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親が野球と相撲の話をしなくなる日の備え

プレジデントオンライン / 2018年10月7日 11時15分

写真=iStock.com/Jovanmandic

働き盛りの世代が逃げられないのが「実家をどうするか」という問題。面倒だと放置してしまうのは危険だ。早めに手を打つにはどうすればいいか。今回、5つのテーマに応じて、各界のプロにアドバイスをもとめた。第1回は「認知機能低下で家庭崩壊」について――。(第1回、全5回)

※本稿は、「プレジデント」(2018年9月3日号)の掲載記事を再編集したものです。

■5人に1人が認知症になる時代

厚生労働省によると、全国における65歳以上の認知症患者数は2012年時点で462万人。2025年にはおよそ700万人、65歳以上の5人に1人が認知症になると推計されている。

自分の親が認知症になる可能性も高い。ただ、突然その事実を突きつけられたらどうするか。お金だけを準備して施設に入れるのか、自身で率先して介護するのか――その場合、仕事と両立できるのか。

「親の認知症、特に離れて暮らしている場合は“事件”がないと気づけないことがほとんどです」

こう指摘するのはNPO法人「となりのかいご」代表理事の川内潤氏だ。川内氏は認知症に早期で気づくのは難しいと指摘する。「認知症と加齢によるもの忘れの違いは、専門家でないとなかなか区別がつきません。しかも、子どもの立場からすると『うちの親はまだ大丈夫』と信じたいし、親も子どもに心配をかけたくないので自分からは切り出せない。でも、その『大丈夫』を鵜呑みにすると、病気が進行するまで気づけないケースが多いです」。

ただし、認知症の多くは「急になるものではない」と川内氏は断言する。認知症が原因となる迷子や徘徊、近所とのもめ事、金銭トラブルといった“事件”が起きる前に、「今までできていたことができなくなる」といった予兆があるというのだ。

「少しでも『あれ?』と思う瞬間があったら、親の住所地を管轄する地域包括支援センターに相談してください。『本当に介護が必要になったら連絡しよう』などと先送りするのは禁物。あまり深く考えずに電話しましょう」

そもそも、地域包括支援センターは地域の“よろず相談所”で、見守りや介護サービスに関する情報をたくさん持っている。早めにつながりをつくっておくと、今後の見守りや介護の態勢をつくるうえでも役に立つ。

一方、気をつけたいのは、“事件”をきっかけに、親の認知機能低下に向き合うことになったときの対応である。

「心配のあまり、家族が強引に施設入所を勧めるケースも珍しくありません。ただし、多くの場合はうまくいかない。認知症になったからといって、いきなり何もかもわからなくなるわけではなく、自己選択できる段階は当然あります。本人の意思を無視して勝手に事を進めると、介護拒否にもつながりかねません」

ある程度進行してしまってからの認知症発覚だとしても、やはりまずは地域包括支援センターに相談するのが望ましいという。

「どんなに厳しい状況でも、選択肢は常にあります。選択肢を考えるうえでの情報やアドバイスを提供してくれるのが地域包括支援センター。親の状態はもちろん、『仕事があり、年に数回しか帰省できない』といった事情をできるだけ率直に伝えることが介護の活路につながります」

親の認知症に直面するのは、子どもにとってショッキングな出来事だ。動揺し、気持ちの整理がつかないことも当然ある。「地域包括支援センターに連絡するときは、生活を送るなかで起こりそうな困り事を箇条書きレベルで構わないので、メモしておくことをお勧めします。具体的な情報があったほうが、役に立つアドバイスを引き出せる。何より問題を可視化することで、自分自身の気持ちを落ち着かせることができます」。

認知症は重篤な病気というイメージが強いが、きちんとしたサポートがあれば一人暮らしも可能だ。そのための支援も充実している。

「むしろ、家族だけで抱え込まず、介護のプロの手を借りながら、いろいろな人に任せるほうがうまくいきます」

▼見逃し厳禁! 気づいてあげたい親が見せる「認知症のサイン」
1.電話での返答に以前よりも間がある
認知症によって、会話の内容が理解できなくなったり、うまく言葉が出なくなる。返答までの間が長くなるのは初期症状の典型だ。

2.買い物でお札しか使わない
認知症の症状に小銭の計算が難しくなるというものがある。財布が小銭でパンパンになったり、押し入れに小銭のヤマができていることも。
3.家の中でゴミが目立つようになった
捨てるべきゴミがそのままになっているのが目立つようになったら要注意。ゴミ出しの日を忘れ、捨てそびれを繰り返しているのかも。
4.大好きな野球の話をしなくなった
継続して見ていた野球や相撲などを話題にしなくなったときは要注意。日々変化する情報の更新が難しくなっているかもしれない。

■親をスムーズに病院や施設に連れて行くには

地域包括支援センターへの相談にこぎつけたら、次なるステップは「要介護認定の申請」と「もの忘れ外来」の受診である。

40歳からが対象になる介護保険は、本人または家族による申請が必須。ある年齢になったから、あるいは介護が必要になったからといって自動的に利用できるわけではない点に注意したい。

要介護認定の申請にあたっては、要介護認定の意見書を書いてもらう主治医を決める必要がある。必ずしももの忘れ外来の医師である必要はなく、皮膚科や整形外科など行きつけのクリニックの医師にお願いする選択肢もある。

