2人とも"医療事故"で死亡した夫婦の悲劇
プレジデントオンライン / 2018年9月6日 9時15分
■画像診断の情報量急増に病院が対応できない
画像診断でがんの見落としが続発している。
昨年1月、東京慈恵医科大学病院(東京・西新橋)で主治医がCT(コンピューター断層撮影)検査の画像診断の結果を見落として、70歳代の男性が死亡した。これ以降、同年10月には名古屋大学病院、今年6月には千葉大学病院と横浜市立大学病院、翌7月には東京都杉並区の民間病院で、がんの見落としが発覚した。
千葉大病院のケースでは患者9人に画像診断ミスがあり、そのうち4人の治療に影響し、2人が死亡している。
これまで厚生労働省は全国の病院に文書で注意喚起を求めてきた。だが、見落としが相次ぐ背景には、画像診断技術の高度化にともなって情報量が急増し、病院側が十分に対応できなくなっていることがある。その結果、画像診断を担当する放射線科医と患者の主治医との連携不足が生じている。
■慈恵医大のミスが連続発覚のきっかけ
慈恵医大病院で見落としによる患者死亡という医療事故が発覚したのは、2017年1月31日のNHKの報道がきっかけだった。
患者は東京都町田市に住む72歳の男性で、1年前のCT検査で肺がんの疑いがあった。しかし、主治医が検査結果を確認せず、約1年間も放置した。がんは処置ができないほど進行し、男性は2017年2月16日に亡くなった。
担当医が検査結果を見逃す。考えられない医療事故だ。大病院がなぜ、こんな単純なミスを犯すのだろうか。
慈恵大病院で死亡した男性の妻も、別の大学病院で医療事故に遭って死亡している。夫婦そろって理不尽な医療事故に巻き込まれていたのである。
■元凶は病院という組織の「縦割り」だ
「がん見落とし」という医療事故について産経新聞と日経新聞が、社説のテーマに取り上げている。
日経新聞は8月28日付の社説で「がん見落とし問題を改革に生かせ」との見出しを掲げているが、通常、経済関連の社説を大きく扱う日経にしては、珍しく医療問題のテーマを大きな1本社説として扱っている。
日経社説はこう書き出す。
「病院の画像診断でがんの見落としが相次いでいる。検査結果が治療に生かされないのは問題だ。国と医療界が協力して診断の専門医を増やすとともに、診療科を超えた連携を密にし、患者本位の医療へ向けた改革を進めてほしい」
CTという高度な医療装置の画像診断ミスが続いているだけに、専門医とがん患者の主治医のとの連携は欠かせない。しかもその連携は密でなければならない。
日経社説も「見落としはコンピューター断層撮影装置(CT)の診断でがんの疑いありとされながら、主治医が診断報告の詳細を見ずに治療が遅れたケースがほとんどだ」と指摘している。
さらに日経社説は病院という組織の縦割りの壁を問題視する。
「多くは循環器、脳神経、消化器など多数の診療科を抱える大病院で起きた。横浜市立大病院では心臓を調べるためにCT検査を実施し、腎臓がんが写っていたのに医師が気付かなかった」
今年6月に発覚した横浜市立大病院のケースでは、診療科間で情報が共有されず、約5年後に患者(60歳代男性)が亡くなった。どうして診療科同士の連絡ができないのか。
続けて日経社説は指摘する。
「通常、主治医も画像データを見るが、詳細は診断の専門医から後日報告を受ける。循環器内科医なら、まず心臓の血管異常などに注目する。専門外のがんなどには関心が向かず、緊急性が低ければ報告を丁寧に読まないこともあるようだ」
■「診断を人手だけに頼るのは限界がある」
日経社説は放射線診断の専門医不足にも言及する。
CT検査はエックス線を使い、コンピューターも駆使し、身体を輪切りにした画像を再構成する装置だ。当然、放射線診断の専門医が分析することになる。
日経社説は「放射線診断専門医は5500人以上いるが、検査数の増加に追いつかない。『2倍の人数が必要』(日本放射線科専門医会・医会の井田正博理事長)という」と指摘する。
日経社説はこうも指摘する。
「最新のCTは首から骨盤まで15~20秒で撮影でき、2000~3000枚の断面画像が容易に得られる。診断専門医一人が1日に数十人分の画像を読む」
「作業の負担は大きく、主治医にその都度、気になったことを直接伝える余裕はない。量をこなすことに追われ、ダブルチェックの徹底も難しいのが実情だ」
1人で1日数十人分の画像を読まなければならないとすれば、主治医との連絡はどうしても薄くなる。せっかく高度な医療装置がありながらそれを十分に使いこなすことができないわけだ。解決しなければならない大きな課題である。
