ドトールがあえて「超高級店」を出す狙い
プレジデントオンライン / 2018年7月18日 9時15分
■最高級業態「神乃珈琲」を京都に出店
5月23日、京都の繁華街に「神乃珈琲」(かんのコーヒー)という喫茶店がオープンした。大丸京都店に隣接しており、京都市営地下鉄烏丸線・四条駅から徒歩数分だ。阪急電鉄・烏丸駅からもほぼ同じ距離で、京都屈指の繁華街に位置する。
繁華街とはいえ、そこは古都。一歩裏手に入ると昭和の風情も残る。それを意識して店の外観は周辺の景観に溶け込むように作られており、入り口には縦の格子がついている。看板になっているロゴの「神乃珈琲」は、老舗企業の社印のようなデザインだ。セルフカフェではなく、店員が注文を取りに来て飲食も運んでくれる「フルサービス」(と喫茶業界で呼ぶ業態)だ。
実はこの店、ドトールコーヒーが手がけている。2016年9月に東京・目黒通り沿いに「Factory&Labo 神乃珈琲(学芸大学店)」を開業。翌2017年12月、中央区銀座5丁目の商業ビルに「神乃珈琲 銀座店」がオープンした。学芸大学の店は焙煎工場にカフェスペースを設け、銀座の店は“究極の日本の喫茶”として、2種類のブレンドコーヒーを各1026円で提供する。今回の「神乃珈琲 京都店」は、関西初進出となる。
京都の店は、銀座よりも少し価格を抑えたが、それでもグアテマラ産ゲイシャ種を使用した「陽煎(HI-IRI)」、エルサルバドル産ティピカ種を用いた「月煎(TSUKI-IRI)」のブレンドコーヒーが各756円だ。現在人気の品種「ゲイシャ」も取り入れ、コーヒーシュガーの代わりに和三盆(古来からある上質な砂糖)を添えて、高級な和風を打ち出した。
フードメニューもサンドイッチなど昭和的な定番品が目立ち、「だし巻きたまごサンド」も目を引く。女性客を意識してか、一口サイズで食べられるように工夫してある。
■ドトール随一の「コーヒー通」のこだわり
「神乃珈琲は、ドトール・日レスホールディングスが手がけたカフェの歴史において、こだわりの集大成となる業態です。店のコンセプトとして、(1)直接仕入、(2)直火焙煎、(3)抽出へのこだわり、(4)品格ある味わい、(5)上質な空間、の5つを掲げました」
こう話すのは、菅野(かんの)眞博氏だ。神乃珈琲の運営会社であるプレミアムコーヒー&ティー社長であり、ドトールコーヒー常務取締役・新規事業統括本部統括本部長を兼任している。
ちなみに「神乃珈琲」の「かんの」は、菅野氏の名字をアレンジしてつけられている。2011年に開業し、現在、国内で約210店(2018年4月時点)を展開する「星乃珈琲店」が、ドトール・日レスホールディングス社長の星野正則氏の名字からアレンジした先例がある。社長や取締役の名字を店名につけるのは、上場企業では珍しい。個人店(個人経営の店)のようであれ、という思いだろうか。
菅野氏は、ドトールのコーヒー事業とともに歩んだ経歴を持つ。1979年に入社すると、若い頃からコーヒーへの意識の高さが創業者の鳥羽博道氏(現名誉会長)の目に留まり、コーヒーの製造技術を磨いた。同社が手がけるパスタ店「オリーブの木」の事業本部長も歴任し、2008年からは商品生産統括本部統括本部長も務めた。星乃珈琲店でも、カップオブエクセレンス国際審査員の肩書で広告塔を務める。大手チェーン店の社員では珍しく、日本スペシャルティコーヒー協会(SCAJ)理事でトレイニング委員会委員長も務める。
■喫茶文化の潮流を変えたドトール
ドトールといえば、1980年に1号店を開業して以来、全国に1122店(2018年5月末現在)を展開する「ドトールコーヒーショップ」が有名だ。これは首位「スターバックスコーヒー」の1342店(2018年3月末現在)に次ぐ国内2位の店舗数だ。かつては圧倒的な首位だったが、最近は無理に拡大せず、「星乃珈琲店」など他業態の展開に注力する。
実は、戦後の日本の喫茶店は10~15年ごとに潮流が変わった。これを10年前に筆者に教えてくれたのは、フードビジネスコンサルタントの永嶋万州彦(ながしま・ますひこ)氏で、永嶋氏は元ドトールコーヒー常務。若き日の菅野氏の上司でもあった。
その潮流をかいつまんで説明すると、1960年代は「個人店(個人が経営する喫茶店)の時代」で、1970年代から「喫茶チェーン店の時代」となり、1980年代半ばには「セルフカフェ」の時代となった。「喫茶チェーン店の時代」には、ドトールの経営する「コロラド」(最盛期は250店。現在は約60店)が、1972年に川崎市にFC(フランチャイズチェーン)1号店を開店。その後、直営1号店を東京都世田谷区の三軒茶屋に開いた。この成功体験が次につながる。
そうしたフルサービスの喫茶店の潮流を変えたのが、1980年に開業したドトールコーヒーショップだった。当時コーヒー1杯が平均300円の時代に、半額の150円で提供。代わりに、自分で商品を運ぶセルフサービスの業態(開業時は立ち飲み)とした。時代の風にも乗り、80年代後半から店舗は急拡大。1996年にスターバックスが日本に上陸して、2000年頃に「シアトル系カフェの時代」を迎えるまで、ドトールの独壇場が続いた。
