森田健作 知事になっても実践"先礼必勝"
プレジデントオンライン / 2018年9月12日 15時15分
※本稿は「プレジデントウーマン」(2018年7月号)の連載「母の肖像」を再編集したものです。
■やる気をなくした私を立ち直らせた母の言葉
私は、1949年生まれで団塊の世代。子どもの数が多いから、必然的に競争率が高くなり、受験も大変。高校受験を前に、中学2年生になるとみんな家庭教師をつけたり、塾に通い始めたり……。うちはお金に余裕がなかったから、自力で勉強するんですが、思うように伸びない。先生からは、「このままでは就職するしかないぞ」なんて言われる始末。自分なりにがんばっているのに、結果を出せない悔しさから、だんだんふてくされるようになってね。「俺はバカでいいんだ」なんて、自暴自棄になってきたんですよ。ある夏の日、私が縁側でスイカを食べていると、母が「最近、元気がないじゃないか」と話しかけてきたんです。私の本名は“鈴木栄治(すずきえいじ)”というんですが、母は「栄治、人間はみんな必要があって生まれてきた。おまえにも良い部分が必ずある。それを見つけてがんばれ」と言うんです。でも、自分のいいところと言われてもわからないじゃないですか。続けて母は、「通信簿の備考欄にいつも『毎朝、元気に挨拶ができる』と書かれているのに、最近のおまえは暗くて声が出ていないし、声にハリもない。それじゃ、おまえのいいところが何も生かせていないということじゃないか」と言うんです。そのときは聞き流していたのですが、1カ月ほど経って、自分でも「そうだよな、俺は剣道をやったらいちばん強いしな。運動会で応援団の団長をやって、いちばんみんなを盛り上げるのは俺だ」と、思えるようになったんです。「勉強ができなくてもいいや、剣道を一生懸命やろう。元気なのが俺のいいところなんだから、いつもの自分に戻ろう」と、気持ちを切り替えることができたんです。すると、不思議なことに先生に褒められることも多くなってね。「鈴木はホームルームの時間、活発に提案をしてくれるから頼りになる」「剣道の試合で鈴木がまた勝ったそうだ、すごいな」とかね。褒められると気持ちがいいから、勉強も一生懸命やるようになるんですよ。すると、成績も伸びてきて……。でも、これには裏話があって、私が30歳を過ぎたころ、母が「実はあのとき……」と話してくれたのが、当時、やる気をなくしている私を見かねた父と母が話し合い、先生を巻き込んで、私をその気にさせるよう仕向けたというんです。芸能界に入っても、政治の世界に入っても、この“自分のいいところ”をいちばん大切にしてきたからこそ、今の自分があることを考えると、この出来事が私のすべての出発点。きっかけをつくってくれた母には感謝してもしきれません。
■挨拶の大切さを教えてくれた父と母
母・ぬい子は、埼玉県出身で大正7(1918)年生まれ、父・亀男は福島県出身の明治42(1909)年生まれ。父は警視庁の刑事だったので、ほとんど家にいませんでした。しかも、台風が来るなど大変なときに限って家にいませんから、その間、家を守ってきたのは母です。時々、知らないおじさんがやってきては世間話をしていくんですが、誰かと思いきや、父が捕まえた泥棒が刑期を終えて、挨拶に来たとのこと。それを母は快くもてなしていました。だから、家族でどこかに出かけるなんてことはまったくなく、休み明けに友人たちから「どこに行った?」と聞かれるのがすごくイヤでしたね。それを母に言うと、「何を言ってるんだい。お父さんが守ってくれているからこそ、おまえの友だちは安心して遊んでいられるんだよ」と。そう言われると「そうか、そうだよなぁ」と釈然としませんが、納得せざるを得ませんでしたね。
