バスキアの絵を"123億円"で落札した理由
プレジデントオンライン / 2018年9月15日 11時15分
1 グローバル企業が幹部に美術を学ばせる理由
■「正しい」経営判断が、企業を衰退させる!?
今、世界的に名だたるグローバル企業が経営幹部を英国のロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)などの美術大学院に送り込み、アートを学ばせています。
その理由は、市場調査や統計分析などサイエンスに基づいた従来のモノサシに頼っていては未来がないことに、彼らが気づき始めているからです。
10年前の携帯電話を思い出してみてください。当時は大半が折りたたみ式で、機能やデザインでメーカーを言い当てるのは困難でした。各社それぞれに市場調査をし、集まったデータを開発に反映した結果、同じような製品ばかりになってしまったのです。
そこへ、「自分たちはこれが美しいと思うから」という理由で開発されたiPhoneが登場して、シェアを根こそぎ奪ってしまった。従来正しいとされてきたモノづくりのプロセスが、根底から揺らいだ出来事でした。
このほか、マツダや無印良品など、マーケティングに頼らない独自の美意識を確立した企業が好業績をおさめているのはご存じの通りです。
企業の経営やマネジメントでも、同様の問題が生じています。企業の意思決定は、役職ごとに定められたルールと手順があり、その範囲内で裁量が与えられるシステムです。そこで処理できない問題は、上役に判断を仰ぎます。
ルールと手順を決めて処理するのは「アルゴリズム」ですが、上層部にいくほどそれでは解決できない問題が残り、ヒューリスティック(推論や直感)の判断を迫られます。どうしたらそこを鍛えられるのかということで模索されている方法の1つが、「経営幹部のアート教育」なのです。
■美術を学ぶことで、何が得られるか?
美術大学が経営幹部向けに実施しているプログラムは多岐にわたりますが、その1つがVTS(Visual Thinking Strategy)という「見る」トレーニングです。
数人で絵画を前に「そこに何が描かれているか」を自由に発言していきます。参加者は最初「船の絵だ」「4人乗っている」など“見えたまま”を答えますが、次第に人物の表情や風向きなどに気づく人が出てきます。それらの情報を総合していくと「船は漂流しているのではないか」など、最初は見えなかったストーリーが“見えてくる”のです。
人間は経験を積むほど、眼前で起きている光景をありのままに認識できなくなります。けれども無価値であると判断して見ていないものの中に、革新的なアイデアにつながる重要なヒントが隠れているかもしれません。これはアートを学ぶことで鍛えられるプラグマティックなスキルですが、もっと間接的に美術に親しむプログラムもたくさんあります。
リーダーの素養について分析した「ホーガンアセスメント」によると、戦略思考性と美意識は強い正相関にあることがわかっています。
なるほど、大塚製薬の大塚武三郎氏、ポーラの鈴木常司氏、ブリヂストンの石橋正二郎氏、セゾングループの堤清二氏など、名経営者が美術に造詣が深かった例は枚挙にいとまがありません。
「美術力を学ぶ」とは、世間でいいと言われている作品を自分もいいと思えるようになることではありません。知識を詰め込んで、他人と話を合わせることでもありません。
自分が本来的に持っている感性や心を動かされるものに軸足を置いて、仕事や人生を組み立てていく。自分がいいと思ったことを世に問うことが人々の共感を呼び、イノベーションを起こすのではないでしょうか?
●サイエンス重視の意思決定では解決できない……。
科学的な手法では「正解」はみな同じになる。
⇒結果、差別化ができずみな失敗する。
●美意識から生み出される発想が革新を起こす!
