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新喜劇が"サボリーマン"を主役にしたワケ

プレジデントオンライン / 2018年9月13日 9時15分

※写真はイメージです(写真=iStock.com/danr13)

吉本新喜劇のおもしろさは、どこにあるのか。それは観客との共感だ。芸人たちは常に観客の反応を確認し、「共感ポイント」を探してネタに手を加える。そのためには場面設定も重要だ。吉本興業の元広報マンの竹中功氏は「お客さんが想像しやすいように、舞台を新聞社から喫茶店に変えたこともある。“生”の経験に勘を加えて、即座に行動を変化させるのが大事」と話す。吉本芸人から学ぶ、共感の技術とは――。

※本稿は、竹中功『他人も自分も自然に動き出す 最高の「共感力」』(日本実業出版社)の一部を再編集したものです。

■吉本興業は寄席小屋経営からスタートした

私が在籍していた吉本興業という会社の基幹産業は、「寄席小屋経営」である。100年以上前に大阪の天満宮裏に小さな寄席小屋を手に入れた。それが創業期である。

その後、観客を増やし、小屋を増やし、それを繰り返した。そして、それに合わせて面白い芸人の所属が増え、お笑いがあふれかえる「寄席小屋」が最強になっていったのだ。それが、現在の大繁盛につながっている。

その寄席小屋が、戦前なら映画やラジオ、戦後ならテレビ、最近ではインターネットと共存することで、多くの人に多くの種類のお笑いをお届けしてきた。

第二次世界大戦終戦後、多くの芸能事務所が設立され、最近では音楽事務所もお笑いタレントを抱えるようになってきたために、吉本の独占状態は崩れつつある。しかし、いまもって国内のどこの事務所も真似のできない仕組みが、この「寄席小屋経営」を基本としたビジネスモデルである。

■「自前主義」の経営が隆盛を築く

365日休みなしのお笑い公演を十数軒の小屋で毎日数ステージを行っている。これを「基礎体力がある企業」とひと言で片づけてはならない。それをまた「ハードウェアである小屋を持っていられるとか、ソフトウェアである所属芸人が多いからできる」とひと言で済ませてはいけない。

実は、他事務所の芸人などを借りることもなく、自前の芸人ですべての番組(出番)編成を行い、劇場の運営も自ら行っているというように、他の事務所にはない寄席小屋経営のノウハウが蓄積されているからこそ、現在の隆盛を築いているのである。

2017年秋から半年間に渡り放送されたNHKの朝ドラ『わろてんか』でも描かれたが、寄席小屋経営とは、小屋を持ち、人気芸人を舞台に上げ、「木戸銭(入場料)」と「お笑い」を交換する経済行為である。

そこはドラマにもあったように、芸人の種類やその順番という番組編成が重要ではあるのだが、何よりも、かんじん要なことは、舞台に立つ芸人が面白いかどうかである。どう面白いかは観客の感性によるのでここではく詳しく分析しないが、拍手をもらって笑ってもらってなんぼのものなのだ。

芸人が面白くなっていく要因はいくつもあるのだが、ここでは、芸人が寄席小屋の舞台に立つ前、立ったあとに観客との「共感」を見つけて笑いをとる技術について、見てみよう。

■芸人は舞台袖で観客との「共感ポイント」を探す

竹中功『他人も自分も自然に動き出す 最高の「共感力」』(日本実業出版社)

芸人が控えている楽屋にはモニターのスピーカーがついており、舞台上の芸人の模様をリアルタイムで聞くことができる。客席が大爆笑ならその笑い声も舞台のマイクがひろってくれる。出番を控えている者はそのネタの内容などを聞きながら、今日の観客の笑いのツボを探している。

「昨日のプロ野球のネタが今日も受けているな」とか、「伊勢参りや二見浦に行ったことがあるというネタが受けているので、年配のかたか、三重県方面の団体さんが来ているのかな」とか、「このテーマなら前の芸人のネタとかぶるから今日はやめよう」、などと感じとるのである。

そして、舞台衣装に着替え終わった芸人は、自分の出番の15分とか20分前には、舞台袖に移動し、自分たちの出番の一組前のネタを聞き入るのだ。

そこではどんなネタをしているか、どこが受けているか、またどこがスベっているかをじっと見て聞いている。自分の前の出番の芸人が昨日までの舞台とは「ネタのここを変えてきたな」なども感じながら、観客の笑うツボを探すのである。

