「袴田事件」再審棄却は明らかに間違いだ
プレジデントオンライン / 2018年6月17日 11時15分
■DNA型鑑定についての審理
「袴田事件」の再審に向け、開きかけた重い扉が閉ざされてしまった。
静岡地裁の再審決定に対し、検察側の即時抗告によって、東京高裁にもちこまれた審理は4年間にもおよび、その結果、地裁決定は取り消されたのである。
即時抗告審で争点となったのは、犯行時の着衣とされた衣類に付着した血痕のDNA型鑑定であった。その衣類のひとつ、半袖シャツに関して、検察側は、袴田さんが被害者と格闘した際に負ったもの、としていた。袴田さんの血液型はB型で、右肩部分の血痕と血液型は一致する。ちなみに、被害者である味噌会社の専務はA型、夫人はB型、長男はAB型、次女はO型であった。
シャツの右肩部分にある血痕について、静岡地裁では、弁護側が依頼した筑波大の本田克也教授も、検察側が推薦した鑑定人も、袴田さんのDNAとは一致しない、とした。なお、検察側鑑定人は、自身の鑑定結果に責任がもてない、と取り下げてしまう。
この本田鑑定を静岡地裁では、「新証拠」として採用した。
再審においては「一事不再理」が大原則とされる。要するに、原審において提出された証拠はじゅうぶんに審理されているのであるから、それをもとに審理はできない。したがって袴田さんの無実を証明するためには、新証拠が不可欠とされる……。
その新証拠について、東京高裁の大島隆明裁判長は、本田鑑定について、「確立した科学的手法とはいえず、鑑定の結論の信用性は乏しいと言わざるを得ない」と裁断した。
4年間もかかった即時抗告審では、DNA型鑑定について審理が進められた。高裁は、東京高検の推薦による大阪医大の鈴木廣一教授に鑑定を委嘱した。鈴木教授は、本田教授のDNA型鑑定に用いられた試薬にはDNAを分解する酵素があるとして、再現実験には着手せず、別の鑑定方法を採用。結局、半袖シャツ付着血痕のDNA分析は不可能と結論づけたのである。
弁護側は、鈴木教授が理論のみで否定し、本田鑑定の追試を実行しなかったことを批判。実験には無縁の弁護士が、本田教授のマニュアルにのっとり、同種の器具、同量の薬品を用いて、9種類の血液付着物からDNA検出を試みた。その中には味噌漬けにして7年間以上経過した血液もあったが、すべて、DNA検出に成功した。その経緯をDVD動画に収録し、高裁に提出、証拠として採用された。
こうした経緯から、弁護側は、本田鑑定による新証拠の能力に自信をもっていた。が、「証拠の証明力は、裁判官の自由な判断に委ねる」、いわゆる自由心証主義により、大島裁判長は、袴田さんの無罪を証明する証拠とは認められない、と退けたのである。
■だれが、いつ捏造したのか
5点の衣類は、南京袋(麻袋)に詰め込まれた状態で、味噌醸造タンク内で発見された。その衣類には血痕が認められ、捜査関係者は、犯行時の着衣と断定する。それが、袴田さんのものとされたのは、袴田さんの実家で発見され共布(ともぎれ)の存在であった。が、その経緯については疑わしい点がある。(詳細は拙著『袴田事件』(プレジデント社)参照)
5点の衣類が発見されたのが1967年8月31日で、それから2週間後の9月12日、袴田さんの実家が家宅捜索され、共布を領置した、というのであるが、捜査報告書には、<タンク内より発見された黒色ようズボンと同一生地同一色と認められ>と、発見と同時に「同一」と決めつけている。
捜索の際、袴田さんの母親は、共布が保管されていた場所を知らなかった。彼女が眼鏡をかけようとしたところ、捜査員が、「引き出しにあった」と、目前に提示したのが、この共布であった。彼女はその時初めてこのような共布を見た、と法廷で証言している。
もし、この共布を捜査員が持参したのであれば、ズボンを味噌漬けにする前、決定的証拠とするためこれを保管していた、と推測される。が、それを裏付ける証拠はない。
弁護側は、5点の衣類の色に着目した。実際に、血液を付着した衣類を麻袋に詰め、味噌漬けにする実験を繰り返した。その結果、およそ20分もあれば、5点の衣類と同様のものができる、と判明した。
逆に、1年にもわたって味噌漬けにすると、衣類は味噌と同色に染まり、付着した血液は黒色に変化して、それが血であるとは識別できない状態になるとわかった。
検察側も、血液を付着させた衣類を事件発生当時と同じ原料で製造した味噌に1年2カ月間漬ける実験を実施した。その結果は、弁護側とほぼ変わらなかった。衣類は味噌と同色になり、血液は黒くなって、検察側が法廷に提出した発見当時の5点の衣類の色とは似ても似つかないものとなった。
事件発生は1966年6月30日。袴田さんが逮捕されたのが、同8月18日。仮に袴田さんが、5点の衣類をタンクに隠した、とすると、その期間でなくてはならない。だが、そうなると、発見された衣類の味噌漬け状態は、あまりに新し過ぎる。
要するに、5点の衣類は、袴田さんが逮捕され、拘留された後、何者かが「捏造」し、タンクに仕込んだ、ということになる。
■5点の衣類はねつ造されたもの
拘留中であった袴田さんは、5点の衣類が発見されたことを弁護士から知らされた際、「犯人が動きはじめたな」とつぶやいた。身に覚えがないからこその発言であり、いみじくも真相を言い当てているように思える。
味噌漬けのズボンは、裁判が進行する過程でさまざまな矛盾や不合理が明らかにされた。
その過程で、見逃されているものがある。ズボンのポケットにあったマッチ箱である。実況見分調書によると、<片面は、王こがねみそ(中略)とそれぞれ赤字で記されている>。
袴田さんが勤務していた当時、社名は「合資会社橋本藤作商店」で、商品名は『こがね味噌』であった。殺害された専務の父親が社長をしていたのである。私が調べたところ、事件後、吸収合併されて「株式会社王こがね」と商号の変更と役員の改編がなされていた。社長に就任したのは、殺害された専務一家にあって唯一、無事であった長女であった。
「王こがね」としてスタートしたのが、1967年2月14日。おそらくこのマッチは、それを記念し、製造、配布されたものであろう。ズボンのポケットに入れられたのは、67年2月以降と私はみている。
5点の衣類が捏造されたものであることは紛れもない。付着した血液の量と異なる血液型から複数が加担したにちがいない。その中に捜査関係者が含まれていたかどうか。
ズボンの共布に関しては、清水署宛ての5万円封書(詳細は拙著参照)同様、ひそかに捜査関係機関に宛てて送付した可能性もあるだろう。真犯人は袴田さんを犯人に仕立てたい。決定的証拠に乏しく、公判の維持に苦慮していた検察は、犯行時の着衣をパジャマとする自白を破棄してでも、この策略に乗ったのではないか。
いずれにせよ、いたずらに延期せず、潔く、一刻も早く再審を認めるべきである。
(ジャーナリスト 山本 徹美 写真=iStock.com)
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