安室は、ひばり・百恵・聖子と何が違うか
プレジデントオンライン / 2018年9月21日 9時15分
■スター歌姫を見て「己の生き方」を考える女性ファン
歌手の安室奈美恵が9月16日、芸能界を引退した。
メディアや人々の反応を見ると、彼女の引退に関して、これまであまり興味を持っていなかった人も少なからず「喪失感」を抱いているように思えた。「平成の歌姫」が去ったことで、同時代を共に駆け抜けた多くの人たちが「時代の終わり」を実感したのではないだろうか。
とりわけ女性にとって、安室の「生き方」は極めて影響力が大きかったと言える。
時代を象徴するスターは、安室に限らず、一般人の「生き方の基準」という役割をしばしば背負うことになる。今回、「女性と時代」という観点から、歌手・安室奈美恵について考えてみたい。
1925(大正14)年、日本で初めて普通選挙が実施された際、参政権は男性のみ。女性に参政権が認められたのは1945(昭和20)年のことだ。つまり、女性の「権利」が認められてまだ73年しか経過していないことになる。
このことも反映しているのか、日本の女性議員の数は衆議院で10.1%、参議院で20.7%(2018年4月現在)。世界の国会議員が参加する列国議会同盟(本部:ジュネーブ)の調査(2018年)によると、日本の女性議員数は世界193カ国中158位だ。また、世界経済フォーラムのジェンダーギャップ指数(2017年)が発表した経済・教育・政治・保健の4つの分野での男女格差を測るデータランキングでは世界144カ国中114位という結果だった。
要は、下から数えたほうが早いのだ。
■安室奈美恵は日本女性の「ガラスの天井」を破ったか
これらの数字からも分かるように、日本は今現在も女性にとっては、「ガラスの天井」が立ちはだかる国なのである。慣例とか風習とか前例とかというものの壁は厚く高い。本当にわずかずつしか変わらないものなのだろう。
ただ、歴代の「歌姫」の人生を見るに、彼女たちは時代を少しずつではあるが、確実に進化させているということに気が付くのである。
「昭和の歌姫」といえば、平成の幕開けと共に世を去った歌手・女優の美空ひばり(1937-1989)の名を思い浮かべる方も多いだろう。説明不要のスター中のスターだが、プライベートでは“しがらみ”もあった。
小林旭との幸せなはずの新婚生活でさえ、「一卵性親子」と呼ばれるほどの母親の圧力には勝てなかった。結局、「芸を捨て、母を捨てることはできなかった」という言葉を残し、離婚している。
この時代の多くの女性たちは「親の意向」「社会の意向」「世間体」に逆らう術がなかった。常にスポットライトを浴びる大スターでさえ、そうした“しがらみ”から逃れられない。美空ひばりの離婚は、その象徴だったと思う。
■3歳差、山口百恵と松田聖子が体現した生き様の差
次の時代の歌姫は、山口百恵(1959-)だろう。デビューは1973年、14歳のときだ。写真家の篠山紀信に「時代と寝た女」とまで言わしめた稀代のスターだ。芸能マスコミは彼女のヒット曲『ひと夏の経験』(1974年)の歌詞を引用し、当時、こんな質問攻めをしていたのを記憶している。
「女の子の一番、大切なものは何だと思いますか?」
10代の少女に「処女性」といった言葉を言わせたかったのだろう。だが、本人は「まごころ」で押し通した。そして、1980年3月、彼女は「私のわがままを許してくれてありがとう。幸せになります」の言葉を最後に、舞台にマイクを置いたのだ。
「わがまま」とは人気絶頂の中で「引退」をする行動を指している。この時代まで女性の「寿退社(=専業主婦化)」はごく当たり前のことだった。逆に結婚後も働き続けることのほうが違和感をもって受け止められていた。この頃、女性は「仕事」か「結婚」(または「育児」)という二者択一を迫られていた。
専業主婦という道を選んだ彼女は「伝説」となり、同年代の女性たちは「寿退社」への憧れを強めた。
そして、山口百恵と入れ替わるように、松田聖子(1962-)があらわれる。1980年デビューの彼女はバブル時代のスターダムを華々しく駆け上がっていった。
