本当に結果を出す人は"自己満足"が超強い
プレジデントオンライン / 2018年10月15日 9時15分
※本稿は、鏑木毅『プロトレイルランナーに学ぶ やり遂げる技術』(実務教育出版)の第2章「集中力を極限まで高める:勝負どころのメンタルマネジメント」の一部を再編集したものです。
■100キロ超のレースを何十回も完走してみて
「トレイルランニング」という競技をご存知でしょうか? ランニングと言っても、舗装された平坦な道路を走るマラソンとは異なり、起伏のある野山を駆けるスポーツ・レクリエーションです。僕はそのプロ競技者として活動しています。泥や木の根などの障害物を避けながら、自然の中を走り抜ける爽快感は他では味わえないものがあります。
2014年に日本能率協会総合研究所の実態調査によると、「トレイルランニングの参加人口は20万人余りで、今後参加が期待できる潜在人口は約70万人と推計」とあるように、日本でも広がりを見せています。ただ、世界ではもっと広く取り行われており、多くのレースが存在しているのです。
トレイルランニングの中でも、とりわけ100キロを超えるレースをウルトラトレイルと言います。僕はこのウルトラトレイルのレースを何十回と完走し、数々の地獄を乗り越えてきました。そこで得ることができた学びをお話ししたいと思います。
■テレビに出て知名度が上がり、精神のバランスを崩した
勝負の世界で生きるアスリートである以上、多くの人から注目されるのはありがたいことですし、「頑張ってください」と激励されるのはうれしいことです。2009年にプロトレイルランナーになってからは、「スポンサーの期待にこたえなきゃ」、テレビに出て知名度が上がって「応援してくれる人の期待にこたえなきゃ」という気持ちが強くなりました。過度のプレッシャーから精神のバランスを崩したこともあります。
海外レースに出発する前の壮行会で、「次は優勝ですね」「鏑木さんなら絶対できます」「待ってます」とみんなから口々に言われると、本当にありがたいと思う一方、すごく憂鬱でもあります。「どれだけ多くの人たちに夢を売らなければいけないんだ」とネガティブにとらえてしまうと、気持ちがどんどんマイナスになってしまうからです。
「誰々のために頑張らなきゃ」というプレッシャーは、スタートの号砲が鳴る瞬間まで、形を変えて何度でも襲いかかります。「応援してくれるあの人のために」「お世話になったあの人のために」「スポンサーのために」「テレビ番組をつくってくれる人のために」「サポートしてくれるスタッフのために」「支えてくれる家族のために」……、考えれば考えるほど、自分の肩に乗る人の数が増えていき、重圧でおかしくなってしまいそうです。
■最初は自分が楽しむことを最優先する
とくにひどかったのが2010年のUTMB(世界最高峰のレース「ウルトラトレイル・デュ・モンブラン」)の前です。前年のレースで左脚アキレス腱を痛め、ただでさえ不安を抱えていたところに、「去年あの走りで3位だったんだから今年は優勝だろ」「間違いないですよ」と、当たり前のように言われて、自分を見失っていました。
そんなとき、ある人から「いろいろなものを背負っているんだろうけど、まずは自分が楽しんできてください。それだけで十分です」と言われ、フッと肩の力が抜けました。憑き物が取れたようにスーッとラクになって、「誰かのために」走るのではない、「自分のために」走るんだ。自分のためなら、僕はどんなことでも我慢できる。そういうふうに頭を切り替えることができたのです。
みんなから期待されることは、意気に感じるし、モチベーションにもつながりますが、期待を全部背負ってしまうと、自分が潰れてしまう。「誰かのために」走るのではなく、最後は「自分のために」「自分自身が楽しむために」走る。そう思うと、急に身軽になって、いい状態でレース当日を迎えることができました(残念ながら、レースは天候悪化のために途中で終わってしまいましたが、それはまた別の話です)。
■結果につながる「自己満足」にフォーカスする
「自分のために」走るというのは、ある意味、自己満足の世界です。そこにいかにフォーカスできるか、わがままに徹しきれるかで、プレッシャーとの付き合い方が決まります。
オリンピックや世界選手権のような大きな大会では、「日本のために」を意識しすぎると、思うような結果が出ないのではないでしょうか。むしろ、自分が楽しむことを最優先に競技に臨んだ選手のほうが、結果を出しているのではないかと思います。少なくとも僕は、「自分のために」と思ったときのほうが心がラクになり、それが結果に直結します。
レースでいい走りができれば、結果として、応援してくれた人たちも喜んでくれます。「自分のために」走ったことが、回り回って「誰かのために」なるのです。この順番を間違えてはいけません。「誰かのために」走って、もし失敗したら、「その人のせい」にしてしまうかもしれないからです。
ただし、「自分のために」走ってうまくいくのは、レースの序盤までです。苦しく長い中盤を過ぎ、終盤になると意識も朦朧としてきて、極限状態に陥ります。そんなとき、「自分のために」と思っているだけでは乗り切れません。「自分のためなら、苦しいからやめよう」という方向に、考えが引っ張られてしまうからです。
■最後は「誰かのために」が支えになる
本当に苦しくなったときは、むしろ誰かの支えが必要です。「日本で応援してくれている人たちのために」あきらめないし、「家族のために」ゴールまで頑張れる。最後の最後は「誰かのために」と思えないと、自己満足だけでは、決して極限状態を乗り越えることはできません。
2016年に南米チリ、パタゴニアのウルトラ・フィオルドを走ったとき、最後は本当に苦しくて、家族が伴走しながら応援してくれる幻覚まで見ました。「娘のために」と思うと、耐えられる自分がいる。ここであきらめてしまったら、娘が大きくなったときに「あのとき、パパは止めちゃったんだ」と思われてしまうかもしれない。そんな姿は見せたくない。
お世話になった人たちの顔が浮かんでは消え、「こんなことじゃダメだ、ここで止まったらいけない」と自分に何度も何度も言い聞かせました。100キロを過ぎてからは、「もうやめたい」「すぐにでもリタイアしたい」と何百回も思います。それでもやめないのは、誰かが支えてくれるからです。
レース前は「自分のために」、終盤の苦しいときは「誰かのために」走る。途中で気持ちを切り替えて、自分を奮い立たせることが、最後まであきらめず、走り抜く力になるのです。
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プロトレイルランナー
1968年、群馬県生まれ。群馬県庁で働きながら、アマチュア選手として数々の大会で優勝。40歳でプロ選手となる異色の経歴を持つ。2009年、世界最高峰のウルトラトレイルレース「ウルトラトレイル・デュ・モンブラン(通称UTMB、3カ国周回、走距離166km)」にて世界3位。現在も世界レベルのレースで常に上位入賞を果たしており、50歳でのUTMB再挑戦を表明。主な著書に『極限のトレイルラン』(新潮社)などがある。
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(プロトレイルランナー 鏑木 毅 写真提供=トレイルランニングワールド)
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