■競合の追随を経て「本気」に転換
正確には、「セルフカフェ」業態のさきがけはドトールではなく、1955年頃から始めた「ミカドコーヒー」(立ち飲み式で、1杯60円の時代に30円で提供)が四半世紀も早い。だがセルフカフェは、ドトールによって進化したのも事実だ。同じセルフカフェのスタバも、ドトールが築いた下地があったからこそ、日本の消費者になじんだ一面がある。
ただし、そんなドトールも、新業態では業界を牽引する役割を果たせなかった。業態として「エクセルシオールカフェ」(セルフカフェ。1999年開業)や「星乃珈琲店」(フルサービス)を開発して人気店に育てたが、それぞれスターバックスコーヒー、コメダ珈琲店の二番煎じにすぎない。
現在は両業態とも独自性を打ち出しているが、エクセルシオールの開業時にはロゴの色づかいがスタバと似ており、星乃の開業時にはコメダの看板商品「シロノワール」を意識した「ホシノワール」という商品があった。筆者は創業者の鳥羽氏にも何度か取材して、その見識に敬意を示しており、日本の喫茶業初の東証一部上場企業として、ドトールには期待している。だからこそ、当時の取り組みは残念に感じた。
「神乃珈琲」はそうした流れを断ち切り、独自性を打ち出している。先日こんな声も聞いた。
「銀座に行ったついでに『神乃珈琲』を利用した。コーヒーの味がよく、和風の高級感ある雰囲気もよかった。個人的には競合の『椿屋珈琲店』(東和フードサービス)よりも高品質に感じた」(中小チェーン店の取締役)
■“セルフカフェ疲れ”の時代は続く
ドトールやスターバックスが牽引したセルフカフェの業態は、近年、厳しくなっている。コンビニの100円コーヒーが消費者の支持を集め、1杯200円台が多いセルフカフェの価格優位性も崩れた。また、1杯400円台であっても、カフェで過ごす時ぐらいはゆったりした空間を、とフルサービスを好む消費者も増えた。
筆者はこうした消費者心理を“セルフカフェ疲れ”と名づけ、放送メディアでも解説してきた。セルフカフェから一気に離れたのではなく、「その日の気分で店を使い分ける」という消費者が、簡単便利なセルフカフェに、以前ほど魅力を感じなくなったという意味だ。気ぜわしい時代の「ホッとする空間」として、フルサービス人気はしばらく続きそうだ。
「ドトールコーヒーショップ」を開発する前の鳥羽氏は、1971年の欧州視察先のパリで、セルフカフェのヒントを見つけた。実は“元祖セルフ”のミカドコーヒー創業者の金坂景助氏(故人)も、同じ視察ツアーの一員でホテルも同宿。親子ほど年の違う鳥羽氏(当時30代)の行動力に、金坂氏(同60代)が感服したという逸話が残る。
鳥羽氏は1980年代、ドトールコーヒーショップを「喫茶店の最終形」と位置付けた。だが、見込み通りにはならなかった。結果論だが、昔ながらの商品や業態を好む“ノスタルジー消費”として、フルサービス型の喫茶店が復権したからだ。
■「神乃珈琲」をどう展開するか
そのノスタルジーに挑むドトールが、「神乃珈琲」を今後どうするか。最高級業態(戦略)と、高価格帯やこだわりの内装(戦術)といった手法は、急拡大できるものではない。将来の店舗数を10店前後に抑え、「ドトールコーヒーショップ」(低価格帯)から「神乃珈琲」(高価格帯)まで持つ、フルラインナップとしての位置づけだろう。
参考となるのは前述の「椿屋珈琲店」だ。同ブランドは「椿屋珈琲店」「椿屋茶房」「椿屋カフェ」で43店を展開する(2018年1月現在)。ただし「神乃」は、恐らく「椿屋」のような傘ブランド(複数ブランドの組み合わせ)にはせず、単独で展開するはずだ。
その理由は、前述した店名の由来だ。同社随一のコーヒー通の名字をアレンジした以上、実験店のままで終えることは許されない。試行錯誤をして、時には内容を見直すだろう。鳥羽氏の時代とは違い、同じ消費者が日によって業態を使い分けることも多く、個人の収入格差も広がった。時代性を踏まえた、同社の取り組みを見つめていきたい。
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経済ジャーナリスト・経営コンサルタント
1962年名古屋市生まれ。日本実業出版社の編集者、花王情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画・執筆多数。近著に『20年続く人気カフェづくりの本』(プレジデント社)がある。
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(経済ジャーナリスト/経営コンサルタント 高井 尚之)
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