なぜ遺産が少ないほど、相続でもめるのか
プレジデントオンライン / 2018年10月3日 9時15分
■相続についての相談の件数は右肩上がりに増えている
高齢化が進む日本。介護や相続、老後をどう生きるかは全国民の共通の悩みになっている。
親が認知症になってしまった、実家をゴミ屋敷にしてしまった、きょうだいのひとりにばかり資金援助をしている。
はたまた、親の介護の負担が自分にだけ集中している。老いらくの色恋沙汰や隠れた借金……。老親にまつわるトラブルの話は後を絶たない。対処しないまま、老親が亡くなると、残された親族間で、さらに大きなもめ事に発展する。
司法統計によれば遺産分割の調停事件の数も増えている。
「ここ数年で、とくに相続についての相談の件数は右肩上がりに増えていて、当事務所でも、2018年の相談件数が17年の1.5倍になる見込みで増えています」(法律事務所オーセンス・森田雅也弁護士)
今回、プレジデント誌では弁護士ドットコムの協力を得て、全国の弁護士にアンケート。弁護士ドットコムは、登録弁護士数が1万4000人以上、弁護士の3人に1人が登録している日本最大級の法律相談・弁護士検索ポータルサイトだ。ありがちなトラブルについて、全国130人の弁護士から回答を得た。
1位から4位のトラブルは、回答を見てみると、多くは親の介護の負担や援助が不公平だったなどの、親の生前の行いが引き起こす兄弟姉妹間トラブルだ。親が認知症を発症していた場合、トラブルは激化する。また、遺産が少なくても軋轢は起きる。
「遺産相続の相談は不動産が絡むケースが圧倒的に多いです。ただ、高額な不動産を持っていた資産家の相続でもめるケースよりも、相続税がかからない程度の不動産や預貯金しか相続財産がない、具体的には3000万円以下の相続財産でもめてしまうケースも非常に多いです。これは、全国的な傾向だと思われます」(森田弁護士)
どんなトラブルが多く、どう対応すればいいのか。アンケートで集まった具体的な事例を参考に、森田弁護士に解説していただこう。1位となった「兄弟姉妹間の遺産分割の割合によるトラブル」については、さまざまな実例が寄せられた。被相続人と近い場所にいた、面倒を見ていた人が有利になるという話は多い。
「相談者は60代の男性で、被相続人の次男。遺産を管理している長男が遺産分割協議書を作成したところ、長男に有利な内容であった」(弁護士・三重県)
音信不通のきょうだいが突然現れて遺産分割を要求するケースもある。
「根本的な解決方法は、被相続人が遺言書を残すことです。自筆証書遺言では、『すべて内縁の妻に与える』など、その他の相続人の遺留分に配慮していなかった場合、『そもそも父は認知症だったのではないか。書かされたのではないか』という理由で、相続人が遺言の無効を主張する可能性があります。きちんと公証役場で公正証書遺言を作ることが大切です」(森田弁護士)
2位に挙がったのが、「使徒不明な消えた遺産に関するトラブル」だ。
■親が認知症で、きょうだい間に生じる疑心暗鬼
認知症を患ったり、寝たきりになるなど、財産管理能力が衰えた親の通帳・カードを親しい家族が預かる。よくある話だ。しかし、その状況では誰が、何のために預貯金を引き出したのか、使途を正確に判断するのは難しい。
「相談者の両親は地方の実家で生活。相談者の妹夫婦が同居していた。
両親が相次いで死亡。それぞれ亡くなる前の数年は寝たきりだったが、通帳を調べると7年あまりで数千万円が支出されていた」(梶村龍太弁護士/アサヒ法律事務所)
厄介なのが、「預貯金通帳を見ると、数十万円単位で下ろされていた」(弁護士・東京都)などのように、少額を徐々に引き出しているパターンだ。「生活費を親の代わりにATMで引き出した」と言われれば反論は難しくなる。
「親の管理能力がないことを証明するには医療記録などの間接事実を積み重ねるしかない。しかし、相続人を訴える側は傍にいなかった人間のわけですから、立証するにも厳しい立場です」(森田弁護士)
どんな対策が有効か。「判断能力に問題がある両親の財産の管理については、後見人制度で、専門家である第三者を後見人につけたほうがいいでしょう」(森田弁護士)。
3位には「寄与分に関するトラブル」が入った。寄与分とは、親の看病をしていたなど、親の財産の維持または増加に寄与するような貢献をした相続人がいる場合、遺産分割のときに評価しなくてはいけないという制度のこと。親の介護が必要な状況が増え、寄与分の訴えも増えている。だが、介護をしても、「扶養の範囲」とみなされると、寄与分は認められない。
