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現場感覚で"非正規の待遇"をよくする方法

プレジデントオンライン / 2018年9月28日 9時15分

2015年4月13日、ドイツのヘッセン州ウィスバーデンで行われた労働組合のデモ。(写真=iStock.com/ollo)

労働組合は従業員のための組織だ。だが日本の労働組合は、過労死や正規・非正規格差という課題を解決できなかった。どこに限界があったのか。日本総研の山田久主席研究員は「日本の労働組合は雇用維持のために労働条件の悪化を結果的に受け入れてきた。労使自治を回復させるには、ドイツの『ワークスカウンシル(事業所委員会)』という仕組みが参考になる」という。どんな仕組みなのか――。(後編、全2回)

■正規・非正規の格差拡大を黙認してきた労働組合

前回、働き方改革関連法の成立はあくまで出発点に過ぎず、重要なのはそれを起点にして、さまざまな仕組みを継続的に見直していくことであると述べた。実は今回の働き方改革を通じて露呈した、根本的だが見過ごされがちな重要問題がもう一つある。それは「集団的労使関係に基づく労使自治」をどう考えるかという点である。

先進資本主義国では通常、国家が決める労働条件は最低賃金をはじめとしたミニマムなものにとどめる。具体的な賃金水準や労働時間の在り方については、産業や企業の事情の多様性に鑑みて、あくまで労働組合と使用者との交渉によって決められるのを原則としている。わが国もその例外ではないのであるが、今回の労働時間規制や同一労働同一賃金原則の規定は、この労使自治への国家介入であり、本来は望ましいことではない。

にもかかわらず、今回の政府の取り組みが是認されるのは、過労死や正規・非正規格差という職場の大きな課題が、労使自治では解決されてこなかったからである。本来、その役割の主導が期待されているのは労働組合であるが、わが国の労働組合は「正社員組合」の性質が強く、正社員の雇用維持を第一義に考えるため、正規・非正規の格差拡大を黙認してきたといえよう。

グローバル化が進むなかでの競争激化のもと、雇用維持のためには、長期間労働や賃上げ抑制など、労働条件の悪化を受け入れてきたことも否定できないであろう。

■国家介入が強まると、企業活動や働き方にマイナスとなる

このように、労働組合が自力で労働条件の改善を実現できないならば、政府が直接労働条件の決定に乗り出すしかない、というのが今回の政府主導の「働き方改革」のロジックといえる。労使自治が機能しない以上、国民の安全や社会の公正を守る義務のある国家権力が介入するのは当然、というわけだ。

しかし、現実には政府が全てのルールを有効な形で作ることはできず、現場をよく知る個別労使が自主的にルールを決めることがやはり望ましい。政府の過剰な介入は民間を委縮させ、現場ではルールのためのルールが増えていき、自主性が失われる。ならば、経済活動が複雑化し、変化のスピードも加速するなか、集団的労使関係に基づく労使自治の考え方は時代遅れであり、あくまで個人と企業が個別契約で労働条件を決め、問題があれば裁判で白黒をはっきりさせればよい、という考え方もあろう。

だが、それは日本企業の良さを無くしていくことになる。労使の長期的関係のもとでの相互信頼をベースにした風通しの良い職場が、相互不信がはびこるギスギスした職場になっていく。そうした職場では協力し合う文化は廃れ、前向きでイノベーティブな活動も生まれてこなくなるだろう。

つまり、労使自治が機能しなくなっているので国家介入を強めようというわけであるが、それではルールの硬直化を生んで、企業活動や働き方にかえってマイナスになる恐れがあるという、ディレンマの状態に陥っているのである。ではどうすればよいか。筆者は、ドイツのワークスカウンシル(事業所委員会)という仕組みにブレークスルーがあると考えている。

■1952年に始まったドイツの「ワークスカウンシル」

ドイツのワークスカウンシルとは、同国におけるいわゆる従業員代表制度で、労働組合とは別の独立した法主体であり、その骨子は1952年の事業所組織法の制定に依拠している(※1)。基本的には事業所ごとに設置され、当該事業所内の労働条件の決定にあたり、同意権としての共同決定権が与えられている。

労働組合との違いは、労組が労働争議の権利が与えられているのに対し、ワークスカウンシルは使用者との相互協力により事業所内における共同の利益を増進させる関係を前提に、紛争解決の手段としての争議行為が禁止されていることである。運営費用が全額使用者負担となっているのも特徴である。

その委員は、事業所の全従業員による選挙という民主的プロセスによって選出され、具体的な手続きは法的に細かく規定されている。委員の数は、選挙権を有する労働者数5~20人に1人、21~50人に3人……と、段階的に増加して行き、200人を超える事業所においては、労働義務を完全に免除される専従委員が設置される。選挙権は当該事業所内における18歳以上のすべての労働者で、当該事業所へ3カ月以上派遣されている派遣労働者にも認められている。被選挙権は、当該事業所で6カ月以上勤務しているすべての労働者である。

(※1)以下は、労働政策研究・研修機構(2015)『企業・事業所レベルにおける集団的労使関係システム(ドイツ編)』、ベルント・ヴァース(2013)「ドイツにおける企業レベルの従業員代表制度」『日本労働研究雑誌』No.630、そのほかフランクフルト・ゲーテ大学のSebastian Beckerle氏へのヒアリングに基づく。

