デマをすぐ信じる片山"新大臣"の思考回路
プレジデントオンライン / 2018年10月3日 15時15分
※本稿は、古谷経衡『女政治家の通信簿』(小学館新書)の一部を再編集したものです。
■外国人を憎悪の対象とする詐術「片山理論」
「片山理論」の創設者こそ片山さつきであり、ゼロ年代後半からのネット右翼に隆盛の理論的支柱を与えたのが彼女である。「片山理論」とは生活保護不正受給者の多くを外国人と定義したうえで、その内容をいつの間にか在日コリアンとすり替えて憎悪の対象とする詐術である。東大卒の元大蔵官僚で国会議員がこの理屈を国会やテレビで語りだせば、事大主義のネット右翼はひとたまりもなく「片山理論」に染め上げられていく。
私が片山さつきを至近で目撃したのは、2012年7月1日の日曜日、東京都新宿柏木公園でのことであった。
当時、「メタル兄弟」と自称するネット右翼界隈の有名人が主催した反生活保護デモに呼応する形で、片山さつきがそのデモの前衛に立っていたからだ。
ここで前提の解説が必要であろう。まず「メタル兄弟」と聞いてピン、と来るものはもはや現在ではネット右翼界隈の中でも古参兵か、ネット右翼を長年チェックしてきたウォッチャーであると評せざるを得ない。「メタル兄弟」は、在特会(在日特権を許さない市民の会)への支持を公に出しては憚らない、元祖右派ユーチューバーのような存在であった。
民主党政権下(2009~2012年)のネット右翼界隈で一世を風靡した、ネット右翼の精神的支柱のような実兄弟であった。「メタル兄弟」のあだ名は自身のメタルソングへの思い入れからであった。この兄弟が解説したYouTube番組「ジャパンライジング」は当時、反民主党で気勢をあげるネット右翼、保守界隈にあっては有力な運動の原動力と見なされていたからである。
■芸人・河本準一氏の母親の「生活保護不正受給」騒動
この「ジャパンライジング」のゲストとして招聘されたのが、片山さつきであった。その縁があって、片山は2012年7月1日の「メタル兄弟」主催の反生活保護デモに参加したのである。なぜ私がくだんの「ジャパンライジング」と片山さつきの接点を知っているかと言えば、私も同兄弟から同番組への出演をオファーされて、彼女より前にこの番組へ出演していたからである。
さて、今一度時空を2012年7月に引き戻す。このとき、前述のメタル兄弟の主催したデモの正式名称は「生活保護不正受給を正す議員を応援する“片山さつき頑張れ”デモ行進」である。
当時、週刊誌報道を機にお笑い芸人「次長課長」のコンビのひとり河本準一氏に対する、生活保護不正受給問題が世論を騒がせており、河本攻撃の最前衛が片山議員(当時、参議院、自民党生活保護プロジェクトチーム)であった。
正確に言うと生活保護を不正受給していた疑惑は河本準一ではなく河本の母親であった。河本は当時テレビに露出する人気芸人で高額所得者であるにもかかわらず、その親族である母親が息子の高所得をあてにせず独自に生活保護を受け取っていたのは「不正受給である」と批判を浴びたのである。
■母親の生活保護受給の手順自体に違法性はなかった
片山は国会で、繰り返し繰り返し河本を攻撃した。これに対し、生活保護不正受給=在日コリアンと勝手に紐付けたネット右翼がこぞって片山を擁護し、これに反対するリベラル勢力が「生活保護受給は天賦権利」「行き過ぎた個人攻撃」として衝突。議論は空中戦になって片山に対し、批判と応援の両方が集中した。メタル兄弟のデモは、こうした喧噪の中で片山側に立って行われたものである。
ちなみに渦中にあった河本は、これに先立つ2012年5月、実母が15年間生活保護を受給していた道義的責任を「大変ご迷惑をお掛けしました。お騒がせして申し訳ありませんでした」と謝罪した。河本のテレビ出演はこれを機に激減した。河本の母親の生活保護受給手順自体に違法性はなかった。
この問題が一段落した後に出版された片山の著作『正直者にやる気をなくさせる!? 福祉依存のインモラル』(オークラNEXT新書、2012年12月)をひもといてみる。この本の冒頭で、片山は河本準一への追及理由をいの一番にあげ、次のように総括している。
つまり片山によれば、週刊誌とネット情報(フォロワーからの提供)により、河本準一はさんざ贅沢三昧をしていた、との情報を得た。ブルジョワの河本が自身の母親に月額6、7万円を融通することぐらい訳のないことである。にもかかわらず河本の母親は国家の血税から生活保護を受け取っていた。これは母と子の連帯不正である、と言いたいのである。
