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"登山アプリのパイオニア"圏外でも大丈夫

プレジデントオンライン / 2018年6月11日 9時15分

ビジネスマンの趣味として根強い人気を誇る「登山」。普段とは違う世界が見られる一方で、山岳遭難者は過去最高を記録している。電波のない場所でも使えるアプリを開発した、福岡の起業家に話を聞いた。

■九州一周の自転車の旅が自分を変えた

【田原】春山さんは福岡県のご出身で大学は同志社ですね。なぜ京都の同志社に?

【春山】福岡以外の広い世界を見たかったんです。あと、親元を離れて1人暮らしがしたいという思いもありました。

【田原】福岡だと関西ではなく、東京に来る人が多いよね。東京が嫌いだった?

【春山】嫌いではなかったです。でも、結果的に京都で大学時代を過ごせてよかったですね。東京は人や情報が多くて流行りに振り回される面があります。それに対して京都は、都会と自然のバランスがよく、京都独特の時間が流れている。いま振り返ると、京都という街そのものが僕にとっての大学だった気がします。

【田原】同志社のとき、自転車に乗って九州一周の旅をしたそうですね。

【春山】浪人しているとき、睡眠以外はずっと勉強をしていて、虚しくなったことがありました。いま自分は一所懸命勉強しているけど、結局、机の前に座っているだけ。現実の世界を自分の目で見てないのに、わかった気になっていいのかって。そのとき決めたのが、大学に合格したらバイトや旅をして社会とつながりを持つこと。それで同志社に合格後、ゴールデンウイークに九州一周の旅に出ました。

■屋久島での「出会い」のあとに山に登り始めた

【田原】これも不思議。北海道など知らない土地に行くならわかるけど、どうして九州なの?

ヤマップ 代表取締役 春山慶彦氏

【春山】九州のことをよく知らなかったので、まずは故郷である島をしっかり見たいなと。自転車だと10日前後で九州を一周できます。大きさもちょうどいいなと。

【田原】食事や宿泊はどうしました?

【春山】基本、野宿です。町の定食屋さんでご飯を食べて、公園や営業時間が終わったガソリンスタンドの軒先で寝ていました。長崎の公園でオジサンに抱きつかれて、慌てて逃げたこともありました。

【田原】旅の途中で訪れた屋久島で、素敵な出逢いがあったそうですね。

【春山】屋久島の永田という集落にウミガメが産卵にやってくる浜があります。浜の近くの旅館へお風呂を借りにいったら、ご主人と意気投合。「いろいろ教えてやるから、しばらく働いていかないか」と誘われて、1カ月ほどお世話になりました。海に潜って銛で魚を獲る方法から魚のさばき方まで、本当にいろいろ教えていただきました。

【田原】貴重な体験だ。でも、どうして1カ月でやめちゃったんですか。

【春山】当時は大学生。2~3カ月働くと単位を落としてしまいます。

【田原】大学に戻ったあとは何を?

【春山】屋久島で自然の素晴らしさに気づき、次は山に登り始めました。自転車の旅もおもしろかったのですが、見える景色は車から眺めるものとそんなに変わらない。「自分の足で歩いて景色を見たい」とその当時お世話になっていた大学の先生に相談したら、その先生が山好きの方でして。「一緒に山へ登ろう」と登山に連れて行ってくれました。

【田原】それで登山の虜になった?

【春山】はい。ただ、最初はすごくキツくて、山に登る意味がわからなかったです。下山して街に戻ると、山で見た景色がフラッシュバックしてきて、また山へ行きたいと自然と思うようになっていました。山から街を見渡す経験も初めてで、自分が生きている世界を立体的に捉えられるようになったというか、俯瞰して見えるようになったというか。

【田原】よくわからない。俯瞰して見たければ、飛行機に乗ればいいじゃない?

【春山】おっしゃる通りですが、自分の足で山に登って見る景色のほうが実感をもちやすい。すっかり山が好きになり、休みのたびに行くように。日本アルプスも登ったし、滋賀の比良山系にもよく足を運びました。京都の北山にある芦生の森も大好きな場所です。

■同志社大卒業後、アラスカに留学して知ったクジラ猟

【田原】同志社を卒業後はアラスカに留学する。

田原総一朗●1934年、滋賀県生まれ。早稲田大学文学部卒業後、岩波映画製作所入社。東京12チャンネル(現テレビ東京)を経て、77年よりフリーのジャーナリストに。本連載を収録した『起業家のように考える。』(小社刊)ほか、『日本の戦争』など著書多数。

【春山】きっかけは星野道夫さんの著作や写真集でした。星野さんは、イヌイットやネーティブアメリカンなど、その土地で暮らしている人たちの目線を通して自然や文化を撮る写真家。星野さんの世界観に共感し、星野さんが拠点としていたアラスカへ行くことに。ただの旅人だとビザが取りにくいので、アラスカ大学のフェアバンクス校に留学し、2年ほどアラスカに住んでいました。

【田原】向こうでは何を?

