ネトウヨから"反日認定"サントリーの受難

プレジデントオンライン / 2018年9月14日 9時15分

現在のサントリー公式サイト「鏡月」紹介ページ

企業を「反日認定」して嫌がらせをする人たちがいる。ネット上の「デマ」を信じ、SNSでの誹謗中傷や嫌がらせの電話などを繰り返して、企業を疲弊させている。愛国を叫ぶ行為によって、日本経済にダメージを与えているのだ。まるで寓話(ぐうわ)のような話だが、これが日本の現状だ。連載第1回は、サントリーの「炎上」のケースをお伝えしよう――。

■日本経済を破滅させる内側からの攻撃

……われわれはこの流れに積極的に棹(さお)さして日本の生産構造のみならず、貿易構造も、消費構造も新しく改編する意力を振るい起さねばならない。その仕事は恐らく明治の先覚者が、遅れた農業国日本をともかくアジアの先進国工業日本に改造した努力にも比すべきものであろう。いわば第二の維新ともいうべき大事業である。しかし困難さの故にその仕事を怠るならば、アジア諸国は容赦なくわが国に追いつき追いこすであろうことを忘れてはならない。(1956年 経済白書)

馬鹿げた時代になったな、と思う。そして誰しもが、ほんの少し前までこういう時代が到来することなど予想だにしなかっただろう。現代は、不幸にしてイデオロギーと企業活動への評価が結びついている時代なのである。

ネット上とその狭い枠を飛び越えた人々が、自らのイデオロギーと相反する企業を攻撃し、時として不買運動を行い、あるいはデマを流す。企業は「電凸」と呼ばれるネット発の波状攻撃におびえ、その活動は畢竟(ひっきょう)萎縮する。驚くべき事にこの攻撃は企業の実体的不正に対する攻撃とは関係が無い。

例えばある企業が公害物質を垂れ流していたことが発覚したり、あるいはリコールを故意に隠していた事への抗議ではなく、その企業の「姿勢」が反日的であるかとか、会社経営者が「反日的」であるか否かという、まことに抽象的で馬鹿らしい、そして真偽も不確かな――いやほとんどの場合デタラメな――基準で糾弾の是非を決める、というものだ。

そんな馬鹿な――と思う読者の方は多いはずである。しかし実際にここ10年余、わが国ではこの手のさまざまな企業に対する攻撃や、あるいはいわれ無き批判が、企業のCM内容やその企業のCEOの姿勢に対するレッテル張りによって、実際行われてきたのである。

本記事では、このようなネット発のさまざまなレッテル張りとその背景を仔細に検証する一方、このような民間の経済活動を萎縮させるさまざまな上記罵詈(ばり)雑言が、いかに不正確でデタラメなものであるかの反証を行いながら、本来イデオロギーとは無関係のはずの民間企業に対する、勝手連的な汚名返上を行おうという意図が存在する。

■サントリーへの不当攻撃――日本海呼称問題

日本を代表する飲料メーカー、サントリーへネット右翼が異様な攻撃を開始したのは、現在からさかのぼること約7年前、2011年8月のことであった。2011年8月は「3.11」から半年を経過しておらず、政権与党は民主党(当時)で、菅直人政権の末期である(同年9月に野田内閣に交代)。

ネット右翼界隈に習熟していない読者からすれば何のことか分からないかもしれないが、この時期、ネット右翼界隈は降ってわいたバブルの様相を呈していた。まさにネット右翼にとって黄金時代であった。なぜか。まずネット右翼の忌み嫌う民主党政権が政権与党であり格好の攻撃対象であったことと、下野した自民党への政権復活待望熱が、まるでマグマのように渦巻いていたことである。

それ(民主党)にひも付けて、この時期は、後に立法されるいわゆる「ヘイトスピーチ対策法」よりはるか前の時代で、インターネット空間には中国と韓国、特に韓国と韓国人と在日コリアンへの呪詛(じゅそ)と差別的書き込みが野放図に乱舞していた。菅直人総理大臣は在日コリアン(もしくは帰化した人物)であると堂々と名指しされ、ネット上での蔑称は「カンチョクト」という、よく分からないハングル発音(?)で呼称され、いたずらな憎悪の対象となっていたのである。

そしてそのような書き込みは誰も抑制する事ができなかった。多くの人々や既存メディアは、ネット上のヘイトを黙殺ないし嘲笑することで抑制しようとしたが、これはかえって火に油を注ぐことになり、まったく効果が無かった。

