被災地で"白米よりパン"が求められた理由
プレジデントオンライン / 2018年10月5日 9時15分
■「停電時に使えるレシピの記事をすぐに上げよう」
2018年9月6日の朝、未明に起きた北海道胆振東部地震のニュースをスマホで見た私は、そのままチャットアプリを開いて「クックパッドニュース」編集部のメンバーへメッセージを送りました。「停電時に使えるレシピの記事をすぐに上げよう」。
「クックパッドニュース」は、月間約5500万人が利用する料理レシピ投稿・検索サービス「クックパッド」が2013年9月から運営しているWebメディアです。主な記事発信は、クックパッド内のレシピを活用した献立の提案です。ただし、「災害時にも役立つレシピ集」というカテゴリも常設しています。
日本は災害大国です。クックパッドニュースでも、事あるごとに非常時の食生活を支えるレシピを記事にして配信してきました。これらをまとめた「災害時にも役立つレシピ集」のカテゴリを活用し、北海道胆振東部地震の被災地に向けて、必要な情報をいち早く提供しようと考えました。
■「土鍋でご飯」が地震前日の480倍以上に急増
早速、編集部全員で記事の作成に動き、6日午前中に「【停電時に役立つ】カセットコンロがあればできるご飯の炊き方・パスタの茹で方」、正午には「【停電時の緊急レシピ】常備している缶詰でできる簡単おかず」の2記事を配信しました。これは2016年4月の熊本地震での経験を活かしたものです。
7日には、地震発生後のクックパッドの検索データ分析を進めていた社内の別部門のメンバーからも情報共有がありました。
「昨日、北海道エリアの“ご飯”の検索頻度は、地震発生3日前の36倍以上に増加していました。特に炊飯関連では、地震発生3日前まではほぼなかった“土鍋でご飯”というキーワードが登場し、検索頻度は地震前日の480倍以上に急増しています」
■「8日から“パン”の検索頻度が上がってきています」
北海道エリアのレシピ検索頻度は地震発生後に大幅に減少し、発生3日前と比較して一時的に73.0%減となりました。その後、電気・水道などのライフライン復旧に伴って徐々に回復し、約3日で地震発生前の水準に戻っていきます。
地震発生直後に急激に増えた炊飯関連の検索量も、2日後には収束しつつありました。しかし、被災地では引き続き節電が求められており、データ分析を進めていたメンバーからも「土鍋だけでなく、“圧力鍋”などでごはんを炊く方法の検索数が上がってきている」との続報が入りました。節電要請を受けて、被災地域の家庭では加熱が短時間ですむ調理器具を活用して調理をしようとしていることがうかがい知れました。
さらに、「これはまだ調査中ですが」と前置きし、前出のデータ分析担当者が、もう一つの事象について教えてくれたのです。「8日から“パン”の検索頻度が上がってきています」と。
■検索キーワードのトップは“ご飯”から“パン”へ
最初は、パンを使った料理レシピの検索頻度が上がっているのだと思いました。しかし、検索キーワードを見ていくと、“手作りパン”“パン 簡単”“パン フライパン”などが上昇しており、明らかにパンを作るためのレシピを探していることがわかったのです。
地震発生から2日後、検索頻度が落ち着きつつあった“ご飯”に代わって、検索キーワードの上位に“パン”が登場してきました。
非常時に、なぜわざわざパンを手作りするのでしょうか。確かに物流網が寸断されている中、パンを店頭で手に入れることは難しいのかもしれません。しかし、主食としては白米があるはず。ほとんどの家庭で多少の備蓄はあるであろうと想定すると、お米が底を尽きるタイミングとしてはまだ早いようにも思います。
しかし、検索頻度の推移を見ると、8日にはご飯よりもパンが頻度高く検索されるようになっていったのです。
お米が手元にあったとしても、あえてパンが求められる背景には何があるのか。
理由をつかみきれない状態ではありつつ、それでも検索頻度が上がっているのであれば情報を必要としている方は実際にいるのだと考え、9月10日に「【非常時に】家にある材料×フライパンでできるパンの作り方」という記事を新たに公開しました。
“パン”と共に“牛乳なし”“ノンバター”というキーワードが掛け合わせて検索されていたことを踏まえ、牛乳・バター・卵などの生鮮品は手に入っていない状況を想定。小麦粉などの粉類と水で作れるパンのレシピを複数紹介したところ、この記事もやはり多くの方に読まれたのです。
■なぜ「手作りパン」のニーズが高まったのか
後日、クックパッドニュースの取材にも何度かご協力いただいている災害医療スペシャリストの石井美恵子さんに連絡を取りました。東日本大震災被災地をはじめ、スマトラ島沖地震、中国四川大地震などへの支援経験も持つ、日本の災害医療支援活動の第一人者である石井さんなら、被災後の生活について何か考察をいただけるのではないか。もしくは独自のネットワークで被災地の情報を既に入手しているかもしれない――。その読みは当たり、石井さんはこんなお話をしてくださいました。