【春山】大学では生物学を専攻していましたが、目的はむしろ休暇中。大学が休みに入ると、デーリングやシュシュマレフといったネーティブの村に行って、イヌイットの人たちとアザラシ猟やクジラ猟をしていました。自分で動物を獲ってさばいて食べ物にする営みは、人間の原点。その原点を自分でも体験したくて。

【田原】クジラ? どうやって獲るんですか。

【春山】獲り方は地域によって若干異なるようですが、僕がお世話になった村では浮きのついた鑓(やり)をクジラに撃ち込んだ後、銃で仕留めていました。

【田原】なんだろう。動物を殺すのがおもしろい?

【春山】おもしろいとかそういう感覚ではないです。生きていくということはほかの生きものの命をいただいて生きるということ。猟を通して人間の暮らしの原点を垣間見ることができた。生きていくことの厳しさを学び、仕留めた動物の魂というか、命というか、猟はその悲しみを背負う行為でもあると感じました。

【田原】悲しみを背負うなら獲らなきゃいい。買ってくればいいじゃない。

【春山】狩猟はネーティブの人たちにとって自分たちの文化を確認するための儀式の1つなんです。アザラシ猟やクジラ猟が行われるのは春の数カ月のみ。狩猟がない季節、イヌイットの人たちの多くがばらばらの生活をして、アメリカ人らしくジャンクフードを食べたりしています。猟の時季は村に住んでいる人が団結して、食べ物を得るために自分たちの手で狩りをする。猟は自分たちのアイデンティティを確認する儀式のような印象を持ちました。

【田原】帰国後はユーラシア旅行社に入られる。旅行代理店ですね。

【春山】星野さんのように写真家として生きていくつもりでした。その当時、日本最高のグラフィック誌だと思っていた『風の旅人』の編集長に、撮りためたアラスカの写真を送りました。雑誌には掲載されませんでしたがご縁ができ、帰国後『風の旅人』の編集部で働かせていただくことに。その編集部の母体が、ユーラシア旅行社だったんです。

■携帯電波届かなくてに現在地がわかる山の地図アプリ

【田原】従業員は何人くらい?

【春山】その当時会社自体の従業員は80人前後だったと記憶しています。ただ、『風の旅人』編集部は、編集長と私ともう1人の3人だけ。雑誌の編集や営業をしながら、2カ月に1度、世界の秘境ツアーの添乗員もやっていました。

【田原】その会社を30歳を前に退職される。どうしてですか?

【春山】厳しい職場でしたが、そのうちに馬力がついてきてひと通りの仕事はできるようになり、自分で独立してやってみたいなと思いまして。もう1つ、30歳になる前に北スペインのカミーノ・デ・サンティアーゴという巡礼の道を歩きたかった。退職後は実際、イベリア半島の北側を1200キロ、60日かけて歩いてきました。

【田原】巡礼の旅のあとは?

【春山】福岡に戻って自分の会社を立ち上げました。東京で働いてみると、東京は思った以上に住みやすい街で、仕事も多い。東京のよさを身にしみて実感しました。でも、東京のよさがわかると、一方で自分の故郷が寂しく見えたんです。だからこそ、福岡へ戻りたいと思いました。生まれたところや住んでいる街によってスタートラインが異なる社会は嫌だなと。東京でなくても自分が好きな街で、地方でも勝負ができるというロールモデルをつくろうと思ったんです。

【田原】なるほど。立ち上げたのはどんな会社ですか。

【春山】学校案内や会社案内の冊子、明太子屋さんの包装紙をつくる制作会社です。雑誌編集の経験を活かして、ひとりで仕事をしていました。

【田原】2011年に大分県の九重連山に登って、YAMAPの事業を思いついたそうですね。

【春山】九重でグーグルマップを開いたとき、真っ白な画面の上で自分の現在地を示す点だけが移動していることに気がついたんです。通常、携帯の電波が届かない山の中では、スマートフォンの地図アプリでは地図を読み込めません。でも、GPSは衛星から拾っているので、山の中でも使える。そこでスマホをGPS機器として使って、山の中で自分の位置情報を地図上で把握できるサービスを思いつきました。

【田原】つまり携帯の電波が届かないところでも使える。

【春山】はい。携帯の電波が届かない場所でも現在地がわかる山の地図アプリをつくりました。それが「YAMAP」です。

【田原】よくわからない。電波が届かないのに、どうして山の中で地図が読めるんですか。

【春山】仕組みはシンプルです。携帯の電波が届くところで、YAMAPアプリから事前に必要な山の地図をダウンロードしてもらいます。登山中はスマホに保存されている地図を表示。その地図の上にGPSで現在地を示します。

【田原】そんなことができるの?

