"極論"に走るメディアは自滅するしかない
プレジデントオンライン / 2018年10月4日 9時15分
■「廃刊」の発端は杉田水脈衆院議員の寄稿だった
新潮社が9月25日、月刊誌「新潮45」の休刊を発表した。同誌は8月号で性的少数者(LGBT)について「生産性がない」とする寄稿を掲載し、批判を受けていた。
新潮社は「部数が低迷して試行錯誤を続ける過程で編集上の無理が生じ、厳格な吟味やチェックがおろそかになっていた」と説明し、「十分な編集体制を整備しないまま刊行を続けてきたことに深い反省の思いを込めて休刊を決断した」と謝罪した。
「新潮45」は事実上の廃刊に追い込まれた形で、発売中の10月号が最終号となる。なぜこんなことになったのか。
発端は、杉田水脈(みお)衆院議員(自民)の寄稿だった。杉田議員は同誌の8月号への寄稿で、「LGBTのカップルのために税金を使うことに賛同が得られるものでしょうか。彼ら彼女らは子どもをつくらない、つまり『生産性』がないのです」と主張し、批判を集めた。これに対し、同誌は10月号で「そんなにおかしいか『杉田水脈』論文」と題した特集を掲載。さらなる批判を呼び、新潮社と関わりがある作家が執筆とりやめを告知したり、一部の書店が新潮社の刊行物を引き上げたりする騒動となった。
「新潮45」は1985(昭和60)年創刊の月刊誌で、ピーク時の2002年には10万部を発行し、新潮社のひとつの“顔”となってきた。だが、この数年の発行部数は1万5000部程度にまで落ち込んでいた。
「LGBT批判」といった極端な主張を展開するようになったのも、部数低迷に歯止めをかけるための施策だったようだ。だが、部数は伸びず、休刊に追い込まれた。
■「社論」の極論化は新聞の読者離れを進めるだけ
こうした部数の低迷は「新潮45」のような雑誌に限らない。新聞も発行部数を落とし続けている。
そして新聞社も、一定の読者を確保しようと、「社論」を極論化させている。まさに貧すれば鈍するで、沙鴎一歩は新聞の読者離れを進める一因ではないかと疑っている。
たとえば産経新聞。今年2月8日付の1面と3面に大きく「おわびと削除」を掲載した。これは昨年12月、沖縄県内で起きた交通事故で「米兵が日本人を救出した」と報じた記事が「誤報」だったことを認めるものだ。産経は誤報の原因を「沖縄県警への取材を怠る」など取材が不十分だったとし、さらに記事のなかで沖縄の地元2紙を批判したことに「行き過ぎがあった」と謝罪した。
■沖縄の地元2紙を「日本人として恥だ」と罵った産経新聞
この産経新聞の誤報に対し、毎日新聞の社説(2月10日付)は「報道の本義を再確認する」との見出しを付けて厳しく批判した。全国紙でこの産経新聞の誤報を社説で取り上げたのは毎日新聞だけだ。
毎日社説は「残念ながらメディアは間違えることがある。だからこそ、私たちも他山の石として自戒したい」と主張したうえで、「ただし、今回の産経記事が特異なのは、琉球新報と沖縄タイムスの地元2紙が米兵の行動を『黙殺』していると一方的に非難し、インターネット版では『メディア、報道機関を名乗る資格はない。日本人として恥だ』とののしったことだ」と指摘している。
産経新聞はこの毎日社説の批判に何の反論もしなかった。おそらく反論できなかったのだろう。急所を突かれたわけで、ぐうの音も出なかったのだと思う。
さらに毎日社説は「自民党の会合で米軍に批判的な沖縄2紙を『つぶさなあかん』という発言が飛び出したことがある。産経の記事も同様の考えを背景に、事実関係よりも地元紙攻撃を優先させたようにすら思える」と書いた。
この毎日社説の推測が当たっているとしたら、何とも情けない話である。産経新聞の報道姿勢は、ジャーナリズム精神を失っている。
■「どの筆者の、どの表現に問題があった」のか
「新潮45」の休刊問題も、ジャーナリズム精神のあり方を問うものだといえる。