「千歳で働く、医療支援活動もしていた友人たちから得た情報では、被災地ではお米が品切れになって手に入らなかったそうです。農家の方でも、玄米で保管しているでしょうから、停電で精米機を動かせないとお米がないのと同じ。白米を買うしかなかったかもしれませんね。そのため、ご飯の代わりにパンを作ろうという発想になったのではないかということでした。結果、店舗でもお米の次に強力粉が品切れになっていたそうです。お好み焼きを作ってるという人も多かったようですよ」
「記憶に新しい熊本地震の時の特徴は、長く続く余震。北海道地震は何といっても停電です。災害の性質、災害によるインパクトによって、人々の生活は必然的に方向づけられるのかもしれませんね」
■「これさえあれば大丈夫」より「選択肢」を増やしておく
熊本地震はガスが止まって電気の被害は比較的軽かったという、北海道胆振東部地震とは逆の状況でした。このため、「電子レンジ」「炊飯器」などの調理家電を使った調理法の検索頻度が高まりました。また、石井さんが指摘されていた通り、余震が長く続いたため、ガス復旧後も火を使うのが不安な状況にあったことも、レンジ調理レシピなどが多く求められた一因として推測できます。
一方、北海道胆振東部地震の被災地では、停電を受け、ガスを使った調理方法が求められました。その結果として、比較的手に入りやすかった小麦粉などの粉類を活用して「パン」を作ろうという動きが顕著になったのでしょう。ダメージを受けたインフラの種類によって、被災後の食の確保手段にも違いが出てくるのです。
石井さんは、食に関する災害時の備えとしては「ありきたりですけど、やっぱりカセットコンロと水、食材があれば何とかなると思います」とした上で、警鐘を鳴らします。
「ただし、ポイントは過信しないこと。代替手段、多様な選択肢をもって、備えておくことが肝要です。これさえあれば大丈夫、と短絡的に考えるのはリスクを増すのだと思います。今回のパンは、まさにお米の代替手段だったのでしょうね」
「しかし、粉のままでは代替手段にはならない。クックパッドのレシピのように、“どう使うか”という情報と合わせて初めて代替手段となり得ます。こうした情報を得ておくことも重要な災害時の備えになるのだと思います」
■非常時に活きるのは、特別な備蓄より「調理スキル」
災害の種類、居住エリアによって、ダメージを受けるライフラインは異なります。電気、水、ガス、それぞれが絶たれた時を想定し、食材をどう確保して日常生活を取り戻していくかを考える必要があります。
今回の北海道胆振東部地震、熊本地震ともに、白米のほか小麦粉やホットケーキミックスなどの常備食材が活躍しました。ここから読み取れるのは、災害のためにあえて特別な食材の備蓄を行うことより、手元にある食材を活用し、限られた条件の中でも日常に近い形でおいしく調理する方法を知ることの方が重要だということです。「どんな食材でも万が一の時には活用できる」という意識があれば、突然の災害にも必要以上に慌てずにすむのではないでしょうか。
災害時には、ストレスが非常に高まります。そんな時こそ、なじみのある食材で料理を作ることやそれを共に食べることで得られる安心感が求められます。心がホッとする“いつもの食卓”を再現できることが、一日も早く日常生活を取り戻すための大きな足がかりになる。それが、今回の調査を通じて私たちが改めて感じたことです。
こうした知見は、創業から20年以上たった老舗サービスであること、そして災害大国日本だからこそ得られる、生き抜くための知恵です。クックパッドのグローバル拠点の担当者たちへも積極的に共有を始めており、今後各地で起こり得るあらゆる災害に備え、私たちにしかできない被災地支援の輪を世界中に広げていけたらと考えています。
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クックパッドニュース 編集責任者
1976年生まれ。2000年より、人材ビジネス企業にて転職サイトの企画・運営、キャリア・転職をテーマにしたオウンドメディアの立ち上げ・編集に携わり、のべ1500名以上のビジネスパーソンの取材に従事。2018年6月、クックパッドへ入社。編集部 編集グループ グループ長として、同社のオウンドメディア「クックパッドニュース」の編集責任者を務める。
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(クックパッドニュース 編集責任者 福井 千尋)
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