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「建前と本音の使い分け」はもうやめよう

プレジデントオンライン / 2018年8月29日 9時15分

※写真はイメージです(写真=iStock.com/Natali_Mis)

日本には「建前と本音」を使い分ける文化が染み付いている。相手や組織の「建前と本音」をきちんと理解することでビジネス、取引も円滑に行く文化を育ててきた。しかし、それゆえに「忖度」や「勘違い」が生まれ、多くのムダや不正を生んでいるのが現実だ。元厚労事務次官の村木厚子氏は「役所をはじめとした日本型組織で不祥事が止まらないのは、不明確な『建前と本音』の文化に染まっているから。人とシステムの両方で明確なルールを作るべき」と指摘する――。

※本稿は、村木厚子『日本型組織の病を考える』(角川新書)を再編集したものです。

■役所や企業の「働き方改革」に思うこと

今、役所も企業も、「働き方改革」に取り組んでいます。「残業はなくならないよなあ。でも世間並みに働き方改革はやらないと」と、いわゆる建前と本音を使い分けると、こんなふうになります。「夜8時以降は残業禁止。やっても記録にはつけるな」とか、「夜間、パソコンの電源を一斉に落とすから、残った仕事は家に持ち帰ってサービス残業だ」など。

これでは働く方も楽にならないし、生産性も上がりません。そうではなく、残業時間をしっかり把握しながら、減らせる業務はないか、この会議は本当に必要か、意見集約の別の方法はないかなどを必死で考える。そうすると、まだまだ無駄なところや、改革の余地が大きいことがわかります。本気の努力をしても時間短縮ができないとなれば、その原因を明確にする。企業でいえば、親会社からの無理な発注、顧客の無理な要求などです。

そうすれば、政策や社会システム全体の改善に結びつき、生産性も上がり、社員の労働環境も改善します。この方が、苦労は多いが得るものも多い。建前と本音の使い分けでごまかすことをやめるという決意が必要です。

■ルールやシステムを明確にすることが大事

それでは、その決意はどうやったら実現できるのでしょうか。具体的にやるべきことは2つだと思います。

1つは、建前通りに行動せざるを得ない明確なルールやシステムを作ってしまうことです。

人間は弱いので、誰でも上司や権力におもねったり、忖度(そんたく)をしたくなったりします。検事や警察官の場合は、適正な取り調べをしなければいけないとわかっているけれど、早く容疑者に自白をさせたいと思えば、強引な取り調べが多くなります。それならば、取り調べはすべて録音・録画をしてしまえば、無理な取り調べをする余地がなくなります。

また、事業に補助金をつける際、権力を持った政治に頼まれたら、忖度したくなります。それならば、明確な基準を作って優先順位を決めて補助金を出すこととし、そこから外れる場合は説明責任を課します。そして、それらをすべて情報開示します。役所は情報開示を嫌がると思われがちですが、そんなことはありません。「ルールを明確にして、情報を開示して、ルールと異なることをする時は説明責任を伴う」とした途端、役人はとても楽になります。

上司の草履を懐に入れて温めて、出世を狙いたがるという人が皆無とはいいません。でも、多くの役人にとって、忖度しなければならない状況とは、煩わしくて仕方がないこと。「ルールがあります」と言えば、相手が政治家だろうが、権力者だろうが、拒みやすくなります。

忖度の余地がない明確なルールを作るということは、さまざまな頼まれごとをされやすい政治家にとっても、実は楽なはずです。財政が豊かな時代ならいざ知らず、コンプライアンスも厳しく問われる今の時代では、いくら頼まれても実現できない難しいことが多くあります。「先生の力がないから無理だよね」と言われるより、「今は社会のルールがこうなってしまったからとても無理だ」と言える方が楽なはずです。

■セクハラ、パワハラをどうなくしていくか

もう1つは、人の教育です。

次官のセクハラ事件を受け、財務省が幹部にセクハラ研修を行いました。セクハラは、職場の潤滑油でも、ましてやコミュニケーションでもなく、明らかな人権侵害であり、相手を心身共に傷つける行為です。そうしたことに気づかせ、「自分たちの本音(物差し)は通用しない」とわからせる教育は意味があります。

セクハラをする人たちは、「そんなことはわかっているよ」と言いがちですが、腹の底からわかっているとは思えません。「建前ではだめだと言っているけれど、よくあること。そんなに悪いことではないはずだ。こんなものだよ世の中は」。自分勝手にそう思いがちです。でも、そうした考え方は通用しないし、時代は変わっているのだと、具体的に教えるのです。

