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英イートン校"統治者"を育てるヤバい授業

プレジデントオンライン / 2018年9月13日 9時15分

イートン校の校庭と建物とチャペル(写真=iStock.com/MKHP)

貴族や大財閥などセレブの子息が学ぶ、英パブリック・スクールのイートン校。同校には厳しい競争があり、優秀な生徒は「特権的階級」として特別な服装が許されるだけでなく、同級生に罰則を与えることもある。その目的はリーダーとしての自覚を促すためだ。同校には「君たちは命令するために生まれてきた」という言葉もあるという。その「ヤバい授業」の内容とは――。

※本稿は、「プレジデントFamily2018夏号」の特集「トップエリート校の夏休み」の記事を再編集したものです。

■皇太子夫妻の長女・愛子様が短期留学した「英イートン校」の実像

皇太子夫妻の長女・愛子様(学習院女子高等科2年)はこの夏、イギリスのパブリック・スクール、イートン校に短期留学した。

1440年に創設された同校はデーヴィット・キャメロン前首相をはじめ19人のイギリス首相を生み出し、ウィリアム王子、ヘンリー王子なども卒業した名門男子校だ。男子校だが、サマースクールに関しては女子も受け入れているため、愛子様も参加した。

イートン校とはいかなる学校なのか。

教育学者・秦由美子氏の『パブリック・スクールと日本の名門校』(平凡社新書)によると、同校には厳しい競争があり、成績などによって選別された「特権的階級」があるという。

例えば、成績優秀で奨学金を受け、黒いガウンを着用するのが「カレッジャーズ」。さらに、その中でも優秀な生徒で金ボタンのついたグレーのチョッキを着用するのが「シックスフォーム」、スポーツ万能で赤いチョッキを着るのが「ポップ」。彼ら特権的階級は、規則を守らない生徒に罰則を与えたり、朝礼をまとめたりする役割などを担うのだという。

「日本ではとかく生徒を平等に扱う傾向があり、競争させることがあったとしても、受験戦争に勝ち残るための手段として使われることがほとんどだ。対して、イートン校での競争はリーダーとしての自覚を促すためのものである。厳しい競争に勝ち残った人間に、将来リーダーとして人の上に立つ経験を踏ませている。自覚を促し、ひとまわりもふたまわりも成長させるシステムといいえる」(同著)

■イートン校で学んだ海陽中等教育学校の生徒の強烈な体験

秦由美子「パブリック・スクールと日本の名門校」(平凡社新書)

このイートン校に交換留学生として現地にわたった日本人の高校生2人に取材した。

2006年4月にトヨタ自動車・中部電力・JR東海などが出資して開校された全寮制の男子中高一貫校・海陽中等教育学校(愛知県蒲郡市)。イートン校を参考に設立しており、「日本を牽引する次代のリーダー」の養成を目指している。国際社会で活躍できる人材の育成として、開校当初からイートン校のサマースクールへ生徒の派遣をしたり交換留学したりするなど交流を深めてきた。

今年1月7日~2月8日までの1カ月間、交換留学生として派遣された6年生(高校3年生)の易稜大(えき・りょうた)さんと羽田樹(はだ・いつき)さんにイートン校の様子を聞くと、「時間割が非常にゆったりしていたことに驚いた」と口をそろえた。

■「君がカール大帝ならどういう政策を行うか?」

大学のように単位制になっていて、履修する科目によって時間割が異なるが、多くの生徒が1日2、3コマの授業(1コマ40分)を受けたら、それ以外は自由時間で思い思いに過ごすという。これだけ自由時間が長いのは、履修する科目数が少ないためだ。

日本の高校では一般的に「国語」「数学」「英語」「理科」「地理・歴史」「公民」「保健体育」「音楽」「美術」「家庭」「情報」など、10科目以上を履修しなくてはいけない。だから、毎日6時間授業をびっしり受けることになる。

