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祇園女将「偉うなりはる人、あかん人」

プレジデントオンライン / 2018年7月24日 9時15分

てる子さん●本名・吉田久枝。1937年、京都府生まれ。16歳で舞妓、19歳で芸妓に。93年、母親の死去とともにお茶屋「京屋」女将を継承。祖母も戦前のお茶屋「八久」女将。バー「ぎをんてる子」も経営。

「一見さんお断り」の古き伝統を守り、人々の羨望の的であり続ける、京都のお茶屋。一流の男たちの素の姿を熟知する花柳界の女の、やさしくも厳しい眼差しに学ぶ。

■お酌する徳利の角度で、お酒の量がわかるんです

生まれも育ちも京都五花街の1つ、祇園甲部。お茶屋「京屋」を今も切り盛りするてる子さん。80歳超とは到底思えぬ明快な受け答えと声の張り。祇園の女将、さすがの貫禄である。

――花柳界の方は、どうやって礼儀作法を身につけていくのですか。

私は三代目なんですよ。お祖母ちゃん、お母ちゃんときて、私はここで生まれ育ったんで、習わんでも母がやることを、言葉遣いから、ご飯のいただき方、箸の持ち方まで自然に覚えました。お座敷マナーも、マニュアルがあるわけではないので“見覚え、聞き覚え”ですね。

例えば、お座敷に出ると、徳利がありますやろ。お酌するときの角度で、お酒の量がわかるんです。角度が高くなったら、お姐さん(先輩の芸妓)のとこにささっと寄って「どうぞ」と言って新しい徳利と取り換えます。そうしたら「あの芸妓さん、気が利いてええ子やわ」となります。花柳界では「あんなことしたらあかん」「こんなことしゃべったらあかん」というのも多いんで、そういうのも自然に身についていきます。祇園町っていうのは、みんなが見てはるさかい、よれよれの格好ではいかんし、ちゃんと身奇麗にして歩かなあかんのです。これも教えてもらってそうするんやなくて、ここで生きてく必須の心得みたいなもんで、自然に身につくもんやと思います。

――お座敷には、どういう方たちがお見えになるのですか。

京都はお茶道がありますさかい、裏千家、表千家をはじめ、数寄屋造りの大工さん、京菓子の有名なお菓子屋さん、京都の大きい会社さんなんかも来はります。

昔はバーやクラブなんかもないですし、遊びっていうたらお座敷だったんです。言わば、遊びの原点です。ご紹介がないと入れへん「一見さんお断り」のシステムなんで、お茶屋で遊びはるお客様は行儀がいい人ばかり。おさえるところはちゃんとおさえてはります。会社の人は先輩や上司の方に連れてきてもらったり、親、子、孫、曾孫まで代々お座敷に来てくれはる方もいます。下の世代は上の世代の方の振る舞いを目で見て覚えたり、花柳界を愛してくださった方に教えられたり、それが順々に繋がってきたんやと思います。

芸者としては「今日のお座敷は、華やかでよかった」というお座敷にせないかんのですけど、私たちを、上手に扱ってくださるお客様やと、こっちも上手におもてなしができるんです。思いやりも言葉遣いも相乗効果みたいなもんで、お座敷が和やかな雰囲気になるんですね。

■なぜ小澤征爾さんは舞妓や芸妓に人気があるのか

――一流と呼ばれる方たちは、どんなところが普通の人と違いますか。

一流の人たちは、芸事をやってはる方が多いですね。小唄やお能、お茶でもお花でも、お稽古事を習って、行儀作法を身につけてはります。芸事というのはエチケットがものすごく厳しいですよね。お茶のお点前やったら、右足から入って左足から出るとか、座る行儀作法もしっかりしてます。言葉遣い1つにしても、上下にかかわらず相手に対して敬う言葉を使ってしゃべらなあきません。お稽古事は人としての風格が身につきますから、みなさんも習わはるといいんとちゃいますかね。お座敷に遊びに行っても、お仕事の現場でも礼儀正しい振る舞いができて、恥をかかへんようになると思います。

米俳優マーロン・ブランドがてる子さんに膝枕(写真左、写真=The Asahi Shimbun/Getty Images)。中国副首相時代のトウ小平(同中)、フォード米元大統領、キッシンジャー米元国務長官の署名(同右)が残っている。

