真夏のオフィスを涼しくするクラシック曲
プレジデントオンライン / 2018年7月26日 11時15分
■誰でも知っている「夏」のクラシック曲
季節にちなんだクラシック音楽で、まず思い出すのは、やはりヴィヴァルディの『四季』だろう。音楽の教科書に必ず登場するおかげで、第1曲目の『春』の冒頭は誰もが一度は必ず耳にしている有名曲だ。この2曲目が『夏』である。
『夏』の中でも特に、テンポが速くダイナミックな第3楽章は、テレビCMやドラマなどに多く使われており、楽曲名を知らなくても、「これ聞いたことある」という人が多くいる、馴染みのある名曲だ。とくにヴァイオリンの激しい音色にハッとする、心をぐっと惹きつけられる1曲である。
ただし、この楽曲は夏の爽やかさというよりも、雷や嵐といった夏の気候の荒々しさをイメージさせるので、少々オフィスにはそぐわない。名曲ではあるのだが、落ち着かない。この曲は、仕事のシーンにはどうも向かない。
『四季』といえば、チャイコフスキーの12カ月のピアノ曲もある。ロシアの当時の暦で作曲されているので、実際の日本の四季とは若干ずれているが、この中の6月『舟唄』、7月『草刈人の歌』は、夏の曲と言っていいだろう。しかしながら、『舟唄』は短調で物悲しく、夏の清々しさは感じられない楽曲である。
『草刈人の歌』にいたっては、草を刈っているだけあってどこか牧歌的で、ピリッと背筋を正して仕事に向かう雰囲気がでない。お日様を浴びて草刈りでもしましょうでは、パソコンに向かうより、ガーデニングを楽しむ雰囲気になってしまう。ジリジリした太陽を避けてモニターを凝視するオフィスで、のどかな土いじりを彷彿とさせるわけにはいかない。やはりロシアの夏を表す楽曲も、やはりオフィス向きではない。ヨーロッパの夏の曲も、ロシアの夏の曲も合わないとしたら、南半球に移ろう。
■アルゼンチンの夏の曲は、セクシーすぎる
南半球の夏の曲として、紹介したいのはピアソラの名曲『ブエノスアイレスの夏』である。アストル・ピアソラはアルゼンチン生まれで、タンゴの要素にクラシック音楽の理論やジャズの要素を取り入れた作曲家である。
その曲は日本でも広く演奏されていて、『リベルタンゴ』などはテレビCMにも使われている。『ブエノスアイレスの夏』というだけあって、アルゼンチンのタンゴに根ざした気質と、気だるい湿度を感じる憂いある楽曲だ。メロディアスでセンチメンタルな部分もあって、大変セクシーな雰囲気を持つ。
センチメンタルでムードのある夏の曲。はてさて、これでは仕事に向かえようはずもない。むしろ、夕暮れ時が待ち遠しくなり、街に繰り出したくなってしまう。やはりこの楽曲の雰囲気もまた、オフィスには向いていない。すでにおわかりのように、どうも「夏」という言葉をふくんだタイトルの楽曲は、休日に夏っぽさをしっかりと味わうにはいいが、オフィス向けではないと言える。
では、オフィスで流すための夏向きのクラシック曲はどのようなものだろうか。
■オフィス向きの夏の曲とは?
夏の季節感ではなく、楽曲が持つ清涼感をポイントした楽曲を紹介したい。
まずは、楽器に注目したい。ハープという美しく上品で涼やかな音色を出す楽器をご存じだろうか。日本語では竪琴と呼ばれる楽器の種類で、弦を指で弾いて音を出す。聖書にもハープが登場しており、最古の楽器の1つと言われている。オーケストラ楽曲にも使用されており、その音色の美しさと演奏する所作にも心惹かれるファンも多い。
そんなハープの美しく、伸びやかで、それでいて控えめな響きは、この暑い時期の一服の清涼剤になってくれる。とくに、ヘンデル作曲の『ハープ協奏曲』は、その音楽性の高さと、親しみやすいメロディで様々なBGMに使われている名曲である。
うだるような熱気と、夏独特の埃っぽさをくぐり抜けて入ったオフィスの入り口で、こんな音楽がかかっていたら、きっと一息つけるに違いない。一音聞くだけでも、涼やかなハープの名曲は、きっとあなたを夏の喧騒から距離をとり、オフィスに清涼感をもたらすだろう。
ハープと相性がよく、この時期に聞きたい楽器としてはフルートだ。弦を弾くハープと横笛フルートという、それぞれまったく異なる音色の楽器であるが、どちらも暑苦しさを和らげてくれるような清々しさがある。
この2つを一緒に聞ける楽曲として、モーツァルト『フルートとハープのための協奏曲』がおすすめだ。この楽曲も、タイトルを知らなくても聴いたことがあるという人が多い。優しいメロディが心を和ませてくれる。こんな美しいメロディが、オフィスや待合室で小さく上品に流れていたら、それだけでひとときの暑さを忘れられそうである。
■聴いているだけで癒される『水上の音楽』
さて最後に、夏らしくかつ涼しさを得られる楽曲として、ヘンデル作曲の『水上の音楽』を挙げたい。王や貴族が船遊びをする間に、船の上にオーケストラを乗せて演奏させるために作られた楽曲で、弦楽合奏とオーボエ、トランペット、フルートなどの管楽器も合わせ総勢50名ほどの大編成で演奏し、船の上でくつろぐ王や貴族に聞かせていたのだ。さすがは王の水遊びはスケールが違う。川の水面に反射する音も、それは素晴らしいものであっただろう。
ただし、この曲を聴いている際には、絶対に奏者の立場に立ってはならない。当時の小さな手漕ぎぶねに揺られながら、できたばかりの楽曲の譜面を揺れる船上で確認し、暑いさなかに演奏させられる奏者の苦労はいかばかりかと気の毒この上ない。
楽曲は大変素晴らしく、聴いているだけで川の揺らぎに癒される気持ちになるが、この楽曲を聴く時だけは、王の立場を死守することをおすすめしたいのである。灼熱のアスファルトをくぐり抜けて、額の汗を拭うとき、こんな曲が小さな音でかかっているだけで、そう気分はテムズ川の上なのだ。王として。
音楽社会学者Tia DeNora(ティア・デノーラ)は、こう指摘した。“音楽は、「様々な状況(situation)の感覚をつくる源として」使われうる”と。窓の外の熱気を想像するだけでやる気も削がれるこの季節、せめて空調の整ったオフィスでこんな清々しい曲を聞きながら仕事をしたい。
音楽の力を借りて、その状況の感覚を作り、快適に過ごせる空間を演出してもらえたらと思う。そして、仕事が終わった後や、休暇の間にこそ、「夏」の名のつくクラシックの名曲にしっかりと浸ってもらえたらと願う。
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・ヘンデル作曲『ハープ協奏曲』
・ モーツァルト『フルートとハープのための協奏曲』
・ ヘンデル作曲『水上の音楽』
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(ノモス代表取締役 渋谷 ゆう子 写真=iStock.com)
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