一流のマッサージ師が、お客さんの反応や自分の指の感触などで、押さえる場所を変えたり、強さを変えたりするように、話芸を生業とする者は観客との「共感力」を探し出す能力が高いのである。

そして舞台上の本番では、若手とベテランの差が出るところなのだが、若手はなかなか客席の空気を読めずにネタを縦横無尽に変えることができない。ベテラン芸人はそこはマイペースで、自分たちの流れをつくって観客を誘っていくことができる。ここは経験と肌感覚、「KY」(空気を読む)力がどれだけ身についているかである。

■聞き手を見て話術を進める「生身のユーザーファースト」

このように、劇場育ちの吉本興業の芸人は他事務所の芸人たちとはここが大きく違うのである。「聞き手」のことをよく見て頭に入れて話術を進めていけるということだ。

いま風にいうとテレビやラジオ、インターネットなどのメディアを介さない「生身のユーザーファースト」だ。

年齢や性別、出身地や職業などによって、笑いのツボは変わってくる。そこを舞台に立って確認しながら話を続けるのだ。

新人の芸人はネタ数も少なく、多種多様な場面に対応できるバリエーションを持っていないから、お客さんによってはだだ滑りする。うまいという芸人ほど、お客さんを理解しているといえる。

■「紳助・竜介」はターゲットを絞って成功した

なかでも引退した島田紳助と故松本竜介のコンビの絶頂期は、花月劇場において全員のお客さんをターゲットにせず、20歳から35歳の男性だけにターゲットを絞り、ネタをうっていた。

「みなに受ける漫才は他の芸人に任そう。俺たちは狙ったターゲットを射落とす」という主義だったそうだ。

これは紳助ならではのマーケティングによる「ユーザーファースト」だといえる。それが絶大なる支持を受け、生には生の、テレビにはテレビの見せかたを見つけ出し、スターダムにのし上がった。ただ当時は劇場の支配人から「もっと他のお客さんも笑わさんかい!」としょっちゅう怒鳴られていたようだ。

■感情を移入できる設定が観客を呼ぶ

ところで、「お笑い」の公式と呼ばれる「緊張の緩和」を持ち出すには、まず場面設定がお客さんにとって容易に想像できるようにしなくてはならない。

想像できない時、お客さんの思考が止まってしまう。そういう意味では平凡な場面の設定になるのだが、そこで非凡なことが起こるのが「お笑い」なのだ。

吉本興業にいた頃、スポーツニッポン新聞社をモデルにした吉本新喜劇を1週間上演することを決めた時、新喜劇の担当プロデューサーの発案で、「舞台設定を新聞社の編集室にしても、お客さんは新聞社の内部を見たこともないし、行ったこともないので、感情を移入しにくい。だから、舞台の中心はその新聞社の向かいにある『喫茶 花月』にしましょう」? ということになった。

舞台設定を喫茶店にして、そこに仕事をサボってやってくる新聞記者の物語「スポニチ新喜劇」。文化部のデスクを内場勝則に任せ、舞台には、スポニチの手配で毎日、スポーツ選手を招き、取材をその喫茶店で取材をするというストーリーにした。また、その取材した記事は実際に号外として発行して配布するなどをして、話題を呼んだ結果、週間の総入場者数が1万5000人にもなった。

■“生”の経験と勘で行動を変える

色んな意味で、吉本興業の芸人の底力は“生”の舞台で鍛えられているということだ。変化し続ける社会やそこで起きる話題、またお客さんの持つ興味などを、芸人のなかで飲み込んでは吐き出すということを繰り返しているのが「花月劇場」などの寄席小屋である。

ここは視点を変えれば、みなさんの働いておられる職種、置かれている立場でも同様のことがいえる。営業現場などの“生”の経験に勘を加えて、打ち合わせ時に空気を読み、即座に行動に変化を加えて行くのが大事なのである。

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竹中 功(たけなか・いさお)
危機管理・コミュニケーションコンサルタント
1959年大阪市生まれ。同志社大学大学院総合政策科学研究科修士課程修了。81年吉本興業株式会社に入社。宣伝広報室を設立し、『マンスリーよしもと』初代編集長。吉本総合芸能学院(よしもとNSC)の開校。プロデューサーとして、心斎橋2丁目劇場、なんばグランド花月、渋谷よしもと∞ホールなどの開場に携わる。よしもとクリエイティブ・エージェンシー専務取締役、よしもとアドミニストレーション代表取締役などを経て2015年7月退社。

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(危機管理・コミュニケーションコンサルタント 竹中 功 写真=iStock.com)

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