オムロンの立石さん(義雄名誉会長)は、お能の謡(うたい)のお稽古してはったさかい、立ち居振る舞いがほんまに鮮やかでした。身ごなしがぐしゃぐしゃしてないし、しゃんとしてて、お行儀がよかった。立石さんもお父さんに連れられて祇園に来はりましたね。お父さんもしゃんとしたお方でした。京都の人は、子どもの時分からお稽古事させられるんでね。それこそ門前の小僧習わぬ経を読むではないけど、お父さんがやってはったし「あんたもおし」ってお稽古する人が多いです。

――ところで、偉くなる人というのは、若い頃に見てわかるものですか。

それはわかるときがありますね。何かね、違うものがある。どう言うたらええかな。「この人ちょっと違うな」っていうのを感じます。役者でも「この役者ようなる」というのは見てわかりますやろ。そんな中でも特に小澤征爾さんはオーラがありました。世界的に有名になる前から知っていたんですけど、お座敷でも優しいし、舞妓や芸妓にも人気がありました。練習も見学させてもらったことがあるんやけど、そこでも優しい。「こら、そこ違う」なんて怒ることは一切ありません。「ここに素晴らしいサラダがある。だけど一振りドレッシングが足りない」。そういう教え方をしはる。注意されてるほうも緊張がほぐれます。上手に教えはるんで場が和みますし、みんながついていきますよね。オーケストラは150人もいる大所帯やし、一人ひとり気性も感性も違います。それを小澤さんの持つ“人の力”で1つにさせる。それはすごいことです。みんなに「この人のためだから頑張ろう」という気持ちにさせるんやろうね。それであれだけ繊細な音を奏ではるんやから、ほんま天才ですやろ。

どんな世界でも同じですけど、一流になる人は、所作や振る舞いが体に染み込んでるような気がします。そういう人が上に上がっていかはる。よう言う“社長の器”みたいなもんかもしれません。ただ、そういう資質があっても、うまく芽が出るかどうかは本人の心掛け一つやと思う。途中であかんようになる人は威張ったり、驕り高ぶりが滲み出てくる。面白いもんでね、上にいかはる人は、支店長くらいのときに「あの人もっと偉うなりはる」っていうのがわかります。会話や所作に品格が出てきはるからです。

■「わからんように、お洒落してはります」

花柳界の女性は、中学卒業後から舞妓として置屋で修業し、20歳過ぎで芸妓に衿替(えりが)えすると一人前と見なされる。そんな過程を経てきた芸妓の1人、まめ鶴さんは、祇園甲部芸妓組合の組合長でもある。長身の立ち姿が美しい。

――お茶屋さんには、どういう方が遊びに来られるのですか。

まめ鶴さん●京都・祇園甲部芸妓。13歳で舞妓、20歳で芸妓に。22歳で独立。31歳のとき、バー「まめ鶴」を開店。2014年より祇園甲部芸妓組合組合長。年に1度、祇園甲部の芸舞妓がこぞって舞台に立つ「都をどり」で主役を務める。

そうどすね、お座敷に来られる方は、銀行さんとか、京都の大きな企業のトップの方が多いですね。それで、会社でも銀行さんでも代々お茶屋さんの引き継ぎがあって、次の社長さんに紹介していくんです。ご紹介があって、会社とお茶屋さんがずっとお付き合いさせてもらうのが、この世界のルールです。自分の代で「嫌やから他所へ行きます」というのはあかんことなんです。そこはみなさん、守ってくれてはります。

もちろんお客様として呼ばれる場合は他所へ行かれるのも大丈夫ですけど、ご自分のお手元での接待なら、昔からのお茶屋さんを使うのが基本ルールです。「あの会社は、あのお茶屋さん」という感じで決まってるんです。

 

――新しい客として行く場合は、紹介でなければならないのですよね。

そうどすね、ご接待で何度か連れてきてもらって、紹介という形になります。何よりも信用が大事なんで紹介以外は受け付けません。みなさんご存じの「一見さんお断り」も信用を守るからこそです。日本の方でも外国の方でも、どんな偉い方でも一見さんはお断りです。そやから、紹介する側も自然と慎重になります。

もし新しいお客さんのBさんが粗相をすれば、紹介したAさんの責任になるわけです。そういう意味で、紹介するのも難しい。そやけど時代も変わってきてますし、あんまり古いこと、難しいことばかりでは、お客さんも来てくれへんしね。その辺が難しい時代やなと思います。

