なぜ『めちゃイケ』は生き残れなかったか
プレジデントオンライン / 2018年10月15日 9時15分
※本稿は、ラリー遠田『とんねるずと『めちゃイケ』の終わり 〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論 』(イースト新書)の第1章を再編集したものです。
■『めちゃイケ』は青春番組として始まった
『めちゃ×2イケてるッ!』(フジテレビ系)はなぜ終わってしまったのか。この問いに答えるためには、そもそも『めちゃイケ』とはどういう番組だったのか、というところから考える必要がある。
『めちゃイケ』という番組のコンセプトをひと言でいうと、ナインティナイン・岡村隆史の言葉を借りて「青春」と表現するのがふさわしい。『めちゃイケ』はそもそも、「何も持たない若者たちの逆襲」というようなコンセプトで始まった。『めちゃイケ』がスタートした当初、ナイナイ以外のレギュラー陣はほとんど無名に近い状態だった。
吉本芸人のアイドルユニット「吉本印天然素材」の一員として人気のあったナイナイですら、上の世代のとんねるず、ウッチャンナンチャン、ダウンタウンに比べれば、格としては何枚も落ちると思われていた時代だ。この番組ではナイナイだけを特別扱いせず、あくまでもレギュラー全員を平等に扱った。彼らは番組最後のスタッフロールでも「おだいばZ会」というくくりで紹介され、番組内では「めちゃイケメンバー」と呼ばれていた。
■岡村隆史が体現した『めちゃイケ』の流儀
すでにテレビのスターだったダウンタウンやとんねるずが、それぞれの強烈な個性を生かして自分たちの番組をつくっていたのに対して、キャリアが浅いめちゃイケメンバーは「チームとしての一体感」を重視していた。それを別の言い方で表現すると、「青春」ということになる。何も持たない若者たちが、その若さだけを武器にして全力でぶつかることを番組のコンセプトにしたのだ。格落ちの寄せ集めメンバーがゴールデンタイムの「土曜8時」で戦うためには、それ以外に方法がなかった。
そんな『めちゃイケ』の流儀を体現していたのが岡村である。岡村は、多くの企画で中心的な存在となり、体を張って困難に立ち向かっていった。「オファーシリーズ」では、芸人離れした身体能力を買われて、ひたすらダンスやパフォーマンスの腕を磨き、アイドルのライブに乱入したりした。岡村の奮闘が多くの視聴者を巻き込む熱狂を生み出した。
『めちゃイケ』の前身となったのは、土曜の深夜に放送されていた『めちゃ×2モテたいッ!』である。ゲストをスタジオに招いたトークコーナーと、岡村がさまざまなスポーツの難しい技に挑戦したりするロケコーナーが番組のメイン企画だった。豊富な素材を30分番組に凝縮させたようなつくりで、テンポが良くて面白い番組だと私は思っていた。
しかし、ゴールデンに上がった『めちゃイケ』を初めて見たとき、『めちゃモテ』が好きだった私は、ちょっとした違和感を抱いた。番組のターゲットが変わり、予算も増えたことで、番組のテイストががらりと変わったように感じたのだ。番組のなかで出演者や演出サイドがチームとしての一体感をやたらと強調するようになったのも、『めちゃイケ』が始まってからではないかと思う。
ほとんどの期間で演出を務めた片岡飛鳥は、ドキュメンタリー的な手法を駆使して、岡村を含む出演者たちを精神的に極限まで追い込むことで、その素顔を引き出そうとした。だから、『めちゃイケ』では出演者が本気で怒ったり、泣いたりするような場面がたびたびあった。
『めちゃイケ』では、ひとつの企画が行われた後に、出演者がそれに向けていかに真面目に努力していたか、などということがナレーションで語られたりすることがある。率直にいって、個人的には『めちゃイケ』のそういうところが苦手だった。「実は裏でこんなにがんばっていたんです」などということをバラエティ番組の中で明かす必要があるのだろうか、と疑問に感じていたのだ。
■根底の「なんでもさらけ出す青臭さ」