パワハラもそうです。当人たちは「仕事熱心さの表れ」だと思っているけれど、それは大いなる勘違い。明らかに、背後に権力構造があって、自制心の欠如がうかがえます。なのに、当人たちにその自覚がない。こうした状況では、「パワハラをする人は出世させない」という明確なルールを作ってしまうのが最も効果的ですが、教育も十分、やる価値があります。

■「システム」と「人」の両面で不祥事を防げ

一方、もしも失敗した時、間違ってしまった時に、「やり直しがきく」「また頑張れる」と思わせ、そうできることを教える教育も重要です。それには、失敗してもやり直しがきくような社会の環境、社会の構造を作っておかなければなりません。許され、立ち直る機会があるとわかれば、人はまた歩き出すことができます。

研修や教育なんてあまり意味がないという声もあります。でも、お金と時間をかけて何度も研修を実施すれば、組織がその問題を重視していること、それをないがしろにした時には組織は守ってくれないということが浸透していきます。だからこそ繰り返し研修し、教育することが大切です。

建前と本音の使い分けをやめて、建前を本当の意味での「本音」に転換してしまう。それを「システム」と「人」の両面で実現して不祥事を防ぐのです。

■「他流試合」をこなすことの重要性

財務省による公文書の改竄(かいざん)、文部科学省の局長が息子を裏口入学させていたなどの一連の不祥事を受けて、官僚の「劣化」がいわれます。ただ、私自身は、士気が低下して、公のことを考えない官僚が増えたかと聞かれれば、あまりそうは思いません。むしろ多くの官僚は、まじめで、仕事熱心で、職務を忠実に、一所懸命こなそうと思っている。そうした人たちが、自分たちの「物差し」のずれに気づかず、しかも、何を糾弾されているかがわかっていなさそうに見えるところに、問題の根深さを感じます。

村木厚子『日本型組織の病を考える』(角川新書)

この点、コンプライアンスが厳しく問われるようになった民間企業の方が、物差しのずれに敏感で、対応が役所よりも進んでいます。企業でもデータの改竄や、食品表示や品質データの偽装など、たくさんの不祥事が起きています。

コンプライアンスを厳しく突かれ、いや応なく、外部のチェックを受ける機会が増えています。また、経済のグローバル化が進み、社外取締役は当たり前ですし、海外投資家の目にさらされる機会も増えています。

この外の世界、外部の目にさらされるというのが、とても大事です。外からの洗礼を受け、「他流試合」をいくつもこなすうちに、自分たちの本音がいかに世間とずれていたかに気づく。外の空気に触れることが、結果的に、組織を守ることにつながります。

■公務員こそダイバーシティーの推進を

現在、企業が必死で取り組んでいる「ダイバーシティー(diversity)」の推進も役に立ちます。

ダイバーシティーは「多様性」を意味する英語で、異なった考えや価値観、行動様式を持った人たちと時間や空間を共にし、異質な文化に触れることです。そうか、こんな考えがあったのかと、ショックを受けたり、感激したりします。同じようなタイプの人間ばかりが集まっている組織では、味わえないものです。自分たちが日頃馴染(なじ)んでいる社会はごく狭いテリトリーですから、異質な人や考えに触れ合っておくことは、社会全体を理解することに役立ちます。

ダイバーシティーの推進は、かなり手間がかかりますし、簡単なことではありません。むしろ相当、面倒なことだといっていいと思います。ですが、同質型の組織や社会が陥りがちな「落とし穴」をふさぐことに大いに役立ちます。官民の交流人事などはとりわけ効果的。民間の方々に、公務員の頑張りも理解していただけるでしょうし、公務員は「世間」が広がると思います。

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村木厚子(むらき・あつこ)
津田塾大学客員教授。1955年高知県生まれ。高知大学卒業後、78年、労働省(現・厚生労働省)入省。女性や障害者政策などを担当。2009年、郵便不正事件で逮捕。10年、無罪が確定し、復職。13年、厚労事務次官。15年、退官。困難を抱える若い女性を支える「若草プロジェクト」呼びかけ人。累犯障害者を支援する「共生社会を創る愛の基金」顧問。伊藤忠商事社外取締役。津田塾大学客員教授。著書に、『あきらめない 働くあなたに贈る真実のメッセージ』(日経BP社)、『私は負けない 「郵便不正事件」はこうして作られた』(中央公論新社)などがある。

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(津田塾大学 客員教授 村木 厚子 写真=iStock.com)

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