やるべきは憲法改正ではなく、経済成長だ

プレジデントオンライン / 2018年8月21日 9時15分

石破茂・元自民党幹事長が自民党総裁選への立候補を正式表明した。石破氏は記者会見で、安倍氏を痛烈に批判し、対決姿勢を打ち出した。総裁選の争点のひとつは「憲法改正」。石破茂氏は「今の憲法が集団的自衛権の行使を禁じているとは思えず、改憲を急ぐ必要はない。それよりも経済成長を優先すべきだ」と話す。ノンフィクション作家の塩田潮氏が聞いた――。(後編、全2回)

■集団的自衛権の行使は憲法判断ではなく政策判断

【塩田潮】安倍晋三首相は「在任中の憲法改正実現」が悲願で、最大の狙いは第9条の改正と見られていますが、石破さんは改憲問題をどう捉えていますか。

【石破茂・元自民党幹事長】われわれは野党時代の2014年に、いわゆる平成24年憲法改正草案(自民党憲法改正推進本部策定「日本国憲法改正草案」)を党議決定しました。ですが、ただちに憲法改正が実現するわけではありませんから、それまで安全保障基本法という法律をつくって、当面の安全保障の課題を乗り越えたいと考えてきました。

安倍首相は従来の憲法解釈を変更して集団的自衛権の行使を容認し、実施のための平和安全法制を国会で成立させましたが、私自身は、もともと今の憲法が集団的自衛権の行使を禁じているとは思っていません。集団的自衛権の行使は、憲法上の判断ではなく、政策判断だと思います。政策的な判断ですが、何でもかんでも行使していいわけではない。行使の対応については安全保障基本法で厳しく制限をかけるべきだと考えてきました。

日米安保体制は、アメリカが日本を防衛する義務を負い、日本はアメリカに基地を提供する義務を負っているという「非対称的双務性」を持った条約になっています。この、お互いに負う義務をできるだけ対称的にしたいと思ってきました。その考えに立ってできたのが自民党の憲法改正草案であり、安全保障基本法案でした。自民党は野党時代にそれを掲げて党を立て直し、政権を奪還したと私は思っています。

平和安全法制をつくるとき、防衛相兼安全保障法制担当相を、というお話もありましたが、あの平和安全法制は自民党が決めた安全保障基本法とは違うものでした。平和安全法制では、集団的自衛権の行使の態様が相当に制限されています。そして、これ以上の集団的自衛権の行使には憲法改正が必要、というのが安倍首相のお考えでした。

だけど、集団的自衛権の行使は憲法判断ではなく、政策判断だと私は今でも思っています。だからこそ、安保法制担当相としては答弁できないと考えたのです。もし安保法制担当相を引き受けて、国会で「あなたは、集団的自衛権は憲法上の制約ではなく、政策的な判断だと言っていたが、その考え方は今でも変わりませんか」と野党から聞かれて、「変わりません」と言ったら、閣内不一致で、安倍首相に大変なご迷惑をかける。他方、「私は考え方を変えました」と答弁したら、自分が自分でなくなるので、どっちも駄目です。それで防衛相兼安保法制担当相はお断りせざるを得ませんでした。

憲法改正は、これなら改憲案の発議要件である衆参の3分の2が取れるだろうとか、これなら国民投票で国民の過半数が支持するだろうといった発想に立つのではなく、最高法規である以上は自民党として究極の理想形を追うべきだと私は思っています。国民を説得するためにも「理想の憲法」が必要だと思います。それは5年や10年はかかることでしょう。急ぐべきことは何かというと、やはり経済が持続的に発展していくことです。

■注目浴びた「復興庁を防災省に」発言の真意

【塩田】その経済の持続的発展には何が必要ですか。

石破茂・元自民党幹事長

【石破】今までとまったく違うやり方が必要だろうと思っています。今、経済の7割強がサービス業、第3次産業で、その生産性が非常に低い。民間に対して、それぞれの産業別で、どうやって生産性を上げ、地方の雇用と所得を創出するか、民間にも考えていただかなければいけない。政府は何をすべきか。民間や地方で意識改革が行われるような政策を実施することが重要です。構造改革に挑戦する場合の壁がいつも問題になりますが、何が壁なのか、民間や地方からの具体的な提案を受けてこそ明らかになる部分もある。既存の岩盤規制に本当に穴を開けていくためには、地方にもっと権限、人材、財源を渡していくことが必要だと思いますね。