【春山】カーナビと原理は同じです。カーナビは、携帯の電波が届かない山の中の道路でも使えますよね。あれも機器に保存している地図情報とGPSの組み合わせです。

■登山人口は減っているのに遭難者は増えている

【田原】そもそもの話を聞きたい。どうしてこのサービスが必要なんですか。紙の地図でもいいじゃない?

【春山】もちろん紙の地図も必要です。スマホは電源が切れたら使えませんから。でも、紙の地図にはGPS機能がないので現在地を直感的に把握しにくい。道に迷うなどの遭難防止を考えると、スマホを登山GPS機器として活用したほうがいいと思いました。

【田原】遭難防止に役立つわけね。いま登山者は増えているんですか。

【春山】いえ、減っています。最新のレジャー白書によると日本の登山人口は約630万人。この7年ほど減少傾向です。

【田原】そうなんですか。じゃ、山の事故も減っている?

【春山】それが逆なのです。道に迷うなどの遭難者は、いま年間約3000人くらいで、過去最悪の数字です。

【田原】完成したアプリは、どういう形で発表したのですか。

【春山】登山者が集まる場所や登山口でYAMAPのパンフレットを配ったりして認知を広げていきました。反響が高まったのは、14年にグッドデザイン賞の「ものづくりデザイン賞」をいただいてから。いくつかのメディアに取り上げていただき、ユーザー数がグッと増えました。

【田原】ユーザーはいまどのくらい?

【春山】ダウンロード数が85万です。登山人口が約630万人なので、1割以上の登山者の方にYAMAPを利用してもらっている計算になります。国内で最大規模の登山アプリになりました。

【田原】ほかにも登山アプリはあるんですか。

【春山】あります。ただ、山でも現在地がわかるツール的な機能と、山を趣味にする人たちが集まるコミュニティ的な場の両方を提供している登山アプリはYAMAPが先駆けです。

【田原】コミュニティ的な場を提供するって、どういうことですか。

【春山】登山愛好家が集まる交流サイトをイメージしてもらえればわかりやすいかなと。同じ趣味を持つ人同士がつながって、山に関する情報交換ができる。また、ネットだけで閉じず、リアルな場でも交流の機会をつくっています。17年は「YAMAP感謝祭」と称するファンミーティングを全国10都市で開催しました。

■「サービスが先、利益は後」だが2年以内に黒字化目指す

【田原】いま山に登るのは中高年。スマホのメインユーザーとは層が違う気がするけど、どうしてそんなにダウンロードされてるんだろう?

【春山】中高年の方を含めユーザーへのカスタマーサポートを真摯に続けているからだと思います。そのおかげで口コミによって評判が広がり、アプリのダウンロードの増加につながっていきました。

【田原】YAMAPは無料ですか。

【春山】無料でも使えます。いまはまだ「サービスが先、利益は後」のスタンスでやっています。累計で約14億円の出資を受けているので、当面はサービス優先でやっていきます。

【田原】どうやって収益化しますか?

【春山】マネタイズは大きく2つの方向でやっていきます。1つはサポーター会員(有料会員)制度。フルカラーの地図やスタンプなど一部機能を有料化しており、月額480円のサポーター会員になっていただくとそれらの機能を利用できます。もう1つは販売。アウトドア保険や、アウトドア用品をYAMAPのECサイトで売っています。2年以内には黒字化する計画です。

【田原】将来は海外展開する?

【春山】やっていきたいです。国内のビジネスモデルを盤石にし、収益が安定したタイミングでアメリカや台湾などアウトドアが盛んな国へ進出していきたいです。グローバルニッチのポジションをとることが地方企業として今後のたたかい方になると思っています。

【田原】わかりました。頑張ってください。

■春山さんから田原さんへの質問

Q. 自然と触れ合った体験は?

登山の経験はそれなりにありますよ。滋賀の彦根出身なので、子どものころは山が身近にありました。学生のころにもいくつか登ったかな。

日本テレビのドキュメンタリー番組で、夏の谷川岳にも登りました。谷川岳は、日本でもっとも危険と言われている山の1つ。そこに、どうして登ろうとするのか。命を懸けてまで登ろうとする理由を知りたくて、登る人を取材したんです。みなさん自分に挑んでいる印象でした。

取材後、僕は自然よりも人間のほうがずっとミステリアスでおもしろいと思っちゃいましたね。いまは自然に触れるよりも、人と会って話すことに時間を使いたいのが正直な気持ちです。

田原総一朗の遺言:登山は自分に挑む手段の1つ

(ジャーナリスト 田原 総一朗、ヤマップ 代表取締役 春山 慶彦 構成=村上 敬 撮影=枦木 功)

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