それに対して、同校ではどの学年も3~6科目取るだけだったという。

「受験制度の違いもありますが、科目数の少なさには驚きました(※1)。しかし、その代わり、一つひとつの授業で扱われる内容はハイレベルで専門的です。だから自由時間は確かにいっぱいあるのですが、皆、自習などの勉強にあてていました」(羽田さん)

※1:イギリスでは16歳で義務教育が終了し、その段階でGCSE(General Certificate of Secondary Education)という義務教育修了試験を受ける。義務教育終了後は、大学進学希望者は「シックスフォーム」と呼ばれる高等教育進学準備教育課程に進み、3科目程に絞り込んだ選択科目について試験を受ける。GCSEとシックスフォームの成績によって大学の合否が決まる。

たとえば、「中世史」の授業では、「カール大帝(※2)はどのような性格の人物か? 彼が行った政策を支持するか否か? カール大帝の立場ならどういう政策を行うか?」などについて議論したという。

※2:8世紀後半から9世紀にかけてフランク王国を統治した国王。領土は西ヨーロッパ全域に及んだことから、「ヨーロッパの父」と言われている。カール大帝に関する授業が行われたのは、イギリスがEU離脱で揺れる最中のことだった。

西ヨーロッパ世界成立の立役者であるカール大帝(742-814)。トランプのハートのキングのモデルだといわれる。(写真=iStock.com/eldadcarin)

「先生がホワイトボードに線を引いて目盛りを振り、彼に対する評価を書くように言われました。それぞれ自分の評価を書いたうえで、理由を説明し、議論します。授業の前には大量の課題の文献が与えられるのですが、同じものを読んでいても意見が分かれるのが興味深かったです」(易さん)

なんと社会経験ゼロの10代の高校生に、統治者・為政者としての視点を求めているのだ。

あなたがカール大帝の立場なら、どうするか? 日本の学校の授業で、ある政策がその後に与えた影響を考察することはあるが、あなたならどうするかと問われることはほとんどないだろう。この目線の高さこそが、イートン校の特徴なのだろうか。

■「欧州の百年戦争の頃、日本では何が起こっていたの?」

掘り下げた議論をしながら進められるイートン校の授業。海陽学園の二人は、最初は議論についていくのは大変だったそうだが、そこで劣等感を抱くようなことはまったくなかったそうだ。なぜなら、先生や生徒たちが聞き上手で、意見に耳を傾けてくれたからだという。

「たとえば、百年戦争で最初はイギリス優勢だったが、フランスが逆転した理由について話し合っていた時、僕が発言できずにいると『当時、日本では何が起こっていたの?』と聞いてくれました」と羽田さん。

フランスとイギリスが百年戦争をしていた頃の日本はどうだったか? そんなことを一度も考えたことのなかった羽田さんはすぐには返答できなかった。だが……。

「イートン校では、授業中もPCやスマホを使ってネット検索することが許されています。だから、調べて答えました。百年戦争の頃、日本は足利氏が将軍を務めた室町時代でした。百年戦争は最終的に鉄砲や大砲の使用したことにより、フランス軍が勝利します。こうした戦い方の分岐点が、日本では織田信長が鉄砲を使って武田軍に勝利した『長篠の戦い』で起こったことなどを思い出して年代を調べると、約100年遅いことがわかりました。このようにヨーロッパと日本を比較して議論に参加できたことは、とてもいい経験になりました」(羽田さん)

■イートン校は教員1人が生徒8人を見る手厚い指導体制

一方、易さんは自分と同世代のイートン校の生徒を次のように評価する。

写真左が易さん、右が羽田さん(写真提供=海陽中等教育学校)

「イートン校の生徒たちはしっかり自分の主張をしながらも、立場や考え方の違う人の意見を聞いて、よいところを取り入れるなど、皆を議論に巻き込んでまとめるのが非常にうまいのが印象的でした。これはイートン校の教育のたまものだと思います。というのも、入学したばかりの中学生の授業を見せてもらうと、自己主張が強くて、まだ人の意見を聞くことが上手ではありませんでした。でも、先生方が生徒一人ひとりを尊重し、耳を傾ける授業をすることで中学生も次第に成長していくのだと感じました」

