トランプが"良い質問"と相手を褒める真意
プレジデントオンライン / 2018年8月4日 11時15分
■アイビーリーガーのエリート不動産王
2016年の大統領選挙から今日まで、常にメディアを騒がせ続けたドナルド・トランプ大統領。日本でのイメージはお世辞にもいいとはいえないが、彼は生粋のエリートである。米国の名門大学群「アイビーリーグ」の8校のうちのひとつ、ペンシルベニア大学ウォートン・スクールを卒業し、ホテル、カジノ、ゴルフコースなどさまざまな施設を建てて「アメリカの不動産王」とも呼ばれている。航空業界や大学経営まで他業種にも進出していた。選挙の運動費の多額出費が最近あったにもかかわらず、保有資産は31億ドル(3276億円)ともいわれている。
さて、そんなトランプの独特のキャラクターを演出するコミュニケーション戦略とはどのようなものか。ある人物の特徴を掴むには他の事例と対比してみるとわかりやすい。まずは直近の2人の大統領のスタイルと比べてみよう。
ジョージ・W・ブッシュ元米大統領は「気のいい親父型」タイプだ。米国のメディアは基本的に民主党支持であり、反共和党であるためにブッシュもトランプと同様に激しいメディアからの中傷にさらされた。その結果として、当時の米国メディアによって、知的な会話ができない、語彙が足りない、知識が不十分などのいかにも都市部インテリ層が重箱の隅を楊枝でほじくって批判しているような文脈でブッシュの印象が日本にも伝えられてきた。
ただし、実際にブッシュに会った人らによって、気さくな人柄と雑談の達人としての魅力について触れられることも多い。ブッシュはメディアを通じてではなく、面と向かった対人コミュニケーションが得意な人物だったといえる。
一方、バラク・オバマ前大統領は演説の名手として国内外のメディアで非常に高い評価を得ている。オバマのコミュニケーションスタイルは「カメレオン型」だ。ケニア人の父と米国人の母の下に生まれたこと、その後の成長過程において多くの矛盾を抱えながら育ったことから、オバマにはさまざまな人々の目線に立ってスピーチを巧みに行う才覚があった。
実際、オバマが世に頭角を明確に現した瞬間は04年のジョン・ケリー氏が民主党大統領候補者になる指名演説の際の基調講演であり、その演説は党派を超えた多くの有権者を魅了した。オバマはあらゆるタイプの米国民に合わせて言葉のニュアンスをコントロールでき、聴衆を一時的に気持ちよくさせる術に長けていたといえる。
■参加条件は「自分が主役」
以上のように歴代米国大統領は自らの出自や背景に合わせた得意なコミュニケーションスタイルを持っている。では、現職のトランプ大統領のコミュニケーションスタイルはどのようなものだろうか。ずばりトランプは「芸能人スタイル」だ。そもそもトランプは自分が主役になれない場には決して参加しようとしない。
一例を挙げると、大統領選挙予備選挙時のアイオワ州の選挙直前に不得意な候補者討論会をわざと欠席し、近くの施設内で負傷帰還兵の支援集会を開くという演出を行ってメディアの注目を集めてみせたこともあった。既存の他人に設定された舞台に対応するのではなく、常に自らが最も目立ち続ける場を独自に創り出し、メディアの紙面・放映時間を支配するやり方がトランプのコミュニケーションの基本である。
トランプの自由奔放なツイッターの活用方法も重要なコミュニケーション戦略の一環だ。大統領選挙時・大統領就任後も毎日のように繰り出されるトランプの平易な言葉で端的にまとめられた「つぶやき」はメディアを独占し続けている。ヘッドラインに流すためには英語の短文が必要があり、ツイッターはトランプ戦略にはおあつらえ向きのツールだ。
その結果として、トランプは報道に先んじてつぶやくことで、メディア側に「その日に何を報道するか」という選択肢を与えず、自らのつぶやきを論評・解釈させ続けることができる。さらに、最近では他国との交渉事に際して「きっといいことが起きる。見てみよう」というような形で聴衆の注目・期待を引っ張り続ける話法も頻繁に駆使するようになった。
そして、数カ月にもわたる長丁場の国際交渉を1つのドラマとして演出し、自国民や世界の人を飽きさせないように工夫している。トランプの言葉を受け、皆が次に何が起きるのか、ドキドキしながら待ち焦がれる状態になっている。
■自らの土俵へ相手を上がらせる
そのため、トランプの前ではあらゆる議員やコメンテーターの存在感が霞むことになり、結果として誰もがトランプのことを口にするようになるのだ。よい噂・悪い噂も含めて話題になり続けることを重視するトランプのスタイルは芸能人スタイルの真骨頂である。
その観点から北朝鮮の金正恩氏はトランプにとっては格好の敵役であったことは間違いない。17年から強烈な言葉で罵り合いを続けた両者は、世界中のメディアで常に話題の的であった。トランプにとっては金正恩が尊大な言い回しや過剰な侮蔑の言葉を用いる悪役タレントに見えたに違いない。実際、金正恩が自ら板門店の軍事境界線を渡るというパフォーマンスを披露した姿など、彼のイメチェンのための話題づくりと見せ方の巧さはなかなかのものだ。
金正恩が態度を変えると、トランプも「賢明で慎重な選択をした」と褒め称え始めている。トランプは相手が思い通りの行動をすると間髪を入れず褒めることで、相手の言動を衆人環視の下で固定化しようと努める傾向がある。これは欧米人が講演や、記者会見の質疑応答などで我が意を得た質問が出ると「良い質問だ」と褒めて議論を自らの土俵に上がらせる典型的なやり方だ。トランプと金正恩は各々欧米のメディアを通じて自分たちがどのように聴衆の目に映るのかを気にしながら行動するという意味では気脈が通じるところがあるかもしれない。
いずれにせよ、トランプが大統領として在任し続ける限り、日本人であっても同氏の顔や話題に1度も触れずに1週間を過ごすことは難しいだろう。トランプの天才的な話題創造力には脱帽するばかりである。
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アメリカ合衆国大統領
第45代アメリカ合衆国大統領。1946年、米国ニューヨーク州の不動産会社を経営する家庭に生まれた。ペンシルベニア大学ウォートン・スクール卒業(経済学)。71年に父親から社長の座を譲られた。大統領になるまで政治キャリアはなかった。
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(早稲田大学招聘研究員 渡瀬 裕哉 写真=時事通信フォト、AFLO)
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