金正恩が"トランプに全力で土下座"した日

プレジデントオンライン / 2018年6月14日 15時15分

見事な“土下座”を見せた金正恩氏。核実験場爆破で国内政局上、引き返せなくなった。(時事通信フォト=写真)

「歴史的な瞬間」とも評される史上初の米朝首脳会談。ドナルド・トランプ米大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長は、お互いに「土下座」を繰り返し、実現にこぎつけた。だがその結果は日本にとって不利でしかない。米朝会談の結果が出る前に、早稲田大学招聘研究員の渡瀬裕哉氏がプレジデント誌に寄稿した分析記事を、特別にお届けしよう――。

※本稿は、雑誌「プレジデント」(2018年6月11日発売号)の掲載記事を再編集したものです。

■なぜトランプは「首脳会談キャンセル」の賭けに出たのか

ドナルド・トランプ米大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長による米朝首脳会談という北朝鮮にとって長年の悲願となる会談が実現する運びとなった。トランプと金正恩の両者は2018年5月に北朝鮮で拘束されていた米国人の人質解放などを経て急速に距離を縮めていたが、北朝鮮高官による相次ぐトランプ政権幹部などに対する批判を受けて、トランプが書簡で首脳会談キャンセルを伝える事態に至った。

しかし、トランプが書簡を送付した翌日、北朝鮮高官は「トランプ大統領の努力を内心では高く評価してきた」「米朝首脳会談は切実に必要」という事実上の土下座宣言を含む談話を発表。金正恩による委任を受けて公表されたものと考えられており、外務次官ら部下の発言は自らの本意ではないと念を入れて強調するものであった。この金正恩の応答を受けて、トランプは一転して態度を軟化させて北朝鮮の訪米団の受け入れを表明、異例の好待遇を見せた。

一連のやり取りの背景には米国を取り巻く国際環境の変化が存在している。

■中東と東アジアはコインの裏表

トランプはイランとの核合意からの離脱に5月8日に踏み切っている。これは与党である共和党や同党支持組織からの強烈な要求に応えたものであり、マイク・ポンペオ国務長官、ジョン・ボルトン大統領補佐官ら主要閣僚が主導する政策でもある。

一部に北朝鮮に対する強硬なメッセージとして機能するという主張もあったが、長年の国防費抑制に苦しんできた米国には世界の二正面で軍事力を行使する余裕はなく、このメッセージは北朝鮮と中国に誤ったメッセージを送ったものと推量される。

中国の習近平国家主席と金正恩は離脱報道とほぼ同日に中国・大連で緊急会談を行い、その後北朝鮮は米国に不遜な態度を取り始めていた。さらに21日にポンペオが核保有に至っていないイランに対して同国が受け入れ困難な12カ条要求を突き付けたことを横目に、北朝鮮は24日に核保有国である自らの立場を強調するためにペンス副大統領を「愚か」と非難し、「核による最終決戦」を強調する発言を行った。米国にとって中東と東アジアは密接にリンクしたコインの裏表の関係なのだ。

■トランプにとって、垂涎のノーベル平和賞

一方、トランプ政権は米国内で11月の中間選挙を見据えた選挙対策に突入しており、経済政策では高い評価を受けている同政権の足かせとなる「外交政策への低い評価」を覆すことが1つの課題となっている。そのため、17年、大陸間弾道ミサイル発射等の挑発を受けて米国民の北朝鮮に対する問題意識が急速に高まったことで、トランプの外交手腕を見せつける場として対北朝鮮交渉は打ってつけの機会となった。

当初は強硬な姿勢を見せてきたトランプ政権ではあるものの、最近では北朝鮮に対して融和的な態度を取る方向に交渉方針が変わりつつある。実際、5月2日に共和党下院議員ら18人がトランプを朝鮮戦争終結・非核化等を功績として2019年のノーベル平和賞に推薦している。

18人を取りまとめた人物はルーク・メッサー共和党政策委員会委員長であり、インディアナ州のペンスの地盤を引き継いだ議員であることから、北朝鮮との手打ちに共和党とペンスも賛成していると捉えるべきだろう。中間選挙で上院・下院ともに苦戦が予想されている中、トランプと共和党の両者にとって朝鮮半島での歴史的偉業の達成という果実は喉から手が出るほど欲しい成果となっている。

■書簡1通で交渉の主導権を取り戻した手腕

上記の通り、トランプ政権にとって北朝鮮と、その背後に存在する中国から足元を見られる環境が国際的・国内的に生じている。そのため、米国は北朝鮮に対して妥協した非核化を落としどころにする可能性が高い。しかし、国内の選挙事情を前提とした場合、北朝鮮に主導権を取られた形でトランプが金正恩に会うことは許されない。そのため、トランプは拘束された米国人解放、そして核実験場爆破という金正恩が北朝鮮の国内政局上、引き返せない行為に及んだことを見届けて、米朝首脳会談キャンセルの書簡をぶつける賭けに出た。

