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是枝監督が安倍政権の祝意を辞退した理由

プレジデントオンライン / 2018年7月7日 11時15分

(c)2018フジテレビジョン ギャガ AOI Pro.

カンヌ国際映画祭で最高賞・パルムドールを受賞した映画『万引き家族』。林芳正文部科学相は、国会で「是枝裕和監督を文科省に招いて祝意を伝えたい」という考えを示しましたが、是枝監督は「公権力とは潔く距離を保つ」として祝意を辞退しました。その真意はどこにあったのか。ライターの稲田豊史さんが分析します――。

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『万引き家族』

■製作国:日本/配給:ギャガ/公開:2018年6月8日
■2018年6月23日~24日の観客動員数:第1位(興行通信社調べ)

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■興収で『そして父になる』を超えるのは確実

是枝裕和監督の『万引き家族』が6月8日の公開から3週連続で第1位となりました。4週目の週末(6月30日~7月1日)でも2位をキープし、粘り強い動員を見せています。カンヌ国際映画祭におけるパルムドール(最高賞)受賞の話題性などが後押しし、興収は既に30億円を突破。是枝監督の過去作品で最高興収だった『そして父になる』(2013年、興収32億円)を超えるのは確実となりました。

『万引き家族』は都会の片隅で暮らす貧困家族の日々を描く物語で、脚本は是枝監督の書き下ろしです。原作はありません。家族ぐるみの「万引き」で家計を補う5人家族のもとに、ある日虐待されている少女が加わり、家族の秘密が明らかになっていきます。

『万引き家族』の俳優陣はいずれも実力派ぞろいですが、大量集客が見込めるような人気アイドルはいません。また、予告編や宣伝からは良質なドラマであることは伝わりますが、「老若男女が誰でも理屈抜きに楽しめる、わかりやすい娯楽作」という打ち出しは一切していません(もちろん、そんな内容ではありません)。

にもかかわらず、本作が初動から勢いに乗ったのは、パルムドール受賞前後のメディア露出によって、「いま観ておくべき、ニュース性の高い作品」として、世間に強く印象づけられたからでしょう。

■「日本もドイツのように謝らなければならない」

公開前後にあった『万引き家族』のメディア露出について、時系列で振り返ってみます。

4月12日、カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に『万引き家族』が正式出品されることが報じられます。是枝監督作品としては5回目の出品であり、受賞への期待が膨らみはじめました。

5月17日、カンヌ入りした是枝監督の現地インタビューが「中央日報」の日本語版に掲載されます。ここで是枝監督は、日本では共同体文化・家族が崩壊しており、多様性を受け入れるほど社会が成熟していないと指摘。「残ったのは国粋主義だけだった。日本が歴史を認めない根っこがここにある。アジア近隣諸国に申し訳ない気持ちだ。日本もドイツのように謝らなければならない」と発言しました。

この発言に対し、ツイッターなどで「謝罪の必要などない」「世界に恥をさらすな」といった反発がありました。その中には、日本の貧困家庭を描写した内容が世界に発信されることで、日本という国が無用に“おとしめられる”と感じた人もいたようです。

■自らのブログで「『祝意』に関して」という文章を発表

5月20日、パルムドール受賞が報じられ、作品認知が飛躍的に高まりました。テレビのワイドショーでも大々的に取り上げられるようになりました。

5月23日、帰国した是枝監督が羽田空港で記者会見を行い、報道はさらに加熱。受賞の結果、公開館数が200館規模から300館規模に拡大することも発表されました。

6月2日、3日の2日間、全国325の映画館で先行上映が行われました。ここでいち早く鑑賞した観客が、本公開までの間に感想を拡散することとなります。

6月7日、林芳正文部科学相が、国会で「政府は是枝監督を祝福しないのか」と質問され、「是枝監督を文科省に招いて祝意を伝えたい」という考えを示しました。その後、是枝監督は自らのブログに「『祝意』に関して」という文章を発表。そこに「受賞直後からいくつかの団体や自治体から今回の受賞を顕彰したいのだが、という問い合わせを頂きました。有り難いのですが現在まで全てお断りさせて頂いております」と書かれていたことから、是枝監督の対応についてネット上でさまざまな意見が飛び交います。

(c)2018フジテレビジョン ギャガ AOI Pro.

6月8日、公開初日(本公開)を迎えます。

6月9日、伊勢崎市議会議員の伊藤純子氏が、ツイッターで「是枝監督の『公権力から潔く距離を保つ』発言には呆れた。映画製作のために、文科省から補助金を受けておきながら、それはないだろう」と発言し、物議を醸します。

こうして振り返ると、カンヌ映画祭から公開までの約3週間、『万引き家族』は多くの議論を引き出す触媒として機能し、その熱量が最高潮に達したところで、満を持して本公開となりました。この結果、「いま観ておくべき、ニュース性の高い作品」として動員に成功したのです。

■是枝監督が抱いた「強い違和感」の正体

ただ、ニュース性だけで何週間も動員を維持できるほど映画興行は甘くありません。鑑賞した人たちが、周囲に積極的に「おすすめ」しなければ、「4週間で30億円以上」という数字は達成できないのです。

※以下、作品の結末に関わる記述があります。

多くの人にとって本作の興味喚起の入り口は、前述のニュース性と、「貧困家族が万引きで生活をしのぐ」といった“おもしろそうな”設定でした。しかし実際に鑑賞してみると、事前の宣伝では巧妙に隠されていた事実が観客を驚かせます。実は、彼ら5人は本当の家族ではありませんでした。まったくの他人同士だったのです。この事実の開示をもって、『万引き家族』は観客に強烈な問いを投げかけます。

