弁護士が教える、問題社員を注意するコツ
プレジデントオンライン / 2018年9月27日 11時15分
■私が正しい、みんなが間違っている
言葉として不適切かもしれないが、たった一人の問題社員の存在が職場全体の雰囲気を壊してしまうことがある。周囲としては、腫れ物に触らないように注意することが次第にストレスになってしまう。結果として、問題社員ではなく周囲の優秀な社員から退職していくことになる。問題社員としては、自分が原因の一端を担っていることの認識がまったくない。
社員の問題行為については、指導によって改善できるものと改善できないものがある。このところ経営者からの相談が多いのは、自分の考えに固執して周囲との協調性を保つことができないタイプの社員だ。「プライドが異常に高い」といったほうがわかりやすいかもしれない。本人としては、「自分が正しく、周囲が間違っている」という認識が根底にあるから、指導をしてもなぜ批判されるのか理解できない。むしろ不条理な批判を受けているとして、パワハラの被害者としての意識すら持っていることもある。
■仕事内容より、人間関係がよければOK
採用時には、「コミュニケーション能力の高い人」を選考要素に入れている企業も多いだろう。それほど職場のコミュニケーションで悩んでいる、あるいは苦い経験をした企業が多いということでもある。たとえば、どれほどクリエイティブでやりがいのある仕事であっても、人間関係で疲弊すると誰しも嫌になってしまう。逆にいえば、人間関係さえ良好であれば、少しくらいつまらないと感じる仕事であっても、働く意義を見出すこともできるだろう。天職というのは、仕事の内容だけでなく、仕事に関わる人との関係性の良し悪しによって決まるといってもいい。会社としては、仕事の内容いかんよりも職場の人間関係にこそ意識を向けるべきかもしれない。
大人のコミュニケーションの本質は、本音と建前の使い分けに尽きる。よく「本音で語り合えば、わかり合える」と言われるし、実際そういうときもあるだろう。だが実際には、本音ばかり述べていたら周囲を傷つけてしまい、確実に職場で浮いてしまう。共同体で暮らしていくためには、俯瞰的に見て、あえて建前のカードを提示することも必要だ。譲歩することが長期的に見て自分のポジションを維持することになる。
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■強烈な性格の人に、よくある行動
建前や譲歩が大切なのは、弁護士の交渉でも同じだ。ただ単に依頼者の希望を述べるだけでは、交渉はまとまらない。狡猾な弁護士は、相手に譲歩する姿勢を見せつつ、自分の要望を確実に飲ませていく。交渉で大事なことは、相手の顔をつぶさないということだ。
こういった大人のコミュニケーションが取れない人がいると、周囲にとってはストレスになる。勇気を持って、「それはちょっとおかしいのでは」と水を向けると、いきなり敵視されるようになる。強烈な性格の人であれば、職場を「自分の味方」と「自分の敵」に分断させ、「あなたはどちらにつく」と強要する場合すらある。
■ナンバーワンとナンバーツーの衝突
ここで一つの事例を紹介しよう(業種や規模は適宜変更しているが、基本的な内容は実際にあったケース)。
とあるクリニックでは、ナンバーツーの看護師が強烈な性格でトップになれないことにいつも不満を抱いていた。自分の指示に従うスタッフには優しいのだが、トップと懇意な者に対しては明らかに厳しすぎる態度をとっていた。トップ派とナンバーツー派に職場が分断されてしまっていた。面倒ごとに巻き込まれないように距離を置いていたスタッフにすら、「あなたはどちらにつくの」と否応なしに意見を求めていたようだ。
この対立は、ナンバーツーがいきなり他のスタッフ数名を引き連れて、退職の申出をしてきたことで急展開した。理由としては、「看護師長のもとではやっていけない。彼女を退職させない限り、退職して、パワハラで訴える」というものだった。院長としては、ただでさえ人手不足のなかで、一斉に退職されると事業自体に影響する。しかも訴えられると、社会的立場にも傷がつく。そこで「コトをうまくおさえて、退職を引き留めてほしい」ということで、人づてに相談に来られた。
■引き留めて、いい結果になったことがない
これに対して私は「申し訳ないですが、うまくやる方法を知りません」とだけ回答した。それが会社側として、あまたの失敗を踏み越えてきた代理人としての本音である。ここで院長が目先の事業のために、ナンバーツーに「それは悪かったね。なんかするよ」と安易に答えれば、他のスタッフからの信頼は地に落ちるだろう。「この人はトップの器ではない」と表明するようなものだ。個人的な見解だが、本人から退職の申出があればよほど理由がない限り、引き留めるべきではない。
これまでの経験からして、引き留めていい結果になった事案を知らない。かえって周囲も気を遣うようになり、職場全体が沈んでしまう。この事案でも、院長に理解していただき、耐えてもらった。予想が外れたのは、ナンバーツーのほう。院長は引き留めるはずと読んでいたので肩透かしにあって慌てた。そこで全員から根拠のないパワハラの主張がなされた。
冷静な話し合いが期待できなかったため、こちらから全員を相手に調停を求める申立てを簡易裁判所に出した。すると、追随した大半のスタッフから「ナンバーツーに言われたから仕方なく従った。事情がよくわからない」という連絡があった。そういった方については、調停を取り下げて終わらせた。残った方についても、調停のなかでこちらが何も負担しないことで話をまとめた。
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■未然に防ぐ方法は、あるのか
特定の社員の存在によって、職場が分断するというケースは少なくない。経営者あるいは管理職は、問題が拡大しないために何をすべきかわからず、頭を悩ませることになる。
ポイントは、「指摘すべきは具体的な行動」ということだ。とかくやってしまいがちなのは、「他の社員と仲良くやりなさい」と指摘することだ。はっきり言って、一度壊れた人間関係を修復することは容易ではない。まして社長がひとこと言ったからといって、人間の他人に対する感情が変わるということはない。
変えることができるのは、性格ではなく行動のみだ。指摘するときには、「〇〇さんの説明を求める発言を無視して、説明を怠ったことがおかしい」と具体的な行動を指摘することだ。しかもあとになって指摘すると「無視していません」と反論されるので、気が付いたときに声をかけるべきだ。はっきりしない態度で指摘するのは、かえって相手に自信を与えることになる。「何も言いきらない人だ」と。
■組織はダムのようなもの。穴は小さなうちに
ケースによっては、弁護士同席のうえで指摘してもいい。私も、職場の環境が改善しないという場合には顧問先の面接に同席することがある。その場で会社として問題としてとらえている行動を指摘するのだ。ここでは性格などについては、一切触れない。こういう部分に踏み込んでコメントすると「それは人格に対する批判ですか。パワハラだ」と言われかねないからだ。弁護士という第三者が同席するというのは、それなりに効果がある。「社長も本気かもしれない。とりあえず態度を変えておこう」という気持ちになるようだ。
組織というのはダムのようなもの。小さな穴があくことで一気に瓦解することがある。小さな穴を見つけたら放置するのではなく、早めにフォローすることが経営者や管理職の役割と言えるだろう。小さいときこそ、まだ対応できるのだから。
(島田法律事務所代表弁護士 島田 直行 写真=iStock.com)
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