「認知症は早期発見・早期治療が望ましい。適切な治療をすれば、進行をゆるやかにすることができますし、認知症の種類によっては症状が軽くなることもある。認知症の疑いがある場合はできるだけ早い段階で専門医を受診するのがベストです」

だが、当の親が「要介護認定など受けたくない」「もの忘れ外来になど行かない」と拒否する場合も多いのが現実。親が嫌がった場合はどのように説得すればいいのか。

「まず、自分たちで説得しようという考えは捨ててください。これは要介護認定の調査やもの忘れ外来受診に限らず、介護全般に言えますが、親子間で話し合って解決しようとすると、たいてい『行く』『行かない』の口論になり、もめ事に発展します」

親を思えばこそ、言葉も態度もきつくなる。しかし、強行突破しようとすれば、親のプライドを傷つけ、態度を硬化させる。親子の信頼関係にもヒビが入りかねないと、川内氏は警告する。

「さらに認知症の場合、記憶が失われやすくなる半面、感情にひもづいた記憶は残りやすい点にも留意しなければなりません。よかれと思って言ったことが原因で『何だかよくわからないけれど、いつもイヤなことを強制しようとする人』と親が認識、記憶する可能性もある。1度定着した記憶はなかなか覆すのが難しく、今後の介護にも支障をきたすリスクが高まります」

介護の現場でも同じようなことが起こりうる。「このスタッフはいつもイヤなことをする」と認知されると、スムーズに介護ができなくなる場合も。そのため、ネガティブなイメージが定着しないよう、工夫しているとか。

「ご家族は介護サービスの利用を希望されているけれど、ご本人は嫌がっていて、怒りの気持ちを抱かれていることも珍しくありません。そんなときは、なるべく担当職員を代えて、ネガティブな印象が定着しないようにします。同時に、楽しい話題や体験を提供することを心がけています。“この人といると楽しい”という記憶が定着すると、ニコニコと笑顔で介護を受け入れてくださるようになる。その意味でも、家族が“怒っている人”にならないことは非常に重要です」

■どうしても嫌がったときの最後の一手

もの忘れ外来は早めに受診させたい。だが、多くの親は「私はどこも悪くない」の一点張り。そのうえ、「財布を盗られた」と訴えたり、迷子になったり……と、明らかに認知症と判断せざるをえないような状態に陥ると、家族としては頭を抱えることになる。

そんなとき、役に立つのが“小芝居”だという。

「正攻法としては、これもまずは地域包括支援センターに協力を仰ぐ方法があります。センターの人から『こちらの地域の方は一定の年齢になると受診をお願いしています。ご協力いただけませんか』と言ってもらうのも手。親世代は役所や医師の言うことは聞き入れてくれることが多く、地味ですが有効な方法です」

家族が小芝居を打つケースもある。川内氏によると、親が認知症のようだと気づいたある女性は「胸にシコリがあって病院に行きたいけど、怖いから一緒に行ってほしい」と母親に頼みこみ、病院を受診。あらかじめ話をしてあった医師の協力で、自分が模擬診察を受けた後に、“ついで”という名目で母親を診察してもらったという。

「近くに住む母親の友人に相談し、『一緒に行こう』と誘ってもらったり、健康診断の案内書をワードで作成して親に見せたり、みなさんいろいろ工夫されています」

また、親が信頼しているかかりつけ医がいるのなら、そこに相談してみるのも手だ。

「整形外科や皮膚科の先生が『80歳を超えると、みんな検査したほうがいいんだよ』と本人に助言してくれたことが、もの忘れ外来受診につながったケースもありました」

さらに、どうしても病院に連れていくのが難しい場合は、地域の精神科医が行う訪問診療を利用する方法もある。

「どこのクリニックで訪問診療を行っているかの情報は地域包括支援センターが持っていることが多いので、遠慮なく聞いてみてください。もし、めぼしい情報がない場合は、地元の認知症カフェや介護家族の会の集まりなどで情報収集をしてみるのもお勧めです」

認知機能が低下したとしても、親には親のプライドがある。親としての自尊心をなるべく傷つけないよう心がけたほうが、その後の介護はうまくいくと川内氏は助言する。

「認知症が進行すれば、これまでとは同じようにはできないこともどんどん出てきます。だからといって、『できないことをすべて代わりにやってあげること』は客観的に見て望ましい認知症ケアではありません」

子どもからすれば、困っていることは助けたい。不安は取り除きたいと考えるのは自然なことだ。しかし、家族による過剰なケアは残存していた生活能力を奪う危険性をはらんでいるという。

「介護にまつわる家族間のもめ事の多くは『介護される親』の気持ちを無視することがきっかけとなっています。介護の役割分担を決める家族会議が紛糾するのも『介護をする自分たち』の都合をぶつけあうから。『父親や母親にとって何が大切か』を軸に据えると気持ちもラクになり、妥協点も見いだしやすくなります」

親の自尊心を尊重するのは一見遠回りに見える。だがその手間を惜しまないことが結局、家族全員の負担を減らす近道なのである。

Getty Images=写真

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川内 潤
1980年、神奈川県生まれ。上智大学文学部社会福祉学科卒業後、老人ホーム紹介事業、外資系コンサルティング会社、在宅・施設介護職員を経て2008年に「となりのかいご」を設立。近著に『もし明日、親が倒れても仕事を辞めずにすむ方法』(ポプラ社)。

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(ライター 島影 真奈美 撮影=研壁秀俊 写真=Getty Images、iStock.com)

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