地方創生担当相として取り組んだとき、「よし、頑張ろう」という気になって下さった地方が多かったのは事実です。私はもう一度、地方創生を大きな規模でやりたいと思います。地方に活力を、というのは、人口減社会の日本では、地方のためというよりも日本のためになることですから。

【塩田】外交についてお尋ねします。「日米同盟は世界の公共財」という発言を目にしましたが、安保条約をベースとした日米同盟体制をどう捉えていますか。

【石破】アメリカの力は相対的に弱まっていきます。その中で、東アジア地域におけるバランス・オブ・パワーを保つためには、アメリカとの同盟だけでいいのか、そして日米同盟が持続的に機能するようにするにはどうすればいいのか。アメリカの安全保障政策は、これまでは「ハブ・アンド・スポーク型」でした。アメリカがハブで、スポークがあちこちに放射状に伸びるという形です。ですが、世界の公共財として、より大きな機能を果たすには、「ネットワーク型」に変わり、例えばアメリカ、オーストラリア、カナダ、日本が相互にネットワークになっていくような工夫が必要ではないかと思いますね。

実際には、日米同盟は、かなり基地所在地域の負担によって保たれていると私は思っています。そこを正面から考えなければいけない。沖縄の基地問題を、「あれは沖縄の問題。沖縄はかわいそう」と捉えている限り、日米同盟は進化しないと思います。

【塩田】今年の7月、西日本豪雨で大きな被害が出たとき、「現在の復興庁を防災省に」と提言して、注目を集めました。

【石破】急に言い出したのではありません。私は5年くらい前からずっと言ってきた。東日本大震災のとき、私は自民党の政調会長として復興庁の創設を申し上げたが、当時の菅直人首相は「復興庁は要らない。阪神・淡路大震災のときもつくらなかった」と言い放った。

私は東日本大震災が起こってまもなく、宮城県牡鹿郡女川町に出かけ、無理をお願いして避難所に一晩泊めてもらってみなさんの話を聞きました。「陳情するのはおれたちの仕事ではないのに、国土交通省に行ったら農林水産省へ行け、農水省に行ったら経済産業省へ行けと言われた。ひどいじゃないか」という話をずいぶん聞いた。

結局、復興庁はできましたが、そのときから、私は、ここにくればワンストップでいろいろな災害に対応できて、全部解決するという組織が必要だと思いました。災害対応は何よりも教訓の蓄積であり、それを共有し、伝承することが重要です。防災省でも防災庁でもいいが、そこに入って辞めるまでずっと務める。巨大な権限を持つということではなく、経験が蓄積され、伝承され、共有するという省庁は絶対に必要です。伝承される経験の蓄積を全国の1718市町村すべてと共有することは国の責務だと思っています。

アメリカには連邦危機管理庁(FEMA)があります。地方創生担当相のとき、訪米して連邦危機管理庁の長官以下、スタッフと長い時間、ディスカッションしてきました。強大な権限を集めるわけではない。いろいろなノウハウを持ち、それを蓄積しています。それが意識の中にあって、日本版FEMA構想を一つのかたちにすべきだと思いました。

■理論がなければ政治家をやる意味はない

【塩田】東日本大震災による原子力発電所の事故以来、「脱原発」が真剣に議論されていますが、原発政策については。

【石破】日本は原子力技術を放棄すべきだとは思いません。中国が原発を止めるという話も聞かない。安全と安心、この二つは違うものですが、両方とも最大限に確保された原発は、私は再稼働すべきだと思っています。

一方でこの先、再生可能エネルギーの技術ももっと高度化、汎用化させるべきです。太陽光パネルの質の向上、地熱やバイオマスの加速、蓄電池の能力向上などに加え、IT・スマートメーターなどの導入により、電力の使い方をもっと賢くすることによって、原発に対する依存度を低下させられれば、次のエネルギーの基本的な考え方が見えてくるのではないかと思います。

