"劣化したオッサン"生み出す日本企業の罪
プレジデントオンライン / 2018年10月9日 9時15分
※本稿は、山口周『劣化するオッサン社会の処方箋』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
■「日本企業は人に優しく、外資系企業は厳しい」は本当か
現在の50代・60代のオジサンたちは、「大きなモノガタリ」、つまり「いい学校を卒業して大企業に就職すれば、一生豊かで幸福に暮らせる」という昭和後期の幻想が存在することを前提にして20代・30代のときに社会適応したにもかかわらず、そのあと社会から裏切られてしまった世代だと言えます。
ここでは、同じ問題を別の角度から考察してみましょう。
それは、よく言われる「日本企業は人に優しく、外資系企業は厳しい」というのは、本当なのかという問題です。
このような指摘がなされる要因は非常にシンプルです。すなわちそれは「外資系企業は容赦なく人を解雇するけれども、日本企業は解雇しない」ということでしょう。
確かに、解雇は当人にとってたいへん大きなストレスになりますから、これをなるべくしないということは「優しさ」と解釈してもおかしくはありません。
しかし、解雇せずに会社のなかに留め続けておいた人材が最終的にどうなるかというと、結論は明白です。社員数が10万人を超えるような企業であっても社長は1人しかいませんから、どこかでキャリアの天井にぶつかることになります。
では、キャリアのどの段階で天井にぶつかるかというと、多くの日本企業では四十代の後半で、ということになります。
■40代後半で取れるキャリアオプションはほとんどない
しかし、これが本当に「優しい」のでしょうか。40代の後半で、「あなたはこの会社ではこれ以上の昇進は望めませんよ」と言われても、その時点で取れるキャリアオプションはほとんどありません。
先述したとおり、その人の労働市場における価値は、人的資本と社会資本の厚みによって決まるわけですが、多くの人は会社の内部にこれらの資本を蓄積するため、資本が人質となってロックインされてしまうからです。
逆に会社側は、従業員に対して様々な選択肢を持つ、つまり煮て食おうが焼いて食おうが、どうしてもいいということになり、経済学的にいえば、雇用者と被雇用者のあいだで極端なオプションバリューの非対称性が生まれてしまうことになります。
■外資系なら早い段階で仕事の向き不向きが分かる
一方でよく「厳しい、厳しい」と言われる外資系企業について考えてみると、そのとおり、確かに短期的には厳しい側面もあるかも知れませんが、中長期的に考えてみると違う風景も見えてくる。というのも、キャリアの若い段階で仕事の向き・不向きがはっきりするわけですから、結果的には自分のオプションバリューが増えるわけです。
これはシリコンバレーの経済システムと同じで、要するに全体・長期の反脆弱性の高さは、早めにたくさん失敗するという部分・短期の脆弱性によっている、ということです。
もちろんその瞬間はとても辛いものがあります。誰だって「君のパフォーマンスは会社の期待を満たしていません。来週から来なくていいので転職活動を始めてください」と言われれば大変なショックを受けます。筆者自身もそのように言われたことがありますし、昨日まで一緒に働いていた人がそのように言われて会社を去っていくのもたくさん見てきました。
日本の大企業の人からすると、そういうのは耐えられない、ということになるのかも知れませんが、結局のところ「あなたはここまで」と言われる年齢が早いか遅いかだけの問題であって、であれば、まだほかの道を選択できる若いときに言ってもらった方が本人のためだという考え方もできます。
■組織が大きくなるほど出世の確率は下がる
さらに指摘を重ねれば、企業が大きくなればなるほど、重職に出世できる確率は低くなります。当たり前のことですが、どんなに大きな会社であっても社長は基本的に1人です。エグゼクティブの総数もせいぜい20人程度でしょうか。
つまり、その組織のなかにいて人の羨望を得られるようなポジションにつける確率というのは、組織が大きくなればなるほど低くなるわけです。
仮に、
B:社員1000人の会社で役員は10人
C:社員1万人の会社で役員は20人
という標準的な社員=役員比を想定してみれば、それぞれで組織人員に占める役員の比率は、
B:1%
C:0.2%
ということになります。
日本の大企業はすべてマックス・ヴェーバーが定義するところの「官僚型組織」になっていますから、上層部のポジションは等比級数的に少なくなる。つまり、組織が大きくなればなるほど「あなたはここまで」と言われてホゾを噛むことになる確率も高まる、ということです。
外資系企業の場合、ほとんどの人はキャリアの早い段階で「あなたはここまで」と言われ、会社を移ることになります。
先述したとおり、これは大きなストレスになるわけですが、それは一時的なもので、筆者の友人・知人を見る限りは、ほんの2、3年もすれば新天地を見つけてのびのびと仕事をするようになります。恋愛と同じですね。
■「あなたはここまで」と言われたあとの“地獄”
一方で、日本の大企業の場合、「あなたはここまで」と言われる年齢が40代以降なので、その時点で取れるキャリアオプションはほとんど残っていません。
結局は「辞めるよりも、今の場所でソコソコにやっていくしかない」ということになり、その場所から、華々しく活躍してどんどん昇進していく人たちを眺め続けなければならない。つまり「自分を拒否する組織に残り、拒否されない人の活躍を見続ける」ことになるわけです。
その上で、組織内の序列階級は内部者にわかりやすく共有されますから、「あの人、あそこで止まっちゃったね」というのが明確にわかることになる。これは実に過酷な状況ではないでしょうか。
