施設に"おもてなし"を求める老人の勘違い
プレジデントオンライン / 2018年10月13日 11時15分
■介護保険施設のことを「よくご存じでない人」が多い
ケアマネジャー歴15年のWさんは介護保険施設である特別養護老人ホームに入所した利用者の家族から、次のような訴えを受けたといいます。
「(入所している)母から聞いたのですが、施設がひどいというんです。食事はおいしくないし、入浴も流れ作業のように入れられるからくつろげない、と。それに入所前に受けていた(運動機能を改善させる)リハビリも受けさせてくれないそうなんです。まるで『リハビリの必要なんかない、このまま衰えてとっととあの世にいけ』と言われているようで我慢がならないというんですよ。あんまりかわいそうだから、もっと良い他の施設に替えていただくことはできますか」
親身になって話を聞いたWさんですが、ちょっと複雑な心境だったといいます。
「このような施設に対する苦情の相談はよくあります。私も話を聞き、問題があるのなら他の施設を探すようにはしています。ただ、本音を言わせてもらえば、介護保険施設のことをご存じないな、と思うことが多いですね」
介護保険施設には、特別養護老人ホーム(特養)、介護老人保健施設(老健)、介護療養型医療施設(療養病床)の3種類があります。いずれも要介護認定を受けた人が入居対象で(特養は原則要介護3以上)、在宅での介護が難しくなった人が入る施設です。
その人たちから、施設のサービス内容や待遇に不満が出ることがあるというのです。
「この3つの施設のうち、介護保険適用(利用者負担1~2割)のリハビリが受けられるのは老健だけなのです。老健は体の状態をよくして在宅介護に復帰することを目的とした施設ですから、当然リハビリを受けられます。一方、特養はリハビリがありません。受けたい場合は全額自己負担で受けるしかない。決して見捨てているわけではなく、制度上、そう決まっているのです」(Wさん)
■衣食住の質が下がることに抵抗感を抱く高齢者
在宅介護の時は、通所リハビリを受けており、それが元気を取り戻す方法と生きる張り合いにもなっていた。それを特養では受けさせてくれない。なぜだ、と思うのですが、特養はそこまで面倒を見てくれるところではないということです。
また、老健は基本的に3カ月をめどに在宅復帰を目指すので、当初の3カ月はしっかりリハビリを受けることができますが、3カ月たっても機能改善が見られないと、リハビリの回数が減らされることがあるそうです。入居したばかりの早期在宅復帰を目指す人にリハビリが割り当てられるからで仕方のないことですが、こうした対応も“見捨てられた感”を持つことにつながっているのかもしれません。
「食事に対する不満を聞くことも多いですね。これは元気だった頃、あるいは在宅介護で家族が用意する食事を食べた時とのギャップを感じるからだと思います」(Wさん)
自宅では食材・味つけともに食べ慣れた料理が出てきます。外食でもメニューから好みのものを選べばいい。また、旅行などで自宅から離れて寝泊まりする際も、ホテルや旅館のワンランク上の料理を楽しめます。
もちろん施設の食事に、そこまで求めてはいないでしょうが、長年の食生活で身につけた味覚のレベルより落ちてしまうのでしょう。施設の食事は高齢者の健康面への配慮から、薄味で柔らかく飲み込みやすいものが多い。だから、不満を感じる人が少なくありません。入浴や居住空間にしても同様で、自宅にいるのと同じ快適さを求めることは難しい状況です。
■ホテルのような「おもてなし」を求めるのは間違い
それでも、衣食住の質が下がってしまうことに抵抗感を抱く高齢者はいるそうです。Wさんは「お金」の問題だといいます。
「介護保険制度の財源は被保険者が納めてきた保険料だけでなく、税金を原資にした社会保障費が充てられています。ご存じのように介護保険サービスを利用する高齢者は激増しており、社会保障費はひっ迫している。施設も限られた予算で運営されているのです。また、人手不足で行き届いたサービスを提供するのは難しい」
そもそも介護保険制度は、高齢で自立した生活が送れない方を支援するのが目的。よって、自宅で暮らしている快適さや満足感までを得ることは難しいのです。
「もちろん多くの施設は最大限の努力をしています。そうした実情を知っているわれわれケアマネからすると、何かというと不満をいう利用者さんやその家族の言葉をつい聞き流したくなってしまうのです。心の中で、『そんなユートピアのような環境を求めるのなら、それなりのお金を出して有料老人ホームに入ってください』と言いたくなります」(Wさん)
費用を払って入居しているとはいえ、限られた条件のなかで運営している介護保険施設に一流のホテルのような「おもてなし」レベルを求めること自体が間違っているのでしょう。
■介護施設の職員の質が低いことが「不満の元凶」
とはいえ、そのWさんから見ても「入居者や家族から不満の声が出るのは仕方がないな」と思う「問題あり」な施設もあるそうです。どういうところなのでしょうか。
「職員の対応に課題がある施設です。ケアする時も流れ作業で行っている感じで、心がこもっていない。逆にいえば、職員の仕事に対するモチベーションが高く、入居者の方の要求にも一生懸命に対応しようとし、いつも笑顔で受け答えしてくれるようなところは、ほとんど不満の声は出ません。人間って不思議なもので、自分に対して感じのいい対応をしてくれれば、少々食事や待遇に問題があっても大目に見ることができる。結局、不満を感じる原因は“人”なんです」(Wさん)
そうした人(職員)の対応の良しあしは施設を運営する上層部(特にトップ)に左右されるともいいます。職員のことを常に考え、働きやすい環境をつくる努力をし、研修などで仕事に対するモチベーションを高め、悩みがあれば相談に乗り、職員同士がコミュニケーションを密に取れる配慮もする。
■施設選びは「人=職員」をじっくり観察して決める
運営する側にそのような人を大事にする姿勢があれば、職員も心のこもった対応ができるようになるというわけです。しかし、そうではない施設では、結果的に入居者の不満につながってしまう、とWさんはいいます。
「ですから入居する施設を決める時は、職員の対応や醸し出す雰囲気をよく見てほしいですね。チェックするのは基本的なことですが、笑顔で対応しているか、明るくあいさつを交わしているか、入居者を尊重する視線を持っているかといった点です。また、施設の空気も見てください。職員にとって良い環境にある施設は明るい空気が感じられますから」
特養の場合、地域によっては入居待ちの状況にあり、施設を選ぶことなどできませんが、“施設は人=職員を見て決める”ということは頭に入れておいたほうがよさそうです。
(ライター 相沢 光一 写真=iStock.com)
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