なぜヤマダ電機は"下見客"を排除しないか
プレジデントオンライン / 2018年10月24日 9時15分
■実店舗で現物を確認した後、ネット通販で買ってしまう
ネット通販が普及した現在、実店舗を展開する企業にとって課題となっているのが「ショールーミング対策」です。ショールーミングとは、消費者が実店舗で商品の現物を確認した後、価格比較サイトなどで安価なネットショップを探して購入することで、実店舗がネット通販業者のショールームのように利用されてしまうことです。実店舗を展開する企業は、ショールーミングに対してどのような対策を打てばよいでしょうか。
アーカンソー大学のエリン・ジョディ・ベルクが2015年に発表した論文に、ショールーミング対策として「オムニチャネルの構築」「ソーシャルメディア戦略の立案」「実店舗独自の提供」「実店舗での体験」の大切さが説かれています。
オムニチャネルとは、あらゆるチャネルを使って顧客との接点を持つことです。現在は、実店舗のほかにもスマートフォンなどのモバイル端末、パソコン、テレビ、ダイレクトメールなど多様な購買チャネルがあります。これらがシームレスにつながることにより、顧客がいつでもどこでも買い物ができる環境を構築する必要があります。
ソーシャルメディア戦略もなくてはならないものです。顧客は商品を購入する際、個人のブログやSNSなどから得られる豊富な情報を意思決定の判断基準にすることが多いからです。ソーシャルメディアは単に広告を送る手段ではありません。特定の個人に宛てた、はっきりとした意図を持った、役に立つものでなければなりません。
実店舗は、オンラインでは提供できない独自の価値を提供できます。顧客とスタッフと双方向の対話ができ、個人的な気持ちのつながりを持つという実店舗ならではの体験ができます。これらにより、実店舗は人を引き付ける場所となります。
そして、それぞれの要素は相互補完作用を持つため、一体として導入すべきだとベルクは述べています。
■ネットから実店舗への流れをいかにつくるか
ショールーミング対策が重要な業界の1つが家電量販店です。私のゼミでは、ベルクのフレームワークを参考に、業界大手のヤマダ電機の現状分析を行い、2015年12月に同社の山田昇CEO(当時)と主要な役員を前に、ショールーミング対策のプレゼンを行いました。その提案内容を紹介します。
(1)オムニチャネルの構築
オムニチャネルは、実店舗でもネットでも買えるといった単なる販売チャネルの羅列ではありません。それらがシームレスにつながり、利便性を高め、顧客を囲い込むための手段です。
昨今は、ネットで情報収集を行ってから実店舗で実際の商品を確認し、自身の判断材料を揃えたうえで商品を購入する行動が一般化しています。野村総合研究所の「生活者1万人アンケート調査」(15年)によれば、ネットで商品を検索した後、実物を店舗で確認する人は6割強に上ります。このことを踏まえると、ネットで商品検索をしてもらってから、実店舗へ送客する流れをつくることが有効です。
ヤマダ電機には「ヤマダウェブコム」という家電の通販サイトがありますが、同社のアプリではその商品検索にたどり着くまでのプロセスが多く、使いづらい面があります。この仕組みから、同社では店頭販売が主で、ヤマダウェブコムは店頭販売の付属と捉えていることがうかがえます。そこでまず、アプリの起動と同時に最新で豊富な情報量のヤマダウェブコムを表示させるよう改め、商品検索までの過程を短くし、利便性を高めることを提案しました。
次は、実店舗へ送客する方法です。消費者が商品検索を行い、好みの商品があれば「お気に入り登録」をしてもらい、その情報が実店舗に伝わるようにします。そして、その消費者が来店したら、「iBeacon」(スマホを通じて位置情報を把握したり、特定のスマホに情報をプッシュ通知できる技術)を使い、その商品の売り場までの地図を表示したり、在庫の有無を確認したりできるようにすることなどを提案しました。ヤマダ電機での購買体験を、より満足度の高いものにするためです。
■ヤマダが目指す「家電を通じて生活提案できる人材」とは
(2)ソーシャルメディア戦略の立案
ソーシャルメディア戦略としては、「傾聴戦略」と「会話戦略」を提案しました。傾聴戦略は、ソーシャルメディア上の顧客の声に耳を傾け、そこから顧客のインサイト(深層心理に対する洞察)を抽出し、ビジネスの改善につなげていくアプローチのことです。
この戦略では、やみくもに口コミを読み込むことは効率的ではありません。あらかじめ分析軸(例:キャンペーン効果分析)と分析手法(例:センチメント分析やキードライバー分析)を設定しておくことが重要になります。
会話戦略は、ソーシャルメディア上で顧客と会話を行うことによって、企業と顧客の関係を強化し、ロイヤルティを向上させるアプローチです。この戦略は、特に批判を減少させたいときに有効です。ネガティブな口コミに対して、その不満への解決策などを示すメッセージを企業が顧客へ直接送ると、その人は今後その企業に対するネガティブな口コミをすることがなくなり、その企業への好感を持つようになるという研究結果があります。
(3)実店舗独自の提供・実店舗での体験
ヤマダ電機が目指す「家電を通じて生活提案できる人材」は、店舗において顧客の状況要因(外的要因として顧客の予算制約や時間的プレッシャーなど、内的要因として顧客の持つ目的や価値、専門知識力など)を聞き出し、そこに販売員が持っている製品の機能や使用感の知識を交えたうえで、顧客にフィードバックすることが求められます。
そのカギとなるのがコミュニケーション能力です。
そこで、臨床心理学者のカール・ロジャーズが提唱する「積極的傾聴法」(相手の気持ちや考えを、相手の立場に立って理解する態度)を軸にした「生活提案資格級」を創設し、ヤマダ電機の行っている評価制度に加えることを提案しました。そうすることで、個々の顧客に応じた「独自の提供」(接客対応)をすることが可能になり、顧客の「実店舗での体験」を満足のいくものにすることができると考えました。
■大成功したビジネスモデルに、ネット販売を加味しただけ
これらの提案は、興味を示されたものもありますが、現時点でいずれも実施されていません。ショールーミング対策のカギは、いかに顧客ロイヤルティを高め顧客を囲い込むかにあります。もちろん、このことは十分に理解されていると思いますが、ヤマダ電機のショールーミング対策は、規模の経済を利用してポイント制と価格で(実店舗の)競合と差をつけるという大成功したビジネスモデルに、ネット販売を少し加味しただけのように見えます。
現在、ヤマダ電機は膨大な顧客データを利用して、住宅関連産業、ファミリーサポート、保険などの事業の多角化を進めています。しかし、いずれの分野もすでに強力なライバル企業がひしめいています。
中核ビジネスの家電販売では、ネットを自由に使いこなす世代が徐々に消費者の主流になっていくことを考えると、このような対応では不十分と言わざるをえません。
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獨協大学経済学部教授
英国カーディフ大学で博士号取得。International Journal of Human Resource Management やAsian Business&Managementなどの学術誌に、仕事に関する価値観の日英比較の研究論文がある。
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(獨協大学経済学部教授 岡部 康弘 構成=増田忠英 写真=AFLO)
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