しかし、その道のりは平坦ではなかった。その言動が、同性から「男性に媚び、計算高い」と見られ、「ぶりっ子」とバッシングされた。それでも彼女はへこたれなかった。恋愛、結婚、出産、2度の離婚、再再婚、数々のスキャンダル……。そのたびに世の中を騒がせたが、歌手としての存在感は今も健在だ。夢も、仕事も、子どもも手に入れ、時代を切り開いた彼女に、筆者の世代は大いに憧れたはずだ。
■「すべてを手に入れた」聖子のようには生きられない
「山口百恵」以前は、幸せになるために「第一志望」を取ったならば、そのほかの選択肢はあきらめなければいけなかった。しかし、わずか3歳年下の松田聖子は、そうした生き方に別れを告げ、「やりたいことがあるなら全部やる」「好きなことはすべて手放さない」という生き方を選んだ。その選択に対し、女性たちは共感し、支持したのだ。
しかしである。
一般人の場合、松田聖子のように「やりたいことがあるなら全部やる」と心の中で宣言しても、実際には厳しい現実にぶつかることになる。育児に仕事に家事、おまけに介護まで……。すべてを手に入れるのではない。むしろすべてを背負わされて、疲れ果ててしまう。いたるところにある「ガラスの天井」が、自分の頭を押さえつけてくるのだ。
それをじっと見ていたのが、次の世代だった。1977年生まれで、1992年にデビューした安室奈美恵だ。
■安室奈美恵は「やりたいこと追求するが時代に迎合しない」
1990年代後半に「アムラー現象」が起きた後、安室はメディア露出を絞ってライブに力を入れた。その狙いは、本当のファンだけに来てほしい、万人に好かれなくてもいい、と考えたからではないかと筆者は見ている。松田聖子が「結婚しても、子どもを産んでも、プロとして自分は進化を続ける」という挑戦をやり遂げたのに対し、安室奈美恵は「やりたいことを追求するが、時代に迎合はしない」というやり方で、そのさらに上を行くことになったように思う。
自分の意志を曲げてまで誰かに媚びることもなく、自分自身が良いと思うことを貫き通す。時流におもねることなく、なびきもせず、凛として立つ。
安室は「『カッコいい』は女性に対しても男性みたいに使ってもいい」といっている(集英社『SPUR』2018年9月号)。“男性ウケ”あるいは“女性ウケ”という感覚ではなく、“私ウケ”するならば、それでいい。この「私らしく生きたい!」と全身で発するような生き様に、同世代の女性たちは強く惹かれたのだ。
そして、安室は自分のために生き、幸せになるために、40歳でリスタートを果たした。輝かしい芸能生活に自ら終止符を打つ、潔さ。ここに女性たちは心打たれる。
■「女性が自分の生き方をプロデュースする時代の象徴」
人生100年時代と言われている今日、人生を折り返す手前での決断はひとつの人生を生き切り、「ここではないどこか」への旅を始めたということなのかもしれない。
新たな道に踏みだそうとする安室を見て、世の女性は、もっと幸せになるために、好きなことのために生きようと、自ら決断し、人生のリセットを考える人が増えていくのではないだろうか。
ある30代とおぼしき女性ファンは、テレビの街頭インタビューでこう話していた。「これまで安室ちゃんに引っ張ってもらった。(引退で)『これから先は自分で切り開いて』というメッセージをもらった気持ち」。
美空ひばりは「時代に従い」、山口百恵は「時代と寝た」。松田聖子は「時代の要請に応え」そして、安室奈美恵は「時代の先を見せ続けた」。
このように私たちは「時代の歌姫」を通して、己の生き方を考える。
安室が「女性が自分の生き方をプロデュースする時代の象徴」であるとして、果たして、次の時代にはどんなミューズが出て来るのか。願わくは、その時には名実ともに「ガラスの天井」が外れている国であるといいなと思っている。(文中敬称略)
(エッセイスト、教育・子育てアドバイザー、受験カウンセラー、介護アドバイザー 鳥居 りんこ 写真=Imaginechina/時事通信フォト)
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