「第四の壁の破壊」が若者に好まれる理由
プレジデントオンライン / 2018年6月9日 11時15分
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■製作国:アメリカ/配給:20世紀フォックス映画/公開:2018年6月1日
■2018年6月2日~3日の観客動員数:第1位(興行通信社調べ)
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■マニアックな作品に若者が押し寄せた謎
6月1日より公開されたコメディタッチのアメコミヒーロー映画『デッドプール2』が、土日2日間で動員23万9000人、興収3億7500万円を記録して第1位となりました。それまで7週連続1位という怒涛の快進撃を続けていた『名探偵コナン ゼロの執行人』のV8を阻止した形です。公開日の金曜を含めた週末3日間では動員37万1955人、興収5億3671万3800円。初動の好調からして、前作『デッドプール』(2016年)の20.4億円を上回る最終興収が見込まれています。
主人公のデッドプールは末期ガンと診断された元傭兵で、ガンを治すための人体実験で人間離れした治癒能力を持つに至ったヒーローです。そんなデッドプールの誕生を描いた『デッドプール』の続編である本作は、新たな仲間とチームを組んで敵に挑む物語。大掛かりなCG描写だけでなく、打撃の痛みが伝わってくる迫力の殺陣も楽しめる、一級のエンタテインメント作品です。
ただし、本作にはマニアックな映画ネタ、日本人にはなじみの薄いアメリカ芸能ネタ、80年代のヒット洋楽などがふんだんに盛り込まれています。また、人体がちぎれ飛ぶ残酷な描写や下品な下ネタも含まれていることから、観客の中心は「40代以上の男性映画オタク」かと思いきや、初週末の来場客は多くが10代後半から20代の若者。女性客の姿も目立ちました。一体なぜでしょうか。
■「第四の壁」を破壊するデッドプール
『デッドプール2』の最大の特徴は「第四の壁の破壊」です。「第四の壁」とは、元々は演劇の概念で、舞台と観客を隔てる透明な壁のこと。舞台背面に一つ目の壁、舞台の両脇に二つ目と三つ目の壁、そして舞台正面と客席の間に四つ目の壁がある、という見立てです。
通常、演者はこの「第四の壁」を越えられません。演者はフィクション世界の住人として振る舞うため、観客は「いないもの」として物語が進行するからです。
ところが、演者が観客の存在を意識し、観客がいることを前提に舞台上でふるまうことがあります。これが「第四の壁の破壊」です。最もポピュラーな方法は演者が観客に語りかけるというものですが、その他にも「現実世界の事象をセリフに織り込む」「舞台監督に苦言を呈す」「演じている役ではなく役者個人として発言する」というものもあります。
『デッドプール2』では、デッドプールがあらゆる場面で観客に語りかけてきます。愚痴をこぼし、毒舌を吐き、解説を加え、冗談を言い、「さあ、ここで1曲」と言えばBGMが流れます。まるで、デッドプール自身がこの映画のホストであり、監督をしているように振る舞うのです。前作でもこの手法は取られていましたが、今作ではそれがより激しく、より暴走しています。
また、主人公のデッドプールは、たびたび現実世界の映画作品や俳優といった固有名詞を口にします。珍しい手法ではありませんが、その頻度と突っ込みの鋭さは他作品を圧倒しています。なかでも必見は、「デッドプール役の俳優ライアン・レイノルズがかつて『グリーン・ランタン』というアメコミ映画の主役を演じたが、映画は酷評の嵐で興行的にも大コケした」ことを踏まえた自虐シーン。まさしく第四の壁を派手にぶっ壊しているわけです。
■『古畑任三郎』『コンフィデンスマンJP』も同じ
「第四の壁の破壊」は映画やテレビの世界でも古くから使われてきました。有名なところでは前作『デッドプール』でもパロディとして使われたマシュー・ブロデリック主演の青春映画『フェリスはある朝突然に』(1986年)、マーティン・スコセッシ監督のギャング映画『グッドフェローズ』(1990年)など。日本の作品でも、伊丹十三監督のグルメ映画『タンポポ』(1985年)や1994年に第一シーズンが放映されたドラマ『古畑任三郎』がよく知られています。田村正和演じる古畑が番組冒頭で毎回観客に語りかけていたのを覚えている人は多いでしょう。
