50歳を過ぎても"人生最高の時"は作れる
プレジデントオンライン / 2018年10月19日 9時15分
※本稿は、鏑木毅『プロトレイルランナーに学ぶ やり遂げる技術』(実務教育出版)の第7章「これからも走り続ける:50歳からのリスタート」の一部を再編集したものです。
■50歳で最高難度の挑戦をする
僕はもうすぐ50歳になります。50歳というのは人生の一つの節目です。「人生100年時代」の折り返し地点ですが、少し前までは「人生50年」が当たり前でした。
僕には、こういう人になりたいという歴史上の人物が何人かいますが、誰一人として50歳まで生きていません。
織田信長は49歳でこの世を去り、尊敬する坂本龍馬も、あれだけのことをしたのに、わずか33歳で没しています。そう考えると、僕はすでに生き過ぎているのかもしれない。
だったら、ここで思い切って開き直って、この50歳という歳を人生最高の時にしたい。40歳で退路を断って、UTMBに挑戦したときのあの感覚。全身の細胞がふつふつと沸き立つように、全神経を一つの目標に向けて集中させていくときのあの感覚を、もう一度50歳で味わいたい。このままでは終わらせない。
自分にプレッシャーをかけて、ふたたび最高難度のチャレンジをしてみたい。その舞台は、自分をここまで育ててくれたUTMBをおいて他にはありません。
■アスリートが直面する“老い”の三重苦
「老い」と向き合うのはつらいことです。老化というのは本当に冷淡で、誰のところにも平等に訪れます。パフォーマンスが落ち、大したトレーニングをしていないのにいつまでも疲労が残り、ちょっと無理しただけですぐに故障するという三重苦。この三重苦といかに向き合っていくかが、いまの僕のメインテーマです。
40歳を過ぎてから、パフォーマンスの低下は如実に現れるようになりました。スタミナ強化のために1000メートル走を10本3分で走っていたのが、3分10秒になり、20秒になっていく。
疲労回復も同じで、負荷の高いトレーニングをしたあとは、翌日休めば体力が回復して、翌々日には同じトレーニングをできたのが、中3日くらい空けなければできなくなる。強度を下げてもリカバリーにかかる時間が長くなって、以前と同じ練習量はこなせない。そこを無理してしまうと、すぐに故障してしまう。この三重苦が波状攻撃のように襲ってきて、気持ちを萎えさせるのです。
■若い頃の自分と比べない
仕事をしている人にとっては、「最近疲れがとれなくなったな」「さすがにこの歳になると徹夜は厳しいな」と思うことはあっても、そこまで「老い」を直接的に感じる機会は少ないかもしれません。
![](https://president.jp/mwimgs/4/6/-/img_464d3cea8a34c384ca4815124a27ea5194530.jpg)
しかし、アスリートは、毎日の練習で「老い」を突きつけられます。かつては、いとも簡単にできていたトレーニングもこなせなくなり、「あれができなくなった」「これもできなくなった」と日々悲しい現実を突きつけられます。肉体が衰えるのはしかたのないことだと頭ではわかっていても、どうしても若い頃の自分と比べてしまうのです。
僕にとっては、40歳のUTMB3位のときのトレーニング日誌がずっと心の拠り所でした。しかし、年々衰えていく肉体で、あの当時と同じ練習をしていると、かえって毒になることもある。当時の自分にとってはベストなメニューでも、いまの自分には必ずしも合っているとは限らないわけです。
それを痛感したのが、45歳のときの2回めのレユニオンで、あのとき失敗したから、過去の自分に対する執着を手放すことができたのです。それ以降、僕は過去の自分と比べて「できない」ことにフォーカスするのをやめました。「つい3、4年前までこんなことは軽くできたのに……」と悪いほうにとらえてしまうと、さすがに誰でも落ち込みます。
そこで「こんなこともできなくなったんだ、ハハハ……」と心の中で笑い、「それなら、こんなふうに鍛えてみたらどうかな」「こうすれば、同じような効果があるかも」と、あえて試行錯誤を楽しむようにしたのです。いまではすっかり達観して、別のアプローチを探すことに創造的な喜びを感じるようになりました。
■いまの自分にフィットするやり方を探す
決して「老い」を全否定するのではなく、かといってむやみに「老い」に抗うわけではなく、いままでとは違うものとして、「老い」との付き合い方を模索する。
過去の成功体験も、いままでのやり方も、すべていったんリセットして、もう一度ゼロから一つ一つ積み上げて、いまの自分にフィットするやり方を探していく。
かつては走ることでフィジカルを鍛えていましたが、いまは自転車で追い込んだり、水泳で追い込んだりしています。妻がバドミントンの選手だったので、一緒にバドミントンをやったりして、さまざまな種目を組み合わせてトレーニングしています。そこを楽しめるかどうか。息の長いトップ選手は、きっと、似たようなことを日々楽しんでいるに違いありません。
別の考え方もあります。マスターズの60歳のフルマラソンの世界記録保持者の保坂好久さんは遅咲きで、毎日1キロの下り坂を5本全力で走るというトレーニングを40歳からずっと続けているそうです。歳を重ねてタイムが落ちてきても、毎日愚直に同じことを繰り返す。それをやり続けるメンタルはすごいと思いますが、僕にはとても真似できません。僕はつねに新しいことを試したい。そこにおもしろみを感じる性格だからです。
■結果が出ているときほど実は頑張っていないもの
陸上の長距離走から始まった長い競技生活を振り返ってみて、自分が本当に強かった時期は、努力しているとか頑張っているという感覚がないことがわかりました。とくに無理をしなくても、ごくごく自然な流れの中で、一つの目標に向かって集中しているから、実はリラックスできている。こういう状態にいるときこそ、自分のパフォーマンスが最大になっているのです。
クヨクヨ悩んだり、つらすぎてやめたくなったり、ということを考える間もなく、無我夢中でやっていたら、いつのまにか強くなっていた。
もちろん長い人生なので、つねにその状態でいられるわけではないのですが、実はいま、その感覚を取り戻しつつあります。「50歳でUTMB」という一つの目標に向けて、新しいトレーニングをいろいろ試しながらも、気持ちがすごく集中できている実感があるのです。
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プロトレイルランナー
1968年、群馬県生まれ。群馬県庁で働きながら、アマチュア選手として数々の大会で優勝。40歳でプロ選手となる異色の経歴を持つ。2009年、世界最高峰のウルトラトレイルレース「ウルトラトレイル・デュ・モンブラン(通称UTMB、3カ国周回、走距離166km)」にて世界3位。現在も世界レベルのレースで常に上位入賞を果たしており、50歳でのUTMB再挑戦を表明。主な著書に『極限のトレイルラン』(新潮社)などがある。
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(プロトレイルランナー 鏑木 毅 写真提供=トレイルランニングワールド)
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