相撲協会が"貴乃花の政界進出"を恐れる訳
プレジデントオンライン / 2018年10月6日 11時15分
■きっかけは横綱・日馬富士による殴打事件だった
「貴乃花が安倍首相と極秘に会い、来年夏の参議院選挙に出る」
こんな噂が永田町を駆け巡っているそうだ。にわかには信じられないが、この話に「相撲協会への意趣返し」という意味合いが付け足されると、若干の真実味が加わってくる。
貴乃花と八角理事長が牛耳る日本相撲協会との「遺恨試合」の経緯を少しさかのぼって見てみたい。
きっかけは昨秋に起きた横綱・日馬富士による貴ノ岩殴打事件だった。
現場となったのは鳥取市内にあるラウンジ「ドマーニ」。その場で白鵬が照ノ富士と貴ノ岩に説教している際中、貴ノ岩がスマホをいじっているのを見て日馬富士が激怒、ビール瓶やゲーム機のリモコンなどで殴り、ケガを負わせたのだ。
『週刊新潮』(10月11日号)によると、それに至る伏線があったという。昨年初場所で白鵬は貴ノ岩に金星を献上しているが、その前夜、白鵬のマネージャーが貴ノ岩に何度も「怪しい電話」をかけていた。八百長を頼んできたのだという説がある。
金星を挙げた貴ノ岩は、「俺はガチンコで横綱・白鵬に勝った」と、行きつけの錦糸町のモンゴルバーなどで吹聴し、それが白鵬たちの耳に入ったというのだ。
■なぜそこまで「告発状の取り消し」にこだわるのか
事件後、なるべく穏便に収めようとする相撲協会と、警察に被害届を提出して事件の徹底解明を求める貴乃花親方との間に、深い亀裂が入った。
貴乃花は、警察の捜査を優先したいと、相撲協会の危機管理委員会による貴ノ岩の事情聴取を拒否した。そうした貴乃花の姿勢が問題になり、協会の理事を解任されてしまう。
貴乃花も反撃に出る。今年の3月9日、事件に対する相撲協会の対応について問題ありと、内閣府に告発状を提出したのである。だが、その後すぐに、弟子の貴公俊の付け人への暴力沙汰が表に出て、貴乃花は告発状を取り下げざるを得なくなってしまう。
相撲協会側はそれでも矛を収めず、告発状の内容が事実無根であったと認めるよう、貴乃花に圧力をかけ続けるのだ。
なぜそこまで告発状にこだわるのだろうか。『アサヒ芸能』(10月11日号)は一つの「仮説」を提示している。「告発状には相撲の根幹を揺るがすタブーについても触れられていた」(スポーツジャーナリスト)というのだ。
■両者が絶対に引けないチキンレースへ
「その中には過去の協会の不祥事として、弟子へのかわいがり、野球賭博、そして最大のタブーたる八百長に関しても記述があったようです。(中略)協会としては税制上の優遇措置が受けられる公益財団法人の立場を取り消されるおそれがあるため、なんとしてでもこの告発状の存在を抹消したかった」(相撲部屋関係者)
その八百長の温床になっているのが、モンゴル人力士たちが集まって飲み合う「モンゴル互助会」だと貴乃花は考えているようである。
現役時代、ガチンコ相撲で21回の優勝をした貴乃花としては、絶対見過ごすことのできない「悪習」である。
告発状に書いたことは全部真実だと主張する貴乃花と、何が何でもそれを撤回させたい相撲協会とのガチンコ勝負は、両者が絶対引けないチキンレースの様相を呈していくのである。
■臨時年寄り総会で2時間ものつるし上げがあった
変化が出たのはこの夏だった。稽古場で貴乃花が倒れ、救急車で病院に運ばれ緊急入院してしまうのだ。幸い、すぐに回復したが、元大横綱も46歳。病院のベッドで来し方行く末を考えたのではないだろうか。
9月に入って「貴乃花が引退する」という情報が流れ始めたという。
日馬富士殴打事件以来、貴乃花側に立っていい分を載せ続けてきた『週刊文春』(10月4日号、以下『文春』)は、この情報をつかんでいたようである。9月25日の引退会見が行われる前日、文春の記者が貴乃花に「相撲協会を辞めるのか」と問いかけていた。
『文春』によると、「平成の大横綱を退職に追い込んだのは、日本相撲協会による“搦め手”の凄まじい圧力だった」。弟子の不始末によって告発状を取り下げた経緯を報告した臨時年寄り総会で、協会を混乱させたとして貴乃花への怒号が飛び交い、2時間ものつるし上げがあった。
だが、貴乃花は不始末を起こした弟子が相撲を続けられるよう、ひたすら頭を下げ続けていたという。
■メディア側の弱腰が、貴乃花を追い詰めていった