■「不正受給=在日外国人」というデマを信じ込む
![](https://president.jp/mwimgs/5/b/-/img_5b54c370756be72d4fb22c77e7e40e1f73744.jpg)
この理屈からは、まるで河本準一とその母親が同一の人格であるように語られている。河本準一とその母親は別人格である。河本準一がどんなに芸能人として成功していようと、母親とは別人格であるので、もしかしたらこの両者の関係は断絶しているかもしれないし、疎遠なのかもしれない。子供が成功したり親が成功したりすることによって、付随的にその親族もその恩典にあずかれるはずだというのは、いささか後進的な家族観である。
日本社会ではどうも、「子供は親の世話をみるもの」(あるいはその逆)という固定的な家族関係が行き渡っており、親と子の人格が時として一体として捉えられている。
例えば芸能人の息子・娘(成人済み)が覚醒剤や強姦などの犯罪を犯すと、必ずと言ってよいほど、社会的にも法的にも別人格の親が謝罪会見を開き、本来別個のはずの親がこの不祥事の責任を取って謹慎をする、という慣例がある。
この場合の謝罪は、法的な謝罪ではなく、世論を忖度した「道徳的責任」であって何の根拠もない。実際、河本準一の謝罪も、法的責任を認めたのではなく、テレビの醸成した世論の雰囲気に押された「道徳的責任」の圧力に抗しきれなくなっただけに過ぎない。親と子は、血縁という以外、どこまでいっても別人格、別個の存在だ。
これは親と子を一体と観る、明治憲法下の「イエ制度」の残滓であり、極めて後進的価値観と言わなければならない。
■「在日韓国・朝鮮人の生活保護は、日韓交渉に利用された」
さて、百歩譲って河本準一に道徳的責任があったとする。しかし片山の生活保護受給への批判は、不思議とまるで本質とはかけ離れたあさっての方向に向かっていく。前掲書において、片山は生活保護受給問題を「戦後の歪み」と規定し、「在日韓国人・朝鮮人への恩恵支援を是正すべき」と発展させるのである。
![](https://president.jp/mwimgs/a/e/200/img_ae5aef1a80df2d4bf086d334bd1941a526188.jpg)
「生活保護の受給者総数208万7092人のうち、外国人は7万3493人にも上ります。人口に占める受給者の割合は日本人が1.6%なのに対し、外国人は5.5%。外国人の方が3倍以上も高い」
そしてこの外国人のうち3分の2を在日朝鮮・韓国人が占めている、としてあたかも外国人の不正受給=在日コリアンであると印象付け、「憲法上も民法上も、日本が外国人に保護費を支給する義務などありません」「在日韓国・朝鮮人の生活保護は、行き詰まった日韓交渉を進展させるために利用されたものだった」と強引浮薄に結論するのである。
これら片山の主張は、この時期に形成された生活保護不正受給者=在日コリアンの図式を徹底的にトレースしたものであり、また彼らの世界観を現職参議院議員が国会の中で繰り返し補強したことでネット右翼界隈に強力に根付いたものである。
そして、朝鮮人排斥、韓国人呪詛という思想を持つ前述のメタル兄弟が片山さつきを自身のYouTube番組へ招聘し、片山を応援するデモを企図し、片山自らが登場する流れとなった。
■「片山理論」に照らすと、河本氏は「ハ・ジュンイル」になる
巧妙なのは、お笑い芸人の河本準一の「日本人による生活保護不正受給の道義的責任問題」だったのにもかかわらず、いつの間にかこの問題が「片山理論」によって、生活保護不正受給=在日コリアンであると誘導され、この問題そのものが、後年の在日コリアンへのヘイトスピーチや呪詛、憎悪犯罪の下地になったと評せざるを得ないのである。
「片山理論」を用いれば、河本準一は「生活保護不正受給」事案の中でも例外的な日本人が起こした問題だったのにもかかわらず、いつの間にかこの問題が在日コリアンに特有の不正であるかのようにすり替わっている。
当然この矛盾を埋めるために、同時期のネット上では「河本準一は在日朝鮮人である」というデマが跳梁跋扈した。
なにせ「片山理論」に照らせば河本準一の事案は日本人ではなく、在日コリアンが起こした不正受給問題と処理することが都合が良く、ネット上では「河本準一は通名であり、本名は朝鮮籍の『河・準一』(ハ・ジュンイル)である」というデマが流布され、現在でもグーグル検索等でその残滓を観ることができる。この手の悪質なデマは河本にとって訴訟を提起して差し支えない事案であろう(※1)。