5人は血がつながっていないにもかかわらず、血のつながった家族以上に絆が強く、幸せそうなのはなぜなのか――。

是枝監督は、筆者が原稿を構成したリリー・フランキーさんとの対談(「週刊SPA!」6/12・19号)で、こんなことを語っています。

「東日本大震災の後にやたら『絆、絆』って世の中で言われていて、強い違和感を感じた」
「血のつながり以外に広げなきゃいけなかったはずなのに、結局『やっぱり家族だよね』に回帰してしまった世間のムードがすごく気になった」

この発言からもわかるように、本作には「血縁関係だけが幸せなコミュニティの形とは限らない」という強い主張が込められているのです。

それに、一口に“家族”と言っても、現代ではさまざまな形があります。子供のいる夫婦、いない夫婦。母子家庭、父子家庭。両親が異性ではなく同性。虐待児童を養子に迎える。ひとりの子を複数の夫婦が協力して育てる。非血縁者同士がシェアハウスで共同生活を送る……。

“家族”の形が多様になるなかで、「血のつながった家族」だけしか法的な保護やサービスを受けられないような狭量な社会は、早晩さびれていくでしょう。

(c)2018フジテレビジョン ギャガ AOI Pro.

■「家族は、互いに助け合わなければならない」

翻って日本の現状はどうでしょうか。たとえば、自民党の「日本国憲法改正草案」は、家族と婚姻の基本原則を定めた憲法24条について、以下の内容を書き加えるとしています。

「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない」

ここでの家族とは、夫婦とその血縁関係者のことです。しかし、婚姻関係または血縁関係のある人だけを「自然かつ基礎的な単位」と憲法で定めてしまうことには、さまざまな議論があります。また、血縁関係のある家族だからといって、助け合えるかどうかはわかりません。両親や配偶者から、虐待やDVなどを受けている例はたくさんあります。憲法改正で「助け合わねばならない」と義務づけることは、そうした人の不安を助長するはずです。

従来型の家族の形は尊重されるべきですが、それ以外の家族の形も等しく社会に認められてしかるべきではないでしょうか。しかし、旧来型の家族の形を「自然かつ基礎的な単位」とする主張は、日本社会に根強くあります。

■「新郎新婦は必ず3人以上の子供を産んでほしい」

奇しくも『万引き家族』公開の前後に、自民党の2人の国会議員によるそうした主張が物議を醸しました。加藤寛治衆院議員は5月10日の会合で、「結婚披露宴などの席で『新郎新婦は必ず3人以上の子供を産んでほしい』と呼びかけている」と発言。6月26日には二階俊博幹事長が講演で「子どもを産まないほうが幸せじゃないかと、勝手なことを考えている人がいる」と発言しました。

もちろん2人の発言には前後の文脈がありますから、この言葉だけを取り上げて非難するのはフェアではありません。ただ、文脈を踏まえたとしても、この発言に違和感や疎外感を抱いた人は相当数いたはずです。

『万引き家族』は、そうした違和感や疎外感を、野暮むき出しの政治的主張ではなく、一流の役者の一流の芝居をもって代弁しました。同作が多くの観客の胸を打った理由は、そんなところにもあるのです。

■「母」を偽装していた信代役・安藤サクラさんの名演

是枝監督は前出「中央日報」のインタビューで「同じ政権がずっと執権することによって私たちは多くの希望を失っている」とも語りました。また、同じく前出のブログでは、「祝意」を辞退する理由として「映画がかつて、『国益』や『国策』と一体化し、大きな不幸を招いた過去の反省に立つならば、大げさなようですがこのような『平時』においても公権力(それが保守でもリベラルでも)とは潔く距離を保つというのが正しい振る舞いなのではないかと考えています」としたためました。

(c)2018フジテレビジョン ギャガ AOI Pro.

政権与党が作った改憲草案24条によって一方的に規定される「あるべき家族の形」と、『万引き家族』が示した「家族ではない者たちが肩を寄せ合うことの美しさと幸せ」。両者の間には確かに「潔い距離」が保たれています。

『万引き家族』はラスト30分に差しかかったあたりから、偽家族の一人ひとりが心情を吐露していきます。そのひとり、一家の「母」を偽装していた信代役・安藤サクラさんの名演には、誰もが心を奪われたと思います。

■興行的な成功は「多様性の受容機運」を示している

血縁の意味とは何か、母親の資格とは何なのか。筆者はこの映画を2回観ましたが、安藤サクラさんのシーンでは2回とも、文字通り息をするのを忘れ、瞬きすらはばかられました。「血縁による家族が助け合うのが当たり前」「夫婦は子供を作るのが普通」と主張する人たちは、このシーンを観て一体何を思うのでしょうか。

『万引き家族』は決して口当たりのいい内容ではありません。観ていて胸が苦しくなりますし、執拗な辛気臭さや現実社会との高すぎる接続度に、ウンザリする人もいるでしょう。しかし、ヒットシリーズの続編や人気原作の映画化が興収ランキングの上位を占めがちな日本の映画市場で、このような作品が興行的な成功を収めるのは、「多様性の受容機運」を示しているようで実に喜ばしいことではないでしょうか。

その意味で、『万引き家族』の“30億超え”は盤石の人気シリーズによる“50億超え”の何倍も価値がある、と思います。

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稲田 豊史(いなだ・とよし)
編集者/ライター
1974年、愛知県生まれ。キネマ旬報社でDVD業界誌編集長、書籍編集者を経て2013年よりフリーランス。著書に『ドラがたり のび太系男子と藤子・F・不二雄の時代』(PLANETS)、『セーラームーン世代の社会論』(すばる舎リンケージ)。編著に『ヤンキーマンガガイドブック』(DU BOOKS)、編集担当書籍に『押井言論 2012-2015』(押井守・著、サイゾー)など。

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(編集者/ライター 稲田 豊史)

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