東京医大が「女子差別」を続けた根本原因
プレジデントオンライン / 2018年8月8日 15時30分
■問題は「女性医師の勤務態勢の劣悪さ」だけではない
東京医大では、文科官僚の子弟を「裏口入学」させたことに加え、一般入試で男性を優遇するため、女性受験者の一律減点を行っていたことが明らかになった。
この問題についてメディアでは「女性医師が働きやすい環境を整備することが重要」と繰り返し報じられている。しかし、私はそんなことをしても問題は解決しないと考えている。問題は「勤務態勢の劣悪さ」だけではないからだ。
なぜ東京医大は男性受験者を優遇していたのか。それは、東京医大の場合、医師国家試験に合格した卒業生の大半が、東京医大病院をはじめとする系列病院で働くことになるからだ。つまり、大学入試が「東京医大グループ」への就職試験を兼ねている。
このような形で運用されている大学の学部は医学部だけだ。医学部教授は学生を指導する教員であると同時に、病院や医局の経営者でもある。病院経営の観点から考えれば、安くてよく働く若手医師を確保したい。
■若手医師は「1年更新で月給20万円」の不安定な立場
東京医大に限らず、若手医師の待遇は劣悪だ。東京医大の場合、後期研修医(卒後3年から8年程度の若手医師)の給料は月額20万円だ。夜勤手当や超過勤務手当てなどはつくが、この給料で、新宿近辺でマンションを借りて生活しようと思えば、親から仕送りをもらうか、夜間や休日は当直バイトに精を出すしかない。
しかも、この契約は3年間で満了し、その間も1年更新だ。常勤ではなく、女性医師で妊娠がわかったような場合、雇用契約を継続するかどうかは、東京医大に委ねられる。
この結果、東京医大の人件費率は43%に抑え込まれている。安くてよく働く若手医師を抱えているので、東京医大の利益率は5.8%と高い水準を維持できている。
大学病院経営の視点から考えれば、女性より男性が安上がりだ。産休をとらず、一生働き続けるからだ。入学試験の成績が多少悪かろうが、男性を採用したいという考えも理解はできる。知人の東京医大関係者は「放っておいても黒字なので、教授たちは権力闘争ばかりやっていられる」という。
実は、このような主張もおかしい。彼らの主張が正しいのは、東京医大に限定した場合だけだ。
女性医師に限らず、女性は出産・子育ての時期に一時的に仕事を離れることが多い。この減少を「M字カーブ」と呼ぶ。少し古いが2006年の長谷川敏彦・日本医科大学教授の研究をご紹介しよう。この研究によれば、医師の就業率は男女とも20代は93%だが、30代半ばで男性は90%、女性76%と差がつく。
メディアでは、こうした事実が強調されている。ただし、これは今回の不正入試の本当の原因ではない。東京医大が男性を優遇するのは、女性は大学側のコントロールがしづらく、東京医大病院を辞めてしまうリスクが高いと考えているからだろう。
■多くの医学生は、大学教授は魅力的なポジションと洗脳される
例えば、東京医大の内科系診療科の場合、循環器内科など8つの内科系診療グループのスタッフにしめる女性の割合は、教授・准教授で5%、助教以上のスタッフで22%、後期研修医で37%だった。女性は年齢を重ねるに従い、東京医大病院で働かなくなっていることがわかる。
医師の平均的なキャリアパスは24歳で医学部を卒業し、2年間の初期研修を終え、その後、3~5年間の後期研修を受ける。その時点で30代前半になる。この時期から、大学病院を離れ、他の医療機関で働くようになっている。男性と比較して、女性のほうが大学病院を辞める時期が早いようだ。なぜだろうか。私は、その閉鎖的な体質に問題があると考えている。
