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驚くほど美味い「鯨の缶詰」意外な原産地

プレジデントオンライン / 2018年9月27日 9時15分

今年8月5日に石巻市・鮎川で行われた「牡鹿鯨まつり」の様子。昭和28年から続いており、捕鯨の町・牡鹿の文化を伝承する祭りだ。(撮影=高井尚之)

1缶1080円の「鯨(クジラ)の缶詰」が飛ぶように売れている。製造元は宮城県の木の屋石巻水産。テレビ番組で紹介された人気の缶詰「金華さば」の製造元としても知られる企業だ。鯨もサバも石巻の特産品だが、このうちクジラ肉の原産地は日本ではなくアイスランド。なぜクジラ肉は輸入品になったのか。現地を取材した――。

■食べた人は「まったくクセがない。驚いた」

7月下旬の夜、東京都内で「クジラ肉」の缶詰の試食会があった。主催は宮城県石巻市に本社がある木の屋石巻水産(以下、木の屋)。同社の缶詰を用いた料理が次々に提供された。

このうち参加者から「牛肉のような柔らかい味」という声が上がったのが、「長須鯨 須の子 大和煮」だ。1缶150グラムで、価格は1080円(税込み)。須の子とはアゴから胸にあたる部分で、よく脂がのった希少部位だ。これを砂糖と醤油、生姜などで煮つけている。試食会に同行した編集者も「まったくクセがない。驚いた」と興奮気味だった。

かつてクジラ肉は日本人の貴重なたんぱく源だった。中高年では「クジラの竜田揚げ」を給食で食べたという人も多いだろう。だが、当時のクジラ肉はあくまで代用食で、美食のための商品ではなかった。今回の試食会のような反応は、当時は考えられないだろう。

木の屋石巻水産の「長須鯨 須の子 大和煮」。価格は1缶1080円(税込み)。

■「アイスランド産」のクジラ肉を扱う理由

この缶詰の原材料は、大型の「長須鯨(ナガスクジラ)」でアイスランドが捕獲したものだ。 IWC(国際捕鯨委員会)を1992年に脱退し、2002年に復帰したアイスランドは、IWCの認定を受けて商業捕鯨を行っている。同国から正規に輸入されたナガスクジラを使った缶詰なのだ。

木の屋では、日本で獲れたクジラも原材料として使っている。だが、ナガスクジラは人気が高く、需要に対して供給量が足りないのだ。

現在の日本で、手に入るクジラ肉には次の3ルートがある。

(1)「商業捕鯨」のクジラ肉
(2)「調査捕鯨」のクジラ肉
(3)「小規模沿岸捕鯨」のクジラ肉

(1)は、アイスランドやノルウェーなど商業捕鯨の認められている国から輸入したクジラ。(2)は、日本の調査捕鯨船が獲った鯨だ。日本は商業捕鯨ができないが、調査などのために一定数のクジラを獲ることは認められており、調査捕鯨の副産物として国内で利用される。(3)も、日本で獲れたクジラだ。国内では和歌山県・太地町、宮城県・鮎川(石巻市)など捕獲可能地域が5カ所あり、ここでは「ツチクジラ」など小型のクジラの捕獲が水産庁から認められている。ただし種類や頭数には厳しい制限がある。

■「ナガスクジラ」は最もおいしいが入手困難

80種類以上あるクジラのうち。最も味に定評があるのが、南極海などで捕獲されるナガスクジラだ。かつて、木の屋のナガスクジラ缶には、商業捕鯨だけでなく、日本の調査捕鯨によるものもあった。

「10年前は日本の調査捕鯨枠で、ナガスクジラは10頭の割り当てがありましたが、実際の捕獲数は3頭。すべて当社が仕入れて缶詰に加工していました。それが現在はゼロ。入手困難になり、商業捕鯨国のアイスランドから輸入しているわけです。一般に、鯨は脂分があるのがおいしく、ナガスクジラは約10%で最も多いのです」(木の屋ホールディングス代表取締役副社長の木村隆之氏)

日本で商業捕鯨が禁止されたのは1987年と30年以上前だ。当時の冷凍技術は未熟だった。現在は、捕獲された鯨は船の上で解体され、すぐ急速冷凍される。クジラ肉の印象がかつてと違うのは、冷凍技術が進化している点が大きい。さらにプロの目利きで、肉を吟味して調達している。だから高額でも、売れる缶詰になるのだ。

試食会の様子。クジラ肉を使った料理には歓声があがった。(料理製作=杉山順子氏)

■「鯨と共生してきた町」宮城・鮎川

クジラ肉を使った料理は日本の伝統文化のひとつだ。8月上旬、そうした文化の実態を取材しようと、「小規模沿岸捕鯨」の許認可地のひとつ、宮城県石巻市の鮎川地区に足を運んだ。