朝日新聞は9月27日付の社説で「老舗出版社の誇りは、どこにいってしまったのか。そう言わざるを得ない事態だ」と書き出したうえで、次のように論を展開している。
「休刊を伝える文書には『企画の厳密な吟味や十分な原稿チェックがおろそかになっていた』『深い反省の思い』などの言葉が並ぶ。だが、そこに至った経緯はきわめて不透明だ」
「いったい、どの筆者の、どの表現に問題があったと考えているのか。この問いにも、同社は『外部の筆者だから特定は控えたい』と言うばかりだ。企画に関する編集部内での話し合い、原稿を受け取った編集者の認識、筆者とのやり取りの有無などは明らかにされず、再発防止の取り組みも見えない」
朝日社説が指摘する通りだ。「どの筆者の、どの表現に問題があった」のか。そこが明らかにされなければ、新潮社の取り組みを信じることはできない。新潮社は日本を代表する出版社のひとつだ。批判に対して休刊という手段で応じるのではなく、言論によって説明する責任がある。
■「新潮ジャーナリズム」はどこに行ったのか
朝日社説もこう指摘している。
「これでは言論機関の責任放棄と言われても、やむを得ないだろう。10月号の企画の冒頭で『真っ当な議論』を呼びかけたにもかかわらず、一気に休刊に走って議論の可能性をみずから閉ざしてしまったこととあわせ、疑問は尽きない」
議論の可能性を自ら閉ざしたものをジャーナリズムとは呼ばない。「新潮ジャーナリズム」はどこに行ってしまったのだろうか。
■「人間ならパンツは穿いておけよ」という文章が素通り
毎日新聞も9月27日付で社説のテーマに取り上げている。
その社説の中で「最も問題になったのは、文芸評論家の小川栄太郎氏の論文である。LGBTを『ふざけた概念』と言ったうえで、LGBTと痴漢を同列にするような非常識な表現があった」と名前を挙げて批判している。
先述の通り、新潮社はどの部分に問題があったのか明らかにしていない。小川氏は寄稿で、「テレビなどで性的嗜好をカミングアウトする云々という話を見る度に苦り切って呟く。『人間ならパンツは穿いておけよ』と。性的嗜好など見せるものでも聞かせるものでもない」と書いている。なぜこのような文章が、編集を素通りして掲載されたのか。新潮社は見解を明らかにするべきだ。
毎日社説は「新潮45」の問題について、こう総括する。
「出版社などの雑誌ジャーナリズムは、人間や社会の本音を描き、議論を巻き起こすことが強みだ。行儀の良さではなく、過激な表現で醜悪さを報じることもある。しかし、今回はその度を越していた」
■極論を安易に振りかざせば、良質な読者は去ってしまう
そのうえで、雑誌にあったはずの編集機能が失われていると指摘する。
「ネット言論が台頭し、右傾化した言説や論客が保守系メディアにもてはやされるようになった。同誌にもここ数年、保守系・反リベラルの論者が多く登場している」
「出版メディアがネット媒体と違うのは、さまざまな情報をフィルターにかけ、品質をきちんと管理する編集機能が存在することだ」
「同誌は、極端な意見を掲載することで、一部の極端な読者層を取り込もうとする『偏向商法』だったと言われても仕方ないだろう」
毎日社説の指摘の通りだが、この言葉はそのまま新聞にも跳ね返ってくる。新聞社は発行部数の低迷に悩んでいる。「新潮45」のような事態に陥る危険性もある。産経新聞の誤報は、その一例にすぎない。
「売れればいい」と極論を安易に振りかざせば、良質な読者は去ってしまう。過激さばかりを求める読者に付き合っていれば、取り返しのつかない事態を招く。本当のジャーナリズムは、右や左にわかれるものではないはずだ。各メディアに他山の石としてもらいたい。
(ジャーナリスト 沙鴎 一歩 写真=時事通信フォト)
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