トヨタの工場は"切れた電灯"が1つもない
プレジデントオンライン / 2018年9月28日 9時15分
■現場が強くなければ会社は存続できない
トヨタ自動車の2018年3月期の売上高は6.5%増の29兆3795億円で、最終利益は36.2%増の2兆4939億円。2年ぶりに過去最高を更新している。
トヨタは日本一のメーカーであり、フォルクスワーゲングループ、日産グループと世界首位を争う会社だ。そのトヨタの力の源泉は製品を造っている場所、つまり生産現場にある。これはメーカーであればどこも同じだろう。そして、物流業であれば輸送の現場、小売業であれば販売の現場が強くなければ会社は存続できない。
だから、わたしは現場の最前線を見に行く。本社の会議室で広報担当の説明を受けても、もしくは膨大なペーパーをもらっても、企業の本質に迫ることはできない。現場を見れば、その会社の商品の力がわかる。現場に行けば経営方針が前線まで届いているかどうかがわかる。企業の力を知るには現場へ行かなければならない。
■耳栓をしなくとも、普通のボリュームで話ができる
本(『トヨタ物語』)を書くために、自動車工場を70回、見学した。トヨタだけではない。業界他社も見に行った。そして、日本だけでなく、アメリカと中国の工場も見学した。
最初に気づいたのは「音」だった。現在の工場はどこも、私たちが想像するよりも騒音は少ない。
トヨタの工場に限らず、わたしが訪ねた工場は耳栓をしなくとも、普通のボリュームで話をすることができた。鉄と鉄がぶつかり合うプレス工場、鍛造工場でさえ、現場の作業者は耳栓をしているわけではない。特定の瞬間、大きな音がする場合もあるけれど、機械のよほど近くにいない限り、耳を押さえるということはない。労働環境の改善は進んでいる。
また、わたしは「作業者」という言葉を使った。現在、製造業の現場で働く人のことを工員とか労働者と呼ぶことはない。誰もが作業者と呼ぶ。同じように、アメリカでもワーカーという言葉は使わない。アソシエートと呼ぶのが一般的だ。だが、トヨタのアメリカの工場では1980年代からアソシエートではなく、「チームメンバー」と名づけた。今ではヒュンダイのアメリカ工場でも作業者をチームメンバーと呼んでいる。呼び名ひとつとっても、世の中の大半の人は工場のことを知らない。
■「工場には見方がある。見るべきポイントがある」
さて、何度も何度も工場を見に行っているうちにわかったことがある。
「工場には見方がある。見るべきポイントがある」
わたしの本業は美術評論だ。美術館ばかり見てきた。美術館にもそれなりの見方がある。漫然と絵を見て、付してあるキャプションを眺めることだけが美術鑑賞ではない。
美術館ではポイントを知ったうえで、丹念に絵を見る。絵の背景にある作家の考えや時代の環境を知ったうえで、見る。そうすれば、2時間や3時間などあっという間だ。見方を知れば退屈はしない。工場を見続けているうちに、「美術館と同じように、見るべきポイントを決めればいいんだ」とわかった。
■東京ディズニーランド約5個分の広さ
トヨタは28カ国に53の製造事業体を持っているが、今回、わたしが見に行ったのは中国の広州にあるトヨタの自動車工場だ。広汽トヨタ自動車は敷地面積が252万平方メートル。東京ディズニーランド約5個分の広さである。なお、現在、中国の新車市場は2900万台。アメリカの1700万台、日本の500万台と比べても図抜けている。そして、広汽トヨタが設立されたのは04年。国営企業との合弁だ。昨年の販売台数は44万390台で、中国国内でのシェアは1.85%。作っているのはカムリ、レビン(カローラの同型車種)などである。
広汽トヨタがある広州は北京、上海と並ぶ中国3大都市のひとつ。人口は1450万人で東京と同じくらいだ。町の中心部には高層ビルが並び、街路は整備されていて、ゴミは落ちていない。驚いたのは人、車のマナーがいいことだ。スターバックスに入っても大声で話している人はいない。車に乗っていても、クラクションを鳴らしたり、乱暴な運転をする車はまず見かけない。上海、広州、深センといった中国の沿岸地域は圧倒的なスピードで生活レベルが向上している。金持ちになったら、人は争いごとを避けるようになる。
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中国人と言えば大声でしゃべったり、道にタンを吐いたりといったイメージは沿岸地域の都市に関する限り、すでに過去のものと言える。そして、商店やカフェの店内でも話し声が聞こえてこない。客同士の会話はあるけれど、店員と客のやり取りがほぼスマホで行われていた。客はメニューを指さし、レジへ行ってスマホをかざすだけ。これはコンビニでもスーパーでも同じこと。IT決済が一般的になり、中国の進んだ都市は静かな町になっている。
さて、広汽トヨタは世界の拠点のなかでも、画期的とされている「製販一体」を掲げ、製造工場と販売本部が同じ敷地、同じ建屋のなかにある。また、10の主要部品メーカーを工場のすぐ隣に招き、物流効率を高めた。
つまり、広汽トヨタは同社が誇るトヨタ生産方式を生産、調達分野だけでなく、流通、販売までを含めて、展開していることになる。
■1台ずつが「今、どこにあるか」をつかむことができる
同社の石川俊治工場長と北明健一販売本部長はふたり一緒に工場のなかを案内してくれた。こういう風景は他の自動車工場ではありえない。製販一体という言葉通り、ふたりはしょっちゅう、一緒にいるのだろう。そして、話すことも同じだった。