さらに協会は、あからさまな貴乃花排除工作を仕掛けてくるのだ。6月に貴乃花は自分の部屋を自ら潰して無所属になっていたが、「7月の理事会で、全親方は角内にある5つの一門のうち、いずれかに必ず所属しなければならない」と決め、従わなければ、協会員の資格を失うと、ひそかに決めたのである。
相撲協会側は、「一門の位置付けを明確にし、ガバナンスやコンプライアンスを強化するため」と、取って付けたような説明をしているが、下心は見え見えである。
それも、貴乃花が会見で話さなければ、表面化しなかったという。相撲記者たちは知っていたのだろうが、どこも書かなかったようだ。
『文春』(10月11日号)によれば、大横綱・貴乃花が引退するというのに、テレビ局は貴乃花の過去の映像を使わなかった。理由は「協会の許可が必要だから」だというのだ。
「協会と関係を悪化させてもいいことは何もありませんから」(テレビ局関係者)
今年2月に貴乃花の独占インタビューをやったテレビ朝日に、協会は猛抗議したそうで、今も出入り禁止が続いているという。こうしたメディア側の弱腰が、協会の理不尽なやり方を許し、貴乃花を追い詰めていったことは間違いない。
■弟子たちまでターゲットにされたら、引退するしかない
貴乃花と弟子を全員受け入れる条件は、「告発状が事実無根だということを認める」ことだと、ある親方からの圧力があったと、会見で貴乃花は語っている。
『文春』の貴乃花インタビューによれば、“圧力”をかけてきたのはかつて盟友だったが、いち早く二所ノ関へ復帰して貴乃花を捨てた阿武松親方のようだ。ただし『文春』の直撃に阿武松は、「それは絶対ない」と否定している。
貴乃花たちを受け入れてくれる一門探しは難渋した。有力視されたのが元日馬富士が在籍した伊勢ヶ濱一門だったが、白鵬を擁する宮城野親方の反対でまとまらなかったという。
9月27日に開かれる理事会までに決まらなければ、廃業に追い込まれるかもしれない。
貴乃花が下した最終決断は、弟子を引き取ってもらって、自分は相撲界から身を引くということだった。『文春』で貴乃花はこう語っている。
「私一人なら、ただ耐え続ければよかったんですけどね。でも、弟子たちまでターゲットにされたわけですから。このままだと今までのように相撲が取れなくなってしまうと。うちの子たちは何としても守らなければいけません。そのためにはもう、自ら身を退くしかありませんでした」
だが、相撲協会・八角理事長に対する批判精神はいささかも鈍ってはいない。
■「どっちみち、私を潰しに来たんです」
「私が身を退く決意を伝えた時、弟子たちは泣いていましたけど、『何が襲ってきたのか、いつか分かる日が来る』、『お前たちは生き残るんだ』と伝えました。振り返れば、これまでも無所属の親方がいた時期もあったのに、私の一門がなくなった途端、どこかに所属しなければならないと、私を標的にした流れが作られました。協会は、元の古い体制に戻った、いや、さらに酷くなったんじゃないでしょうか」
貴乃花の周りには弁護士など、知恵者がいるようだ。たとえば、一門に入りたいために、もし告発状を事実無根だと自分が認めたとしたら、「事実ではないことを根拠に協会を告発したといって、私を解雇する材料にしたでしょう。どっちみち、私を潰しに来たんです」と、深読みまでしている。
貴乃花の引退会見の直前に白鵬の秋場所全勝優勝があり、9月30日には元横綱・日馬富士の「引退断髪披露大相撲」が両国国技館で行われた。
笑福亭鶴瓶や朝青龍らが大銀杏に鋏を入れ、師匠の伊勢ケ濱親方が止め鋏を入れた。日馬富士は土俵に数秒間口づけをして花道を去っていったが、涙はなかった。
『新潮』によれば、日馬富士は傷害容疑で書類送検され、略式起訴で50万円の罰金を払わされたが、その後、貴ノ岩との間で示談交渉が行われていたという。
「貴ノ岩の代理人弁護士が話し合いの席を持ち、そこで、貴ノ岩の代理人弁護士は慰謝料などの名目で3000万円の支払いを求めていました」(相撲協会関係者)
■貴乃花は、日馬富士を引退に追い込むつもりはなかった
だが、事件の状況に認識の差があるため、不調に終わったそうだ。鳥取区検察庁で暴行事件の資料の一部を閲覧したジャーナリストの江川紹子氏は、こういっている。
「事件直後の貴ノ岩関の警察官調書には、日馬富士関に“失礼なことをした”という認識があったことが述べられている。殴られても耐えていたが、会話中に携帯を見るという失礼なことをしたので仕方がない、といったニュアンスで事件について語っています」