【塩田】以前にインタビューで、田中角栄元首相について「魔神」と表現し、「強烈な存在感。その後どんな政治家に会っても普通の人に見えてしまう怖さ」と評していました。若い頃、近くで接して、どんなことを教わりましたか。

【石破】選挙では「歩いた家の数以上の票は出ない」と言われ、日頃の活動が大事だと教わった。その点は、私も後輩たちに受け継いでもらおうと努力しています。

【塩田】田中元首相から「民意を知り、民意を実現するのが政治」という姿勢を学んだという話も伺いました。石破さんは「お客さまは国民」と「民意第一」を唱える一方、政治家として自身の理念を大事にする「理念派」の面も強烈に持っているように見えます。

【石破】政府が打ち出す政策が全国の1718の市町村の共感を本当に得ているのかどうか、政策をつくるときも、「あそこのあの人に、これはどう映るのか。この人は本当にこの政策を望んでいるだろうか」という思いを巡らせることは、とても大事なことだと思っています。こんな困難な時代になって、政治が悩みごとをいっぺんに解決できるわけはない。だけど、政府はおれたちのことをきちんと分かっていてこういう政策を出しているんだよね、という共感は必要ではないかと思います。それが田中流だと私は思っています。

【塩田】前に自分のことを「理屈で納得しないとなかなか動かない」と話していました。

【石破】だから、久しぶりに会った人からは「おまえ、何も昔と変わっていない」と言われますけどね(笑)。それはそういうものではないでしょうか。憲法をめぐる自民党内の議論でも、私はずっと自説を変えていませんし、その点については今でも自信を持っています。「理屈は石破さんの言うとおりなんだけどね」と言ってくれる人は多いですが、「あいつはいつも理屈が多い」とも言われます。

ですが、理屈が立っていなかったら、本末転倒じゃないですか。じゃあ何のためにこの仕事やっているんですかという話になる。やはりきちんと自分の中で納得できる体系だった理論がなければ、政治家をやっている意味があまりないのではと思います。

【塩田】自分でここは克服したいと思っている点はありますか。

【石破】それはいっぱいありますよ。つねに言われるのは、「あいつ、付き合いが悪い」と。そんなことはないんだけど、空きの時間があれば、やはり分からないなと思う政策分野をきちんと押さえて、自分なりに克服したいと思うから、その解明に時間を割いてしまうところがあります。何も全部知っていなくてもいいのに、とよく言われますけど、少なくとも方向性すら見出せない分野があるというのは嫌なので……。だから、結果的に付き合いが悪いという話になるのかもしれませんね。

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石破茂(いしば・しげる)
衆議院議員・元自民党幹事長
1957(昭和32)年2月生まれ(61歳)。鳥取県八頭郡郡家町出身。父は建設事務次官、鳥取県知事、自治相などを歴任した石破二朗。鳥取大学付属中学、慶応義塾高、慶応義塾大学法学部法律学科を卒業し、三井銀行(現三井住友銀行)に入行したが、81年、父の死後に田中角栄元首相の強い薦めで政界進出を決意する。木曜クラブ(田中派)事務局勤務の後、86年の総選挙に鳥取全県区で初当選(以後、鳥取1区も含め連続11回当選)。93年に政治改革関連法案に賛成して自民党を離党し、改革の会、自由改革連合を経て新進党の結党に参加した。96年に離党し、97年に自民党に復党。2002年に小泉純一郎内閣で防衛庁長官、07年に福田康夫内閣で防衛相、09年に麻生太郎内閣で農水相を歴任した。09年、野党転落後の自民党の政調会長に。12年に安倍晋三総裁の下で幹事長となり、14年に安倍内閣で地方創生担当相に転じた。16年以後は無役。自民党総裁選は過去に2度、08年(5候補の5位)と12年(決選投票で惜敗)に出馬。自民党復党後は額賀(福志郎)派に所属したが、09年に離脱し、無派閥を経て、15年に石破派(水月会)を結成した。著書は『政策至上主義』(新潮新書)など多数。趣味は鉄道(乗り鉄)、戦前の軍艦マニア、プラモデル、こだわりカレーづくりなど多彩。若年層に隠れた根強い支持がある。

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(作家・評論家 塩田 潮 撮影=尾崎三朗)

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