※1:悪質なデマへの訴訟/保守系言論人・花岡信昭は雑誌『WiLL』2008年11月号で、インターネットのデマを鵜呑みにして「(社民党の)土井たか子は在日朝鮮人で本名は李高順」と記述したことについて、土井側から名誉毀損の訴えを受けた。この裁判は2009年最高裁において花岡と『WiLL』編集長・花田紀凱(当時)に対し200万円の損害賠償を命ずる判決が確定したように、少なくとも「片山理論」がそのデマの苗床を提供したとみても過大評価ではあるまい。
■「外国人への生活保護受給は違憲」は最高裁が完全否定
「憲法上も民法上も、日本が外国人に保護費を支給する義務などありません」とする意味不明な「片山理論」はこののち、ネット右翼を中心とした保守系言論人が必ず述べる「最高裁も外国人への生活保護受給を違憲としている」という理屈につながっていくのだが、これは明確なデマである。
2014年7月18日に出された大分県の中国人女性が起こした生活保護却下処分を巡る訴訟における最高裁判決は、「外国人は、行政庁の通達等に基づく行政措置により事実上の保護の対象となり得るにとどまり、生活保護法に基づく保護の対象となるものではなく、同法に基づく受給権を有しないというべきである」とした。
要するに「生活保護法における受給権を(外国人は)本来有さないものの、行政処置によって保護の対象にはなる」と言っているのであり、「外国人への生活保護受給は違憲」であるという根拠は最高裁によって完全に否定されているのである。
■「日韓条約のため」は史実からみてもトンデモ
また「片山理論」のもうひとつの骨子である、「在日韓国・朝鮮人の生活保護は、行き詰まった日韓交渉を進展させるために利用されたものだった」という日韓基本条約(1965年)にからめた説明も史実からいってトンデモである。
片山は、前掲書の中で、終戦直後、朝鮮人が日本各地で暴動や争乱を起こし、その圧に屈する形で在日コリアンに生活保護を与え、停滞する日韓交渉の材料として使用した、というニュアンスでしめ括っている。
日韓条約が難航したのは、1910年からの日本の朝鮮統治を巡る日本政府と韓国政府の解釈の違いであり、日本政府は10年から韓半島に投資した在留日本資産処理について、韓国政府は植民地統治の被害者として賠償を強硬に要求する立場という、二者の利害が徹底的に対立したからである。
日本の敗戦と共に、日本国内にいる在日コリアンの多くは韓半島に帰還したが、1950年の朝鮮戦争勃発によって再び日本に密航のような形で渡ってくるものがいるなど、混乱を極めていた。
日韓条約交渉は1951年から開始され、実に1965年の条約締結まで14年を要した長期交渉であった。その間、日本経済は朝鮮特需を経て戦後混乱期から見事に脱却し、高度経済成長が開始され、1964年にはアジア初となる東京五輪大会の大成功と、日本はまさに「昭和元禄」とされる活況を謳歌していた。
■「都市下層民」への福祉が始まったのは1972年から
一方で農村から都市部に大量に流れ込む単純労働者の増加に対し、都市インフラは追いつかず、大都市部の下町などには不良住宅地域が形成され、それらの「都市下層民」は当時躍進しつつあった公明党や共産党などに政治的には吸収されていった。
政局は、親米反共を標榜する岸内閣(1957~60年)による安保問題、保革の衝突が激化し(60年安保)、安保延長と引き換えに岸内閣は総辞職するという急展開をみせる。
このようなカオス的世相にあって、元来日本に確たる財産を持たない在日コリアンが都市の中で貧困に陥ったことは当然であり、政府は人道上の措置として在日コリアンを含む外国人に対しても生活保護を受給させた。
が、真の意味で「都市下層民」への福祉が実施されるのは1972年、田中角栄内閣における「福祉元年」以降を待たねばならず、これらの措置は「行き詰まった日韓交渉を進展させるために利用されたもの」とは何の関係もない。片山はこのような日本昭和史における基礎的な事実の把握と、素養がないように思えるのは私だけだろうか。片山理論はその後も、ネット論壇に影響を与え続けている(※2)。