■ドイツでは全企業の45%が導入

重要なのは労働組合との関係性であるが、ドイツでは労働組合が労働者利益代表の中心に位置づけられており、労働組合がワークスカウンシルよりも優位に位置づけられている。具体的には、賃金等の重要な労働条件については、労働協約が決めたことを否定しない範囲でのみ、事業所レベルの労働条件を決めることができる。ワークスカウンシルと使用者が合意しても、事業所独自の賃金水準として企業ベースで決めた賃金を上回ることはできないということである。

ここで説明を加えれば、ドイツでは労働組合が産業別に組織されており、賃金は職種別・技能別に企業横断的に決められ、それをベースに業績の良い企業は賃金の上乗せを行う仕組みになっている。ワークスカウンシルはその企業ベースで決められた賃金に従う必要がある、という意味合いである。そのほか、ワークスカウンシルが選定される段階で、労働組合に選挙手続きを主導する権限が付与されている。ワークスカウンシルの委員を務めている労働者は、実際にはその大多数が産別労働組合の組合員であって、機能的には企業内組合支部のような役割を果たしている。

そうしたワークスカウンシルの設置は任意であり、すべての企業が導入しているわけではないが、組合組織率が低下傾向にあるなかで、コンスタントに一定割合(2009年時点で約45%)の企業が導入している。これは、その設置目的が、企業と労働者が協力して企業の発展を追求することになっているため、使用者も利点を認めているからである。

一方、労働組合は、自らの優位性が確保されているため、組合活動の阻害要因になっているとの声はない。むしろ、ワークスカウンシルを組合活動のPRに活用しているほか、コンサルテーションをすることでその存在感を高めている面があるようだ。

以上がワークスカウンシルの概要であるが、具体的な活動で興味深いのは、事業所レベルの人員削減に際して果たす役割である。前回みた通り、ドイツでは不採算事業の整理に伴う人員削減の必要性そのものには、合理性があれば組合は反対しない。しかし、その際、ワークスカウンシルが再就職支援や退職金、家族のための支援等について取り決めを行う役割を担っている。

ワークスカウンシルは使用者側のオファーを拒否できるため、使用者はきちんとした対応を行う。こうしてドイツでは、不採算事業を放置することなく、労使で協力して経済合理性と十分な生活保障の同時実現を追求しているのである。

■組合がなくても、ワークスカウンシルは設置できる

このワークスカウンシルはわが国にとって示唆的である。この仕組みを活用して、崩れてしまった労使のバーゲニングパワーのバランスを回復させることができると考えるからだ。

ワークスカウンシルは労働者生活の保護を図るための、法的権限が与えられた包括的常設機関であり、法的に担保された民主的プロセスによって選出された代表からなる。このため、36協定(時間外労働を可能にする労使協定)の締結時や裁量労働制(企画業務型)の導入時に設置が求められる労使委員会における過半数代表者に比べ、正統性や権限が強化されることになる。

同時に必要なのは、既存労働組合の機能を見直すことである。まず、ドイツのように、産別組合がリーダシップを発揮し、個々の企業においてワークスカウンシルが果たすべき役割を指導する立場を担うべきであり、組合の無い企業がワークスカウンシルを設置する場合はコンサルティング機能を果たすべきである。

問題は企業内組合が主体のわが国で、本当に産別組合がリーダシップを発揮できるかであるが、「働き方改革」がその絶好のチャンスを与えてくれている。長時間労働の是正には業界を挙げて商取引慣行・労働条件を見直す必要があり、同一労働同一賃金の円滑な運営には業界別ガイドラインの策定が重要になる。それらの本格的な取り組みは産業別の労使協議体の組成を要請することになるはずで、そうなればその場において労働サイドの代表として、自ずと産別組合はイニシアティブを発揮することが求められるからだ。

■ワークスカウンシルが不採算事業の整理を円滑化する

この結果として組合間の横のつながりが強化されれば、組合の発想も欧州流に近づき、雇用の安定について一企業内を超えて業界全体・産業全体で考えるようになるだろう。それにより、ドイツのワークスカウンシルが果たしているような、不採算事業を放置することなく、労使で協力して経済合理性と十分な生活保障の同時実現を追求する状況を、わが国でも作り出すことができる。それは企業にとっても大きなプラスであり、使用者サイドの賛同も得ることができよう。

さらに重要なのは、オリジナルのドイツとは異なるが、非正規労働者の居る事業所では一人以上のその代表がメンバーとなる、という改良を加えることである。そうしたうえで、企業内労働組合は、非正規労働者も含めた従業員全体の「公正代表」となることを宣言したうえで、ワークスカウンシルにおける主導的な役割を果たすべきである。そうすることにより、労使自治によって非正規労働者の処遇改善を図る仕組みが整備される。

こうして労使対等による労使自治が本当に機能するようになれば、ワークスカウンシルと使用者が合意すれば、法律を適用除外できる部分を増やしていくとよい。それにより、各産業・各企業における最適で柔軟なワークルールが、自主的に形成される状況を創出されるであろう。

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山田久(やまだ・ひさし)
日本総合研究所 理事/主席研究員
1987年京都大学経済学部卒業後、住友銀行(現三井住友銀行)入行。93年4月より日本総合研究所に出向。2011年、調査部長、チーフエコノミスト。2017年7月より現職。15年京都大学博士(経済学)。法政大学大学院イノベーションマネジメント研究科兼任講師。主な著書に『失業なき雇用流動化』(慶應義塾大学出版会)

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(日本総合研究所 主席研究員 山田 久 写真=iStock.com)

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