説明上手は人の"失敗を避ける心理"を突く
プレジデントオンライン / 2018年9月14日 9時15分
■なぜ、今の時代、「説明力」がないと稼げないのか?
情報化社会という言葉が広がってから20年ほどたちました。私たちは情報化に伴ってさまざまな恩恵を受けてきました。しかし一方で、情報が溢(あふ)れかえったために、人間が処理しきれないという“情報過多”が大きな問題となっています。
情報は価値の源泉ではあるのですが、ただただネット上などで情報を得るだけではいけません。今の時代、情報の適切な処理ができなければ、他者と差別化できません。つまり、資本主義経済の中では「稼げない」ということになります。
逆を言えば、多くの情報を適切に処理し、解釈に労を要する情報を他者にわかりやすく説明できるだけで、稼ぐことができるようになるのです。
例えば、テレビでおなじみの池上彰さん。彼がテレビで引っ張りだこの理由の一つは、説明がとてもわかりやすいから。人柄もさることながら、池上さんと言えば、「話がとてもわかりやすい人」というイメージですよね。
また、私が先日、対談させていただいたカリスマブロガーで作家でもあるはあちゅうさんもそう。彼女が執筆するネット記事や書籍は単にわかりやすいというだけではなく、説明が面白く、とてもエキサイティングです。
その他にも、売れっ子の講演家やセミナー講師などには年収3000万を超える方が多数います。そして、私の前職である予備校講師という職業も、「わかりやすい説明ができる」だけで人気が出て、そのまま年収に直結します。
ここで大切なことは、こういった説明スキルというものは、テレビのコメンテーターなどの一部の職業の人だけに必要なものではなく、今の時代、すべてのビジネスパーソンに欠かせない必須スキルだということです。
情報過多の世の中では、適切な情報を適切な人にわかりやすく説明するだけで「稼ぎ」が決まってしまうといっても過言ではないのでしょうか。
■クビ寸前からカリスマ講師になれた理由
もともと私は大学受験予備校で化学という科目を教える講師でした。
予備校という業界は、いわゆる人気商売。生徒からの支持を得れば得るほど仕事は増えていき、年収も上がる世界です。
人気があれば、1年目の新人でも年収1000万円を超えることも可能です。
そういった業界の最大手の予備校である駿台予備学校(以下、駿台)というところで、私は10年間勤めました。駿台では季節講習会での生徒の受講者数で日本一になることができましたが、それもすべて説明スキルを磨いたおかげだと思っています。
ただ、最初からうまくいっていたわけではありません。
駿台に勤務して2年目の時点では、季節講習会での私の講座の売上は年間で80万円ほどだったと記憶しています。このままだったら完全に赤字講師です。つまり、クビ候補です。
予備校業界というのは通常1年間の契約で、業績が振るわなかったら即契約解除になってしまう厳しい世界でもあります。駿台は比較的優しくはありましたが、それでも業績を上げられなければ仕事は減ってしまいます。
■説明スキルを磨いて「年収5倍」に
そのため、売り上げを上げられなかった当時の自分は、「このままだと仕事がなくなってしまう」と思い、稼ぐことができている超一流の人気講師の授業を徹底的に分析しまくりました。
そこで見いだしたのが、今回お話しさせていただく「稼げる説明スキル」です。
このスキルを自分に取り込んでからというもの、年々仕事が増えていき、それに伴い年収も上がっていきました。
そして、入社9年目のときは、季節講習会で私の講座の売上は5000万円を超え、年収も入社当時の5倍ほどになりました。
この理由は、シンプルです。
予備校講師が講義で生徒にわかりやすい説明することで、生徒の学力はアップします。つまり、私の講義を受けることで、生徒の目的である「大学合格」に近づくという一種の“期待感”が生徒の中に出てくるのです。
つまり、聴き手である生徒にとってはリターンが見込めるわけです。だからこそ、高い受講料を支払ってまで私の授業を受講してくれるのです。
■稼げる人は、相手の感情をうまく刺激する
ところで、ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンという人物をご存じでしょうか。彼は自著で次のように述べています。
「人は“勘定”ではなく、“感情”で判断する」
人というのは、単に1000円もらうよりも、「本当にありがとうございます! すごく助かりました!!」のような感謝の言葉をもらったり、他者や社会に貢献できている実感を持ったりすることのほうがうれしかったりもします。
つまり、人間というのは、物事を金銭で合理的に判断するのではなく、部分的には合理的だけども結局は感情で動く限定合理的な“感情人”だというのです。
「稼げる人」というのは、自分が提供した商品・サービスに対して対価を得ることに長(た)けた人です。言い換えれば、金銭面のメリットだけを提示するだけでなく、その商品・サービスを購入して得たときの「感情」を刺激する説明がきっちりできる人なのです。
■あなたならフライパンをどう売りますか?
