"テナントドミノ倒し"が起こる3つの理由
プレジデントオンライン / 2018年6月26日 9時15分
■これから立ち上がるのは“巨大航空母艦ビル”
東京都心のオフィスマーケットが好調だ。三鬼商事の調べによれば2018年5月現在、東京都心5区(千代田、中央、港、渋谷、新宿)のオフィスビルの空室率は2.68%。空室率が4%を切れば完全な「貸し手市場」と呼ばれるマーケットで、この水準はやや異常とも思われる逼迫状態だ。
先日竣工した大規模新築ビル、日比谷ミッドタウンも旭化成グループをアンカーテナントに迎え、オフィス部分はほぼ満室、順調な滑り出しだという。東京都内はオフィスビルの建設ラッシュだ。森ビルの調査によれば、2018年から五輪が開催される2020年までの3年間に都内では75棟、面積にして約413万平方メートルの大規模ビルの供給が予定されている。大規模ビルとは森ビルの定義によれば1棟の床面積が1万平方メートル(約3000坪)以上のビルを指す。これから東京五輪開催までに年平均で138万平方メートルのオフィスが都内で新たに誕生することになる。
この年間138万平方メートルという供給量は、平成バブル期と言われた平成初期の頃の供給量であった年間100万平方メートルを凌駕する大量供給だ。さらに平成バブル期と異なるのは供給棟数の違いにある。
1989年から91年までの3年間のオフィス供給量は312万平方メートルで、棟数は117棟にも及ぶ。つまり、平成バブル期は1棟平均2万6660平方メートル(約8060坪)だったビルの規模が、今後3年間で建設されるビルは平均で5万5000平方メートル(約1万6640坪)と約2倍の規模に膨らむことになるのだ。
特徴的なのは、今後5年間で供給が予定されているビルの約70%が都心3区(千代田、中央、港)で建設が予定されていることだ。また同じく森ビルの発表によれば、都心3区で新たに供給される予定のオフィスビルのうち約70%相当が、既存ビルの建替えによるものだという。
つまり今後、大量供給は予定されているものの、その中身は老朽化した既存ビルの建替えが中心であるから、オフィス床が大量に余ることはなく、市場では十分に吸収できるというのが多くの業界関係者の見方だ。
さらに国や東京都では、今後、東京をアジアの国際金融センターにする構想も喧伝されている。東京に多くの外資系金融機関を呼び込むために、国家戦略特区を設定し、法人税の減免や会社設立手続きの簡素化、外国人メイドなどの受け入れなどを認めるといった趣旨で制度整備を行ない、外資系金融機関を東京に誘致しようというものだ。
しかも、これから都心で立ち上がるオフィスビルの多くが、「Sクラス」と呼ばれる航空母艦のような威容を誇る巨大ビルたちであり、こうした外資系金融機関を受け入れるには十分な性能を備えている。
これらのビルにはオフィスのみならず住宅やホテル、商業施設や美術館、ホールなどが併設され、建物だけで一つの街を形成するようなビルが続々と誕生を予定している。東京のオフィスビルマーケットはこれから発生する膨大なオフィス需要にも十分応えて成長することが期待されているのだ。
■大量の「テナント難民」が空室率を大幅改善
しかし、今の市場の状況を注意深く見ると、どうもあまり楽観はできないようだ。ポイントは以下の3つだ。
ポイント(1)
今後供給される予定のビルの多くが既存ビルの建て替えである
都内のビルの多くが現在、建物の老朽化問題を抱えている。耐震性の確保はもとより、企業のBCPの確保や最新鋭設備の装備などビル業界もさまざまな課題を抱えている。そこで大規模修繕を行うより、都心部の容積率アップを利用して建て替えようというのが業界の流れとなっている。
より最新鋭の巨大ビルにすることで、競合に勝ち、生き残っていこうというのが多くのビル会社の戦略だ。ここで注目したいのが建て替えるにあたっては当然、今入居しているテナントに対して立ち退き料等を支払って退去してもらうことになる。さて、退去を余儀なくされたテナントはどこに行くのだろうか。当然、仕方がないので、別のビルの空室を探し出してそこに引っ越すことになる。するとそれまで空室を抱えていたビルの稼働率は改善することになる。
ここ数年で、都内の既存オフィスビルが建て替えに伴って、大量の「テナント難民」を生じさせている。難民の多くが既存ビルの空室に収まったために、既存ビルの空室率が大幅に改善する。このシナリオで今の市場の空室率を計算すると、実は、ここ数年における空室率の改善については、ほぼ説明ができてしまうのだ。
こうした「押すと餡出る」効果が、実は都心部のオフィスビルの空室率の改善の「本当の理由」であることは、あまり知られていない。
壊されたビルの多くは、都心部の容積率(土地面積に対して建設できる建物床面積の割合)割り増しの恩恵を受けて、巨大なオフィスビルに生まれ変わることになる。