父が刑事だったので、厳格な家庭だと思われることもありますが、そういう雰囲気はまったくなく、明治・大正生まれの夫婦ですから、頑固な一面もありましたが、子どもたちを押さえ付けることはありませんでした。ただ、両親からいつも言われていたのは、「大きい声で挨拶しろ」ということ。「おはよう」「こんにちは」は、大きな声ではきはきと。感謝の気持ちはちゃんと声を出して言わないと伝わらないのだと、よく言われていました。父も母も普段からよく「ありがとう」を口にする人でした。昔は、“言わなくてもわかるだろう”という人も多かったと思うんですが、2人は違いましたね。だから、私も学生時代から「先手必勝」をもじって、「先礼必勝」を掲げているんですよ。学校では教室に入ってまず大きな声で挨拶をする。県知事になった今も、人から挨拶される前に自分から挨拶をする。これってどの世界で生きていても、自分のためになる行動なんですね。それが両親から教わったいちばんのことです。
■芸能界でも政治の世界でも、生かされた両親の教え
私が芸能界に入ったのは、歌手・黛(まゆずみ)ジュン主演映画の相手役募集のオーディションを受けたのがきっかけ。このオーディションのときも、「君の元気さがいい。いちばん声にハリがあっていい。君こそ、松竹が望んでいた男だ!」と言われて合格したんです。またもや私の“いいところ”が認められたんですね。でも、オーディションを受けたのは芸能人になりたかったからではなく、優勝賞金の50万円が欲しかったから。当時、大学受験に失敗して浪人していて、ある晩ふと目を覚ますと、母がまだ起きているんです。何をしているのかと思ったら、ラジオの部品をつくる内職でした。それを見て、これ以上苦労を掛けちゃいけないと。高卒の給料が約2万円の時代ですから、50万円は大金です。おかげで、優勝賞金を手にし、2度目の挑戦で大学に合格できました。
そのときは、長く俳優業を続けるつもりはなかったのですが、ある日サンミュージックプロダクション初代社長の相さん(相澤秀禎氏/2013年没)に、「何かうまいものを食おう、何が食べたい?」と聞かれ、「ハンバーグが食べたい」と答えると、ハンバーグの有名店に連れて行ってくれました。すると、相さんに「芸能界に入ったら、うまいものが毎日食べられるんだぞ」と説得されて、今の自分があるんですね。そこで食べたハンバーグはすごくおいしくて、自分が今まで食べてきたものと色も形もまったく違う。そのとき初めて、母にハンバーグだと言われて食べていたのが、実は“メンチカツ”だったことが判明。母が芸能界入りのきっかけになったと言えなくもないですね(笑)。
その後、芸能界で「青春」をキーワードに走り続けるのですが、年齢を重ねていくと徐々に「いい年をして何してるんだ」という目で見られるようになってきたんです。だからといって、人の真似をしても自分らしさは出せません。その後も「青春だ!」と走り続けていたら、「森田健作=青春の巨匠」と言われるように。無理をするより、自分の持ち味を生かすほうが大切。それこそ母の教えですよ。私が政治の世界に身を投じたのも、今までお世話になった「青春」に恩返しをしようと思ってのこと。母は、芸能界入りのときと同様に、「おまえの人生なんだから、好きにしなさい。体だけはいといなさいよ」と背中を押してくれました。
父は07年に98歳で、母は17年、同じく98歳で亡くなりました。母が亡くなったのは、千葉県知事3期目の選挙告示日の前日。私の当選を知らずに旅立ったので、母の棺に当選を報じた新聞を納めました。人生、何がきっかけでどう転ぶかわからない。私の人生においては、あの夏の日、母が私に掛けてくれたあの言葉がなければ、今の私はいなかったということだけは確かです。
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千葉県知事
1949年生まれ、東京都出身。20歳のとき、松竹映画『夕月』でデビュー。22歳でドラマ「おれは男だ!」が大ヒットし、一躍人気スターに。その後、43歳で政治の世界へ。参議院議員、衆議院議員を経て、60歳で千葉県知事に。現在3期目。
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(千葉県知事 森田 健作 構成=江藤誌惠 撮影=国府田利光)
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