事件直後のことだから、貴ノ岩が、そういわないと大変なことになると忖度して、このようにいった可能性も否定できないが、貴乃花には違う話をしていたようだ。
貴乃花は、事件をうやむやにしようとした相撲協会のやり方に反旗を翻したのであり、日馬富士を引退にまで追い込むつもりはなかったようだ。
晴れ晴れとした表情の日馬富士を見て、貴乃花は胸中、どう思っていたのであろう。
■「来年の参院選挙の目玉になる」という噂の虚実
そして「日本相撲協会は1日、貴乃花親方(本名・花田光司、元横綱)から出されていた退職届を正式に受理した。同親方は角界から去ることが確定した。この日東京・国技館で開いた臨時理事会では、貴乃花部屋の力士8人、床山1人、世話人1人の千賀ノ浦部屋への移籍も承認し、貴乃花部屋は消滅した」(朝日新聞10月2日付)。
『文春』に、これからどう生きていくのか問われて、こう答えている。
「人生はまだまだ長いですから。先のことは分からないですが、やれることはたくさんあると思います。外から弟子たちの活躍を見守りつつ、子供たちに神事である大相撲の素晴らしさを知ってもらえるよう、昔のように神社や仏閣に土俵を作ったりとか。私の金銭事情や家内のこととか、いろいろとデタラメが報じられていますけど、今に始まったことではないので免疫ができています」
冒頭の話に戻るが、『新潮』によると、安倍首相とひそかに会い、来年の参院選挙の目玉になるという噂があるらしい。
たしかに、立憲民主党の公認候補として弁護士の亀石倫子氏が決まるなど、各党の第一次候補が決まりつつある時期である。苦戦が予想される安倍自民党にとって、確実に得票が期待できる貴乃花は擁立したい候補ナンバー1だろう。
貴乃花にとっても、議員になって、大相撲改革を推し進めることができれば、相撲協会にとっては手ごわい相手になる。
■貴乃花の性格的な問題を指摘する兄・若乃花
だが、話下手で人前に出るのが嫌いな貴乃花に議員が務まるわけはない。兄の若乃花(現・花田虎上)のようなタレント活動もできないだろうから、選ぶ道は限られている。
相撲協会とは別の組織を作るのではないかという声もあるようだが、資金面も含めてそう簡単な話ではない。
相撲道に邁進する姿は見上げたものだが、彼を支える親しい人間は少ない。母親とも兄の若乃花とも絶縁状態だ。
「デイリースポーツonline」(9月30日)は、読売テレビに出演した若乃花の発言として「知り合うと最初は仲良くなったりして、(でも)途中からみんな、話すこともできなくなる。僕も(弟とは)話すことできないので……。嫌な人は向こう(あっちにいけ)、納得いかないと向こう(いけ)、ってなってしまう。何か教えてもらうことも、(耳に)入らなくなる。自分がいいと思った人しか入ってこなくなる」と貴乃花の性格的な問題を指摘する声を記事にしている。
不世出の元横綱が、こういう形で相撲界を去るというのは、栃錦・若乃花や大鵬・柏戸を見てきた世代としては残念としかいいようがない。
■騒動で置き去りにされたのは相撲を愛するファンたち
自分たちの利権を守ることにだけしか関心がなく、相撲改革など頭の隅にもない相撲協会の人間と、頑なに自分の正しいと思う道を突き進み、他人の意見に耳を傾けない意固地な相撲バカとが、敵意をむき出しにして争った結果、置き去りにしたのは相撲を愛するファンたちである。
私はどちらにも非があると思う。お互いが非を認め、譲るところは譲り、少しでもいい方向へ進めていくのが、成熟した組織ではないのか。
このところ次々に出て来るスポーツ界の醜聞は、力のある人間が、長年その世界をわがもの顔に牛耳っていたため、組織が濁り、腐敗が進んだためである。
相撲界を開かれた近代的な組織に生まれ返らせるために必要なのは、健全なスポーツジャーナリズムであるはずだ。相撲界の悪弊を指摘し、横綱とはどうあるべきかを説く、そういう真っ当なジャーナリストが何人かいれば、今回のような事態は起きなかったはずだ。
今のスポーツ界の乱脈さは、健全なジャーナリズムの不在を示している。それこそが一番の問題だと、私は思う。
(ジャーナリスト 元木 昌彦 写真=時事通信フォト)
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