ノーベル賞が開いた"高額がん治療"の是非
プレジデントオンライン / 2018年10月11日 15時15分
■本庶佑氏の研究が、新型がん治療薬「オプジーボ」に
今年のノーベル医学生理学賞は、人の体の中で異物を攻撃する免疫にブレーキをかけるタンパク質を見つけた京都大学の76歳の本庶佑(ほんじょ・たすく)特別教授と、米テキサス大学の70歳のジェームズ・アリソン教授に与えられた。
受賞の理由は、免疫機能のブレーキを解除することによるがんの治療法を確立したことだった。本庶氏の研究は、小野薬品工業が2014年9月に発売した新型がん治療薬「オプジーボ」につながった。オプジーボはがんの治療に高い効果があり、世界から注目されている。
本庶氏とアリソン氏の発見を契機に、オプジーボのような「がん免疫療法」が次々と研究・開発されている。いまや免疫療法は手術、放射線照射、抗がん剤に続く第4の治療となり、これまでの治療が難しい患者に大きな希望を与えている。
■当初「1人年間3500万円かかる」といわれた
しかし、がん免疫療法で使われる薬はいずれも、製造工程が複雑なため、非常に高額な薬となる。むやみに公的保険を適用すると、保険財政が崩壊する危険性が指摘されている。
たとえばオプジーボは、当初「1人年間3500万円かかる」といわれた。最初に承認された皮膚がんでは、患者数が少ないため大きな問題にはならなかった。だが、患者の多い肺がんや胃がんなどで承認されれば、急激に使用量が増え、公的保険への財政圧迫が懸念された。
そこで政府は特例的に3度もオプジーボの価格を引き下げた。その結果、今年11月からは3分の1以下の「年間約1000万円」になっている。
■高価な薬をどう扱えばいいのか
日本には公的保険があるため、患者の負担は原則3割だ。さらに「高額療養費制度」の適用があるため、高額なオプジーボを使っても患者の負担は年間100万円程度で済む。だが、オプジーボの投与を受ける患者が増えれば、保険財政は大きく圧迫される。
現在、米国で1回5200万円という白血病治療薬が、日本の厚生労働省に承認申請されている。こうした高額ながん治療薬は、世界中で開発が進んでいる。
高額な治療薬はどこまで利用すべきなのか。患者の命は待ってくれない。新薬の登場に合わせて早急に検討し、公的保険の適用を見送るか、それとも薬価を一定まで引き下げるかを決めるべきである。
公的保険の適用が見送られると、保険外の薬を使用した場合、保険診療との併用を禁じた混合診療ルールに違反し、これまで支払った入院費などもすべて患者の自己負担となる。
このため政府内では、混合診療ルールに例外規定を設け、保険適用されていない薬を使っても他の医療費には保険が使えるようにしようとの意見も出ている。
高価な薬をどう扱えばいいのか。臨床現場に新たな課題が浮上している。
■オプジーボの課題に触れた読売社説と毎日社説
本庶氏のノーベル賞受賞を新聞各紙は10月2日付で社説のテーマに取り上げた。
しかしオプジーボをはじめとする新しいがん治療薬の価格問題について指摘したのは、読売新聞と毎日新聞の社説だけだった。
読売社説は終盤で「治療費の抑制も求められる。オプジーボの場合、日本で登場した頃には、1人当たり年間3000万円以上を要した。適用範囲の拡大とともに、約1000万円に引き下げられるが、依然、手軽に使える水準とは言い難い」と指摘している。
この指摘とは別に読売社説は治療成績についても指摘している。
「課題は、がん免疫療法の治療成績の向上や効率化である」
「患者の2~3割には顕著な効果があるものの、全く効かない例も多い。患者によっては、免疫のブレーキが外れたことで強い副作用が生じる。腫瘍が消えた後、いつまで薬を使い続けるべきか、その見極めも難しい」
課題を指摘する読売社説の姿勢は認めよう。そもそも薬にはベネフィットとリスクの両面がある。諸刃の剣なのである。その点を忘れてはならない。
■効果も薬価も高い新薬にどう対応していくか
毎日社説もその最後にオプジーボの価格についてこう指摘している。
「日本ではオプジーボが非常に高価だったことから適正な薬価が議論となった。今後、効果も薬価も高い新薬にどう対応していくかも、改めて考えておくべき課題だろう」
ノーベル賞受賞というニュースに対する社説は、基本的にはたたえて喜ぶものだろう。
だが、それだけでは足りない。「良かった。良かった」とほめたたえるだけでは、論説の意味がない。読んでいてつまらないし、読者に失礼である。
行数は決して多くはないが、オプジーボの課題に触れた読売社説と毎日社説は評価できる。
■短い行数に情報が詰まっている読売社説
特に読売社説の解説は、手堅く的確なものだった。読売社悦は次のように書いている。
「免疫は病原体などの外敵からは体を守るが、自らの細胞が変異したがんには十分に機能しない」
「本庶氏らは、その原因を遺伝子レベルから探究した。がん細胞は、免疫を担う細胞が攻撃してこないよう、突起を出してブレーキをかけていることを突き止めた」
「これを基に、ブレーキを外す薬剤を開発した。難治性の皮膚がんや肺がん、胃がんなどで腫瘍が消える効果が確認されている」
「がん免疫療法は今や、外科手術や放射線療法、抗がん剤による化学療法と並ぶ第4の治療法だ」
その通りだ。短い行数に情報が詰まっている。
■安倍首相は「目先の結果」しか見ていない
毎日社説は「がん治療の新地平開いた」と見出しを立て、「本庶氏は新しいタイプの抗がん剤『オプジーボ』の開発につながる基礎研究が評価された」と書く。そのうえで基礎研究の重要性を指摘する。
「ただ、忘れてはならないのは、この成果が最初から抗がん剤を開発しようと考えた結果ではないことだ。生命の基本的な働きを解明しようとする四半世紀前の基礎研究が、結果的に抗がん剤につながった」
さらに毎日社説は訴える。
「しかも、今回の受賞決定は現在の日本の研究の活力を示しているとはいえない。それどころか、最近の日本の科学界は論文数も低迷し、暗雲が漂っているように見える。その背景にあるのは、目先の成果を重視する政府の基盤的な研究費の軽視、行き過ぎた研究投資の『集中と選択』ではないだろうか」
この社説を書いた毎日新聞の論説委員は、安倍政権の問題点をよく捉えている。安倍晋三という政治家は「目先の結果」しか見ていない。そう疑われても仕方がない言動が多すぎる。
安倍首相だけではない。政治から経済、文化まで日本の社会全体にその傾向が出ていると思う。
毎日社説は「研究を始める前にその出口を知ることはできず、日本が今後もこうした成果を上げようとするなら、基盤的な研究費を惜しむべきではない」と主張している。実にその通りである。読み応えのある社説だった。一読を勧めたい。
(ジャーナリスト 沙鴎 一歩 写真=時事通信フォト)
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