鮎川は、1906年に山口県に本拠がある東洋捕鯨株式会社(日本水産の前身)が進出したのを機に、近代捕鯨の一大基地となった。「日本の捕鯨発祥の地」といわれる和歌山県太地町に比べると歴史は浅いが、それでも100年以上の歴史がある。

ノンフィクション作家の大島幹雄氏が発行している『石巻学』。昨年発売の特集は「牡鹿とクジラ」だった。

取材の目的のひとつは、8月5日に開催された「牡鹿鯨まつり」だ。2011年3月の東日本大震災で、津波による甚大な被害を受けた。だが、1953年に始まった鯨まつりは現在まで続いている。会場には出店が立ち並び、外国人が提供されたクジラ肉の炭火焼を試食していた。壇上では石巻市長が挨拶し、太鼓や演舞も披露されて盛り上がった。

会場の目と鼻の先には「おしかのれん街」という仮設商店街がある。入居する「黄金寿司」は1972年の創業。長く鮎川浜で営業しており、にぎり寿司やちらし寿司のほか、クジラを用いた寿司も提供する。筆者も頼んでみた。まろやかに口の中で溶けて美味だった。

鮎川では、ノンフィクション作家の大島幹雄氏にも会った。ロシア語の専門家で、海外からサーカスを呼ぶプロモーターとして活躍しながら、『石巻学』という本を発行している。昨年発売された3号では「牡鹿とクジラ」の特集を組んだ。

JR石巻駅前の飲食店には「鯨赤身のレアステーキ」(1080円)などの料理もあった。接客してくれた20代の女性従業員は牡鹿半島出身で、「子どもの頃からクジラ肉は食べていた」と話す。料理もあれば本もある。「クジラと共生してきた町」の一端に触れる思いだった。

■文化は一度滅びてしまえば、二度と取り戻せない

現在、クジラ肉を食べる文化があるのは、宮城県や和歌山県といった捕鯨で栄えた地域のほか、大阪府の一部など限られた地域にとどまる。ただし缶詰は各地のスーパーなどで手に入り、本やネットでは料理レシピも紹介されている。依然としてクジラ好きは全国にいるのだ。

一方で、クジラ肉の消費は減り続けている。理由はいくつかある。食生活や食材が豊富になり、クジラ肉を食べなくても、たんぱく源が摂取できること。商業捕鯨の撤退で食材としての身近さが失われたこと。関係者からは「グリーンピースの反捕鯨活動も沈静化してニュースとならなくなり、調査捕鯨を続けている現状を知らない人も増えた」という声も聞いた。

■抗アレルギー、認知症改善でも注目

クジラ肉は「健康機能性」の視点からも注目されている。たとえば抗アレルギー肉としての魅力だ。食物アレルギーを持つ人のなかには、牛肉、豚肉、鶏肉が食べられない人もいる。筆者の知人にも、これらが食べられなくて、鹿、うさぎ、カエルの肉を食べて育ったという人がいた。クジラ肉はそういう人の貴重なたんぱく源になり得る。

認知症を改善する効果もあるようだ。星薬科大学の塩田清二特任教授と平林敬浩特任助教の発表によると、クジラ肉に多く含まれる「バレニン」を含む抽出物を、「物忘れが多くなった」と自覚する70~77歳の男女14人(うち非投与者7人)を対象に、12週間投与したところ、バレニン投与者のほうが認知機能などの計算テストのスコアが向上したという。

■日本政府は「商業捕鯨の再開」を提案も否決

魚肉の缶詰では成功例もある。今や「ツナ缶」を上回る生産量となった「サバ缶」だ。味噌煮や水煮などの味に加えて、「EPA」「カルシウム」などが豊富に含まれており、美容効果への期待感も高い。サプリメントを飲まなくても、毎日の食生活で摂れるわけだ。

捕鯨をめぐっては、さまざまな意見が交わされている。ただ、今回の一連の取材では、クジラ肉の文化と魅力について、あらためて知ることになった。このまま食べる文化がなくなってしまうのは、惜しいように思われた。

9月10日から14日、ブラジルでIWCの総会が開催され、日本政府は「商業捕鯨の再開」を提案したが否決された。今後のかじ取りはむずかしいが、水産資源を守りながら、文化を受けつぐ道が残されることを期待したい。

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高井 尚之 (たかい・なおゆき)
経済ジャーナリスト・経営コンサルタント
1962年名古屋市生まれ。日本実業出版社の編集者、花王情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画・執筆多数。近著に『20年続く人気カフェづくりの本』(プレジデント社)がある。

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(経済ジャーナリスト 高井 尚之)

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