感性に基づく手法は独創的ゆえ差別化できる。
⇒美しい経営や製品は共感を呼び、支持される。
2 何をすれば儲かるかなんて考えません
初めてアートに感動したのは小学生のとき、パリでクロード・モネの『日傘の女性』を見たときです。家には岡鹿之助の作品集があり、洋館の絵がお気に入りでした。幼少の頃から美術を身近に感じられる環境にあったのは、ちょっと嬉しかったですね。
私はもともと商社にいたのですが、「会社」ではなく「自分」を主語にしたときに、心の底からやりたいことをやっていないことに気づきました。そこであらためて「やりたいこと」を考えて頭に浮かんだ、絵の個展をやりました。その経験が、今日のビジネスのスタイルにつながっています。
アーティストが作品を手がけるとき「何を作れば儲かるか」なんて考えません。自分が何を作りたいかがまずあって、それを世に問う。我々がやっているビジネスもそんな感覚です。
「Soup Stock Tokyo」を始めたときも、「女性がスープを飲んでいる風景」がインスピレーションとして浮かんで、それを具現化していきました。
当時出向していた日本ケンタッキー・フライド・チキンで事業の準備を進めていたのですが、会議室での試食会にお店の雰囲気を持ち込みたくて、キャンバスに描いた看板のようなものを作りました。私の中で「Soup Stock Tokyo」は、この時点で“作品”だったんです。
よく「スマイルズにはマーケティングがない」と言われますが、私たちのビジネスはすべて「やりたいこと」から始まっている。その意味でどの事業も、私たちの“作品”です。
ビジネスを始める根拠が外にあると、うまくいかなくなったときにもそのせいにしてしまったり、修正しようとすると踏ん張りがききません。
もちろん、それがひとりよがりではいけません。アートもそうですが、時代の大きなうねりを理解したうえで「自分はこうしよう」「ここを壊していこう」「原点に立ち返ろう」と試行錯誤していくのです。
自分たちのアイデアを形にして提案する。そうやってニーズを“探す”のではなく“作っていく”ことが、ビジネスがアートから学べる手法だと思います。
3 対談:アートはコレクターの“生き様”
前澤氏は世界的な美術品コレクターとしても知られる。2017年5月にはバスキアの絵を約123億円で落札し話題になった。
【秋元】美術品を買うようになったのはいつ頃からですか?
【前澤】初めて“億超え”となるような作品を買ったのは10年ほど前です。リキテンスタインの絵画でした。
【秋元】なぜアメリカの現代アートだったのでしょう?
【前澤】会社の壁に飾るために、オフィスの内装やそこで働く人たちのファッションに合う作品をと探していたら、リキテンスタインになったんです。
【秋元】その後、精力的に美術品を集めていかれましたよね。
【前澤】最初から集めようと思って始めたわけではないんですよ。引っ越すたびに壁も多くなり、季節によっても変えたくなってきたりと、自然に増えてきたんです。
【秋元】かなり熱を持って作品のことを調べられるようです。知識欲も相当おありになる印象を受けたのですが。
【前澤】好きになった作家のことは知りたくなりますし、その人のベストの作品が欲しくなります。バスキアはかなりたくさん見た中で、17年5月に買ったブルーの作品が、自分にとってはものすごいマスターピースでした。
【秋元】あれはバスキアの中でも本当にトップクラスの作品でした。いちばんいいモノをあれだけの金額で買える勇気はすごい。
【前澤】ありがとうございます。
【秋元】あれで美術界の人間は前澤さんの存在を強く意識するようになったし、いまの美術界を牽引していくパトロン的な存在になるのではと、勝手に期待しているんです。
【前澤】自分ではそんなたいそうな意識はないんですよね。申し訳ない(笑)。
【秋元】作家との関係は?
【前澤】僕は人そのものより、やっぱり作品を見ますね。仲のいいアーティストもいますが、深いところで意気投合できる気はしません。みんな変な人だから(笑)。
【秋元】美術はアーティストだけが作るのではなく、コレクターも購入を通じて影響を与えています。歴代蒐集家の存在は、前澤さんにはどう映りますか?