さてこれらのビルのほとんどすべてが竣工を迎える2020年以降も、オフィスビル市場は本当に安泰でいられるのだろうか。日比谷ミッドタウンに収まる旭化成グループは、もともとこの地にあった日比谷三井ビルのアンカーテナントだった。ビルを建て替えるためにいったん神保町三井ビルに移っていたものが今回戻ってくる。つまり神保町のビルには大量の空室が発生することになるのだ。
ポイント(2)
竣工を予定するビルが想定する高賃料を負担するテナント属性
さらに問題はややこしくなる。多くのビルは都心3区に建設されるので、賃料はおおむね月額坪当たり4万円を超える条件となってくるはずだ。これらのビルのすべてが顔を揃えた時に、そうした条件で入居するテナントがいったいどのくらいいるのだろうか。
月坪4万円以上の賃料を負担できるテナントは、景気が回復した今でも外資系金融機関、国際法律事務所、一部の新興企業や上場グローバル企業などほんの一握りにすぎない。市場にどんなに超高級物件を並べても、提示された条件を負担できるテナントはごく少数なのだ。
■「働き方改革」を恐れる有力デベロッパー
国内の有力デベロッパーは、相も変わらず、丸の内は三菱、日本橋は三井、六本木は森、新宿は住友といった国盗り物語に余念がないが、みな自社の開発した巨大ビルには必ず坪4万円以上の賃料を負担してくれるテナントが、入居してくれると考えているようにしかみえない。
国や都が構想として掲げる、国際金融センターは実際には機能するのだろうか。私の知る限りにおいてはアジアの国際金融センターはシンガポールであり香港であり、その地位が揺らぐ気配はない。
英語も通じず、アジアの諸都市に出かけるにも遠いアジアのファーイースト日本のさらに東端の東京では、いかに得意の国家戦略特区を駆使しても、合理性の塊である金融資本主義者たちが集まるようには到底思えない。
2020年、竣工した巨大航空母艦ビルは、テナントを求めて既存の大型ビルのテナントを引っこ抜く。引っこ抜かれた大型ビルは中型ビルのテナントに手を付ける。中型ビルは小型ビルのテナントへ襲い掛かる。壮絶な「テナントドミノ倒し」のスタートが始まるのはこれからなのである。
ポイント(3)
働き方改革によるビジネスパーソンの働き方の変化
現在政府が提唱する「働き方改革」は非正規労働者の待遇改善や長時間労働の制限、裁量労働制の採用ばかりが議論されているが、実は働き方そのものに対するイノベーションがビジネスの世界では生じつつある。通信モバイル設備や機器の発達はすでに、大量の社員を抱える大企業では、「ひとりひとつ」の机が与えられないフリーアドレス制が急速に普及している。
また、米国のWeWorkの日本上陸で話題となったコワーキングスペースがその数を順調に伸ばしているが、会員の多くがスタートアップ企業ではなく、大企業なのである。つまり社員をオフィスのデスクに一日中座らせるのではなく、外に出し、コワーキングスペースで働いてもらい、本部とのやりとりは通信モバイルですませるというビジネススタイルに急速に変化しているのだ。
この流れはテナントである企業側からみれば、オフィス経費という一番重たい固定費を大幅に削減できることを意味する。果たしてこの働き方改革はこれまでの「約束されたオフィス需要」を根本から切り崩す起爆剤になる危険性を孕むものなのである。
このようにみてくるとオフィスマーケットのわが世の春は実は意外と短い春であるのかもしれない。不動産がやっかいであるのは「一度作ってしまったものはそのまま捨て去ることができない」ということだ。空き家ならぬ空きオフィス問題が東京を悩ます日が来ないことを願いたいものだ。
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オラガ総研代表取締役
1959年生まれ。83年東京大学経済学部卒業後、第一勧業銀行(現:みずほ銀行)入行。その後ボストンコンサルティンググループを経て、89年に三井不動産入社。主にオフィスビルの買収、開発、証券化業務などを手がけたのち、ホテルマネジメントやJ-REIT開発なども経験。2009年に独立してオフィス・牧野を設立。15年にはオラガ総研を設立。著書に『なぜ、町の不動産屋はつぶれないのか』『空き家問題』『2020年マンション大崩壊』『老いる東京、甦る地方』など多数。近著に『業界だけが知っている「家・土地」バブル崩壊』(祥伝社新書)がある。
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(オラガ総研社長 牧野 知弘 写真=iStock.com)
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