わずか書簡1通で交渉の主導権を取り戻したトランプの手腕は見事だ。そのうえ、トランプは北朝鮮に対する最強硬派であるボルトンを政権入りさせて政治的に抱き込んだ。仮に一定の譲歩を北朝鮮に与えても在野に影響力がある強硬な反対派は存在しない状況をつくった。トランプの選挙対策上の人事巧者ぶりも特筆に値する。

日本政府は北朝鮮に対して最大限の圧力をかけ続けると明言している。すでにトランプは北朝鮮の訪米団を迎え入れた後に「最大限の圧力という言葉を使わない」と明言したが、米国の意向にかかわらず、日本政府が同方針を継続し続けるなら、その選択は極めて正しいものだろう。米朝首脳会談が大陸間弾道ミサイルの破棄や、中途半端な非核化の合意で終わった場合、それは日本にとっては不利益な取引になるからだ。

最大の同盟国である米国が金正恩の体制保証を行う形で北朝鮮と一方的に関係改善し、日本に対して経済援助を求めてくることは最悪の状況とも言える。日本政府は米国と情報共有を密にするとともに、北朝鮮だけでなく米国政府に対しても断固たる姿勢を保つように圧力をかける必要がある。

■"会談キャンセル"を支持したのは世界で日本だけ

それにもかかわらず、一連の米朝間のやり取りに対する日本政府の反応は極めてお粗末だった。18年春先に北朝鮮と韓国による急激な関係改善の流れが起きたあと、日本は外交上のプレーヤーとして「蚊帳の外」に置かれているとメディアに批判され続けてきた。

これらの批判に対して、日本政府は安倍晋三首相とトランプの蜜月関係を演出し、北朝鮮問題について国内支持者には両者の連携がしっかりと取れているように見せてきた。トランプにとって日本の強硬姿勢は対北朝鮮交渉上都合がいいため、安倍との蜜月関係を演出することを断る理由はなかった。しかし、トランプにとって乾坤一擲の金正恩への書簡送付とその後のやり取りを通じ、両者の間には実際は隙間風が吹いているように見える。

安倍はトランプが首脳会談キャンセルのための書簡を送付した後に世界でたった1国だけ「トランプ大統領の決断を支持する」と表明し、その直後のトランプの態度豹変を受けて「問題を解決するうえで米朝会談は不可欠」と変節した。その結果、安倍は自らの意思もなく米国に追従するだけ、という姿を国際的に晒してしまっている。

この安倍の奇妙な変節は日本と米国の間に書簡に関する事前の情報交換すらなかった可能性を示唆している。また、同書簡は、上述の国際情勢を理解していたならブラフの可能性が濃厚であり、日本政府の脊髄反射的な反応は誤りであった。

さらに、トランプは6月頭に開かれた北朝鮮の訪米団との会談の中で「人権問題に触れなかったこと」を記者団にあえて言明した。これは日本がトランプに対して「拉致問題解決」を求め続けていることを背景として、日本から経済援助も含めた交渉上の譲歩(通商交渉を含む)を引き出すための釣りと捉えるべきだろう。

■日本は北朝鮮という蚊を閉じ込める「蚊帳そのもの」

北朝鮮にとって人権問題は触れられたくない問題であり、米国側にとっても自国の人質を解放した今となっては同問題に触れることは得策ではない。そのため、同発言は「拉致問題について触れるなら日本は何らかの見返りをよこせ」というトランプ流のジェスチャーとしての側面があり、目の前に餌をぶら下げられて物欲しそうにしていた日本政府は米国から突き付けられる厳しい条件をのまざるをえないことになる可能性がある。

実際には、米国にとって日本は「蚊帳の外」ではなく、米国を守るために北朝鮮という蚊を閉じ込めておく「蚊帳そのもの」だ。トランプの言う通りのことが起きるなら、北朝鮮とのディール後の面倒な請求書は北朝鮮の周辺国に回ってくることになる。トランプは日本に対して北朝鮮の段階的な非核化への合意を促しつつ、北朝鮮への経済援助、そして米国の軍事兵器の追加購入を要求してくることになるだろう。

日本政府は対米追従の結果として不利な立場に追い込まれた自国の立ち位置を再確認すべきだ。そもそも北朝鮮は核兵器で日本を常に威嚇し続け、なおかつ拉致問題を引き起こした問題組織である。むしろ、本来の日本の立場は、北朝鮮から拉致に対する賠償金支払いを受ける側であり、金正恩の体制保証と経済援助を行う立場では断じてない。

トランプの書簡が示した事実は「北朝鮮は軍事力の優位な国家には膝を屈する」ということであり、国民の血税を金正恩に渡すくらいなら、その資金で有効な防衛力の整備に取り組むべきだろう。(文中敬称略)

(早稲田大学招聘研究員 渡瀬 裕哉 写真=時事通信フォト)

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