――やはり敷居が高いイメージがあります。身なりや立ち居振る舞いも、かなり気を遣わねばならないのですか。

その辺に関しては、お茶屋さんは「こうしなあかん」というのは一切ないんですよ。服装にしても、接待の場合と、内々で気楽に見えるときと、いろんなお座敷があるので決まりはないんです。基本的にはスーツが多いですけど、ノーネクタイで来られることもあります。ただ、みなさんシャツもスーツも、ぴかぴかじゃなくても、わからんようにお洒落してはります。清潔感にも気をつけてはります。身だしなみは足元も大事です。くたびれた靴はちょっとあきませんけど、座敷に上がられますから、靴下も気をつけてはります。仕事の続きで来られる方も多いので、靴下をはき替える方もいますね。

■「この方は次、偉くなられるな」と舞妓が感じる人

――会話はどうでしょう。一流と呼ばれる方は何かが違ったりしますか。

やっぱり話が楽しい方は、お座敷でも人気がありますよ。偉いお方でも、みんなが突っ込みやすい雰囲気を醸し出してはると場が和みます。叱られても喜んでたり、そんな自分を「僕は人気があるんや」と冗談にしてしまったり。そういう人だと、お座敷も明るくなります。職場でもきっとそういう感じで、みんなに接してはるんやろうというのが想像できます。若い方を連れてみえても、偉そうに言わはるんじゃなくて、相手の話をちゃんと聞く、いい上司さんなんやろうというのが伝わってきます。人間的にそういう振る舞いを備えてはる方は素敵ですね。

――まめ鶴さんが印象に残っているお客様はどのような方ですか。

4月上演「都をどり」。「雪女王一途恋」主役の衣装で舞うまめ鶴さん。

やっぱりトップに立たれる方はいろんなところに、自然に気配りをされています。お仕事の難しい話をされながら、あたしらも交えて楽しい話をされたり、言葉にもユーモアがこもっているんですね。そして決して偉そうな態度はされない。ほんまに勉強させられることが多いです。

私も小さいとき(仕込みさん=舞妓になる前の修業期間)は、大きいお姐さんの前で緊張したり、気がつかへんで注意されたりしたんですけど、そういうのも、さり気なく見てはるんですね。その場では何も言わはらへんのですけど、次にお目にかかったときに「お姐さんの言うこと聞いて稽古がんばって、ええ芸妓さん、舞妓さんになりや」と声をかけてくださる。こういう励ましは、守られてる気持ちになります。その後、ご贔屓にしていただき、お座敷に呼んでもらえるようになります。そういうことがあると、やっぱり嬉しいもんです。

――ところで、偉くなられる方は見ているとわかるものでしょうか。

はい、上司の方と一緒に見えられても、この方は次、偉くなられるなというのは感じます。例えば、上の人の目ばっかり気にしてる人だと「この人、何してはんのやろ」と思います。上司にばっかり気を遣うんじゃなくて、若い子たちにも気配りされる方がいらっしゃる。何でもないことでも、こまやかに気遣いされるんです。上下関係なく誰にでも優しい人は偉くならはります。

でも偉くなっていくと、どうしても上から目線で言うてしまうことってありますよね。私らでも反省することがよくあります。ついつい「そんなことしたらあかん」っていうふうに言うてしまいます。けど、偉いお方というのは、そういう言い方をしはらへんのです。もちろんお仕事とかは厳しいと思いますよ。そういう厳しさと、優しさを持っておられる方がやっぱり上にいかはるんやと思います。ただ優しいだけでもあかんし、男性として尊敬されるところがあって、厳しさと優しさを持っておられます。

やっぱり偉くなられる方は、器の大きさが違いますよね。たくさんの社員さん、ご家族さんを抱えてはるんやから大変です。トップになればなるほどご苦労も多い。そのご苦労を忘れ、遊びに来ていただくのがお座敷です。私らは2、3時間ご一緒させていただくだけですけど、「今日は楽しかった」と言って、ホッとして帰っていただけたら嬉しいですね。

(お茶屋「京屋」女将 てる子、京都・祇園甲部芸妓 まめ鶴 文・構成=篠原克周 撮影=福森公博 写真=The Asahi Shimbun/Getty Images)

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