【前澤】その人のコレクションだけを取り上げて論じることには興味がないんです。その人の生きざまの中でアートがどういう存在であったかを見たいし、自分もそうありたいと思っています。
【秋元】名だたる蒐集家で面白い仕事をしてきた人の中には、コレクションが自身の哲学的な反映であると考えている人もいます。前澤さんにはご自身の思想や哲学が反映するような、美術との関わり方をしていただけたら面白いだろうと思うんですね。
【前澤】がんばります。
4 株、不動産の次に美術品が買われる
■美術品価格の高騰と、量的緩和政策の関係
近年、美術品の価格が全般に高騰しています。これは世界的な量的緩和政策によるものです。お金が余るとまず株が買われ、次に不動産が買われ、最後に美術品が買われる。これまで幾度となく繰り返されてきた、マネーの流れです。
量的緩和でお金の価値が下がると、資産家は資金をモノに換えて価値の保全を図ろうとします。それには価値がなるべく凝縮して、容易に分散されないモノがいい。
だが、例えば10億円の金塊だと重さが約200キログラムもあって保管も移動も難しい。盗まれて溶かされたら最後、絶対に出てはきません。
けれども例えば絵画なら、10億円する作品でも1人で持ち運べる大きさ・重さで、壁に掛けていつでも眺めることができる。盗まれる可能性はあるが切り分けることはできないし、換金すればすぐに足がつきます。
もうひとつ投資対象として好都合なのは、美術品には眺める以外に具体的な「使用価値」がないことです。何かに“使える”うちは、それが価値の算定基準になるからです。
ところが、完全に「使用価値」を失ったモノには「交換価値」が生まれ、価値の算定基準から解放される。そうすると、価格が青天井に吊り上がる可能性が生まれるのですね。
現在、世界の美術品市場は年間6兆円規模と言われています。世界でたったこれだけなのは、プレーヤーがまだ圧倒的に少ないからです。
しかし、その市場は確実に広がっています。少し前まで生活を成り立たせるのに精一杯だった国の人たちが、経済成長で豊かになり、家を買い、車を買い、宝飾品を買って、最後に美術品を求めるようになる。
例えば、中国の富裕層がこぞって美術品を買うようになりました。これだけでもの凄いインパクトです。美術品市場はまだまだ成長するでしょう。
■画商は作家を追求し、コンテクストを探る
さて、美術品市場には「セカンダリー」と「プライマリー」があります。前者は誰かに所有されていた作品が転売される取引で、後者は作者から直接あるいは画商等を通じて初めて買い手に渡る取引です。
セカンダリーは過去の実績やオークションで値段が決まるので、価格形成の過程が比較的わかりやすいのですが、プライマリーだと作品そのものの価値を理解する必要があります。
とはいえ、よほど美術に精通した人でなければ、見ただけで作品の価値はわからない。そこで画商が作者の人物像や生きざま、創作の意図や美術史における意義を説明するのです。
そのために画商は美術に関する知識と見識を深める努力をしなければならないし、作家自身の「コンテクスト」を探る必要があります。作家がどのような人生を歩み、その経験が作風にどう反映しているか。何に挑戦し、作品にどんな思いを込めているのか――とことん語り合って探っていきます。
徹底的にやらないと顧客に納得のいく説明はできないし、作家自身も成長しません。
■作品を買うことで、美術の世界が見える
美術の世界に足を踏み入れたいのなら、まずは5万円くらいで何か作品を買ってみることです。画廊をたくさん回って、あなたが本当に気に入る作品を探してみてください。
よく「画廊は入りづらい」と言われますが、それはモノを売っている店に買う気がないのに立ち入る気おくれがあるからではないでしょうか。
「気に入った作品があればいつでも買うぞ」というつもりなら、あなたは客なのですから怖気づく必要などありません。
いい作品があっても衝動買いはせず、画商に作家や作品の「コンテクスト」を、納得するまで聞いてください。あなたは顧客として、いくらでも画商に問うていいのです。
もし、値段を聞いて手が出なければ「この作家の他の作品で、この予算で買える作品はないだろうか?」と聞いてみましょう。画廊で作品を値切るのは、あまりお勧めできる行為ではありません。
