」日本の運命』などがある。

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(作家、元外務省主任分析官 佐藤 優、慶應義塾大学法学部教授 片山 杜秀 写真=時事通信フォト)

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