■「東海(日本海)」表記がネトウヨの逆鱗に触れた

そしてまた、いよいよ彼らの差別言動を抑制しようという広範な連帯や連携ができるのはずっと後年のことであり、実際、のちに続々と公に提起されることとなった「ネット上の民族差別」を巡る民事訴訟へと発展する段階にはまったくほど遠い段階であった。つまりかいつまんで言えば、2011年とはネット右翼にとって「やりたい放題の時代」であった。

サントリーがネット右翼による格好の標的となった切っ掛けは、まったくくだらない内容であった。それは同社が発売した韓国焼酎「鏡月」のウェブ上の広告に、

“『鏡月』というその名前は韓国/東海(日本海)に隣接した湖『鏡浦湖』(キョンポホ)のほとりにある古い楼閣「鏡浦台」(キョンポデ)で、恋人と酒を酌み交わしながら、そこから見える5つの月を愛(め)でた詩に由来しています”

という文言が躍ったからである。……いったいこれのどこが問題なのか、一瞬迷う方も居られよう。それはすなわち広告文句の冒頭部分“韓国/東海(日本海)”という部分が、ネット右翼の逆鱗(げきりん)に触れたためである。

古くから環太平洋文化圏を形成していた極東の巨大な内海――日本海――は、韓国では「東海」と呼ばれていることは読者もご存じであろう。ネット右翼の言い分は次の通り。「日本企業であるサントリーが、日本海を括弧内とし、韓国表記である“東海”を正として表記しているのはけしからん反日企業の所業である」「サントリーは韓国側の東海呼称を正として用いるということは、韓国による竹島不法占拠も容認するというけしからん反日姿勢なのである」というものだ。

■「サントリーは反日企業」「担当者は在日に違いない」

ネット右翼は、この一点のみをもってサントリーを「反日企業」「在日企業」「担当者は在日(コリアン)に違いない」と根拠無く誹謗(ひぼう)し、実際に同社には電話・メール・FAX等々での抗議が殺到する珍事態となった。ネット右翼はこぞって「サントリー製品の不買運動」を呼びかける運動に発展した。

いわゆる「サントリー日本海呼称事件(2011年)」の勃発(ぼっぱつ)である。ネット右翼がネットを端緒として扇動したこの事件は、同年8月19日、同社がウェブサイトで以下のような謝罪文省と広告文句の修正を行ったことで一応の収束をみた。

“韓国焼酎「鏡月」のブランドサイトにおきまして、製品のネーミング由来を紹介する文章中にございました地名表記につきましては、あくまで、商品を紹介するための広告上の表現で、地名に関する見解を表明するものではありませんでした。お客様にご不快な思いをおかけしましたことに対して、深くお詫びいたします。”

が、ネット右翼によるサントリーへの憎悪は、まるでいったん鎮火したが下草のくすぶりとなって残り続ける。それは2017年における女優水原希子さんを起用したサントリーCMへの誹謗中傷事件(別項にて解説予定)への、まるで前哨戦のように、彼らの憎悪が伏兵となって存在し続けることになったのである。

その後公開された謝罪文(サントリー公式サイトより)

■日本海と呼ぶのが慣例だけれど

先に述べたとおり、日本海は古代から環日本海文化圏を形成する極東アジアの巨大な内海であった。そこには、樺太、蝦夷(北海道)、沿海州、朝鮮半島、そして本州や九州が、まるでひとつの共同浴場を囲むように存在している。

国境線や国民国家という概念が無かった古代や中世、樺太アイヌや渤海からすれば日本海は「南海」だったかもしれない。朝鮮半島からすればその海は版図の東側にあるのだから「東海」と呼ぶのは当然である。

ただし、国際通念上の常識として、この巨大な内海に面する海岸線が圧倒的に長いのは日本列島であるのは自明なので、日本海(Sea Of Japan)と呼ぶのが慣例である。

韓国政府や民間団体は、民族的アイデンティティから日本海呼称問題にこだわり、日本海を「東海」と呼称するよう国際的に働きかけている側面はあるが、世界中の国家が発行している地図には日本海(Sea Of Japan)と表記されているのが普通である。

そして根本的に言ってしまえば、この海を民間企業が何と呼ぼうが勝手なのである。この海を日本海と呼ぼうが東海と呼ぶが、この巨大な内海の存在にはまるで影響しない。

■ただの「広告上の表現」にかみつく人たち

サントリーの言うように、韓国焼酎『鏡月』の歴史的経緯を踏まえれば、東海(日本海)の広告文句が、特別意味を持つものであると判断する方がおかしい。

“商品を紹介するための広告上の表現”以上でもそれ以下でもない。まったく常識的判断であろう。だって韓国由来の商品を紹介しているのだから、商品紹介に現地呼称を使わない方が不自然になる。