「お客さまのところに車が届くまでの時間を縮めたい」
広汽トヨタでは工場のラインにある間から客の家に納車されるまで、1台ずつが「今、どこにあるか」をつかむことができる。しかも、オーダーされた車がラインにあるのか、販売店に向かう途中なのかが瞬時にわかる。その新流通システムSLIMは大きなモニターが販売本部にあるだけでなく、販売担当がタブレットとして持っている。
客から「僕の車はいつ来るの?」と問われた時、「今、工場を出て、販売店に輸送されています。明後日にはお渡しできます」などと答えることができる。客はイライラしないで済む。こうしたIT技術とともに、同社の人間はやたらと腰が低い。工場を案内してくれる技術者は無口もしくは無愛想なタイプがほとんどだったが、広汽トヨタの石川さんは話し上手だった。
「今、うちの会社では『ジャスト・イン・タイムサービス』を大切にしています」
これまでのジャスト・イン・タイムから一歩進んで、トヨタはサービス会社になろうとしている最中だ。モノ作りの担当者でさえも腰の低さ、愛想のよさを追求しているのだろう。とはいっても、まだまだこれからだ。今のところは「他の工場技術者に比べて腰が低い」という程度である。
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■トヨタの生産現場の強さはどこにあるか
工場を見て歩いた後、水先案内は浅井雅弘部長に変わった。浅井さんはまるまる2日間、朝から晩まで、面倒を見てくれた。販売店や買ったばかりの客を紹介してくれただけでなく中国企業である騰訊(テンセント)のSNSアプリをダウンロードしてくれて、アプリでコーヒーや屋台のうどんを買う方法まで教えてくれた。人が良くて、家族思いの販売本部幹部が浅井さんだ。
しかし、まあ、浅井さんの話は置いておいて、トヨタの生産現場の強さをどこに見たかをまとめておく。
■トヨタの生産現場が強いといえる4つの理由
1.照明が明るいこと。
くり返すが、わたしは7年間に70回も工場を見た。しかし、一度もトヨタの工場で蛍光灯やLED照明が切れていたのを見たことはない。自動車工場とは広いものだ。広汽トヨタの工場でも目を皿のようにして天井を見つめたけれど、すべての照明はちゃんと点いていたのである。
「そんなの当たり前だろ」という人は自分の会社の天井灯を眺めてほしい。どんなオフィスでも1本くらい切れていたり、切れかかっていたりする。また、トヨタの工場は明るい。そして、複雑な作業をする人の手元を照らすスポットライトを備えている。
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2.見学路が安全でかつ見やすいこと。
他社工場の見学コースでは頭を下げなければ歩けないような通路がしばしばある。トヨタにはない。見やすくできている。広汽トヨタの見学路はさらに進化していて、通路の下側にLED照明が付けてあった。まるで、舞台の上を歩いているような気分だったのである。見学者という外部の目のことまで視野に入れて工場をレイアウトしている。
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3.生産ラインがフレキシブルなこと。
トヨタ生産方式の特徴はカイゼンすることではなく、カイゼンを続けることだ。一般の工場では一度、ラインを引くと、そのまま使い続ける。だが、トヨタはカイゼンするためにラインを引き直すことに躊躇しない。ゴミ箱の位置でさえ、毎日、変える。広汽トヨタの場合は空きスペースをつくっている。一般の工場では空きスペースなどというものは存在しない。空いていればすぐに部品や荷物を置いたりしてしまう。ところが、広汽トヨタは生産ラインをフレキシブルに保つため、余裕スペースを設けている。
4.働いている人間がふてぶてしいこと。
実はここがトヨタの生産現場のもっとも大きな特徴だ。やりにくそうだったり、面倒くさそうに仕事をしている作業者はいない。そして、彼らはふてぶてしい。見学者のことなど歯牙にもかけていない。一般のオフィス、工場へ見学に行くと、働いている人間が仏頂面になったり、背中から「早く帰れ」という念力を出したりする。トヨタの生産現場は違う。
「おう、いくらでも見て行け。ただし、オレの仕事の邪魔はするなよ」といった風情だ。
トヨタの工場、特に広汽トヨタの現場を見ると、働く人間たちが余裕を持っていることがわかる。緊張よりも弛緩だ。そして、最小限度の動作で仕事をしている。強い現場の人間の動作はアスリートのそれと似ている。工場で見るべきポイントとは照明やラインだけでなく、やはり作業者の動きとその表情だと思う。
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ノンフィクション作家
1957年、東京都生まれ。早稲田大学商学部卒、出版社勤務などを経て現職。人物ルポ、ビジネス、食など幅広い分野で活躍中。近著に、7年に及ぶ単独取材を行った『トヨタ物語』(日経BP社)がある。
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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉 写真提供=トヨタ自動車)
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