またネットフリックス製作の海外ドラマ『ハウス・オブ・カード 野望の階段』(2013年~)での演出も話題を呼びました。ケビン・スペイシー演じる下院議員のフランクが大統領を目指すこの物語では、フランクが劇中いきなりカメラのほうを向き、観客に自分の考えを語るのです。
■スマートフォンとSNSの普及が影響か
現在、フジテレビ「月9」枠で放映中のドラマ『コンフィデンスマンJP』でも、「第四の壁の破壊」が使われています。同作ではレギュラーメンバー(長澤まさみ、東出昌大、小日向文世)のいずれかが冒頭で観客に向かって口上を述べ、最後に「コンフィデンスマンの世界へようこそ」と結んで物語が始まるのです。
ただ、「第四の壁の破壊」は、虚構への没頭を妨げる手法です。作品世界に没頭したいタイプの観客にとって、登場人物がやすやすと自分に話しかけてきたり、現実世界の出来事をカジュアルにしゃべったりするのは興ざめだ、という人もいるでしょう。
古くからある手法でありながら、なぜこの手法が相次いで採用され、大きな反響を得ているのでしょうか。私は、スマートフォンとSNSの普及が影響しているのではないか、と考えています。
■「地続き」であるという錯覚が愛着を高める
登場人物に語りかけられた観客は、作品世界と自分の世界が「地続き」であるという錯覚をもちます。文字通り作品と観客の間の「壁」が取り払われ、対象への親近感が高まるとともに、愛着が強まるのです。
このことは、ここ数年でアーティストとファンのつながり方が大きく変わったことと似ています。かつてアーティストは“雲の上の人”でしたが、SNSの登場により、直接つながれるようになりました。それは、アーティストの生きる世界と自分の世界が「地続き」であるという錯覚をもたらします。
また、CDやDVDの不振を補うため、音楽業界やアニメ業界は、握手会やライブなどファンを集めるリアルイベントに力を入れています。これも「地続き」感の演出です。愛するアーティストや作品が自分の生きる世界とつながっている、同じ場で同じ空気を吸っているという幸福な実感。そこにファンはお金を払います。
現在20代以下の若年層の多くは、10代前半からスマホを介してSNSに触れており、この喜びをよく知っています。つまり若年層ほど「第四の壁の破壊」を受け入れやすいわけです。
■「日常からの離脱」より「日常の拡張」を求める観客
もちろん、舞台・スクリーン・テレビの“向こう側の存在”は尊いものであり、観客が容易に関与できる存在であってはならない、という考えの人もいます。そういう人は登場人物が語りかけてくると興ざめするでしょう。
「第四の壁の破壊」を望まない人たちが映画に求めるのは、いわば「日常からの離脱」です。一方、「第四の壁の破壊」を積極的に楽しめる人たちは、映画に対して「日常との接続」もしくは「日常の拡張」を求めているのではないでしょうか。彼らにとって映画とは、つらい現実世界から逃避するための閉じた箱庭ではありません。つらい現実に接続することで現実がおもしろくなる、優秀な機能拡張ツールなのです。
映画の本質を「閉じた箱庭」とするか「現実の機能拡張ツール」とするかは人それぞれであり、そこに貴賤はありません。ただ前者より後者のほうが、エンタテインメントに対峙するスタンスとしては、より現代的だとは言えるでしょう。
『デッドプール2』が若者層に受け入れられた理由は、本作がきわめて現代的なエンタテインメントの形を体現しているからではないでしょうか。
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編集者/ライター
1974年、愛知県生まれ。キネマ旬報社でDVD業界誌編集長、書籍編集者を経て2013年よりフリーランス。著書に『ドラがたり のび太系男子と藤子・F・不二雄の時代』(PLANETS)、『セーラームーン世代の社会論』(すばる舎リンケージ)。編著に『ヤンキーマンガガイドブック』(DU BOOKS)、編集担当書籍に『押井言論 2012-2015』(押井守・著、サイゾー)など。
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(編集者/ライター 稲田 豊史)
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