※2:片山理論をトレースする政治家/「次世代の党」も片山理論を採用した党である。「日本の生活保護なのに 日本国民なぜ少ない 僕らの税金つかうのに 外国人なぜ8倍」(旧・次世代の党製作“タブーブタのウタ”より)。このネットプロパガンダCMでは、外国人を在日コリアンと明示することはしないまでも、次世代の党が公式に後日、「在日コリアンの受給世帯の割合と日本人の保護人員を比べたもの」と釈明したことからも明瞭なように、「片山理論」そのままに、「外国人=在日コリアン」と読み替えているものだ。そしてその「外国人=在日コリアン=8倍」という数字の根拠も、まったく不明な出鱈目なものである。
■ネット右翼が標的にした「貧困女子高生」騒動
2016年8月18日、NHKの「ニュース7」の中で報じられた「貧困女子高生」報道にネット右翼が火を吹いた。この報道を要約すると、母子家庭の女子高生が、低所得のため専門学校への進学費用である約50万円を捻出できず進学をあきらめてしまったこと、その他に家にエアコンがない、パソコンがない、という窮状を扱ったものである。
これに対してネット右翼が「本当は(この女子高生は)貧困ではないのではないか」と疑いを持ち、SNS等で「本人特定」を開始。その結果、過去の個人情報を洗い出し、やれアニメのグッズを買った、高い画材を買った、高いランチを食った、映画に行った、DVDやゲーム機を持っている、などと私生活の消費動態を徹底的に調べ上げ、「NHKの捏造だ!」と大騒ぎした(貧困女子高生騒動)。
これは片山の「河本準一が贅沢をしている証拠がネットの中からたくさん出てきたのに……」という前掲書の内容と驚くほど酷似する過程を採っている。
貧困女子高生は、本当は豪勢な生活をしているのに、まるで同情を誘うかのように「貧困」を装っているに違いない。このような人間に同情するのは間違いである──、という思い込みが片山に、いやネット右翼全体にある。
■「中国と韓国に負けるな」という全く意味不明の結論
これは「既存の大手マスメディアで報道されている救済の対象とされるべき事例は、偏向したメディアによる嘘に違いない」という大メディアへの不信、呪詛が大きな背景にある。いみじくも別項の杉田水脈の部分で詳述したように、ネット右翼にとっては「人道主義」=「左翼」として唾棄の対象としたように、ごく簡単に言ってしまえば「NHKは左翼なのだから、そこで報道されるお涙ちょうだいの人道主義は嘘である」という思い込みである。だが女子高生が一見派手に見える生活をしていたからといって「貧困ではない」と断じてしまうのも実に浅はかである(※3)。
※3:女子高生の生活と貧困度が比例しない理由/一般的に低所得者は、高価な消費財を買うのが難しいので、小さな消費行動をため込み、消費のフラストレーションを小出しに開放する。すると部屋にモノが溢れるが、パソコンや車、土地や住宅といった高価な耐久消費財や不動産は持っていない。よって、くだんの女子高生の部屋がアニメグッズや小物で溢れているのは、なんら不自然ではないのである。
片山の前掲書の最後は、次のように締めくくられている。
〈私たちも、日本人として、中国や韓国に負けたくないと思うのなら、サッチャーのような強さを子どもたちに教えなければなりません。そのための第一歩が、日本国憲法を改正し、戦後を終わらせることなのです〉
「日本人」による生活保護不正受給への問題提起から始まった「片山理論」は、いつのまにかそれが「外国人」になり、最終的には「在日コリアン」に置き換えられて話が進んでいき、その結果は「中国と韓国に負けるな」という全く意味不明の結論で締めくくられている。
生活保護不正受給の解明は結構だとして、中国と韓国に負けないことと何が関係するのだろうか。どのようにすればこのような思考回路になるのか。東京大学法学部卒、という片山の華麗な学歴に不安を覚える一方で、片山が東大在学中に「ミス東大」に選ばれ、またぞろ女性性を売り物にした青春時代を送っていた(であろう)ことに、私はなにやら薄暗い不気味な男性への追従を感じざるを得ないのである。
1959年生まれ。埼玉県さいたま市出身。前都知事・舛添要一氏の元妻。東京大学法学部卒業後、大蔵省入省。2005年、郵政選挙にて「刺客候補」として出馬(静岡7区)、当選。10年、参院選(比例区)にて当選。2018年10月2日に発足した第4次安倍改造内閣では、唯一の女性閣僚として地方創生担当相に選ばれた。
(文筆家 古谷 経衡 写真=EPA/時事通信フォト)
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