例えば、「このフライパン、通常2000円のところを980円でご提供します!」これもお得感を演出する上では大切なことではあります。ですが、「このプライパンで料理するとプロ並みの出来栄えになり、旦那様やお子様もとても喜ばれ、尊敬のまなざしをもらえるでしょう!」――このように、その商品やサービスを受けたときの感情を言葉で説明してあげることで人は動きます。つまり、購買につながるのです。
この考え方は、会社組織においても当てはまります。
経営者は社員にやる気を出してもらうために報酬を支払います。そのときには、単に給料を上げるだけでなく、仕事の“やりがい”を与えるといった、感情に寄り添った報酬の与え方が効果的な場面もあるのです。
私の知人の、ある年商25億のグルーブ会社の2代目社長は30代でありながら、この5年間で離職率0%という驚異の数字をたたき出しています。これも、単に社員の給料を上げているのではなく、社員に受け持っている仕事の意義をしっかり説明し、一見単純作業に見える仕事も、意味ある楽しい仕事に変えているのです。社員教育のプロは、感情にちゃんと訴えるコミュニケーション技術を持っているのです。
■稼げる人はどのような感情を刺激しているのか?
それでは、稼ぐ人の説明というものは、具体的に聴き手のどんな感情を刺激しているのでしょうか?
稼げていない時の私は、大学時代の教育学の講義で習った「動機付け」という考え方をそのまま受け取り、「これは楽しいよ!」「成績伸びるよ!」「さあ、がんばっていこう!」などの安直な励ましばかりを精いっぱいにやっていました。
しかし、生徒からの反応はイマイチ。むしろ、授業アンケートには「暑苦しい」、「ちょっとウザい」などと書かれました。
そこで、稼げている講師は具体的にどのような感情を刺激しているのか、ある一流講師の講義を、説明力という面から分析していきました。
すると、稼げている講師は、意外にも「ここができないとマズい」という言い方をしていることに気がつきました。
先のダニエル・カーネマンは「プロスペクト理論」を唱えています。どういう理論かというと、実は、人が心理的価値(満足度)を感じるのは、「利益を得る<損失を回避する」というものです。
これを受験生の状況に当てはめてみると、「得点できる<失点しない」のほうが感情を強く刺激することができるということになります。
さらにいうと、受験生の中でも浪人生は、もう二度と入試で落ちたくない(失いたくない)気持ちが強く働きます。
特に、大学入試のような短期間で成果を出さなければならない状況ではそれが顕著に表れます。成果を出せなかったら、つまり合格できなかったらフリーターか、浪人か、何ものでもなくなってしまうという恐怖が、常に受験生にはついてまわります。
■「損失を回避したい心理」をピンポイントで刺激
つまり、カーネマンのプロスペクト理論に従うのならば、人はできるだけ損失を回避したいという心理状態をもつ傾向にあり、そこをピンポイントで刺激してあげることで、人を行動に駆り立て、成果に結びつけるのです。
![](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/6/-/img_66200ec85e708d121ed1578c4c18821a101650.jpg)
もちろん、ウソや過剰な表現は倫理的に避けるべきことです。
ただ、確実に相手がリスクにさらされるのであれば、説明する側は気後れせずにしっかりとそのリスクを相手に伝えることも大切だと私は考えています。その結果、聴き手が望む結果を得ることができる確率が上がるのならば、積極的に伝えてあげたほうがいい。
つまり、自分の利益を先行させるのではなく、相手のために「実際にその説明を聞いていなかったら、損をしてしまうよ」ということをしっかりと伝えるべきなのです。その結果が自分の売上につながれば良いのです。
ちなみに、私の場合はプロスペクト理論を少しアレンジして自分の説明に用いました。「損失回避+期待感(励まし)」というセットでの説明です。
例えば、
「これができなければ入試の本番で失点してしまう可能性は確かに高い。でも、これから話すことを吸収してくれたら、絶対に今日中にできるようになるから心配はいらない。大丈夫!」
このように、説明の端々に「損失回避+期待感(励まし)」を入れ込んでいくことで、聴き手を行動させ、成果を得られるよう促してくのです。
結果、自分が稼げるようになるのです。
たかが説明と思うことなかれ。わかりやすい説明は、現代の情報化社会において必須のスキルです。
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士教育代表取締役。福岡県久留米市出身。元駿台予備学校化学科講師。大学在学中から受験指導に従事し、業界最難関といわれている駿台予備学校の採用試験に25歳の若さで合格(当時、最年少)。駿台予備校時代に開発した講座は、3000人以上を動員する超人気講座となり、季節講習会の化学受講者数は予備校業界で日本一となる(映像講義除く)。さらに大学受験予備校業界でトップクラスのクオリティーを誇る同校の講義用テキストや模試の執筆、カリキュラム作成にも携わる。タレント性が極めて強い予備校講師時代の経験を生かし、パーソナルブランディングなど価値創造を重視した教育プログラムをビジネスマンや経営者に向け実践中。
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(教育コンテンツ・プロデューサー 犬塚 壮志 写真=iStock.com)
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