出演者が努力した結果、面白いものが生まれたのであれば、その「面白いもの」だけをそのまま見せてくれればいい。それが生まれるまでに努力した過程を見せてほしくはないし、見せるべきでもないのではないか。マジシャンが見事なマジックを披露したあとに、舞台上でそのタネ明かしを始めるなどということがあるだろうか。漫才師が面白い漫才を演じたあとに、ネタづくりの苦労について語るということがあるだろうか。
『めちゃイケ』でそういうものを見せられるたびに白々しい気持ちになり、私はいつしか『めちゃイケ』の熱心な視聴者ではなくなっていた。個々の企画で面白いと思うことはあっても、『めちゃイケ』の根底にある「なんでもさらけ出す青臭さ」みたいなものには最後までなじめなかった。
■『めちゃイケ』が終わった理由
片岡が、出演者を「洗脳」に近いくらい精神的に追い詰めていたことは業界内では有名な話だ。『めちゃイケ』の構成を務めた高須光聖と『水曜日のダウンタウン』などの演出で知られるTBSの藤井健太郎の対談でも、こんなことが語られている。
ストイッック(原文ママ)と言うかなんと言うかもうある種“宗教”かな。
だから演者もディレクター(飛鳥)がそこまでやるなら腹くくってやらなしゃ~ない。
【藤井】“片岡飛鳥教”の話、たくさん聞きたいですね~
やっぱり内部の人に聞くとめちゃくちゃ面白いんですよ。
いつか本とか出して欲しいです。ご本人が、ってより証言集みたいな。
【高須】やーすごいよ。
演者の追い込み方とか、モチベーションの上げさし方とかえぐいで。
だって山本(極楽とんぼ山本圭壱が10年ぶりにめちゃイケに出た時の収録)の回とか、ある意味全員をトランス状態にまで持っていくからね演出を超えて、もう洗脳やね(笑)
(『高須光聖オフィシャルホームページ 御影屋』より)
『めちゃイケ』の最終回で、レギュラーメンバーが「あなたにとってめちゃイケとは何ですか?」という質問に答えている。そこでオアシズの光浦靖子は「宗教」、加藤浩次は「組(くみ)的な感じ」と答えている。『めちゃイケ』は、スタッフと出演者が精神をすり減らして番組づくりに向き合う「宗教」的なバラエティ番組だった。だからこそ、時にはそこに犠牲をともなうことがある。その最も大きなもののひとつが、2010年に起こった岡村の休養騒動だろう。
■片岡飛鳥がつくった“岡村隆史”像
当時の岡村は、通常のレギュラーに加えて映画の撮影や一人芝居の仕事が重なり、多忙をきわめていた。そのせいで精神的に追いつめられ、休養に入ることになった。ずっと歯を食いしばり、我慢して我慢してトップを走り続けてきた男が、ついに我慢の限界を超えたのだ。岡村が精神的に追いつめられたのは『めちゃイケ』のせいである、などというつもりはない。ただ、それがいくつかある原因のうちのひとつであるのは明らかだろう。片岡とナインティナインの矢部浩之の対談でも、2人の口から、こんなことが語られていた。
【矢部】これは変な意味じゃなくて、完全に飛鳥さんがつくった岡村隆史なんですよ。『めちゃイケ』の「できる岡村隆史」は。
(『クイック・ジャパン』vol.113、太田出版、2014年)
『めちゃイケ』で片岡は岡村にプレッシャーをかけて、厳しい課題を与えてきた。岡村は、毎回並外れた努力によってそれを乗り越えて、笑いを生み出してきた。そうやって、片岡の期待に応えて「できる岡村隆史」を演じ続けてきた岡村は、一時的に仕事が急増したことで、そんな自分のイメージを支えきれなくなり、体調を崩してしまった。
『めちゃイケ』の精神的支柱だった岡村が突然抜けてしまったダメージは深刻だった。このときには、岡村の穴を埋めるべく、大規模な新メンバーオーディションが行われた。「ピンチのときこそ、あえて一歩前に踏み出す」という『めちゃイケ』らしい決断だった。そこでオーディションを勝ち抜いたジャルジャル、たんぽぽらが新メンバーとして加わることになった。
ところが、岡村はわずか5カ月間の休養を経て、無事に帰ってきてしまった。これにより、岡村の穴を埋めるはずだった新レギュラーの役割が宙に浮いた状態になった。レギュラーの人数が増えすぎたため、それぞれにスポットを当てることができなくなり、見るほうもそこに思い入れを持つのが難しくなってしまった。