次に放射線診断の専門医の待遇改善の必要性も指摘する
「日本医学放射線学会などは人材育成を急ぐ必要がある。その際、気になるのは診断専門医が患者の治療にあたる医師に比べ、一段低く見られがちなことだ。専門職として重視される米国などと大きく異なる。医療界全体で待遇の改善を検討すべきだろう」
最後に日経社説は人工知能の利用を主張する。
「がんなどの診断はこれから大きく変わる。CT画像をゲノム(全遺伝情報)と組み合わせ、人工知能(AI)も使って精度を高める試みなどが本格化する」
「診断を人手だけに頼るのは限界がある。関係学会が進めるAIなどによる効率化を急ぐべきだ。見落とし問題への取り組みを、将来の新しい医療を切り開く契機としたい」
たとえばハイテク航空機は操縦のコンピューター化を押し進めることで、パイロットの犯すミスを可能な限り減らし、航空事故を防いできた。同様に超高度なAIを駆使できれば、医療事故も減るはずである。
■なぜ「検査の質」が低下しているのか
産経新聞は8月20日付第2社説で扱っている。
日経社説より1週間ほど早い。だからだろうか。取材不足で記事自体もこなれていない印象だ。とはいえ、他社に先駆けて「がん見落とし」の問題を社説のテーマに取り上げた先見性は評価できる。
産経社説の見出しは「質の管理に目を向けよう」で、冒頭部分からこう主張している。
「検診の質が不十分であれば、がんを見つけて治療につなげることは期待できない」
「質を満たさない検診を放置してはならない。国は広く実態を把握して対応してもらいたい」
その通りなのだが、なぜ質の低下を招くのか。この点の検証がこの後を読み進めても弱い。
■「女性は同じ医療機関で何度もがん検診を受けていた」
産経社説は「市区町村は、基準を満たす医療機関を適切に選んで、住民検診を委託しなければならない」と指摘した後、東京都杉並区の民間病院で起きた医療ミスを挙げる。
「東京都杉並区で、肺がん検診を受けた女性が、がんを見落とされ、早期の治療機会を失う事例があった。女性は同じ医療機関で何度もがん検診を受けていた」
「ここでの検診は、厚生労働省と国立がん研究センターなどが求める『質の指標』を満たしていなかった。胸部エックス線写真の読影は、2人の医師が行い、うち1人は肺がん診療か放射線科の専門医であることが求められている。しかし、専門医抜きで行われることがあった」
専門医不在でエックス線画像の読影を実施するというのだから、まったくひどい話である。
さらに産経社説は「がん検診の指標は、長らく『受診率の向上』だった。だが、検診の質を問う『精度管理』の必要性が、昨年更新された国の『がん対策推進基本計画』に盛り込まれている」とも書く。
だが、どうして検査の質が担保されないのか。これについての突っ込みが足りない。この突っ込みがないと、対策について具体的に述べることは不可能だろう。前述した日経社説と読み比べると、医療社説としての力の差は歴然としている。
■夫婦ともに医療事故に倒れるという悲劇
ところで慈恵医大病院のがん見落しで死亡した男性のケースでは、繰り返すように男性の妻(死亡時51歳)も2003年8月4日に医療事故に遭遇している。
この女性が医療事故に遭ったのは、東京医科大学(東京・西新宿)だった。
東京医大は女性に対し、直腸がんの手術の後、術後ケアのために栄養剤や抗生物質を投与する中心静脈カテーテルと呼ばれる点滴用カテーテル(細管)を首の静脈から挿入した。
ところが、女性が意識不明の重体に陥って脳死状態になってしまった。カテーテルが静脈を破り、本来入るはずの心臓近くの上大静脈ではなく、胸腔内に入ってしまった。溜った点滴液が肺を圧迫して脳死状態に陥り、1年8カ月後の2005年4月、女性は死亡した。
この主婦の医療事故については、8月7日付の記事「15年前と変わらない東京医大の隠蔽体質」でも触れた。
病気を治療するために訪れた病院で命を落とす。しかも夫婦がともに医療事故で命を失ってしまうとは、あまりに理不尽だ。
医療事故を少しでも減らすためには、原因の徹底追及と具体的な再発防止策が欠かせない。一連のがん見落としを受けて、厚労省はようやく画像診断のシステム変更に乗り出した。その対応はあまりに遅すぎる。割を食うのはいつも患者のほうだ。
(ジャーナリスト 沙鴎 一歩 写真=時事通信フォト)
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