イートン校では、教師と生徒の関係は「教える人」「教わる人」という上下関係ではなく、互いに高め合う相手として尊重される。それはチューター制度(個別指導)でも感じるという。

「生徒に対して、個人指導を行う担任の先生がつくのですが、その先生は週に一度は自宅に招いてくれて、そこでいろんな話をしました。歴史の話や食料問題など、対等に話をきいてくださったのがうれしかったです」(羽田さん)

こうした会話の中で、生徒が興味を持ったことがあれば積極的に支援していく。同校では、単純計算で1人の教員が8人の生徒を見る指導体制。日本の学校ではありえない手厚さだろう。

■「イートン校の諸君、君達は命令するために生まれてきた」

「プレジデントFamily2018夏号」の特集「トップエリートの夏休み」内で3人のイートン校の生徒にメール取材した。

ある生徒は障害者を科学技術で支援する国際会議に参加し、ある生徒は標高3000m超のアルプス登山に挑んだという。また、ある生徒は論文を書くために、普段はなかなか読めない分厚い学術書を読んだという。書いた論文のテーマを尋ねると……。

「富の再分配を行う所得税と相続税の欠陥について」
「マクロファイナンスが地球規模の貧困に取り組む限界と問題点、その解決法の考察」
「飲酒運転の倫理面や事故の重大性からの処罰について」……。

かなり専門的で難解な法の不備や地球規模の問題解決について、高校生が深く考えていたのである。こうした論文のテーマを見ていると、彼らが完全に統治する側の人間として、世界を眺め、物事を考えていることがわかるだろう。

同校に伝わる有名な言葉に「イートン校の諸君、君達は命令するために生まれてきた」というものがある。イートン校の教師が生徒を対等に扱って意見を求めたり、為政者の目線で考えさせたりするのも、まさにリーダーとしての責任や自覚を促すため。どの授業でも、「カール大帝の立場で考える」というのがスタンダードなのだ。

しかし、だからといって「尊大な態度をするわけではない」と羽田さんや易さんは言う。実際、編集部からの突然の取材依頼に対しても、きわめて気さくで、フレンドリー。メールで質問を送れば、いつも即レスで「何かあればいつでも言ってください」という言葉が添えられている。

彼らは、エリートであることを自認しているからこそ、「社会に貢献しなければいけないと行動していること」が伝わってきた。この社会に貢献しなくてはいけないという考え方は、「ノブレス・オブリージュ(高貴なる者の義務)」と言われる。これはイートン校に通う生徒はもちろん、欧米のエリートに深く浸透する道徳的規範だ。

■わが家でもできる! イートン校流子育てのススメ

一方、日本に目を向けてみると、どうだろうか。

イートン校の校舎を描いたイラストレーション(写真=iStock.com/duncan1890)

国のかじ取りをする霞が関や永田町からは、リーダーたちの残念なニュースばかりが聞こえてくる。日本に横たわるさまざまな問題から目を背け、自己保身と私利私欲に邁進しているように見える。

イートン校に比べると、日本のエリートにはノブレス・オブリージュという意識が決定的に欠けているように思えてならない。リーダーたちがこの体たらくでは、日本は“沈没”してしまうのではないか。こうした事態の悪化を防ぐ最大の鍵は、やはり教育だろう。

日英では教育の制度も成り立ちも異なるが、イートン校で「カール大帝(統治者)の立場」でものを考えて、と生徒に問いかけるように、日本の教育現場でも「あなたが首相や官僚のトップなら、どうする?」と問いかけてみてはどうだろう。また自宅ではわが子に「あなたが“偉い人”ならどうするか」と問いかけてみよう。そうすれば、子どもたちが国や地域社会のことを考えるきっかけになるのではないか。

子育てには大きなビジョンが必要だ。今回、イートン校の教育の一端に触れ、そのように感じた。

(プレジデントFamily編集部 森下 和海 写真=iStock.com)

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