あの焼き肉のたれを"高く売る"科学的方法
プレジデントオンライン / 2018年11月18日 11時15分
■値引きをせずに適正価格で商品を売る方法
今日もスーパーマーケットなど小売店の店頭では、「○%引き」「SALE」などと書かれたPOPが価格の安さを消費者にアピールしています。こうした低価格戦略は、商品をより多く販売するためには有効な方法です。しかし、メーカーや小売店にとっては3つの悪影響があります。
第一に、商品のブランド価値が毀損されます。価格を下げることで、その商品はその価格なりの品質だと消費者に判断されてしまうのです。第二に、当然のこととして利益は大幅に低下します。そして第三に、価格を元に戻したときの消費者に与えるインパクトは、価格を同額下げたときよりもはるかに大きくなります。
では、値引きをせずに適正価格で商品を売るためには、どうすればよいでしょうか。答えは、商品が持っている本当の価値を消費者に訴求することです。消費者が商品を価格で比較してしまうのは、その商品の本当の価値が消費者に伝わっていないためです。多くの商品は、もともと持っている価値を訴求しきれていない場合が多いのです。
商品の価値は、4階層構造と考えられています(図参照)。「基本価値」は商品の基本性能における価値、「機能的価値」は基本性能に基づいた機能面における価値、「情緒的価値」はその商品を使ってみて感じる感覚的な価値、「自己表現価値」はその商品を使うことで「自分はこうだ」と表現してくれる価値のことです。例えば、あるシャンプーブランドなら、基本価値は「洗髪」、機能的価値は「フケ・カユミ防止効果」、情緒的価値は「仕上がりがさっぱり」、自己表現価値は「身だしなみ」です。
■日用品ブランドが訴求しきれていない本当の価値
昨今は商品のコモディティ化(一般化)が進み、基本価値や機能的価値だけでは他社商品との差別化が困難になっています。それだけに、自己表現価値や情緒的価値を消費者から引き出すことが重要になります。プレステージ(高級)ブランドが高価でも売れるのは、価値構造が逆ピラミッド型で自己表現価値や情緒的価値の占める割合が高いからです。
それに対して日用品ブランドの価値構造はピラミッド型で、基本価値や機能的価値の占める割合が高く、自己表現価値や情緒的価値はほとんど意識されていません。そのために他社商品と差別化できず、価格競争に陥ってしまうのです。
自己表現価値や情緒的価値は、日用品ブランドが持っていながら訴求しきれていない本当の価値です。これらの価値を訴求し、プレステージブランドと同じ逆ピラミッド型の価値構造に近づけることができれば、消費者にとっては少々高いと感じる価格でも、納得して買ってくれるロイヤルなファンを獲得することができるはずです。
このように、安売りをしなくても消費者に納得して購入してもらうために、その商品の本当の価値を見つけて訴求するプロモーションを「価値創造プロモーション」と呼んでいます。
■商品の本当の価値をどう探り当てるか
自己表現価値や情緒的価値は、消費者の深層心理部分から引き出す必要があります。その方法として知られているのが「モチベーション・リサーチ」です。
十分な時間をかけて面接する「デプス・インタビュー(深層面接法)」などの手法を用いて、本人の行動や感情の裏に隠れている動機を深掘りして探っていきます。価値創造プロモーションの開発では、このデプス・インタビューという手法を活用しています。
ただ、デプス・インタビューには、多くのサンプル数をこなすことが難しく、回答結果を解釈するうえで客観性が保たれにくいというデメリットがあります。そこで、価値創造プロモーションの開発プロセスでは、デプス・インタビューの結果に基づき、インターネットを用いた調査とテキストマイニング(大量のテキストデータをコンピュータで分析し有益な情報を抽出する方法)を導入することで、大量のサンプル数と解釈の客観性を確保できるようにします。
価値創造プロモーションは、次のような3つのステップで行われます。
(1)デプス・インタビュー
最初にプレ・インタビュー(もしくはグループ・インタビュー)を実施し、対象となる商品に関して、訴求ポイントとなりそうな範囲を絞り込みます。その範囲で10~15人程度を対象にデプス・インタビューを行い、消費者の潜在意識、無意識にある不満や期待などの訴求ポイントを探り、プロモーションの仮説を立てます。
(2)ウェブ・モチベーション・リサーチ
仮説を基に、検証のための調査票をつくり、ウェブを利用して数多くの被験者(1000~1200人程度が望ましい)を対象としたモチベーション・リサーチを行います。調査結果は自由記述が多いため、分析にはテキストマイニングを活用し、仮説の量的検証およびプラスアルファの結果を導きます。
(3)店舗プロモーションの立案・実験
調査結果を踏まえて複数の店頭プロモーション案をつくり、実際に店舗で実験を行い、プロモーション期間中の短期効果とその後の中長期効果を測定し、効果的なプロモーション案を見出します。
3つのステップをすべて行うには10カ月から1年程度かかります。これまでさまざまなメーカーや小売業と実験を行ってきましたが、売り上げが大幅に伸びたプロモーションがいくつも見つかっています。
■焼き肉のたれの本当の商品価値とは
価値創造プロモーションの一例として、エバラ食品の焼き肉のたれのケースを紹介します。焼き肉のたれのように日常的に使用される消費財は、消費者には安くて当たり前ととらえられているため、価格を下げなくても売れるプロモーションが求められていました。そこで、デプス・インタビューとウェブ・モチベーション・リサーチの分析結果を踏まえ、4種類のプロモーションを提案して店舗実験を行いました。
【ホットプレートdeフルコース】
ホットプレート焼き肉にマンネリ感を抱いている人が多い。一方、ホットプレートで焼き肉の後に焼きバナナや焼きリンゴなどを楽しんでいる人もいることがわかった。そこで、ホットプレートでいろいろな料理を作り、フルコースを楽しむことを提案。
【お家で開催! たれコレ】
「たれの味に飽きてくる」「焼き肉は手抜き料理だという罪悪感がある」「もっと野菜が食べたい」といった声を踏まえ、たれにキュウリの千切りやトマト、オリーブオイルなどを加えることで、違った味が楽しめる「たれコレクション」を提案。
【ウチの子 鉄板デビュー!】
「焼き肉だと子どもが野菜を食べてくれない」という声が多かったことから、野菜を絡めたメニューを子どもと一緒に作ることを提案。
【今日はラクしたい……】
「焼き肉は手間がかかる」「油がはねるのがイヤ」「後片づけが面倒」「部屋の匂いが気になる」という声から、フライパンでパパッと作って出すことを提案。
実験の結果、「たれコレ」が実験前と比べて実験中は約9倍、実験後も5倍以上の売り上げを記録しました。
また、過去半年以内に1回以上焼き肉のたれを購入したことのある30代以上の主婦に、4つのプロモーション案ごとに焼き肉のたれをどれくらいの価格範囲で受容できるかを調査したところ、すべてのプロモーション案において受容価格が通常販売価格を大きく上回りました。この結果を基に、エバラ食品ではその後、「たれコレ」プロモーションを全国展開しました。
商品の価値が消費者に伝われば、適正価格を上げることができることが明らかになった事例と言えます。
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学習院大学経済学部教授
一橋大学大学院商学研究博士課程単位取得退学。経営学博士。1986年より学習院大学経済学部に勤務。92年より教授。専攻は価格戦略、小売戦略、地域活性化など。主な著書に『生活者視点で変わる小売業の未来』(宣伝会議)など。
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(学習院大学経済学部教授 上田 隆穂 構成=増田忠英 写真=AFLO、iStock.com)
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