大学病院は教授を目指した出世競争の場だ。主任教授になれば、医局員の人事を差配し、製薬企業や患者から多くのカネを受け取る。ワセダクロニクルとNPO法人医療ガバナンス研究所の共同調査の結果、東京医大のある内科教授は2016年度に115回も製薬企業が主催する講演会の講師などを務め、1646万円の謝金を受け取っていたことがわかっている。これでまともな診療や教育、研究ができるはずがない。
多くの医学生は、大学教授は魅力的なポジションと洗脳される。大学で出世するためには、安月給で、土日返上で働き、論文を書かねばならない。まさに滅私奉公の世界だ。
私大医学部の経営者は、この出世競争を利用してきた。知人の私立医科大の理事長は「教授でなくても、講師や助教などの大学の肩書きをつければ、人件費を3割は抑制できる」という。
ところが、女性医師にはこの作戦は通用しない。医師の世界で男性は保守的、女性は進歩的な事が多い。食いっぱぐれのない医師は、親が子どもに勧める職業だ。男性医師の多くは親や教師の勧めに従って、医学部に進む。一方、女性は違う。苦労を知りながら、「女だてら」に医師になる。多くの女性医師は、狭い医局の世界で出世争いに汲々とする男性医師をみて嫌になり、医局をやめていく。
■大学は「教授」の肩書きを医師に無視されるのが怖い
「週刊ポスト」(8月10号)は、製薬企業からの支払いが多い主要医学会の幹部医師50名の実名を報じている。その中に含まれる女性はわずか1名だった。
大学病院から女性医師が去っていくのは、勤務態勢が劣悪という理由だけではない。診療や研究そっちのけで、教授に媚び、製薬企業にたかる体質に嫌気を起こすからだ。
東大医学部を卒業した知人の女性医師は「男性は本当に肩書きが好きです。私たちにはわからない」という。ちなみに、東大医学部でも臨床系では女性教授はいない。
国民の視点に立てば、女性医師はどこで働いてもらってもいい。彼女たちが育児と両立しやすい職場に移ればいい。象牙の塔を離れ、市中で診療してくるのは、むしろ有り難いことだ。
彼女たちが大学病院を辞めて困るのは、大学経営者たちだ。医学部経営者が本当に恐れるのは、大学の肩書きを医師たちがありがたがらなくなることだ。市中病院と医師争奪戦をすることになれば、人件費は高騰する。だからこそ、「女性は使えない」ことになり、女性入学者を制限しようとしたのではなかろうか。
メディアは「女性医師が安心して働けるような体制整備が必要」と声高に唱える。そのために、医学部には税金を投入せよという声まで聞こえてくる。こんな焼け太りを許してはならない。
東京医大は豊富な資金を持つ。それにもかかわらず30代の若手医師を月給20万円で、1年更新で契約させるなど論外だ。また関連病院に出向する場合、最初の半年間は「仮採用」で年休もとれない。育休・産休を議論する以前の問題だ。
■大学病院を医学部から分離することも考えるべき
東京医大病院の経営者がやるべきは、女医を含め、若手医師にまともな給与を保証することだ。女性医師は、その給与のなかから自分に合った育児サポートを選択すればいい。
大学教育とは何だろう。それは学生を育てることだ。それは医学部だろうが、他学部だろうが関係ない。ところが、東京医大は学生を、自らが経営する大学病院の「従順な労働者」としてしかみていないようだ。そして、このような体質を厚労省や文科省も応援してきた。
この問題を解決するには情報公開を徹底し、国民的に議論すべきだ。さらに、大学病院を医学部から分離する、あるいは卒業生の入局を制限するなどの対応も考えるべきではないだろうか。
もちろん、東京医大の不適切な減点措置に対しては、民事責任、刑事責任を追及することを考慮すべきだ。この期に膿を出し切らねばならない。
近年、大学医学部では不祥事が続発している。今こそ、学生教育という本来の目的に立ち返るときではないだろうか。
(医療ガバナンス研究所理事長・医師 上 昌広 写真=時事通信フォト)
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