"トルコリラ急落"でおさえるべき基礎知識
プレジデントオンライン / 2018年8月16日 15時15分
■エルドアン大統領の強権政治を投資家が嫌気
トルコの通貨リラの急落が世界経済に激震を与えた。リラの対ドル相場は8月10日、一時最大で20%も下落し、過去最安値を更新した。この流れが他の新興国通貨にも波及し、アルゼンチンのペソやロシアのルーブル、南アフリカのランドなども急落した。アルゼンチン中銀は政策金利を45%まで引き上げるなど、非常事態に追われた。
リラの対ドル相場の年初来の下落率が一時40%を超えるなど、事態はもはや通貨危機の様相を呈している。そもそもリラは、15年12月に米国が利上げを開始して以降、他の新興国通貨と同様に下落基調を強めた。それに加えて、エルドアン大統領による強権的な政治手法を投資家が嫌気したため、他の新興国通貨よりも強い売り圧力にさらされた。
今年6月24日の大統領選挙でエルドアン大統領が再選すると、リラの下落に拍車がかかるようになる。再選前よりエルドアン大統領が事あるごとに金融政策に対する干渉を肯定するような発言を繰り返す中で、トルコ中銀が7月24日の定例会合で利上げを見送ったことが材料視されて、リラ安が進んだ。
■リラ安を加速させたトルコ政治への不信感
さらに米国との関係悪化が嫌気されたことが、10日のリラ急落を生んだ。そもそも両国の関係は、トルコ政府が米国人牧師を長期拘束したことでこじれていたが、10日に米国のトランプ大統領がトルコ製の鉄鋼・アルミニウムの輸入関税を大幅に引き上げると発表したことで、関係が急速に冷え込んだ。
つまりリラ安の根底には、そもそも米国の利上げという流れがある。そしてエルドアン大統領の強権的な政治手法がリラ安を加速させ、トルコと米国の関係悪化がさらに拍車をかけている。リラ急落を受けてトルコ中銀は13日に緊急対応策を発表し、リラはいったん反発したが、その場しのぎの手段では内政と外交への不安に基づく通貨の下落は止まらない。
■リラ安を受けて進む外貨預金の増加
リラ安の悪影響は物価の高騰という形で既に現れている。貿易赤字国であるトルコにとって、リラ安に伴う輸入物価の上昇は生活コストの増加を意味する。最新7月の消費者物価は前年比15.9%上昇と足元で伸びが急加速しており、トルコ中銀が掲げる物価目標(5%)をはるかに上回っている。
物価の上昇を受けて消費も悪化している模様だ。トルコ自販連によれば、7月の新車販売台数は前年比36%減と前月(同39%減)と同様3割以上の減少が続いた(1~7月の累計では前年比16%減)。リラ安に伴い新車の価格が上昇し、消費者の購買意欲をそいでいるものとみられる。こうした経済への悪影響は今後より強く出てくるだろう。
こうした中で、市民は資産防衛のために外貨を積極的に購入している。中銀のデータによれば、国内の銀行の外貨預金はこの4年で約4倍に膨れ上がった。リラ安が進む中で市民は外貨預金の積み立てにいそしんでいたと考えられる。なお一部報道によると、8月10日の相場でリラが急落した際、大勢のトルコ市民が両替商に押し寄せたという。
■通貨の信認が失われればトルコ経済は大混乱に陥る
90年代のハイパーインフレの経験から、トルコには元々外貨預金(主に米ドルやユーロ)で貯蓄を行う習慣がある。そしてトルコ市民は、銀行預金だけではなくいわゆるタンス預金という形でも外貨を貯め込んでいると言われる。この傾向は足元の通貨危機を受けて急速に強まっていると考えられる。
外貨は今のところ貯蓄手段として機能しているとみられるが、これが日々の決済手段にまで用いられるようになると、収拾がつかない事態に陥る。金融政策は国内の通貨を通じて波及するが、そのメカニズムが遮断されることになるためだ。この機能を回復することは容易ではなく、それこそトルコ経済は大混乱に陥ることになる。
■米国との関係悪化が収束しても強権政治は不変