■新規視聴者にはハードルが高くなった
また、番組が長く続いたことで、旧メンバーの芸能界におけるポジションにも大きな変化があった。加藤は『スッキリ!』で朝の顔となった。オアシズの大久保佳代子はアラフォー女性芸人の代表格として数々の番組に出演。鈴木紗理奈は女優として活動していて、2017年にはスペイン・マドリード国際映画祭で最優秀外国映画主演女優賞を受賞した。個々のメンバーがほかの番組や仕事でも自分の持ち味を出して活躍するようになってきた。その結果、彼らの実像と『めちゃイケ』で求められるキャラクターに微妙なズレが生じてきた。
テレビを見ている一般の視聴者にとっては、『めちゃイケ』もそれ以外の番組も同じだ。ほかの番組では楽しくはしゃいでいる大久保が、『めちゃイケ』では妙に型にはまっておとなしい、などということがあれば、不自然に見えてしまう。『めちゃイケ』における大久保のキャラクターをきちんと理解できるのは、長年番組を見ている人だけだ。『めちゃイケ』の視聴率が徐々に下がっていったのは、新しく見ようとする人が楽しむにはハードルが高い番組になってしまったからではないか。
『めちゃイケ』では、レギュラーメンバーはいつまでも「青春」ぶっていて、挑戦者として困難に立ち向かうというスタンスを崩さない。宗教的な熱狂のなかで、感情を高ぶらせて、時には涙を流す。しかし、20年以上の歳月を経て、出る人も大人になってしまったいまでは、視聴者が『めちゃイケ』に特別な思い入れを持つことが難しくなっている。
レギュラーメンバーも、もはや一枚岩ではない。そのことを象徴する事件があった。2017年11月11日放送回で、岡村がメンバーに番組終了を告げて回るという企画が行われた。そこで、メンバーのひとりである鈴木紗理奈が普段『めちゃイケ』を見ていないことが判明したのだ。その場にいた片岡が鈴木を問い詰めると、彼女は慌てて弁明した。
「すいません、テレビを本当に見ないんです」
■タレントとしての青春時代の終わり
「テレビがいちばん面白いゴールデンタイムと言われる時間は、私、いちばん忙しいんです。晩御飯、宿題しなさい、で、寝る、で、8時にベッド入れて、こうでああで、いちばん私が私じゃない時間なんです」
そう言い訳をする鈴木の下には、「『めちゃイケ』が終了する社会的背景。」というテロップが出ていた。『めちゃイケ』はいまや、視聴者だけではなく、当の出演者自身からも見限られていたというのだから、なんとも皮肉な話である。『めちゃイケ』は、岡村をはじめとする出演者にとって「青春」そのものだった。制作者や熱心な視聴者にとってもそれは同じだろう。
そんな『めちゃイケ』が終わったというのは、出演者のタレントとしての青春時代が終わったということを意味している。同時に、「王道バラエティ」の典型だった『めちゃイケ』の終わりは、テレビバラエティの青春時代が終わったことを象徴しているともいえるだろう。
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ライター、お笑い評論家
1979年生まれ。東京大学文学部卒業。テレビ番組制作会社勤務を経て、ライター、お笑い評論家として多方面で活動。お笑いムック『コメ旬』(キネマ旬報社)の編集長を務める。主な著書に『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)、『逆襲する山里亮太 これからのお笑いをリードする7人の男たち』(双葉社)、『とんねるずと『めちゃイケ』の終わり 〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論 』(イースト新書)など多数。
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(ライター、お笑い評論家 ラリー 遠田)
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