「依頼者は、夫の両親の介護を15年間したが、夫の両親の遺産相続の際、寄与分をまったく考慮してもらえなかった」(大和幸四郎弁護士/武雄法律事務所)
どんな場合に認められるか。
「基準としては、被相続人が要介護2以上の状態であることが1つの目安になります。例えば、ヘルパーさんを雇わないといけないのに、雇わずに自分で介護をした。その分浮いた費用を寄与分として評価する。寄与分とはそのような制度です。ですから、週末だけ介護するというレベルでは難しい」(森田弁護士)
■借金、ゴミ屋敷、色恋沙汰もトラブルの種に
4位には、「特別受益についてのトラブル」が挙がった。特別受益とはどんなものか。
「きょうだいのうちひとりだけが、扶養のレベルを超えた経済的な支援を受けていたケースがあります。そのときに受けた利益のことを『特別受益』といい、それを勘案して、遺産分割する必要があるのです」(森田弁護士)
よく争われるのが、不動産購入資金や結婚式費用、学費の援助だ。
「相談者は、きょうだいに母の遺産分割を請求したが、妹は『相談者は結婚の際に結納金や結婚式代金、新婚旅行の費用、新築建物の資金を親に出してもらっているので、それらは特別受益として考慮されるべきである』として、なかなか同意しない」(有満俊昭弁護士/さいたま新都心有満法律事務所)
森田弁護士によると、援助額が合計で100万円以上になると、トラブルは起こりやすいという。
5位の「長年相続手続きがされておらず、複雑になっている事例」は、どんなものか。
「相談者は80代男性。祖母名義の農地があるも祖母は昭和20年代に死亡。相続登記されないままであったところ、数次相続が発生し相続人が50人以上に増えてしまった」(弁護士・山梨県)
森田弁護士も苦笑して言う。
「相続人が100人以上という不動産もあると聞きます。不動産が特定できている場合には、戸籍を取り、登記の名義人を追っていくしかない」
知らない間に親が借金をしていたら、どうすればいいか。
「多額の借金は相続放棄をおすすめします。金融機関から借りていたお金は、督促通知が送られてくるので、相続人が気付かないという例はあまりありません」(森田弁護士)
離れて暮らす親が、実家をゴミ屋敷にした場合はどうか。
「相続財産については、通帳をはじめ家の中にある資料をもとに、どういう財産があるかを確認する作業が必要です。ゴミ屋敷だとその判断をするのに大変な労力がかかります。また、火事などの問題が起こったときには、相続人の責任になります」(森田弁護士)
親の再婚や恋愛も、トラブルの種となる。
「相談者は50代男性。相談者の父は再婚していて後妻にすべて相続させるという遺言が作成されていたことから、相談者は遺留分減殺請求を主張し、調停で争った」(弁護士・東京都)
つきなみだが、親やきょうだいと普段からコミュニケーションを取り、法的な知識を得ておくことが、「相続のトラブル」から自分を守る何よりの武器になるだろう。
父親、母親の入院中に兄が両親の預金を管理し、死亡直前に毎日のように50万円ずつ預金を引き出していた
被相続人死亡後、消費者金融から督促状が届き借金が判明した。預貯金はなく、債務超過であった
夫の両親の介護を15年間したが、夫の両親の遺産相続の際、寄与分を全く考慮してもらえなかった(大和幸四郎弁護士/武雄法律事務所)
祖母名義の農地があるも祖母は昭和20年代に死亡。相続登記されないままであったところ、数次相続が発生し相続人が50人以上に増えてしまった
(アンケート協力=弁護士ドットコム、NTTコム オンライン・マーケティング・ソリューション)
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弁護士
2003年千葉大学卒業。07年上智大法科大学院修了。中央総合法律事務所を経て10年法律事務所オーセンス入所。不動産法務・相続部門を立ち上げ、不動産・相続問題を年千件超扱う。
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(伊藤 達也 撮影=的野弘路)
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