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法改正でも転勤前提の働き方は変わらない

プレジデントオンライン / 2018年7月26日 9時15分

写真=iStock.com/TAGSTOCK1

今国会の目玉として政府が進めてきた「働き方改革法案」。法律は成立したが、期待されたような効果は薄そうだ。三菱総研の奥村隆一主任研究員は、「今回の改革により雇用システムがメンバーシップ型からジョブ型に転換する方向に向かう可能性が強まっているが、日本ではジョブ型が機能するための制度が未整備のため、『働き方改革』もうまくいかない可能性が高い」と指摘する――。(前編、全2回)

■日本的な「働き方」を規定する4つの特徴

日本的な働き方は諸外国と異なっており、さまざまな問題があると認識されるようになって久しい。

本人の望まない異動の辞令を受けてスキルや経験のない職務を任されたり、小さい子どもがいるにもかかわらず転居を伴う転勤を命じられたり、職場の仲間が仕事をしているので定時になっても帰りづらかったり……。これらは日本ではそう珍しいことではないが、諸外国からみれば、こうした慣行は奇異に映る。

日本的な雇用システムを特徴づける特徴としては、新卒一括採用方式、終身雇用制(長期継続雇用)、年功序列賃金体系、企業別組合の4点が挙げられる。これらすべてがそろっているのは世界を見渡してみても日本ぐらいである。そして、その4点セットの背景にある本質を一言でいえば、「メンバーシップ型」だろう。

■「能力」ではなく「ポテンシャル」で採用する

メンバーシップ型の雇用システムとは、簡単に言えば職務や勤務地、労働時間などが限定されない雇用契約のことを言う。メンバーシップ型の雇用システムは主に大企業を中心に高度経済成長期に広まった。現在は、終身雇用も年功序列もだいぶ弱まったが、新卒一括採用は依然根強く続いている。極論すれば、日本の会社は大学等で得た能力やスキルが即、仕事につながるなどとは思っていない。「能力」ではなく「ポテンシャル」(伸びしろ)をみて新規学卒者を採用する、といわれるゆえんである。

新入社員の仕事のスキルや能力はOJT(On‐the‐Job Training)を中心に自社で育成するのが基本なので、社員が身につけるスキルや能力は企業特殊性の強いものばかりになる。そのため転職は進まず、外部労働市場は広がらない。若手の社員に投資する教育コストを回収することを考えれば、早く辞められたら困るので勤続年数は長くなる。

従業員の立場に立っても、入社したての頃は給料が低くても、勤続年数が上がるほど高くなるとなれば、定年まで勤めあげる方が得と考えるのが当然である。同じ業種であっても企業ごとにキャリアラダー(昇進のはしご)をはじめとした人事制度や雇用システム、教育システムが異なるから、企業を超えて労働者が団結しにくく、企業別の組合が作られる。

このように、4つの特徴はすべてつながり、日本独特の雇用システムを形作っているのである。

■メンバーシップ型の企業組織のメリット

この日本型雇用システムの前提にあるのが、「メンバーシップ型」と呼ばれるものであり、欧米をはじめとした諸外国の「ジョブ型」と対比される。これらの概念は、労働政策・研究研修機構所長の濱口圭一郎氏により提唱されたものである。

濱口氏によるとメンバーシップ型は、初めに「人」ありきで、その「人」に仕事を当てはめる発想で人事管理や賃金管理を行う考え方であり、ジョブ型は逆に「仕事」をベースとし、それに合致した「人」を選んでそれに張り付けるやりかたをとる。

ジョブ型は「職務型」とも呼ばれる。あらかじめ仕事の内容、範囲、責任、権限などが明確になっていないと誰に任せればよいかが定まらないため、職務を詳細に分析・評価する職務評価結果に基づいて、序列や給与を決める「職務等級制度」に基づく人事や評価が行われる。この仕組みは1960年代にアメリカで急速に広がり、その後世界に広まった。

■メリットが薄れて、デメリットが目立つように

一方、日本のとくに大企業の多くは、通常、社員一人ひとりの仕事の中身や範囲などをさほど厳密に定義せず、社員の潜在能力が企業の期待値に達しているかによって、社員の序列づけをおこない、処遇を行う方法である「職能資格制度」に基づく人事や評価が行われる傾向がある。もっとも、近年はその中間的な「役割等級制度」を導入する企業が少なくない。

もちろん、メンバーシップ型にももちろんメリットはある。職場の一体感が醸成されやすい、失業率が低い(とくに若年層)、業務の繁忙を組織内で平準化しやすい、解雇をせずに組織変革が容易なことなどである。高年齢層よりも若年層の方が常に人数の多い「人口ボーナス期」には、企業と日本経済双方の成長を図る効果的な仕組みとして機能してきた。