米国との関係悪化は意外に早く収束するものと考えられる。トルコは北大西洋条約機構(NATO)加盟国の最東端、ロシアや中東と接する地政学上の「要」の存在である。そのトルコがロシアに接近すれば、中東の国際秩序が米国にとって不利な形に変わる可能性がある。スタンドプレーが際立つトランプ大統領とはいえ容認できない展開だろう。
先に欧州連合(EU)との間でも輸入関税を巡り亀裂を深めたトランプ大統領であるが、結局は矛を収めた。11月に中間選挙を控え実績の積み重ねようと焦るトランプ大統領であるが、トルコにストレスを与えて中東の国際秩序を乱すことはかえってマイナスポイントになるのではないか。
もちろん、気まぐれなトランプ大統領のことであるから、米国との関係悪化が収束してもいつまたそれが蒸し返されるか分からない。ただ言い換えれば、トランプ大統領は熱しやすく冷めやすいわけであるから、米国人牧師の解放が実現するなどしたら、両国の関係悪化もまた唐突に収束する可能性が高いと考えられる。
■小手先の対応に終始すれば、リラ暴落を誘いかねない
しかしながら、エルドアン大統領の強権的な政治そのものは変わらない。それどころか、米国との関係悪化が収束し、リラ相場が持ち直せば、国難を乗り越えたとして態度をますます硬化させる恐れがある。つまり外交への不安が弱まっても、内政への不安が和らがない限り、リラ相場が落ち着くことはないだろう。
恐らくトルコ中銀は、資本規制という形で通貨の取引を制限したり、また景気に配慮しながら小刻みに利上げを進めたりして、リラ安に歯止めをかけようとしてくるはずだ。ただしこうした小手先の対応に終始すれば、かえって投機筋の攻撃を誘い、リラの暴落を誘いかねない。
■本格的な経済危機に転じるリスクに警戒
通常、通貨危機に陥った国は、国際通貨基金(IMF)に金融支援を要請し、経済の安定を図ることを優先する。ただIMFから支援を仰ぐと、同時にさまざまな構造調整策(コンディショナリティー)が課される。欧米と対立するエルドアン大統領が構造調整策を受け入れるとは考えにくく、IMFへの支援要請は最後の手段になるかもしれない。
こうした中で警戒されることは、通貨危機が本格的な経済危機に転じるリスクだ。この段階でIMFに金融支援を要請しても、焼け石に水になってしまう恐れがある。危機から脱するためには財政と金融を強烈に引き締めなければならず、トルコ国民は強い痛みを負うことになる。
先に述べたように、トルコは地政学上の「要」である。そのトルコが本格的な経済危機に見舞われた場合、中東の秩序が混乱する公算が大きい。リスクオフの流れの中で各国の株価が急落し、供給不安が意識されて原油の価格も高騰するだろう。欧米が進める金融政策正常化の流れもストップする。
■日本経済もリスクオフの円高で輸出や企業業績が悪化する
当然ながら日本経済も悪影響を被る。具体的には、リスクオフの円高により輸出や企業業績が悪化する。また株安や原油高は消費の重荷になる。戦後最長の景気回復が視野に入る日本経済であるが、景気の足腰は決して強くない。金融緩和や経済対策の余裕にも乏しく、トルコ発のリスクオフの流れが景気後退につながる展開は十分予想される。
先のグローバルな金融危機から10年がたち、国際金融市場は不安定な地合いである。今般のトルコの通貨危機は新興国通貨の急落を引き起こしたものの、グローバルな金融危機のトリガーにはならなかった。ただトルコの通貨が近いうちに再び暴落すれば、グローバルな金融危機につながるかもしれない。引き続き動向を注視したい。
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三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。
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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 研究員 土田 陽介)
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