例えば日本の民間企業が、ロシア由来の商品を紹介する際に、「カリーニングラード」という表記ではなくわざわざ「ケーニヒスベルク」というドイツ側の旧呼称を使う方が不自然であろう。が、これを一切許容しなかったのが当時のネット右翼である。とにかく、ネット右翼は、韓国、韓国人、在日コリアンに関するいささかの擁護的、許容的と思われるごく小さな一文に対しても激甚なアレルギー反応を起こすのである。

しかし不思議である。というか奇観である。彼らは大韓航空に搭乗したことが無いのだろうか? 大韓航空の機内モニターでは、日本海は必ず「East Sea」と表記されて「Sea Of Japan」という併記すら無い。こっちには抗議や糾弾の電凸攻撃は無いのである。大韓航空は仁川国際空港をハブとして日本の主要都市に就航し、アメリカのデルタ航空と業務提携をしているが、「搭乗拒否運動」など聴いたためしがない。サントリーは日本企業だから怒ったというかもしれないが、そもそもその怒りが的はずれなのは述べてきたとおりである。

いち民間企業の広告の“韓国/東海(日本海)”たった10文字で、日本海の地位の何かが変わるのだとすれば異常な認識だし、また竹島の韓国不法占拠状態の現状が覆ることもないのである。

■日本経済への「内側からの攻撃」

ちなみに筆者は2012年に竹島上陸(竹島視察)を敢行したが、それはともかくとして、ゼロ年代以降、ネットの魑魅魍魎(ちみもうりょう)のかけ声に、不本意であっても民間企業が屈服せざるを得ない状況が現出せしめたという、「日本経済活動への内側からの攻撃」がいよいよその稚拙ながらも陰湿や野蛮な牙をむき出しにした代表的事例のひとつが、このサントリー事件なのであった。

高度成長が干潟の遠く先まで引いて行ってしまった現在、かつての亡霊、すわなちイデオロギーと企業活動を結びつけ、あまつさえそこにデマとウソが混じるのはゆゆしき事態である。そして私たちが思っている以上に、民間企業はネットの評判やネットからの攻撃を気にしている。

クレーム対応の予算は限られており、よってクレーム対応の人員は少なく、根拠無きネットの悪評は、もはやそれを信じようと信じまいと、グーグル検索の履歴から法的手段を執る以外に、半永久的に抹消できないからだ。

そうなると最初から、毒にも薬にもならないプロモーションに徹しようと企画会議は無難な路線を決定する。結果その消極姿勢から出てきたものは、やはり毒にも薬にもならないものだから、誰からも忘れ去られていく。

企業利益は減衰し、株価がじりじりと下がる。社員の給与やボーナスはカットされる。株主には減配最悪無配になる。よって経済活動全般が萎縮する。目に見えないくらいの単位で、徐々に徐々に、だが確実にこの国の経済が縮んでいくのだ。デフレスパイラルそのものである。

■ネトウヨは日本経済を傾けさせるわが国の敵

こんな馬鹿馬鹿しいネット発の「企業炎上」案件はもうこのくらいでお仕舞いにしないといけない。日本経済にかつてあったたけだけしい躍進と成長への力は、馬鹿で無知なネットの声なき声によって潰されようとしている。

そうなってくると日本経済はいよいよもう、容赦なく、日本経済が戦争の荒廃から立ち直り、さらなる跳躍をみせようというはるか60数年前、「もはや戦後ではない」と記された経済白書が、いみじくも同じ文章の後半において予言的に警告した“努力”を怠れば、アジア諸国はわが国に追いつき“そして追いこされる”どころか、もうとっくにそのアジア諸国に追い越されて、スペインやポルトガルといった「かつての大帝国」と同じように、一敗地にまみれ、数世紀にわたって、単なる東アジアの中堅国家として、永い永い黄昏(たそがれ)の斜陽時代を迎えるだろう。

本連載では、以上のような危機感を前提に、ネトウヨたちが日本経済を傷つけてきた数々の馬鹿騒ぎを紹介していく。読者と問題意識を共有できれば幸いである。(次回に続く)

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古谷経衡(ふるや・つねひら)
文筆家。1982年生まれ。保守派論客として各紙誌に寄稿する他、テレビ・ラジオなどでもコメンテーターを務める。2012年に竹島上陸。自身初の小説『愛国奴』(駒草出版)が話題。他の著書に『女政治家の通信簿』(小学館)、『日本を蝕む「極論」の正体』(新潮社)、『「道徳自警団」がニッポンを滅ぼす』(イースト・プレス)他多数。

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(文筆家 古谷 経衡)

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