ところが、少子高齢化と人口減少の波を受け、若年層よりも高年齢層の方が常に人数の多い「人口オーナス期」に入り、これまでのメリットが薄れる中で、会社側の強い人事権が従業員のワーク・ライフ・バランスやキャリア自律を阻害する、非正規の社員が不公正な処遇を受ける、正社員は長時間労働になりがち、成長企業への人材流動が進まない、といったデメリットの方が目に付くようになってきた。

■「同一労働同一賃金」を実現するには

官邸主導で進められつつある「働き方改革」の取り組みを見ていると、メンバーシップ型の組織からジョブ型の組織へ移行を促そうとしていると判断できる。

その典型が、「同一労働同一賃金の導入」である。現在、全雇用者の4割をも占める非正規雇用労働者と正社員との間には賃金などの処遇に大きな格差がある。説明がつく格差であればよいが、実態としては同じ業務を行っていても社員区分の違いが、賃金等の格差を生じている場合がみられる。このような格差の是正は古くから問題視されていたが、なかなか解消されなかった。

格差の解消、すなわち「同一労働同一賃金」を実現するには、正社員の働き方をジョブ型に転換しなくてはならない。なぜなら、メンバーシップ型では一人ひとりの仕事を明確に定義することは困難であり、仮に正社員と非正規社員との間に公正な処遇がなされていても、職務が明確に規定されていないため、企業が公正さを説明するのは難しいからである。

職業情報を総合的に提供する職業情報提供サイト(日本版O‐NET)を整備し、労働市場のマッチング機能を改善する取り組みも進められている。日本版O‐NETとは、米国労働省が2003年より運用している仕組みの日本版であり、さまざまな仕事の内容、求められる知識・能力・技術、平均年収といった職業情報を総合的に提供するサイトのことである。仕事の内容を明確にすることで、新規学卒者は「会社選び(就社)」から「仕事選び(就職)」に意識を転換させ、中途入社も行いやすくなることが期待される。

■ジョブ型雇用システムを支える制度がない

では、働き方改革が目指すように、ジョブ型の雇用システムに移行すれば、メンバーシップ型の雇用システムが直面する問題を解決できるのだろうか。

ジョブ型の組織では、社員は自分のキャリアは自分で作ろうとする意識を持つ傾向がみられる。自分の仕事や役割が明確なため、周囲をおもんぱかって仕事が終わっても帰れないということはない。より自分の能力を活かせる場が社外に見つかれば、積極的に転職するため、人材の流動化が進む。非正規の社員であっても、社員並みの仕事をしていれば同等の処遇が得られる。ジョブ型の企業が増えれば、問題が改善する面は確かにある。

ただし、雇用システムの転換はそうたやすいことではない。事実、1950年代から1960年代にかけて経営側と政府は職務型による賃金制度である「職務給」を主張していたが、労働組合の反発などもあり1970年代以降に断念している。経済成長に伴い技術革新が継続的に行われ、業務の内容は時々刻々と変化する。ところがジョブ型の組織を維持するには、そのたびに職務定義書を作り直さなければならない。この手間も移行の障壁の一つになったと推察される。

■日本ではジョブ型雇用システムが機能しない可能性が高い

しかし、最も大きな障壁は「新卒一括採用方式」であろう。ジョブ型で人事を行うには、社員の誰もが何らかの職務を遂行できることが前提だが、新卒者にはまだその能力がない。つまり、新卒一括採用方式とジョブ型の人事・評価制度、賃金・処遇制度は相性が悪いのである。

大学をはじめとした高等教育機関のあり方や役割、教育内容のドラスティックな変革抜きには、ジョブ型の移行は難しいだろう。

また、各職業の市場価格が形成されオープンになっていないと、従業員には交渉の武器がないため、賃金を低く抑えこまれる可能性がある。加えて、企業別組合であるため、例えば同じ経理職でありながら、企業によって給与が大きく異なることがあり、転職する際のネックになっている。つまり、企業別組合とジョブ型雇用システムも相性が悪い。ちなみにジョブ型雇用システムが基本の欧米では、産業別組合が主流であるため、企業の枠を超えて職務ごとの給与の相場観が形成される。

このように日本でジョブ型雇用システムを機能させるには、日本の労働市場を形作ってきた制度を抜本的に改めなければならず、短期間にこうした大改革が実現できるとは思えない。したがって、日本ではジョブ型雇用システムが機能しない可能性が高い。

仮にジョブ型雇用システムに移行できたとしても、日本的雇用システムの長所や国民性を考えたとき、そうなることが望ましいかどうかは別問題である。欧米でもメンバーシップ型の組織でもジョブ型の組織でもない、新たな組織の形が出始めており、そちらへ転換を図る選択肢もありうる。後編ではこの第3の組織について考えてみる。

(三菱総合研究所主任研究員 奥村 隆一 写真=iStock.com)

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