「僻地の廃校」に年間2万人が訪れるワケ
プレジデントオンライン / 2018年8月27日 9時15分
■僻地の廃校が、年間2万人を超える来館者を集める美術館に
北海道新冠町に廃校を活用した完全民間経営の美術館があります。その名も「太陽の森ディマシオ美術館」です。
かつて小学校だったという立派な建物にはいると、多種多様な美術品がところ狭しと並んでいます。その中でメインを飾るのは美術館の名前にも冠されている幻想絵画の鬼才、ジェラール・ディマシオによる膨大な絵画コレクションです。圧巻なのは、体育館をリノベーションした展示室に飾られている縦9m、横27m、奥行き3.5mにもなる世界最大の油彩画です。
あまりの大きさに少し引いて見ないと、全体像が視界に入りきりません。定刻になるとプログラムされた照明や音響が動き出し、インスタレーションが始まり、あっという間にディマシオが描く幻想的な世界に飲み込まれていきます。
このディマシオ美術館のある場所は雄大な自然に囲まれた……というか自然しかない立地です。「新冠」といってピンとくる方は、おそらく競馬が好きな方でしょう。競走馬の飼育で大変有名な地域で、「馬が驚くから夏も花火はできない」なんて逸話があるほど“馬第一”の環境です。
しかし、逆に言えば人間がいく目的はあまりない地域。そんな立地に年間約2万人の方が入館料を支払って来るのですから驚きです。
■常識破りだらけ、だからこそ民間経営が成立するディマシオ美術館
美術館というと、格式が高く、知識がないと楽しめない、といったお固いイメージがないでしょうか。しかしながら、ディマシオ美術館はそんな印象を拭い去ってくれるほどのさまざまな“常識破り”があります。
オーナーである谷本勲氏が、NHKの朝の番組で「ヤフーオークションで廃校が売られる」というニュースを見たそうです。谷本氏は放送から2日後には現地に入り、廃校を購入。リノベーションして美術館にしました。
常識破り その2:自然光が入る
元小学校だから窓が多い構造になっています。それを改装しないまま、「自然の光」を取り込む美術館にしました。普通の美術館では美術品が痛むからやりませんが、自然の中にある美術館なのに、自然の光を排除したら意味はないと実行しました。
常識破り その3:明かりはセンサー式
各部屋、通路も人が通ると自動点灯する仕組みで、電気がつけっぱなしということがありません。また点灯・消灯などの作業も一切必要ありません。
常識破り その4:警備員がいない
各部屋はすべて多数のセキュリティカメラで遠隔監視しています。通常の美術館のように警備員を配置すれば25人くらいの雇用が必要なところを1人で済ませています。
常識破り その5:開業時からずっと写真・動画なんでもOK
8年前の開業時点からずっと、写真や動画の撮影もOKです。SNSでの拡散が期待できることもあって、最近でこそ国内の美術館でもインスタグラムへの投稿が許可されることが多くなりましたが、当時は「非常識だ」と非難されたそうです。
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ディマシオ美術館は民間人が廃校を買い取り、民間資金でリノベーションして作った美術館です。普通ではない運営を徹底することで、効率的な経営を実現しながら、制約が少なく、見に来た人にストレスを与えない独自の環境が整っています。オマケの常識破り情報として美術館2階に副館長である「猫」も住んでいることを付け加えておきます。
■鉄貿易で財を成し、教育、芸術にも関心を持つ
どうしたらこれだけのアートコレクションや常識破りの美術館経営が可能なのか、あまりに謎です。しかし。オーナーである谷本氏のキャリアを知れば、その謎はすぐに解けるものでした。
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もともと谷本氏は、戦後の変動相場移行期に先駆的に国際市場から鉄の輸入貿易を始めた、業界では知らない人がいないほどの人物です。
また教育分野でも日本で初めて外国大学日本校として文部科学省の認可を受けて開設された「テンプル大学日本校」の開業にも、理事長として尽力し、自立経営が可能なレベルまで軌道に乗せるなど、多方面で活躍された実業家でもあったのです。
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谷本氏は長年に渡り世界中からさまざまな作品を収集しましたが、それらの一部が新冠のディマシオ美術館に展示されています。
谷本氏は「ホンモノの経営をすれば、僻地にある美術館であろうと自主運営は成り立つ。補助金をもらい、赤字を垂れ流し、毎年さらに多くの補助金をもらうのはニセモノの経営だ。ディマシオ美術館を見ていただければ、地方であっても美術館を単独継続する道はあるのが分かる」と語ります。
さらに「約束を守る」ということを谷本氏は強調します。
谷本氏はディマシオ本人に「あなたの美術館を作る」と約束したことを全うするため、ふさわしい地を探し、開業しました。また、初めて廃校に来た際に会った入植者の老夫婦からは、「(この地を)どうにかしてくれ」と手を握り懇願されたそうです。谷本氏は、その手を握り返して町の再生を約束。みごと美術館へと生まれ変わらせました。今でも美術館の前には老夫婦が耕している田畑が広がっています。
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加えて「過去の事例といった“うんちく”はいらない。自分で考え、自分で仕掛ける」という自前主義を貫くことも強調します。地域外の有名演出家を美術館に呼んでくるのではなく、道内にいる照明や音響のプロたちに美術館に関わってもらい、展示や演出を常に変えています。
単に数字上の経営だけでなく、人との約束を守り、地域の人たちとの協力関係を築いているからこそ、この美術館はユニークであり続けています。
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■実業家が切り開く、地方とアートの新しい関係
このような実業家によるアートが地域に大きなインパクトを与えているケースとしては岡山県倉敷市、美観地区を支える大原美術館が歴史、規模ともに有名です。倉敷紡績、倉敷絹織などを創業し、大実業家だった大原孫三郎。彼が私財を投じて収集したアート・コレクションを展示するために1930年に開業したのが、大原美術館です。開業当初はあまりの先進性に、周囲から「金持ちの道楽だ」と言われ、入館者数0人の日も珍しくなかったと言います。しかしながら、今では年約30万人の人が訪れ、2017年には累計入館者数3500万人を突破。さらに大原美術館のある美観地区は年間約300万人超の観光客が訪れる、日本有数の観光拠点になっています。
常識破りな実業家が作り出す、地方とアートの新しい関係が「まち」を変えていく。アートイベントばかりではなく、継続可能な経営かつ地元に根付く取り組みがより多く誕生することが必要とされています。ディマシオ美術館では今後、地元経済効果も大きくなるオーベルジュの併設といった拡張計画も準備中です。谷本氏の挑戦は、地元への影響だけでなく、全国各地にも希望を与えています。
(まちビジネス事業家 木下 斉)
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