そして作品を手に入れたら友人や同僚に見せて、忌憚のない意見を聞いてみる。もしかしたら「これがそんな値段がするの!?」「バカだな、そんな無駄遣いして」と言われるかもしれません。そうしたらあなたは、画商から聞いた知識に自身の思いを織り交ぜて、その作品の「コンテクスト」を自分の言葉で語るのです。
美術作品を前にすると、人は豊かで建設的な議論ができるものです。その語らいこそがあなたの人間性を鍛え、感性を磨き、美術作品を“見る目”を養うことにつながります。
■ギャラリーは自分を高め、人脈を広げる社交場である
ギャラリスト(画商・美術商)はアーティストを発掘し、社会との架け橋となる存在です。
アーティストには世間との関わりが不得手な人も多いので、ギャラリストがプロデューサーとして資金を調達したり市場の方向性に沿った創作に導くなど、アーティストの活動をサポートするわけです。ギャラリストとの二人三脚が順調に続くほど、アーティストが成功する可能性は高いと言えるでしょう。
ギャラリーは作品を展示販売していますが、必ずしも購買するお客様だけに向けたものではありません。多くの人に作品を見てもらいそのアーティストを知ってもらうことが、ファンの裾野を広げ作品の価値を高めます。ですから私たちは作品を見ていただくだけでも大歓迎なのです。
美術館と違って解説のプレートやガイドブックはありませんが、そこは是非ギャラリストに聞いてください。現代アートにはアーティストの強いメッセージが込められていますから、作品の背景や意図がわかるとより楽しめると思います。
またギャラリーは、美術に造形の深い専門家や知識人、富裕層のコレクター、一流のビジネスパーソンたちが集う社交場でもあります。そうした集いに参加することは、自分を高め人脈を広げるのに役立ちます。
ぜひギャラリーに足を運んでみてください。その体験が皆さんの新しい知と感性の扉を開くことになるでしょう。
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コーン・フェリー・ヘイグループ シニア クライアント パートナー
1970年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部哲学科卒業、同大学院文学研究科美学美術史学専攻修士課程修了。電通、ボストン コンサルティング・グループ等を経て、コーン・フェリー・ヘイグループに参画。
遠山正道(とおやま・まさみち)
スマイルズ 代表取締役社長
1962年、東京都生まれ。慶應義塾大学卒業後、三菱商事に入社。2000年スマイルズ設立。スープ専門店「Soup Stock Tokyo」のほか、ネクタイ専門店「giraffe」、ファミリーレストラン「100本のスプーン」、セレクトリサイクルショップ「PASS THE BATON」などを展開。
秋元雄史(あきもと・ゆうじ)
東京藝術大学大学美術館 館長
東京藝術大学美術学部絵画科を卒業。ベネッセアートサイト直島や国吉康雄美術館で企画・運営に携わった後、地中美術館館長、金沢21世紀美術館館長などを経て現職。
前澤友作(まえざわ・ゆうさく)
スタートトゥデイ代表取締役社長
ファッション通販サイト「ZOZOTOWN」運営会社の社長であり、世界的なアートコレクター。公益財団法人現代芸術振興財団会長。2017年、フランス芸術文化勲章オフィシエを受勲した。
山本豊津(やまもと・ほず)
東京画廊 代表取締役社長
1948年、東京都生まれ。武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業。全国美術商連合会常務理事。著書に『コレクションと資本主義』(共著)ほか
中島悦子(なかじま・えつこ)
PERROTIN(ペロタン)パートナー
アジア太平洋地区CEO。フランス・パリに生まれ育ち、ソルボンヌで美術史を修了。カルティエ財団在職時に村上隆や会田誠と出会い、現代アートの世界に関わる。2002年ペロタンに入社。香港やソウルでギャラリーを設立。エマニュエル・ペロタンが、18年初めて世界で3人のパートナーを指名したうちの1人。
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(コンサルタント 山口 周、スタートトゥデイ 社長 前澤 友作 編集・構成=渡辺一朗 聞き手=山口雅之 撮影=山本祐之、宇佐美雅浩)
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