社会学者の見田宗介は、現代社会を「まなざしの地獄」と評しました。相互が相互に銃弾のような眼差しを交わしながら、お互いの社会的な立場や経済力を一瞬で値踏みし、「勝った、負けた」の精神消耗戦を毎日のように戦っている、という地獄です。
このような地獄に残りながら、エグジットするというオプションも取れないままに、まだまだ残り多い職業人生を生きていかなければならないのだとすれば、おかしくならないわけがありません。
■仕事人生の前半戦で「ゲームオーバー」する人々
40代の後半で「あなたはここまでですよ」と言われてしまうことの悲惨さは、今後、おそらく社会的と言っていい重大な問題を生み出すことになるでしょう。
なぜなら、おそらく近い将来にやってくる「人生100年時代」では、40代後半というのは、いまだ折り返し点にもいたっていないキャリアの前半戦に過ぎないからです。
従来の仕事人生、つまり20歳前後まで学習、その後就職して60歳前後まで仕事、その後は引退するという「3ステージモデル」を前提にすれば、四十代後半でレースから降りたとしても、残りの10年プラスアルファを引退への準備期間として甘んじて受け入れることができたでしょう。
しかし、人生が100年になんなんとする時代においては、40代後半というのは、キャリアの折り返し点にもいたっていない可能性がある。
自分の仕事人生がこれからまだまだ続く、いやむしろ、いよいよこれから実りが得られるという「旬の時期」の前に、「あなたはここまで」と言われながら、別のキャリアを探そうにもどうしようもない、そういう状況に陥る人が多数生まれてくるのです。
これは間違いなく大きな社会的混乱を巻き起こす要因になると思われます。
■人生は「3ステージモデル」から「4ステージモデル」へ
この問題を考察するにあたって、予防医学者の石川善樹が提唱する「人生を四つのステージに分けるコンセプト」を引いてみましょう。
すなわち、春に当たるファーストステージの0~25歳は、基礎学力や道徳を身につける時期、夏に当たるセカンドステージの25~50歳は、いろんなことにチャレンジし、スキルと人脈を築くとともに、自分はなにが得意で、なににワクワクするのかを見つける時期、そして秋に当たるサードステージの50~75歳は、それまで培ってきたものをもとに自分の立ち位置を定めて世の中に対して実りを返していく時期、そして冬に当たるフォースステージの75~100歳は余生を過ごす時期、というモデルです。
これはロンドン・ビジネス・スクールのリンダ・グラットンも指摘していることですが、私たちは長いこと3ステージモデルに慣れ親しんでいるため、どうしても60歳程度で引退し、80歳程度で亡くなるということを前提にして考えてしまいがちです。だからこそ「四十代後半で多くの人がゲームオーバーになる」という現在の慣習について、消極的ながらも受け入れている。
しかし、多くの識者が指摘しているとおり、私たちの寿命は長期的な伸長傾向にあり、近い将来、多くの人が100歳まで生きることになる。加えて、現在では年金制度の破綻がほぼ明確になっているなか、多くの人が引退年齢をこれまでよりずっとあとに送らなければならない状況が生まれます。
『ライフ・シフト』の共著者である経済学者のアンドリュー・スコットは、100歳まで生きる時代になると、引退後の蓄えを作るために、ほとんどの人が80歳まで働かなければならなくなる、と指摘しています。
■「劣化したオッサン」を生み出す罪作りなシステム
さて、この「4ステージモデル」を現在の日本企業の人事慣行と照らし合わせて考えてみれば、これからいよいよ人間的に成熟し、社会に対して実りを返していくというのが「秋=サードステージ」であるにもかかわらず、このステージでイキイキと活躍できる人は、ごくごく少数しかいないということになります。これは国家的な資源の浪費と考えられます。
さらに指摘をすれば、このようなモデルを続ければ、本来は「仕込みの時期」として重要なセカンドステージが、極めて熾烈な「生き残り競争」のステージになってしまう、という問題があります。
サードステージで輝けばいい、と思えばこそ、その前段となるセカンドステージでは、いろいろな体験にチャレンジし、自分はなにが得意なのか、なにをしているときにワクワクするのかを理解し、いわば「自分の取説」をちゃんとまとめる余裕もできる。
しかし、40代の後半でゲームの決着がついてしまうということになれば、「様々なことにトライして失敗する」だの「様々な分野の知識を吸収する」だのとは言っていられず、とにかく目の前にいる上司から与えられた仕事を、その仕事の社会的意義や道徳的な是非など問うことなく、しゃかりきになって奴隷のようにこなすしかないでしょう。
これが、結局のところ教養も道徳観もない「劣化したオッサン」を生み出している要因なのだとすれば、極めて罪作りなシステムを運営しているというしかありません。
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コーン・フェリー・ヘイグループ シニア クライアント パートナー
1970年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部哲学科卒業、同大学院文学研究科美学美術史学専攻修士課程修了。電通、ボストン コンサルティング・グループ等を経て、コーン・フェリー・ヘイグループに参画。
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(コンサルタント 山口 周 写真=iStock.com)
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